その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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4章 第7話 有事のギルドは有意になくば

 

 冒険者ギルドの本部は王国王都にある。

 より正確に言うのであれば()()、冒険者ギルドの()()()()()王国王都に置かれている、というのが正しい。

 

 ギルド憲章第四条は謳う。冒険者ギルドはいかなる国家にも属さない中立組織である、と。

 それを実現させるためのひとつの方策が、本部機能の四年ごとの移動であった。

 

 最初の四年は王国、次は帝国、そして都市国家連合と本部機能を順繰りに移し続けることが冒険者ギルド内規、そして各後援国家との条約よって定められている。

 

 人は長くともに過ごした存在へと親しみを抱きがちな傾向を持つ。

 もしも冒険者ギルドの本部機能が特定の国家に置かれたならば。自然とギルド職員たちはその国家への傾倒を深め、ギルドの中立は早期に有名無実化していたことであろう。

 

 また現地の都市や国家との癒着を防ぐために、ギルドにおいては頻繁に職員の異動が行われる。それで完全に癒着が防げないことはアルノーにおけるドロップアイテム横流し事件を見れば明らかではあるが。もしも頻繁な異動方針を選択していなければ腐敗の度合いはより深刻なものとなっていたこともまた同様に明らかだった。

 

 いずれもそれはギルド長ファラキア・エルフが打ち出した方策。

 彼女は安寧をこそ望んでいた。

 それが大陸世界の安寧でないことが、世の人々にとっての不幸であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 その日その時。冒険者ギルド王都本部は受付業務を終えようかという頃合であった。

 昼過ぎから降り始めた雨により、既にして暗かった空は更なる闇に包まれていたが、ギルド本部の広間に灯された魔石灯は煌々と輝き、その闇に抗っていた。

 

 そんな広間へと、扉を開け放ち三十人を超える者たちが踏み込んでくる。いずれも軍装であった。

 

(帝国軍の……監査騎士団?)

 

 それを見て、ギルド職員エード・ドートスは脳内に疑問符を浮かべる。

 冒険者ギルド本部の受付係であるエード・ドードスは昨年に帝都の冒険者ギルドから異動してきたばかりの男性ギルド職員であった。

 

 それゆえに。入口の扉を押し開いて現れた帝国軍の軍装を目にしたときの感情は驚きと困惑、そして懐かしさが等分に入り混じったものであり。そこに警戒は無かった。

 

 一般的なギルド職員にとり。国家権力とは頼るべき相手である。

 戦力の保有を禁じられた冒険者ギルドは、一定割合で発生する不良冒険者による狼藉に際して、常に国家を頼る。

 現に、王都ギルド本部の受付広間の各所にも王国衛兵団の立哨が控えている。それは他のギルド支部でも同様の光景であった。

 

 ギルド職員エード・ドードスにとってもそれは同様で、帝国にいたころには帝国兵によって、王国では王国兵によって、横暴な冒険者に直面した際は助けられてきた。

 帝国・王国のいずれでも頼っていたのはほとんどが衛兵団であり、たったいま踏み込んできた監査騎士団はエードにとり馴染は薄かったものの。鎧の下に着込んだ帝国軍所属を示す青の軍衣は彼にとっては安心の記憶と強く結びついたものであった。

 

 ゆえに。エード・ドートスはギルドの受付広間に踏み込んできた帝国兵、その指揮官の言葉へと、なんの警戒も無く聞き入った。

 

 単に「なんだろう?」と呆けていた。そうも言えるが。他の職員や、まばらに残った冒険者たち。そして壁際に控えた王国衛兵団の立哨たちもエードの反応と大同小異であった。

 

「王国衛兵団の諸君はその場から動くな! 他の無辜なる冒険者ならびにギルド職員も同様である! 我々は治安回復のためにやってきた!」

 

 治安回復。回復するべき治安への不安などあったろうかと王国の人々は思う。ごく一部だけが、王城で起こったという尖塔の崩落事故についてを思い出していた。

 そんな人々が抱いた疑問への答えもまた、帝国兵指揮官が口にした。

 

「諸君らは知っているだろうか!? 現在、王城は奸賊ダサイクル・グルンド迷宮伯によって襲撃を受け不当に占拠されている! 更には恐れ多いことに、国王陛下を始めとする王族の方々はグルンド迷宮伯の手によって(しい)された!」

 

 ギルド広間にどよめきが生じる。とりわけ、衛兵団の者たちの動揺は大きい。自分達の直接の主人が今や亡いというのだから。

 

「我々帝国軍は、今際(いまわ)の際に国王陛下より救援を求められ、こうして急ぎ王都に馳せ参じた次第である! 我が部隊は平和と協調の礎たる冒険者ギルドの防衛を担わせてもらう!」

 

 それが、帝国軍側の王都侵攻の口実であった。

 実際ところ、国王はそのような救援要請など行なっていない。呆然なるままに首を転がした。帝国側の完全なる嘘である。

 しかし、現状の王国にはそれを嘘であると反論できる勢力が存在しない。——唯一、国王を弑逆したグルンド迷宮伯にはそれを言うことも出来るし、権力掌握のために言うべきでもあった。しかし、王国民が王都の事変を知らないことからも見て取れるように。彼は現状、沈黙を選んでいた。

 

 果たして帝国兵指揮官の宣言に、冒険者ギルド広間にいた面々の反応は鈍かった。なんらの前提情報もなく知らされた叛乱、王城占拠、王族弑逆、そして帝国軍の王都侵入とギルド防衛宣言。もたらされた情報を咀嚼するのにしばしの時間を要したのだ。

 

「また、王国衛兵団ならびに王国監査騎士団内には、グルンド迷宮伯の手勢が潜んでいる可能性がある。よって、一時拘束させて頂く!」

 

 それは実力行使の宣言であったが、その言葉に反応できた者はいなかった。ごく、一部を除いて。

 むしろ反応するべきで無かったのにも関わらず、その者は動いてしまった。

 

「くそ! なにが救援だ! 侵略だろうがよ!」

 

 動いたのは、ギルド警備の人員に潜んでいたグルンド迷宮伯に同心した衛兵であった。計画ではグルンド迷宮伯もギルド制圧を行う予定であり。そのために待機していた人員である。

 

 待てど暮せど迷宮伯側の部隊は訪れず、代わりに現れた帝国軍。それに対してその衛兵は反応してしまった。素知らぬ顔をして拘束されていれば、命は助かったであろうに。

 

 叫ぶと同時に、遮蔽物となるギルドの受付卓へ駆け出しながら、衛兵は手に持った『鉄弓』——五連発式の『無弦(むげん)の鉄弓』を帝国兵指揮官に向かって掲げる。

 愚かとしか言いようのない行動だった。踏み込んできた帝国兵の数は三十名以上、三個小隊に至り、装備はいずれも『瀑布(ばくふ)の鉄弓』。驚異的な連射速度を誇る、『鉄弓』の中でも上等の武装。

 

 一杖の『無弦の鉄弓』でどうにか出来る戦力差ではなかった。

 叛乱勢力に与した衛兵は、その愚かしさのツケを支払うことになった。——彼以外の者を巻き込んで。

 

「えっ?」

 

 衛兵が駆け出した先。受付卓にいたギルド職員エード・ドードスは目を瞠った。一斉に、周囲の視線が自分の方に向いたからだ。だが、向いた視線よりも注意を払うべきものがあった。

 

 それは帝国兵たちが持つ『鉄弓』の杖身(じょうしん)が向かう先。

 

 駆け出した衛兵。

 衛兵が駆けた先にある受付卓。

 受付卓の向かいにいる、エード・ドートス。

 

 

 冒険者ギルド本部制圧戦。

 死亡者は二名。うち一名はギルド職員エード・ドードス。

 叛乱勢力側の衛兵を射殺するための流れ針による死亡。

 

 報告を受けた帝国の侍従長は、死亡者の少なさに安堵のため息をついたという。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 冒険者ギルド本部。その最上階では、ギルド総本部長ゲントリス・ストリリウスが次々と入ってくる情報の数々に対して、渋面へと皺を追加する作業にいそがしかった。

 

 無論、渋面を深くすることは彼の主要な仕事ではない。

 彼の手は『共有の書字版』に文字を記し続け、目では複数の書字版に返ってきた返答をせわしなく追っている。

 

 そして口頭でも指示を出す。

 

「会わん! それよりも絶対に二階より上に帝国兵を上げるな! 一階の受付広間、物資搬入出口、それから周辺警戒のみを丁重に依頼しろ!」

 

 答えた内容は、帝国軍指揮官による面会依頼への回答だった。答えを聞いた連絡役のギルド職員がすぐさま彼の居室を飛び出していく。

 

 治安維持の過程で生じたエード・ドートスなるギルド職員の死亡に関しての謝罪と事情説明、そして今後の警備に関する打ち合わせ。それが帝国側の面会依頼の理由だった、

 

 だが名目上、冒険者ギルド本部の安全のために後援国家として警備にやってきたという帝国軍が、実際はギルド本部制圧を目的としているのは明々白々である。

 

 面談に応じてしまったならば、その部屋は帝国兵によって警備され。結果としてギルド総本部長であるゲントリスはこの事変のさなかで軟禁されたと同様の状態に陥る。

 

 ゲントリスにとり、それは避けたい事態だった。

 冒険者ギルドは、この有事において有意に動くことは出来ない。

 ギルド憲章の第四条をもって中立を謳う冒険者ギルドは、王国、帝国のどちらに肩入れをすることも許されない。

 そして、いま現在ギルド本部に襲来している帝国軍に対しても、またグルンド迷宮伯が部隊を差し向けてきたとしても。自力防衛する力を持たない。ギルド憲章第六条。戦力の放棄という条文に縛られているがゆえ。

 

 無論、ゲントリスは知っている。ギルド戦力なる、ギルド長ファラキア・エルフのみが動かせる秘匿戦力が存在することを。しかし、よしんばそれを動かしたとして、今度はギルドの屋台骨が揺らぐ。

 

 五〇〇年の繁栄と安定を共にしながら、小さな鬱屈もまた静かに溜め込みつづけた諸勢力は、憲章違反を行ったギルドに対して嬉々として鬱憤晴らしを行おうとするだろう。各勢力による一つ一つの求めが小さかったとして。累積したそれらはギルドそのものを崩壊させかねない。

 

 いま、ゲントリスに出来るのは、冒険者ギルドの機能の維持と、決定的な主導権をどの陣営にも渡さないことだった。

 帝国に主導権を握られてしまえば、なし崩しにギルドは中立組織から帝国への協力組織に成り果てるか、あるいは各地で分裂するか。いずれにせよろくなことにはならない。それが王国側であっても同じこと。

 

(くそ! ギルド長はなにをしている! 方針のひとつも示してくれなければ、大きな動きがとれんではないか!)

 

 ゲントリスが動き始めたのは、無論、階下での騒ぎより前である。

 

 帝国と王国の各所で起こった魔導列車の線路拡張。一度は問題なく受注されたそのクエストは、規模の大きさゆえにゲントリスの耳に入り。

 そして帝都から魔導列車が王都に向けて進発したこと、王城および監査騎士団本部との連絡途絶、王城を占拠した衛兵団の一部勢力——グルンド迷宮伯陣営についても次々情報自体は入っていた。それら情報をゲントリスはギルド長の元にあげ続け、判断を請うていた。

 

 だが。返答は無かった。

 

 ギルド長ファラキア・エルフとギルド総本部長ゲントリス・ストリリウスの間に、直通の連絡手段は無い。

 一度、ファラキア直轄の部下の元にゲントリスから『共有の書字版』で連絡が行われた後に、そこからファラキアへと何らかの方法でもって連絡が行き。返答はその逆を辿るという煩雑な形でしか連絡手段は存在しない。

 

 どうやら、ファラキア・エルフという存在は、『共有の書字版』を手元に置くことを厭うている風がある。一体なにを恐れているのかとゲントリスは常々疑問に思っていた。

 常は小さな疑問であるそれは、現状、大きな苛立ちとなってゲントリスを煩わせている。

 

 ギルドに対して権限を持つ、ギルド評議会への連絡、都市国家連合所属の各国からの問い合わせへと返答、各ギルド支部から上がってくる問い合わせや報告への返信。

 

 膨大な量の情報を捌きながら、ゲントリスはすでに何度も記した文言を、ギルド長の元へ届く入口となる『共有の書字版』へと書き記した。

 

 

 ——ギルド長ファラキア・エルフに指示を請う。有事のギルドは有意になく。されど我らは在り続くべく、如何に対処を行うべきや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





=====作者からの連絡=====
『4章 第8話 はかなきままに破壊され』
木曜 20時更新予定
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