その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
戦力の不保持を謳った冒険者ギルドの職員でありながら
前線要員はただ二人、ムクロ・スパルダならびにレイテ・レノ。
そこに加わる三人目の候補たるルナ・リングハートは周囲から大いに期待されている——なとど。そんなことはなかった。
「そもそも思うわけよ。ムクロはどうした! ってね。私をここに引き込んだのはあの男なわけでしょ? それをほとんどレイテ任せで放置するなんて酷くない?」
「確かに……でもムクロ・スパルダ氏はお忙しい方ですし、我々の悲願を果たすための最重要人物ですから」
ムクロは不在で、レイテは去り。ルナはギルド施設の談話室で愚痴をこぼしていた。その相手は、ギルド暗部で働く非戦闘員たち——本人たちは自らの愛称としてギルドの
ルナが知る限りで最も若いギルドの黒子である。まだ、あどけなさの残る、少女と言っていい年頃の娘であった。親しいという訳では無いが、近頃ではレイテを除いて最も会話をする間柄となっている。
教師役を担うレイテが席を外してしまった以上、ルナは暇である。
本当ならば王都の繁華街にても気晴らしにでも出たいところであったが、現状、ルナ・リングハートの身分は非常に不安定であった。
なんらの罪を犯したわけでもないが、レベル65の上級冒険者として登録され、名前を知られているにも関わらず現在はステータスなしのレベル0。経歴を詐称しているような状態であり、おいそれと外出するわけにもいかず。実質、ギルド施設内に軟禁されているよう状態。
その鬱憤と、そして先日に目撃したムクロとレイテの
いや厳しいどころではない。ルナの倫理観からすればたとえ恋人同士であったとしても、あのような場所での行為は唾棄すべきものであり、軽蔑の対象だった。
「だからってあんな風に……。その、知ってるでしょう? ムクロとレイテが、その——」
ルナの歯切れの悪い言葉から、何を言いたいのか察したのだろう。ギルドで黒子をつとめる少女は頷いた。
「確かに、
一般の方。上級冒険者として尊崇を集めていたルナからすれば忸怩たる思いを抱く分類だった。加えて。ギルド戦力側としても数えられていない、部外者であると言われたような気分になり、いささか気分が落ち込む。
だが、ルナのちょっとした落ち込みは、続くやり取りの中で吹き飛ぶことになる。
「酒を飲み、女性を求め、皮肉を口にする。私見ですがムクロ・スパルダ氏のその行為は——必死さのあらわれなのだと思います」
「必死さ?」
「あの方は必死で、人間性にすがりついているのではないでしょうか? 老いることもなく五〇〇年、『端末』と戦い続け、同じギルド戦力の者たちは次々と帰らぬ者となる。そしてついには、過去の仲間であったグラウ・ウル・ルルケ氏を自らの手で討ち、いまこの瞬間にも師であるハスター氏と戦っている。そんな中で摩耗しきった心を——」
「待って。ちょっと、待って」
ギルドの黒子である少女が語る言葉。そのほとんどがルナの知らない情報だった。
ギルドが。そしてギルド戦力が五〇〇年もの長きにわたり戦っている。
それは知っている。
だが、ムクロ自身が不老であり、五〇〇年戦っているとは、ルナは誰にも説明されていない。
ムクロが先日、アルノーで『端末』と化した者を殺した。
それは知っている。
だが、その『端末』がムクロの過去の仲間だとは、ルナは誰にも聞いていない。
ムクロの師匠であるハスターが『端末』と化し、この王都に迫っているかもしれない。
それは知っている。
教えられた訳ではないが、隣でその様な会話がされたのは聞いている。
だが、いまこの瞬間に戦っている?
ルナは説明されていなかった。ルナは聞かされてなかった。
ルナ・リングハートはなにも知らなかった。
いま隣にいるギルドの黒子である少女は知っていた。
先ほどまで隣にいたレイテ・レノも知っていただろう。
自分が大切なことを知らされていない。その事実はルナを非常に動揺させた。
「ムクロがいま戦っていて、それでこんなのんびりしていて良いわけ? レイテだってさっきまで本なんか読んで、いつも通りで……!」
ルナ自身が部外者扱いされていること。それよりも、だ。ムクロ・スパルダが今この瞬間に戦っているというのにギルド施設の面々は常の通り。眼の前の少女も、ムクロと情まで交わしたはずのレイテ・レノも。ムクロを助けに行こうという素振りすら見せない。
その有り様がルナには信じられなかった。
「相手はムクロの師匠で、とても強いんでしょう!? こんなところでお喋りしている場合じゃないでしょ!」
「それは——」
「私が説明するわ」
激したように叫ぶルナに対して。ギルドの黒子の言葉を遮って説明を申し出たのは誰あろう、ギルド長ファラキア・エルフであった。
◆ ◆ ◆
「そういえば、こうして二人きりで話すのは初めてね」
「——そうね」
ルナを自室に招き入れたファラキアは、手ずから茶を淹れる。
その悠長さに焦れたものを感じながらも。理由があるのだろうとルナは待つ。
——知りたい。選択を間違えないように。そして強くなりたい。選択肢が増やせるように。
かつて、ムクロ・スパルダの前でルナ・リングハートはそう宣言した。知ることも、強くなることも、徐々にではあるが出来ているはずだ。
しかし足りない。選択を間違えないだけの知識は未だなく、選択肢を増やせるほどの力もない。
「ムクロの元に助太刀に行かない理由。それは逆効果だからよ」
淹れ終わった茶を自身とルナの元に置いてすぐに、ファラキアは本題に入った。
「グラウ。ハスター。そしてアルギッタ。かつてのムクロの仲間たち。全員が懸絶した強者よ。今の冒険者が、多少『本物の魔法』を覚えた程度では相手にならない。レイテはあれでなかなか
なぜか、ファラキアはそこで楽しそうに笑った。
「そして返り討ちならまだ良いわ。人質にでもとられたらムクロの足を引っ張ってしまう」
「なんか。アイツなら構わず斬ってきそうな気がするんだけど」
「構わず斬るわ。人質になったのがあなたでもレイテでも。もしかしたら私でも」
穏やかな調子で話すファラキア。その言葉を聞いてルナは小さなひっかかりを覚える。すぐに原因に気づく。ごくごく自然に「もしかしたら私でも」とムクロにとってのファラキア自身の価値を高くおいた言い回しに対する——かすかな苛立ちだった。
「でもね。必ずムクロは、背負ってしまう。人質を殺したという事実を」
「そうかしら? 人の死なんて全然気にしないように思えるけれど」
ルナの脳裏に浮かんだのは、まるで遠い昔のように思えるアルノーでの出来事。犯罪冒険者が殺された後に、「お手柄だ」とルナを称えたムクロの無情な笑顔。
ルナがわざわざそんなことまで記憶の引き出しから取り出してきたのは。ムクロに対する反発というよりも、ファラキアに対して反論したい気持ちがそうさせたのかもしれない。
そんなルナに対して、分かっていないのねとでも言いたげにファラキアは笑った。
「彼って——本当はとっても優しいのよ?」
ムクロは優しい。そう語るときだけ、ファラキアから常の怜悧さが消え去り。大切な宝物を自慢する少女じみた、どこか子供っぽい笑みが浮かぶ。
「そうね。まずは今までちゃんと伝えていなかったことを話しましょう」
そして、すぐにその笑みを消して。ファラキアは常の怜悧さを顔面に再び宿す。
その様子に、ルナはかつてファアキアが酷く冷たい目をして。それを一瞬で消し去った様を思い出す。
今の笑み。かつての冷たい目。ファラキア・エルフという女の心が
ファラキア・エルフは静かに語る。
五〇〇年前、ムクロとその仲間たちが『端末』となったこと。
『端末』となった中で、ムクロだけが何故か自らの意思を残したこと。
それでも脳を改造された効果で、彼が不老の存在となって五〇〇年間戦い続けているということ。
人類教導個体として製造された人ならざるファラキアだけが、彼のかたわらにずっとあったということ。
「これを今まで話さなかったのは、私たちにとってあまりに当然の前提だったからというのがひとつ。それからもうひとつは——アルギッタの話題をあまり出したくなかったの」
「アルギッタって言うと……」
「ええ。ムクロのかつての恋人」
アルギッタという名前を出すとき。ファラキアの顔にはなんの表情もなかった。
「貴女と同じ、綺麗な黄玉色の瞳をした女性だったわ——だから私は、ルナ・リングハート。貴女を警戒していた」
作り物めいた顔を崩さぬまま。そう言われ。自然、ルナの瞳が揺れる。黄玉色をした瞳が。
「貴女がムクロを傷つけるのではないかと。そう、警戒していた」
「わたしにそんなこと……」
「もちろん、身体をではなく心を、よ——でもね。安心したわ」
緊迫した空気を急に崩して。ファラキアが破顔する。一転優しげな笑み。
そのまま、変えた空気の流れに沿うように一口、茶を飲む。
釣られるように、ルナも茶に口をつけた。淹れられて時間が経ち、ぬるくなったからだろうか。妙に苦みが舌に残る味であった。
「ムクロはあなたを女として見ていないと分かったから。きっとそうね。瞳の色をきっかけに昔を懐かしむための土産細工か。良くて愛玩動物としか思っていない」
「……なんですって?」
弛緩した空気の中。ひどく気楽げに。ファラキア・エルフはルナ・リングハートへの侮辱を口にした。
顔を強張らせるルナに対して、ファラキアはゆっくりと立ち上がると。ルナの耳元で囁くように告げる。
「怒ったかしら? でも、きっと愛玩動物扱いされている間が花よ。彼ってば——女への要求がすごいから」
「別に、私は……」
ルナはムクロ・スパルダに女として見て欲しいわけではない。しかし、人として対等に見なされていないと。そう言われって穏やかでいられるはずもない。
なにか、相応の痛罵を返すべきだと思い、ファラキアを睨みつけたちょうどそのときだった。
鈴の音が響いた。
気勢を削がれたルナを手で制して。ファラキアが音源——電話機へと手を伸ばす。
「
通話が終わると、ファラキアがルナに笑いかけていた。
こればかりは本心——これが本心でないとしたら、ルナはもはや人の表情のなにも信じられない——から。安堵の表情を浮かべてファラキアが告げる。
「監視に出していた者からの報告よ。ムクロは無事。ハスターに勝ったわ」
「そう、よかったわ」
これまたルナも本心から安堵して答える。ムクロは無事。本当に良かった。
だが、ルナは気が抜けなかった。電話機を介した会話の中には、不穏な単語が聞き取れたからだ。
案の定というべきか。ファラキアは笑みの質を変えて付け加える。
「そしてもうひとつ。——貴女、歴史の目撃者になれるわよ」
ファラキアは口元に浮かんだ笑みは、愚者を嘲笑う質のもの。
ああ。それについて、そんな風に語れる者からしたらば。確かに自分は単なる力なき目撃者に過ぎないのだろうなとルナは思った。
ファラキアが続けた言葉はこうであった。
「帝国軍が侵攻を開始したわ。戦争よ。およそ四百年ぶりの」