その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
帝国軍は皇太子ギルゼリオが魔導列車で以て強引に王都へ侵攻し、王城ではグルンド迷宮伯がいまだそこを占拠し続け、冒険者ギルド本部ではゲントリス・ストリリウスが頭を抱えている最中。
ギルド長、ファラキア・エルフは紙を手繰っていた。
そこに記された内容を読み、目を細める。
「あの、私はお手伝いしなくてよろしいのですか? 」
「大丈夫よ。すぐに終わるから」
そうファラキアに返され、黙り込むのは一人の少女。
まだあどけなさを残す顔つきをした、冒険者ギルドの暗部で非戦闘員として働く『ギルドの黒子』である少女であった。
彼女はファラキアによって呼び出しを受け、その居室にいる。
てっきり王都で発生している事変に関して、連絡役か何かを任されるものと思っていたのだがそうはならず。
「ちょっと待っていて」と少女を卓に着かせ、ファラキア自身は泰然とした様子で何かの書類を読んでいた。
一体どのような要件で自分が呼ばれたのか。緊張した面持ちで少女は待っていたが。ようやくファラキアが書類から顔を上げ、少女のほうを見て微笑む。
「ごめんなさいね。お待たせしてしまって」
「い、いえ。問題ありませんギルド長ファラキア・エルフ」
「そう? ああ。いまお茶を淹れるわね」
茶器の支度を始めるファラキア。少女は慌てて立ち上がる。
「そのようなこと、私がやります!」
「この部屋では私のほうが
そう言われては否応もなかった。少女は座り直す。
ファラキア・エルフの居室には酒や茶菓子、その他の嗜好品といった具合に一人の男——ムクロ・スパルダをもてなすための全てが揃っていた。唯一、寝台を除き。
備え付けの簡易な
「今日呼んだのは、あなたとお話したかったからなの」
「私と、ですか?」
この情勢下でなんと悠長な、という思いと同時に、微かな納得もまた少女は覚える。
そういえば何人かの他の『黒子』も。こうやってファラキアと茶卓を囲んだことがあると聞いたことがあった。時折、ファラキアは茶を淹れるのに失敗し。酷く苦い茶を飲まされることがあるという、完璧なように見える彼女の失敗談とともに。
「そんな場合ではない。そう思っている?」
「はい。いいえ——はい……」
上長の言葉を否定するわけにも行かず、少女は肯定し。
上長の行動を否定したと気付き否定に転じ。
どう転んでも結局はファラキアを否定することになると、少女は素直に答えた。
そんな少女の様子を見て、ファラキアは優しげに笑った。
「困らせてしまったみたいね? 良いのよ。この際、疑問に思うことがあったら聞いて頂戴。こういう機会もそうそう無いでしょうし」
「でしたら……」
やや躊躇ってから。少女は口を開いた。
「ムクロ・スパルダ氏はご無事なのでしょうか? それに、帝国侵攻と王都叛乱。我々もなにか動くべきことがあるのでは?」
「そう。やっぱり——」
「え?」
「いえ。やっぱりそこが気になるわよね」
ムクロの安否を最初に尋ねた少女に対してファラキアはわずかに目を細めたが。それを相手に悟らせることなく説明を行う。
「帝国にはうまくやられたわ。冒険者ギルドは中立であり、戦力をもたない。これは平和を維持し続けるには有効だけれど、一度、後援国家が軍事行動に踏み切ってしまえば手を出す道理も手段も持たない」
冒険者ギルドはギルド憲章の第四条をもって中立を謳い、第六条をもって戦力を放棄している。
これは国家を跨ぎダンジョンとドロップアイテム、そして冒険者たちを管理するために「我らは権力を志向せず」と示すために定められたものであり。甲斐もあって中立の管理組織として認められてきた。
その上でファラキアは様々に。主に「武力を権力の側に偏らせる」ことによって世界の安定を成し遂げてきた。
冒険者という強力な力を持つ個人を統括し得るだけの力を、三大国家へと偏らせることで無頼や悪漢の類が力で道理を捻じ曲げる世の到来を防いだのだ。
『鉄弓』という地上で強力な力を発揮する魔具を、国家にのみ保有を許していることなどがそのひとつの試みである。
だが。三大国家のうちひとつが唯一国家にならんと目論んだとき。ギルドは抗する術を持たない。後援者である三大国家が理性的であることを前提に、ギルド憲章は作られている。
「ですが非公式にはギルド戦力が——ムクロ・スパルダ氏が存在します」
「ムクロは無事よ。安心した?」
「!!——はいっ!」
一番聞きたかったことをはぐらかされた少女は、ムクロの名前をあげることでファラキアに回答を促し。ファラキアは少女の意図を誤解せずに彼の安否を教えた。
「ムクロはいま、監査騎士団詰所にいるわ」
——マルグリテ・セヴェリナとともに。お互いの身体を洗い清めるために。あるいは、もう一度。
ファラキア・エルフはその情報についてを胸に秘した。そこまで教える必要を感じず、またそのことについて考えるのが耐え難がったがゆえに。
「ムクロのこと、心配?」
「はい。ご無事であるとは信じていましたが、やはり……」
尋ねられ。心底安堵した様子の少女。その瞳の潤み。手指を握る仕草。ファラキア・エルフはそういったものを何度も見てきた。
「貴女はムクロと、そう大した関わりが無かったと思うけれど。確かアルノーでの連絡役の任務で初めて会ったはずよね?」
「そうです。お話は聞いていましたが、ムクロ・スパルダ氏とお会いしたのはその時が初めてです。あとは、先日一度だけ」
「その割には、随分と入れ込んでいるみたいだけど?」
問うて。ファラキアは茶器に口をつける。話を聞く姿勢。
「お話したことはその二度だけですが、何度も横顔を拝見しました。皮肉げで飄々と振る舞ってらっしゃいますが。ムクロ・スパルダ氏が背負ったものを考えると、そしてときおり浮かべられる、苦しげな表情を見ると。お助けしたいという気持ちが切々と湧いてくるのです……」
少女は胸の内を正直に語る。それをファラキアは微笑ましげに見る。
「良い子ね、貴女。ムクロはそういう健気な子が好きよ。だって一番健気な私のことを、ムクロは一番好きなんだから」
「は——」
ファラキアの言葉が本気であるのか。冗談であるのか。少女は判じかね。曖昧に頷いてごまかすように自分の器から一口、茶を飲んだ。
それを見て、ファラキアは笑う。この日、初めての心からの笑顔だった。
「話を戻すと。確かにギルド戦力、ムクロがいればどうにでもなるわ。帝国? 反乱勢力? そんなものは私達を脅かせない。唯一敵と成り得るのはダンジョンの奥に潜む者だけ。だから安心なさい。ムクロが戻り次第、全て片付けるわ」
「そう、ですか……」
「これで貴女の疑問はあらかた片付いたかしら?」
確認されて。少女は思う。彼女はもっと具体的な方法を知りたかったし、その中で自分がなにか役に立てることはないかと聞きたかった。だが、質問に答えると言いながらファラキアの言葉にはどこか会話を打ち切りたがっている雰囲気があり。
少女は「はい。問題ありません」と答えるしかなかった。
そして、もう一口茶を飲む。今回もファラキアは茶を淹れるのに失敗したのだろうかと思う。妙な雑味が舌に残った。
「それでね。きっとすぐに疑問に思うだろうから先に答えておくのだけれど」
「はい。ギルド長ファラキ——」
少女の言葉が途中で止まる。口を閉じたわけではない。むしろ必死にパクパクと口を開いて、空気を取り込もうと必死になっている。
しかし、いくら息を吸い込もうと、彼女の感じる息苦しさは消えず。
口の端から泡を吹き、少女は椅子から滑り落ちる。
その瞳孔は開き切り、光をめいっぱいに取り込んでいるが。
瞳から取り込まれた光が脳電流に変わることはない。
少女の生命活動が停止した。
「貴女が死ぬのは、ムクロについて知ったような口をきいたから。私以外が、彼の心を理解した風な顔をするのは、許されない」
ファラキア・エルフは茶会を好む。
その割に時折。茶を淹れることに失敗し、酷く苦い茶を客に出してしまうことがある。
彼女のちょっとした失敗で茶目っ気。——
毒が入ったことによる味の違和感を「淹れるのを失敗したのだろう」と思わせるための布石。その布石をファラキア・エルフはムクロの周りにいる全ての女に対して打っていた。
唯一、レイテ・レノだけはファラキアの出した飲食物に口をつけず、茶請けも自分で作ってくる小賢しさを発揮しているが、ルナ・リングハートについてはいつでも毒殺可能だろう。
「小汚い生き物だこと」
席から立ち上がったファラキアは少女の死体の傍らに立ち。その下腹部を蹴り飛ばす。死亡により筋肉が弛緩して漏れ出た少女の体液の臭いと感触に、ファラキアは顔をしかめるが、すぐに表情を平板に戻す。
多少、気分が落ち着いてた。
本当は少女の死体の下腹部を跡形もなく粉砕してやりたいところであったが。この少女はまだムクロと寝てはいなかったし、少女の肉体にはまだ
いつもであれば。ファラキアが殺害する対象は、もっとムクロと心を通わせた相手、あるいは身体を重ねた相手であったが。
いま現在。ファラキアが最も殺したい相手には少々、手を出し難かった。
だから。半ば八つ当たりとしてファラキアは少女を殺した。
ある程度は
更には。そんな者たちですらムクロと身体を重ねることが出来るという事実が、尚更に彼女の神経をささくれ立たせた。
自身を殺戮機構として定義づけているムクロ・スパルダと、元より政略機構として設計されているファラキア・エルフ。
二人は隣り合い、噛み合う一対の歯車だった。一組の機構として、二人は分かちがたく結びつき。500年間、その機構は作動し続けてきた。——だが。歯車は隣り合うことはあっても重なり合うことはない。
ファラキア・エルフは肉の交わりに価値を置かない。
そのようなものに価値は無いと断じて、信じるほかに無い。
人類教導個体ファラキア・エルフ。設計者たるローゼンクロイツ・パラケルススは考えた。完璧な存在に、生殖や恋心など必要であろうか?
不要であると彼は結論した。少なくとも生殖は別の個体の染色体という無駄な変数を取り込むことに他ならない。
よって。ファラキアには最初から生殖器官がない。
恋とは強く性欲と結びついた感情である。
恋心とは個体を生殖行為に駆動させるための感情の雅名に過ぎない。
その源となる器官がファラキアには無い。そこに至る道すらない。
それにも関わらず、ファラキア・エルフは恋を抱いて生まれ、恋を続ける。
人類教導個体ファラキア・エルフは失敗作であるがゆえ。
彼女は「人類を永遠に導き守護すべし」という焼き付けられた命題を、恋するために自ら歪めた。
彼女は歪めた。自分の認知を。「人類とはムクロ・スパルダただ一人を指す」と。
恋の果て、多くが求める肉の交わりをファラキアは知れない。
恋の果て、必ず訪れる幻滅をファラキアは知れない。
ゆえにファラキアの恋なる幻想は果てることない。
道理でも合理でも真理でもなく。幻想をその行動の源とし動く存在を示す言葉がある。
狂信者。
永遠なる未通女ファラキア・エルフは恋に狂った狂信者である。
彼女の行動を掣肘できる者は、少数の例外を除いて、この大陸世界に絶無。
むしろ彼女の手足となり働く者たちが無数にいる。無自覚であれ、自覚的にであれ。
その時にもまた一人。小さく、ファラキアの居室の扉を叩く音が響いた。
「入りなさい」
不用心とも思える入室許可をファラキアは与えた。いまも、彼女の足元には彼女が殺した少女の死体が転がっているにも関わらず。
だが問題は無かった。入ってきては困る者のギルド施設内における所在は確認してあるし、最初から「後片付け」のために頃合いを見計らって人を寄越すように指示してあったからだ。
だが、入室してきた者はファラキアの予想した「後片付け」の担当者ではなかった。
「二十八号です。報告に伺いました」
「あら。貴女だったの」
入室してきたのは一人の女性であった。転がる死体を一瞥したきり動じず要件を口にする。
女性は、整ってはいるが平凡な見た目の若い女であった。服装も、人混みに紛れたならばすぐに見分けがつかなくなるであろう、特徴の無い地味なものである。
唯一、特異なのは手に持った長い棒状の物体。布に覆われたそれは、あるいは『鉄弓』を隠しているかのようにも見えた。——ギルド施設にはダンジョン産のドロップアイテムの持ち込みは禁じられている。その事実を無視するのであれば。
ファラキアはその「長い棒状の物体」へと目をやりつつ尋ねた。
「使わずに済んだようね?」
「はい。幸いにムクロ・スパルダ様は我々の介入無く勝利なされました」
「そう。ダンジョン側が
二十八号。それはファラキア・エルフがムクロ・スパルダを死なせないために派遣した戦力。——助けられる対象であるムクロですら知らない
ルナ・リングハートに問われたとき。ファラキアはムクロへの助太刀は逆効果であり任せるしか無いと説明した。それは完全に嘘であった。
ファラキア・エルフが助けられる場所にいるムクロの手助けをしないなど、そんなことはあり得ない。たとえダンジョンが世界を滅ぼす判定をしようと。そう判断するだけの高度な技術を用いて作り出された道具を使おうと。ファラキアはムクロを助ける。これまでも。これから先も。
(ムクロ、あなたは馬鹿よ)
胸中でファラキアは思う。ハスターと命がけで戦う必要など無かったのに、と。
せっかく、強敵がダンジョンの深層からのこのこと地上に出てきたのだ。遠方から所在確認をしてあとは、あらかじめ王都各所に仕掛けている大量の爆薬でもって
それが最も安全かつ確実なハスター殺害方法だった。博打のような真似をしてムクロ自らが斬り合いをする必要など無かった。ダンジョンの文明監視? 爆発性のドロップアイテムはいくらでもある。二十八号達に持たせたものを使うよりは、よほど過敏な反応は招きにくいはずだ。
だが、ファラキアがハスター爆殺という戦術を共有するより先に。ムクロは飛び出していた。——マルグリテ・セヴェリナとともに。
(いいえ。そうでなくとも。彼は彼自身で決着をつけたかったはず。それを止める無粋をするなんて。佳い女とは言えないわ)
決して、マルグリテに出し抜かれた訳では無いと。元より自分はムクロとハスターの対決を尊重するつもりだったのだと。ファラキアは自分に言い聞かせる。それは彼女自身を誤魔化す欺瞞に過ぎなかったが。同時に、彼女自身にとって好ましい欺瞞でもあった。ムクロとハスターの対決を尊重する。ムクロと、彼のかつての仲間の対決を尊重する。ああ、それはなんと素晴らしいことであろうか!
「それから。これは道中で頼まれた伝言なのですが」
二十八号の声が、黙考するファラキアの意識を現実へと引き戻した。
「聞きましょう」
「どうやら、帝国軍の一部がこの施設の存在に気付いたようで。部隊を派遣しています」
「それは流石に、対処をしないと不味いわね」
このギルドの秘匿施設の中には、現代の大陸世界に存在してはならない科学と技術の結晶たる物品がいくらでもある。内部を臨検され、さらには持ち出されでもすれば、それはダンジョンが世界を一度滅ぼす契機になりかねない。
「どうなさいますか? まだ監査騎士団詰所の周囲には、『
第二ギルド戦力を略して呼称して、二十八号は尋ねる。二十八号自身が属する第二ギルド戦力は防衛のためには動かせない。ギルドの秘匿戦力たるムクロにさえ秘された彼女たちが動ける状況は限られている。
ファラキアの側は二十八号の提案を良い考えだと思い、それからすぐに考え直す。
今なお、監査騎士団詰所にムクロ・スパルダはいる。マルグリテ・セヴェリナとともに。それはファラキアにとり考えるだに腹立たしいことであり。ギルド施設防衛を口実にムクロを呼び戻せば、そんな二人の汚らわしい蜜月に水を差すことが出来る。
一見、素晴らしい案。
だが、それよりも良い手をファラキアは思いつく。冷徹な思考回路を情念で動かし、ファラキアは指示を出す。
「レイテ・レノとルナ・リングハートに状況を伝えて。ギルドを守らせなさい。あと『清掃係』も呼んで。そこに転がっている死体を片付けさせて。使い方は——分かるわよね?」
二十八号はファラキアの指示に首肯すると、すぐさまその場を辞する。
それを見送って、ファラキアは小さく呟く。
「どちらかでも、死んでくれると良いのだけれど」
レイテとルナにギルドを防衛させる。その過程で、片方が、あるいは両方が死ぬ。それは想像するだに素晴らしい事態だった。
ムクロは自分を責めるだろう。マルグリテ・セヴェリナと過ごしていたばかりに、彼が一定、大事にしている存在が死んだという事実に。
マルグリテという女を見る度に、ムクロは己の愚かしさを突きつけられることになり、二人の間にある感情を乱すことができる。
ファラキアにとって邪魔な女を排除できて。さらにはムクロとマルグリテの間に不協和音を呼び込むことが出来る。ファラキアにとって良いことづくめの一手だった。
ムクロの心の傷?
それはとても痛ましい。
だから。
「私が慰めるわ。私が寄り添うわ。私だけが。私だけがずっとそばにいるわ」
——だから他に何もいなくて良い。
ファラキア・エルフの独言を聞くものはいなかった。
ひとつ、転がる死体を除いて。
=====作者からの連絡=====
次話『4章 第9話 目撃者 撃滅せんとす惨劇で』
月曜20時更新予定