その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
馬に乗り戦う者たち。騎兵こそが現在の騎士——貴族たちの祖である。
槍という最強の陸戦兵器を林のごとく押し立てて攻める重装歩兵密集戦術が、大陸世界の標準戦術であった時代が長らく続いたのち。それを打ち破ったのが騎兵という兵科であった。
騎兵。まずもってそれを支えるのは機動力。
馬という人間の脚力を遥かに超える動物が生み出す速度は、正面突撃という選択肢ばかりであった戦場に迂回・包囲という新たな選択肢を生み出した。
次いで騎兵の重要要素は突破力。
人馬の重さと速度が掛け合わさったとき、生まれる衝力は歩兵の比ではない。重きものが素早くぶつかる、それはすなわち強力なり。まったく当然の
側面迂回、中央突破、包囲殲滅。
歩兵のみの戦場にて、限られた知将のみが扱い得た戦術が、騎兵の登場によって将であるならば誰でも選びうる基本戦術と成り果て、大陸世界における戦場の様相は一転した。
戦場の花形にして必須の兵科、騎兵。
だが、それは一朝一夕で生み出せるものではなかった。
まずもって馬を駆けさせるだけでも訓練がいる。
当然、馬を育てるのにも時間がいる。
育てた馬を駆けさせて、騎乗し武器を振るい戦うことには、また更なる時間と鍛錬を要する。
農閑期に密集して槍を突き出す訓練さえしていれば、一応は様になった重装歩兵とは全てが異なる。
騎兵であるためには、それに専念しなければならない。
大陸世界における当時の都市国家は戦場において必須となる騎兵を育てるため。素養ある者の農作業を免除して、専任の軍人とした。
これこそが大陸世界において騎兵が貴族となった理由。
いざ有事に備えて日々訓練をせねばならぬゆえに、普段は労働を免除され。他の者たちが育てた食料を受け取る権利を得た者たち。
その立場は代を超えて維持された。親から子へと騎士たる戦いを教えるが最も効率が良い。
そうして兵科として有効であるがゆえに求められた騎兵は、それを維持する必須から騎士という職業に転じ、騎士を育てる効率の求めに基づき貴族という階級になりおおせた。
果たしてダンジョンが生まれ、ステータスが蔓延した現代大陸世界において。騎兵という兵科の価値はどうであるのか。
零落の極みにあった。
騎兵を有効たらしめる二つの要素。機動力と突破力。
ステータスを得た高レベル冒険者は、容易く馬の脚力を超え、単純物理の突撃を超える攻撃力を備えうる。
人が馬より疾く、馬より重ければ。騎兵なるものは不要となる。
馬車という交通手段は健在であるものの、騎兵という兵科は式典・祭典の折にしか目にすることのない、骨董品じみた存在。そう成り果てていた。
◆ ◆ ◆
「おい、ありゃあ……」
「まさか、騎兵?」
ゆえにこそ。監査騎士団ドライドラ支部から進発した騎兵の群れを見て、ドライドラの街の者たちは目を剥いた。
その数は実に十三騎。
ドライドラ支部の全力出撃であり。同時に彼ら自身は意識せざることであったが実に三百余年ぶりとなる騎兵の実戦投入でもあった。
指揮官が騎乗を選んだのは、無論のこと叙情的な理由ではない。極めて現実的な理由からそれを採用せざるを得なかった。
ダンジョンが生み出す偽りの魔法。『ステータス魔法』。それを扱う者同士の戦闘は如何なる形に収束するのか?
それは極論「数値の調整」に尽きる。
ダンジョン内においては。スキルや魔法の行使とともに減少する魔力値、攻撃を受けることで減少する体力値。その二つを管理しつつ、モンスターの体力値を0にし続けること。これに冒険者は腐心し、より効率的にそれを行うために属性相性なるものを重視する。
ダンジョン外においては、減少する数値としてステータス自体が増える。ダンジョンから出ての時間経過と能力行使によって、ステータスは目減りしていく。
そんな中で、衛兵団や監査騎士団が治安組織として冒険者たちに優越しているのは、制度として魔石稼働の『鉄弓』という魔具を独占しているからに他ならない。
他の冒険者が攻撃と防御の両方に魔力を用いるために、魔力値とステータス値の両方が減少してく中、攻撃を『鉄弓』に任せることができる体制側は一方的な有利を得られる。
なお。これは偶然に発生したものではない。ファラキア・エルフの意図が働いている。
ダンジョンでモンスターを倒すだけで、冒険者は強くなることができる。そのような「力を持った個人」が跋扈する世界。それは治安という側面からみて悪夢でしかない。
例えば。守るべき法規がある中においても。自分が気に食わないからと従わず、怒鳴り声をあげ、拳を振り回す者は人間社会にウジのように湧き出る。
それらの数が抑えられるのであれば。またそれらの人間が一線を超えたときに体制によって抑えつけられるのであれば問題は極限される。
しかし、それらの人間が武力を持っていたらどうか?
法を守らぬ故に受ける罰を、力によって跳ね除けられる者が数多いたなら?
法に従わぬものが罰せられることなく利益を得て、法を守るものが泣きを見る。それが持続する社会はどうなるか?
まず、生産性が落ちる。真面目に働くことよりも、奪うことのほうが利益を得られるのであれば。誰もが馬鹿らしくなりまともに働かなくなる。
それが続くと、今度は物が無くなる。ダンジョンからのドロップアイテムに依存した大陸世界であれば。個々人でダンジョン探索をして解決することも可能だろうが。流通や保存といった職につく者も次第にいなくなり。社会全体の満足度は下がり続ける。
果てに。誰もが奪い合う社会が到来し。弱き者は奪われ続ける。その中で、「憂いる者」達が登場し。彼らも当然武力を持ち。そして、体制を打倒し「より良い社会」を作ろうとする。
だが「力があり倫理なき個人」を抑制できない限り、それは安定となりえず。同様の循環が繰り返される。
いずれの文化圏においても謳われる「奪うな、犯すな、殺すな」という倫理は、それを守らせることでしか社会というものが安定しないからこそ倫理という名前で敷かれるだけの合理である。
無論。言葉のみにてそれら法を守らせるは不可能。
ではどうするべきか?
ファラキア・エルフは安定のために偏らせた。『鉄弓』を始めとする危険魔具という枠を設け。それを体制側のみの手に渡るよう制度を作った。
既に収税装置として体制にとって欠かざる存在であった冒険者ギルドは、同時に武装の供給元としても存在することで、完全に不可欠の存在となり。その裏側で各国家間への装備供給量を調節し、国家間の力が均衡するようにファラキアは努めていた。
だが現在。それら冒険者ギルドの調整が、個々人の思惑と抑えつけられた鬱屈によって破綻をきたす段階にあった。
他の陣営に対しての優越を求め。帝国のギルゼリオも、王国のマルグリテも、反乱勢力のダサイクルも横流しに手を染め。結果的に犯罪者たちにも『鉄弓』装備が流出する自体となり。
冒険者たちに対して一方的に優越するはずであった監査騎士たちは。その優位を無効化されつつある。
(密かに配備されていた『
ドライドラ支部指揮官は馬を駆りながら胸中で毒づく。
閑話から彼が騎兵として動く判断に至った理由に戻るのであれば。数値の削り合いという現代の大陸世界戦闘において、一方的な優位を彼が取れないことが原因であった。
監査騎士団の手の中に『鉄弓』があるものの。敵である帝国陣営の手にもそれはあり。であれば差を作る要因は数、武器の質、そして個々人のステータス。
数においては。事前想定で劣っている。武器の質は不明。個々人のステータスも不明。圧倒的不利。その中で、多少なりとも自軍側のステータス低下を抑えるべく。ドライドラ支部指揮官は馬でもって現場に向かうを選んだ。
ドライドラ支部の騎士全員が貴族の出であり、騎乗技能を備えていたことがそれを選ばせた。
そもそもの軍事的常識から言って。敵戦力が定かでないときに動くべきではなく。軍人のたるべきから言って。命令なくして動くも論外。
自分が愚者として振る舞っている自覚がドライドラ支部指揮官にはあった。
後世の軍制度下においては、上からの命令無くも戦況と自軍の交戦規定を鑑みて自立できる指揮官が求められたが。当時の大陸世界においては強力な上位下達型の軍制度が好まれていた。
この点、一方で冒険者ギルドという優れて高度化された官僚制が存在しながら、王制という古式ゆかしい政治形態が併存しているという、大陸世界の歪みの表われとも言えよう。
「ここにて散開! 手筈通りに!」
魔導列車の路線建設現場に至る途中で、指揮官は散開を命じる。
十三騎は三つの群れへと分かれた。三と五と五へと。
帝国による即日建築進軍の妨害。それを成すために指揮官が選んだ戦法は、単純なる挟撃。
同時に願ってもいた。どうにか戦闘に陥らずに済んで欲しいとも。
戦闘を起こさず、実力を行使する。それは全くの無謀とも言い難かった。
帝国側と数で不利。ステータス差と武装差においても不明。
その中において、ドライドラ支部側に明確に優位な点があった。
王制という古式ゆかしい政治形態がもたらしたもの。
それこそが権威である。
「魔導列車の路線拡張工事に従事する冒険者諸君に告げる!」
路線拡張の工事現場に到着した指揮官は、拡声効果を持つドロップアイテムを起動してそう声を張り上げた。
二騎のみを傍らに配した彼に、資材を運搬していた冒険者たちは何事かと足を止め。
そして、周辺を警戒していた別の一段が布に包まれた長物へと手を掛ける。
(帝国側も流石に堂々と『鉄弓』を持ち歩きはしなかったか。見たところ、明確な帝国側戦力、『鉄弓』持ちは十五名。くそ。すでのこっちより多い。あとは護衛の王国冒険者。これが九名。合わせてちょうど二倍か……)
胸中で戦力算定を行いつつ、指揮官は言葉を続けた。
「諸君らは現在、王国に対する敵対行為に手を貸している! その路線拡張は帝国による王国侵攻を目的としたものである! 直ちに工事を中止し、冒険者ギルドへと戻られたし!」
どうなるか。指揮官は冷や汗をかきながら勧告を行う。
彼らを止める、正当な法的根拠はない。だが、監査騎士団の勧告は王国国内において大きな権威として受け止められているはずである。
何も知らぬまま利用されている冒険者であれば。法的根拠なくしてもその権威でもって止められれるのではないか。彼らが去ってしまえば帝国側戦力も労働力を失い。工事を断念するのではないか。
帝国側人員と思しき『鉄弓』を隠し持った者たちは。指揮官の言葉の間にゆっくりと移動し、遮蔽物を確保していた。だが、いずれも布の中に隠し持った『鉄弓』を取り出してはない。取り出したら最後。戦端が開かれることを理解しているからだろう。
(というか馬鹿だな、俺は。他支部の説得方法を間違えた。別件制圧。『鉄弓』の違法所持を理由にすればもっと戦力を動かせたじゃないか。クソ。——いや。他支部の連中は日和っていた。
内心生じた一瞬の後悔を自分の思考で押しつぶして。指揮官は決定的とも言える言葉を発する。
「諸君らが路線拡張工事を続ける場合、王国への敵対行為とみなし、我々監査騎士団は実力を行使するものである! 選ばれよ! 忠良なる王国民であるか! それとも帝国の走狗——ならず者として死ぬか!」
実力行使の宣言。これを聞いて帝国側人員は動かなかった。——なにか、交戦規定があるのか。先制してはならぬと。それとも
「舐めるんじゃねぇよ! オレたちはな! オレたちは! 今日からマトモになるんだよ!」
誰が知るだろうか。
指揮官の一言。言葉選びのひとつ。
指揮官の予想は当たっていた。帝国側は、自衛こそ認められていたものの。積極的な武力行使——損害を出してまでの工事継続を
だが。ドライドラ支部指揮官も。その場にいる帝国側の人間も。帝国にて命令を出した人間も。知り得ぬひとつの要素があった。
——ダンジョンに潜り、モンスタ—を狩り、ドロップアイテムを得る冒険者。
その冒険者たちを管理する冒険者ギルドの職員に、ドロップアイテムを用いて、様々な利益をあげる商人たち。他に騎士、衛兵、農業従事者、ほか諸々。
そんな、社会の健全な構成員たち。
だが、そんないわゆる
言葉を選ばずに言うのであれば、落伍者。
更に落伍者の中でも最悪の部類の属する者——暴力を好みながらも冒険者として日々ダンジョンに潜ることを生業として選ばなかった、
だが。ならず者とて、生まれたはじまりからならず者であった訳ではなく。
また、一度ならず者、落伍者としての烙印を押されても、どうにか健全な構成員として社会に戻ろうとする者たちもいる。
偶然にも。その場で工事の護衛に従事していた王国冒険者たちは、そんな社会復帰をいまから成そうとしていた者たちであった。
否。完全なる偶然ではないのかも知れない。帝国の『即日建築進軍』のために発注されたクエストは、合法ではあるが怪しいものでもあった。
見る目のある冒険者はその護衛依頼を避け。結果、脛に傷持つ、信頼のない冒険者がそれを受ける率が上がっていた。
そして偶々、ようやっと真っ当に冒険者を始めようとしてた元・ならず者に対して。今日から真面目に稼ぐのだ。昨日までの自分とは違うのだと意気込んでいた者たちに対して。ドライドラ支部指揮官は言ってしまった。
結局お前たちは、ならず者に過ぎないのだと。そう、受け取れる言葉を。
「お前らは! 偉い騎士さまは結局! オレたちを馬鹿にしてるんだろうが!」
冒険者の反応は短絡的である。愚かである。人によっては「だからお前たちは落伍者になったのだ」と吐き捨てるような、幼児性の発露である。
だが。そんな精神が幼き者でも。ステータス魔法は力を与える。人を殺し得る力を。
「オレを舐めるな!
そこから先は連鎖的だった。
指揮官が最初に殺されることも予期して戦端が開いたと同時に全力射撃を命じられていたドライドラ支部側の小隊は、魔法行使を目にした瞬間に『鉄弓』での射撃を開始した。——そこには自分たちこそが国を守るのだという、悲劇性への陶酔。愚かしさが無かったとも言い切れない。
更には、帝国側も冒険者の魔法行使に反応した。即座の反撃によって数を減らされてはたまらないと、布の中に隠し持っていた『鉄弓』を取り出し。射撃を開始する。
護衛の冒険者たち。暴力への閾値が低い者たちもまた。鳴り響く『鉄弓』の秋虫音に反応して、更なる魔法行使へと走る。
「くそっ! 狙え! 鉄弓持ち!」
「
「撃て撃て撃て! 指揮官だ! あいつが指揮官だ!」
「降馬しろ! 馬が怯えて走り出すぞ!」
「畜生! クズ冒険者がよ!」
両陣営の指揮の声。秋虫音。魔法を放つ
魔法に怯える馬のいななき。騎乗技術はあれど、馬の側に戦闘への慣れが無かったがゆえに駆け出す馬の蹄の音。
罵倒。指示。秋虫音。
体力値が削れきった
発動句。秋虫音。指示。罵倒。破硝音。馬のいななき。破硝音。破硝音。破硝音。
始まりに知恵あるものの考察があり。そこで対面に至るまでに勇気があったはずの戦いは。愚かとしか言いようのない理由により火蓋が切られ。
集った個々の内にある、個々にとっては通った理により。押し留められない本流と化し。
混乱。乱戦。乱射の果てに。短時間で以って終結した。
王国。ドライドラ支部小隊。指揮官以下全員死亡。なおこれは戦死とは認められず。彼らは時間を遡って不名誉除隊と相成った。
王国。護衛の冒険者たち。一名を残して死亡。これには後に冒険者ギルドから『悪漢による殺害』と認定され。見舞金が支払われた。
王国。作業員の冒険者たち。すぐさまに伏せたために全員生存。
帝国。工作員である『鉄弓』装備の者たち。十一名死亡。残存人員四名。
残った四名の帝国の者は、生じた被害に頭を抱えつつ。作業員たちに命じた。
「あれは恐らく、監査騎士を語る犯罪者である。犯罪者に屈してはならない。工事を続けよ」
命じた帝国人員は内心で吐き捨てた。
くそ。こんな作戦を考えたやつも。それをまともに止められれないやつも。言葉一つで殺し合いを始める冒険者も。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
◆ ◆ ◆
だが。結局。名もなき帝国人員から見て「馬鹿」な策である即日建築進軍は、成ってしまった。
王国中枢の壊滅。有効に動き得なかった王国国境周辺部隊。それぞれの理由から奮起した冒険者たちの働き。
兵員満載、魔導列車が王都へ迫る。
=====作者からの連絡=====
次話『4章 第6話
木曜 20時投稿予定