その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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4章 第6話 面従服従 重事に気づき

 

 帝国による王国侵攻。

 魔導列車による首都直撃。

 

 侵攻軍司令官であるギルゼリオ・リーグルが王都に降り立った場面は歴史書、あるいは戦記によってさも峻厳(しゅんげん)なるものであったかのごとく描かれる。

 

 また民衆の間で密かに、しかして連綿と歌い継がれた怨帝歌(えんていか)にもギルゼリオを美化したものが歌われる。

 

 或いはむしろ、口伝によって残された怨帝歌のほうがまだしも、当時の民衆、あるいは少し下った時代の人々の素直な気持ちを汲み取ることができるかも知れない。史書の大半は燃えてしまい殆ど残っていないからだ。

 

 その歌を一部を引くのであれば。下記の通りである。

 

 轟轟、王都に乗り込みし。

 魔導の列車の中より()でて。

 軍靴を鳴らせし黒鎧(こくがい)が。

 金糸赤旗(きんしせっき)の柱を立てる。

 そう忠烈たるは帝国兵。

 

 彼らが敷きし模覇道(もはどう)を。

 堂々歩むはギルゼリオ。

 

 己が策の成功と。

 未来に手に()る栄光に。

 想馳(おもは)せ浮かぶは傲岸笑(ごうがんしょう)。 

 

 嗚呼! 彼こそがギルゼリオ! 帝国が最後に生み()せし至宝!

 その才気は冴え渡り、その武勇は轟くばかり!

 

 嗚呼! 嘆くべきギルゼリオ! 生まれる時代を間違えた!

 (おぞ)ましの嗜虐(しぎゃく)帝が世になくば! 天下は彼に跪いたろう!

 

 嗚呼! 運がなきギルゼリオ! 生まれる場所を間違えた!

 王国に将帥(しょうすい)として彼在れば! 彼女の寵愛 受けたろう!

 

 されどこのときギルゼリオ! 己が最期を知る(よし)も無し!

 王都に自ら覇を唱えるべく! 足取り確かに進みゆく!

 

 嗚呼! (さい)に哀れは無辜の民草!

 彼が王都を征していれば!

 彼が女帝に勝ちさえすれば!

 

 ——最後、怨帝歌はそれぞれの歌い手が失ったものを嘆いて終わる。

 

 我は家族を失わずに済んだものを!

 彼は土地を失わずに済んだものを!

 俺は彼女を。

 私は夫を。

 僕は娘を。

 息子を。親を。祖父を。祖母を。金を。家を。平穏を。未来を!

 奪われた! 失った! 女帝のせいで!

 許してなるものか! 悍ましの嗜虐帝(ドミナス・フレンゲドゥス)マルグリテ!

 

 ——そうのように、怨帝歌は嘆く。

 

◆  ◆  ◆

 

 轟轟とは言い難き、ゆるゆるとした速度でもってその列車は王都の駅へと這い込んだ。それが座乗した貴人の要望であったからだ。

 

 駅を制圧するために先発していた帝国兵達が、降り立ってくるはずの男を迎えいれるべく整列する。

 これは、歴史書に描かれる光景になる。——居並ぶ将兵はその認識を抱き、緊張とともに帝国旗を高々と掲げた。

 

 そうして魔導列車の扉が開け放たれると。堂々とは程遠い足取りで帝国皇太子ギルゼリオ・リーグルが飛び出してきた。

 

「総員!帝国皇太子にして帝国監査騎士団団長、ギルゼリオ・リーグル閣下に——」

 

 「敬礼!」と続けようとした指揮官の声がしぼむ。列車から飛び出したギルゼリオがその場で嘔吐しはじめたからだ。

 

 たった一日の突貫工事で作られた魔導列車の路線は、地面の突き固めからして不十分であり。道中の揺れは酷いものであった。

 結果の、列車酔い。ギルゼリオが嘔吐した理由はそれだった。

 

「総員周辺警戒! 殿下は儀礼よりも実利を重んじる! 散れ! 散れ!」

 

 ギルゼリオを追って降りてきた侍従長が兵どもを追い散らす。

 暗黙の了解としてこのたびの王国侵攻における実質的司令官が侍従長であることを誰もが知っているため、兵たちの反応は早かった。敬礼するなり周辺警戒へと飛び出す。ギルゼリオの醜態は誰も目にしなかった。そういうことになった。

 

「まったく! なんたる揺れだ! 線路を敷いた奴らは処刑するべきだ! 処刑!」

「なにぶん、時間がありませんでしたからな……」

 

 胃の中を不快にさせていたものを出しきって。意気を取り戻したギルゼリオ。そんな彼の発言を否定も肯定もせず、侍従長は水の入った杯を恭しく差し出す。

 

 差し出された杯をあおって口を濯いだギルゼリオは、地面に水を吐き捨てると尋ねた。

 

「まあよい! この私が王都に降り立ったのだからな。状況はどうなっておる。マルグリテ・セヴェリナは捕らえたのか?」

「少々、お待ち下さい」

 

 侍従長はギルゼリオの問いかけに、最新情報を確認するべく『共有の書字版』を確認した。内心には些かの焦りがある。

 

 王都侵攻が成功してしまった。それはこの度の侵攻計画を立案した侍従長にとり()()()()()()()()()()であった。

 

 帝国から王都首都に対する一気呵成の侵攻。

 それを実現するための「存在しなかった魔導列車の線路を一気に完成させ、帝都と王都を直結させる」という策。

 

 結果として成功したことでこの戦術はのちに歴史に残ることになるが。現実問題としてあまりにも発想が奇に過ぎる。実現はこの時代において無謀、のちの再現は夢想と言えた。

 

 それもそのはずである。これは本来において侵攻のための計画ではなく、王都制圧後の統治の段階を見据えて用意されていた占領政策の一環であった。にも関わらず侍従長がそれを侵攻作戦として採用したのは()()()()()()()()()()であったからだ。

 

「いやいやハスター! まずハスターだ! あの男さえおればどうとでもなる! はやくグルンド迷宮伯の元から呼び戻すのだ!」

 

 複数の『共有の書字版』を繰りながら、状況確認を続ける侍従長をギルゼリオが急かす。

 彼が挙げた名前。ハスター。その男こそが侍従長に「侵攻失敗」を望ませた原因であった。

 

 便利使いしていた上級冒険者ブルッカによる『共有の書字版』を介した推薦により帝都を訪れた男ハスター。柄まで鉄で出来た槍を携えた古風な男は、『鑑定』の魔法の結果レベル0のステータス無しであった。

 

 不世出の強者であるとの触れ込みであったその男を、当然、ギルゼリオも侍従長も信じることなど出来なかった。レベル0の強者などと。あまりにも矛盾した言葉であったからだ。

 

 よって試しが行われた。

 レベル0にも関わらず強者であると吹聴するハスターに対する、半ば処刑の意図を込めた戦い。すぐさま招集できた帝国監査騎士八個小隊九十六名。レベル合計五〇〇〇を超える精鋭が、完全武装で以ってレベル0の男に挑み。——そして全滅した。

 

 広さを備えているからという理由で円形劇場で行われた試しの結果。

 

 白磁の石畳で覆われていたはずの劇場は、撃ち出された無数の鉄針の黒と、破壊された魔具の果てである灰、そして全てを染め上げる赤によって塗り替えられた。

 結果は一目瞭然。九十六名の監査騎士たちは蹴散らされ、散らかされた。 

 

 そして過程は——侍従長の目ではろくろく捉えられなかった。

 飛び交う鉄針、唸る鉄槍。そして飛び散る赤、赤、赤。次第に増える恐慌する騎士たちの悲鳴と、増える沈黙の割合。

 

 問題はなにより。結果でも過程よりも。影響であった。

 大量欠員による帝国の軍事力に対する影響? 当然、それはもちろんあった。

 だが、なによりも大きかったのは皇太子ギルゼリオ・リーグルの心に対する影響であった。

 

 ギルゼリオは、目の前で彼の部下が殺される光景に爛々と目を輝かせていた。

 彼は魅せられていた。繰り広げられる暴力の暴風に。ハスターという圧倒的な武力に心から魅せられていた。

 

「失った兵力などものの数ではない! ハスターさえいれば勝てる!」

 

 唾を飛ばしながらそう主張するギルゼリオに対して、侍従長の側は特大の警戒心を抱いていた。

 

 確かに、ハスターという異様な暴力を使えば王国を陥とすことは叶うだろう。だが孤人国陥(こじんこくらく)を成す男を、一体どうすれば制御できると言うのか? いま目前で百に近い精鋭が屠られたというのに。

 

 ハスター本人は「ブルッカの紹介もあったことであるし。他にあても無い。当面ぬしらに協力しようぞ」などと(うそぶ)いていたが。その当面が過ぎたらばどうするのか。そもそもこの男はこれまでどこに隠れ潜んでいたのか。あまりにも胡散臭く危険に過ぎる男であった。

 

「かの男を配下に収める。それは庭で嵐を飼うに近い話でございます」

 

 そんな例えを含めて。諸々と不都合を挙げてギルゼリオの説得を試みた侍従長であったが。ギルゼリオはハスターを傍らに立たせて世界を制する自分という夢想に取り憑かれており。如何なる説得も受け入れなかった。

 

 帝国の本来の最高権力者である皇帝からギルゼリオを制してもらうことも考えた。

 だが、侍従長はギルゼリオの専横を可足らしめるために、時間をかけて皇帝の権限と権威を移し替えていた。

 現在の帝国において、皇帝とは威厳あふれる愚痴を吐く存在でしか無い。

 なによりも、皇帝と皇太子がまるで親子であるかのように語らう様子を見ることを、侍従長は好まなかった。

 

「あれぞ我が矛先になるに相応しい男よ! 世界皇帝となる私に相応しい!」

 

 熱っぽく語るギルゼリオを前に、結局のところ侍従長の側が折れた。

 ハスターをグルンド迷宮伯の元へ送ることで、彼を一種の『爆弾』として使うという策を献じて。——それはハスターを帝国から引き離し、あわよくばそこで果てて貰いたいという願いを込めての策であった。

 

 そしてハスターという特大の爆弾は炸裂した。グルンド迷宮伯の元に潜ませた密偵から、詳細な連絡が『共有の書字版』でもって侍従長の元へと送られてきた。

 

 損害無しでの、王城完全陥落。そしてハスターはマルグリテを捕らえるべく単騎進発。半ば信じられず、半ば当然のその報告を侍従長は「次の失敗」の準備をしながら聞いた。

 

 次の失敗。

 ギルゼリオの我儘を止めることが困難であった以上、ギルゼリオが乗り気となり、納得し、そして失敗する可能性の高い策を献じるのが侍従長の抵抗、あるいは慈愛であった。

 あらゆる言葉よりも雄弁な失敗という現実を用いて「まことに残念ですが今回の王国侵攻は見送りましょう」と彼を説得する。積み上がる人命? 積み上がれば積み上がるほど良い。命の重さこそが説得力に替わる。

 

 それこそが『延長戦』の正体であった。机上の空論。机上であっても無理難題と思えるその奇策を、奇策である故にギルゼリオは喜んだ。

 恐らくは失敗するその奇策をそれらしくするべく、侍従長は必要最低限の手を打ち——予想外。『延長戦』は成ってしまった。

 

 そして侍従長はギルゼリオとともに王国王都に立っている。

 

「それで? どうなのだハスターは」

「——所在確認がとれません」

 

 侵攻が成ってしまった以上は、勝利を求めるのが侍従長の役割であった。

 来てしまった。見てしまった。であれば勝つほかに道はない。

 そのために、ギルゼリオが求める情報を含め、魔導列車に乗っている間からずっと彼は王国各地に潜ませた間諜からの情報を精査している。

 

 その結果、明らかになるハスターの消息不明。 

 こうなった以上、最も頼りになるはずの男が消えた。

 

「なんだと? マルグリテを捕らえに監査騎士団詰所に向かったのではなかったのか?」

「はい。そこまでは確かです。——グルンド迷宮伯がその後に確認の部隊を向かわせ……その部隊もまた消息不明」

「ではマルグリテの身柄も確保できず、ハスターも行方知れず、そういうことか?」

「ええ。——少し、考えさせて下さい」

 

 さらなる情報を精査しつつ、侍従長は考える。

 ハスターの消息不明。離反だろうか? 十分にあり得る。そもそも信用ならない暴走武力。例えば彼であれば、ただ一人をもって新たに国を起こすも可能。その際にマルグリテという肉の王冠は極めて有用だろう。

 

 だがそれだけか。もっと他の可能性は無いか。資料を漁る。

 そんな侍従長の目に止まったのは、冒険者ブルッカが討ち取られたことに関する報告。現場の王国監査騎士はマルグリテと副官アスト・リゥムを除き全滅。生存者は三名。三名? 三人目はギルド職員。ムクロ・スパルダという名前の男。

 

 それに侍従長は奇妙な引っ掛かりを覚える。監査騎士の犠牲を引き換えにマルグリテがブルッカを討った。そういう話だと深く考えずにいたが、今となれば引っ掛かりを覚える。

 殺してはならないマルグリテが生き残るのは戦略上、分かる。麗人であると資料にある副官アストが生き残ったのはブルッカの性格上、分かる。

 だがギルド職員の男が生き残る。——無くはない。冒険者ギルドは戦力を保持しない。職員はみな低レベル。危険でないがゆえに後回しにされた。そういう話なら分かる。

 

 だが。何かが引っかかる。その直感を信じて、侍従長は更に資料に目を走らせる。

 マルグリテの行動記録を追う。

 アルノー横流し事件に関してギルド職員を呼び出し。それはムクロ・スパルダなる男。

 摘発活動へのギルドからの同行者。ムクロ・スパルダなる男。

 ブルッカの件にも当然同行。ムクロ・スパルダなる男。

 長期間に渡るギルド職員の勾留。対象はムクロ・スパルダなる男。

 噂話。アスト・リゥムがギルド職員と婚約するらしい。その男、ムクロ・スパルダ。

 

(なんだ。なんなのだこの男は?)

 

 些末な情報の中に紛れて。なんども登場するムクロという男。その異物感。それがどうしてか、侍従長の頭の中に警鐘を鳴らす。単なるギルド職員。レベル0のステータス無しがなぜこうもマルグリテの行動の中に影をちらつかせるのか——レベル0のステータス無し?

 

 ぞわりと。侍従長の背中に怖気が走る。

 

 侍従長は急いでムクロに関する情報を漁る。『共有の書字版』にも筆を走らせる。資料の中から、そして書字版から。刻一刻と情報が集う。

 

 無能なギルド職員だという。

 各地のギルドで持て余されて場所を転々としているという。

 見栄のためか地上産の剣を帯びているという。

 

(発想の飛躍か? ——レベル0のステータス無しの強者が、ハスターという男が一人いた。他にもいるのではないか。同様の人材が。この連想は、飛躍か?)

 

 ギルド戦力という言葉を、侍従長は思い出す。

 冒険者ギルドが密かに保持する、ギルド憲章違反の戦力。半ば都市伝説めいたそれ。

 

 ああ確かに。レベル0のステータス無しであれば。ギルド職員として問題なく働けて。更にはそれが。ハスターのごときであったれば。戦力として十分過ぎるほどに通用するだろう。

 だがしかし。だがしかし。

 結局。侍従長は策謀家としては忸怩たる思いを抱く言葉を紡ぐしか無かった。

 

「ここにある情報だけでは足りません。今は我々の戦力のみで行動するべきかと」

「ふむ。お前にしては——まぁ、良い。どう動く」

「まず、駅の確保は続けます。本部もここに置きましょう。後続の兵力と物資が届きますからな。それから王都民への宣言。我々は逆賊グルンド迷宮伯を討つべく義によって参上したと。そして重要拠点の確保」

「……妥当であるだろうな」

 

 侍従長の言葉に。ギルゼリオは重々しく頷く。実際のところ彼は大して考えてはいなかったが。

 

「占拠目標は衛兵団の本部、冒険者ギルド本部、王都への主要街道関所、ああ。王城は包囲に済ませましょう。迷宮伯という敵役が我らには必要ですし、あちらにマルグリテ王女殿下を抑えられても困ります。そして当然、監査騎士団詰所にも兵力を。ここを最大に。それから——あるギルド施設」

「ギルド施設だと? ギルド本部だけではなく?」

 

 ギルゼリオに対する献策の最中(さなか)も『共有の書字版』による諜報員たちとのやり取りを続けていた侍従長は最後に一ヶ所、ギルゼリオであっても違和感をおぼえる場所を占拠目標として指定する。

 それは、ギルド職員ムクロ・スパルダが出入りしていた場所。一般的には知られていないものの、書類上は冒険者ギルドの所有物件として登録されている倉庫であった。

 

「はい。半ば直感ですが。派兵が必要であると考えます。ああ。肉壁として連れてきた犯罪者や不良冒険者。そやつらを使っても良いかも知れません」

「ふむ……よきにはからえ。とにかく我はハスターと早く合流したい」

「はっ! ——伝令! 各隊指揮官集合!」

 

 ギルゼリオからの裁可を得た侍従長は指揮官集合をかける。

 すぐさま整列した一同に対して、ギルゼリオの言葉を代行するという体裁で彼は諸々の指示をだした。

 

 最後。侍従長はひとつの警告を付け加えるべきか迷う。

 確証は無い。

 状況証拠すら足りない。

 直感でしか無い。

 そんな情報を伝えるべきか? 迷ってから。

 間違えたらばレベル0の男をあっさり殺すだけで済むと考え。侍従長は断じた。

 

「ああ。最後に。総員に伝達せよ。黒猫色の髪と目をした若者。地上産の剣を下げたギルド職員を確認したらば。警戒せよ。おそらくは——その男、ギルド戦力につき」

 

 

 

 

 

 

 




=====作者からの連絡=====
次話『4章 第7話 有事のギルドは有意になくば』
月曜20時投稿予定
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