その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
いっそ、はるか上空。暗雲を突き抜けた先まで登れたならば、傘をさす必要もないだろうに。
そう思いながら、レイテ・レノは眼下を見下ろす。
所々に魔石灯が輝く、王都の町並みがそこには広がっていた。強い輝きの中には夜半にも関わらず人の群れも見てとれる。
レイテがいるのは王都上空。
およそ人の身丈にして百余名を縦に積み上げたほどの高さ。
大陸世界で最も栄えた都市のひとつである王都であったが、そのような高層建築物は無い。
であればレイテはどこに立つのか。——無論、虚空の上に立つ。
『力場形成』の魔法。それを階段状に配置して、レイテは高き空へと登り上がったのだ。
右手で傘をさしたレイテ・レノが身にまとうのは、常のごとくのダンジョン様式の服。
大きく広がった裾と、縫い込まれた華美な刺繍、波打った飾り布。少女性を強く演出する衣装でありながら、その色調は沈んでいる。
空に溶け込む迷彩効果を狙った、わけではない。
単にレイテは沈んだ色調が好きなのだ。
(度し難いですねぇ、ワタシも)
ダンジョンが作り出した世界と、その世界になんの疑問も抱かず生きる人々を憎みながら。ダンジョンが生み出した衣装様式を愛好する己を、レイテは小さく自嘲する。
笑いながらも、その視線は眼下を注意深く観察している。
観察の対象は、魔石灯が多く配された王都中心から外れた場所。灯りまばらな倉庫街である。
『身体強化』の魔法によって強化された視力はそんな倉庫街の一角、ギルドの秘匿施設へと近づく帝国軍の部隊の姿を捕らえていた。
ギルド施設防衛。
ファラキア・エルフから下された命令に従って、レイテ・レノはこうして空からの監視を行っている。
ファラキアのことを内心で嫌悪しているレイテであったが、自身が住まい、ムクロが帰る場所である。防衛の命に否応は無かった。
上空監視のレイテに対して、地上で直接防衛を担うのはルナ・リングハート。
彼女に帝国軍部隊の接近を知らせたいところではあるが。目立たずにそれを行うための手段がレイテの手元にはなかった。
『共有の書字版』は駄目だった。あのドロップアイテムで記された情報はダンジョン側に筒抜けになっている可能性が大きい。それがムクロとファラキアの推測であった。
(無線機とか使えれば楽なんですけどねー)
レイテは胸中でひとりごつ。
電波を介して遠く離れた人間と会話をすることが可能な機械、無線機。ファラキア・エルフの保有する技術力であれば、その作成は容易である。
だが、使用は出来ない。
自然発生したものではあり得ない特定周波数帯の電波使用は、他にそれを使うものがいない世界において白紙に垂らした墨汁の様に目立ちに過ぎる。
ダンジョンによって容易に観測され、一般的な技術の程度を逸脱した存在がいることがたちまちに明らかになってしまうことだろう。
ダンジョン核。ステータスやドロップアイテムをもたらす主体である機械知性は、人類の科学的進歩や反抗を感知すると、人類の抹殺に走る。それはレイテをはじめとしたギルド戦力にとって周知の事実であるが、ではその閾値はどこにあるのかという点に関しては、未だ不明なところが多かった。
ダンジョンへの反抗が即座に人類抹殺に繋がるのであれば『本当の魔法』を用いて『端末』を殺害しているムクロ・スパルダの存在のみで世界が滅ぼされかねないが、実際にはそうはなっていない。
ダンジョンがどこまでの抵抗や科学・技術の存在を許容するのか。境界を探ることは危険に過ぎるだろう。失敗は即座に人類滅亡を招く。——レイテ個人としては、それはそれで構わないのだが。
さておき。電波使用はほぼ確実にダンジョンの人類抹殺機構を発動させる引き金になると想定されていた。
簡単な無線機は理屈を知っているものがとりあえず使える程度のものを作るのに、そこまでの技術を要するものではないが。電波を用いた通信という発想に至るまでに、踏まなければならない科学段階・技術段階が数多いからだ。
(ま、無いものねだりをしても仕方がない、か)
レイテは紙と鉄筆を取り出すと、傘を持ったまま器用に文字を書き記す。
帝国軍の規模と配置——先行しているのは恐らく徴発された冒険者。それを偵察隊代わりに本体が包囲網を作り、更に両者を観測する通信手を隠匿配置されている——および防衛方針に変更が無いことを書き記すと、一本の
「当たっちゃったらスイマセンねー、ルナリン」
小さく唇を歪め、レイテは強化された視力でルナ・リングハードの姿を見据えた。彼女に直撃させる射線をとる。
しばし、もしもそのまま撃ったならという妄想を楽しんだ後。狙う角度を右に一度だけずらし、鉄針へと『物体投射』の魔法を作用させる。
ひどく原始的な矢文と同じ方法を以って。レイテの入手した情報はルナの元へと飛び立った。
◆ ◆ ◆
ギルドの秘匿施設。その正門付近で傘もささずに立つのはルナ・リングハート。
金獅子色の髪を頬に貼り付かせ、黄玉色の瞳で油断なく周囲を警戒する彼女がまとっているのは、かつての冒険者時代の装備——それに見た目だけ似せた地上産の武器と防具である。
いつのまに用意されていたのか。ファラキア・の手配によって、ご丁寧に緑柱剣サーガルドを模した両刃剣までが存在した。
かつて持っていた『本物の緑柱剣サーガルド』に比べて。鉄のズシリとした重さを感じさせる偽物の宝剣。偽物であるにも関わらず、それこそが本当の武器であるという事実を示す重さは、ルナに複雑な感慨を抱かせた。
だが感慨に浸るより先に考えるべきことがルナにはあった。
(できるのかしら、私に)
思い起こすのは、配置に付く前に行われたレイテとの作戦会議である。会議というよりも、レイテからの一方的な指示と言うべきか。双方向に意見を戦わせる立場に、未だルナはなかった。
——ステータスなしのレベル0だとバレずに敵の足止めをする。ルナリンに任せたいのはそれです。
レイテの言葉をルナは思いだす。そのときのルナは思わず「そんなこと……」と言葉を返しかけ、「簡単だ」とも「出来るのか?」とも言えない自分に気づき、言葉の続きを飲み込まざるを得なかった。
結局、ほとんど一方的に伝えられた作戦は——とルナは方針を思い返そうとして。その瞬間に響き渡った硬質な音に身をすくませる。直前に、空気を引き裂く音も聞こえたような気もした。
音源である左方向をルナは見やる。
魔石を用いた街灯が少ないギルド施設周辺の路地。その薄暗い地面に目を凝らすと一本の鉄針が突き刺さっているのが分かった。
硬質な音の正体が飛来した鉄針によるものであるということに遅ればせながらルナは気づき、鉄針の尾部に一片の紙片が結ばれているのを見て、それがレイテからの情報伝達であると理解した。
(冒険者が約三〇名接近中、その後ろから、帝国軍、約六個小隊……)
鉄針から抜き取った紙片の内容を読んでルナは唾を飲み込んだ。
三〇人の冒険者。かつてのルナが。レベル65の上級冒険者ルナ・リングハートが万全のステータスと装備で挑めば、それが全て中級冒険者であったとしても蹴散らすことは叶っただろう。
続く帝国軍六個小隊はどうか。生存は厳しかっただろう。かつてのルナのスキル構成は、『鉄弓』に対して相性は良かったが。冒険者の相手をして低下したステータスで、戦い続けることは困難だ。逃げに徹してどうにかなるか。運任せの生存戦闘になったことだろう。
現在はどうか。ルナは黙考する。答えはすぐに出た。
(たぶん、簡単に勝てる。単に……殺すだけだなら)
現在のルナはステータスを失っている。しかし、『本当の魔法』が使える。
『妨害魔法』で相手のステータスと魔具効果を消去し、『身体強化』した肉体でもって相手を斬る、刺す。
容易い。後続の帝国軍相手も同様だ。きっと容易い。
殺しても構わないのであれば、容易い。
殺す覚悟ができるのであれば、容易い。
だが、容易く作れるものではない。殺す覚悟など。
(道理が、道理が通らないじゃない……!)
ギルド施設を守る。それは良い。ダンジョン側にギルドの保有する技術や武力が露呈しないようする。それも良い。
そのために、人を殺す。良いのかそれで?
(冒険者たちは確かに、帝国の依頼とはいえ暴力で法を侵そうとしている)
冒険者倫理法と王国法についてをルナは思い浮かべた。それは死刑に足る罪であったろうかと。
(続いてやってくる帝国軍の兵士たち。彼らは、上官の命令に従っているだけ……)
そもそもの王都侵攻が道理からすれば悪行である。だがその悪行に与したからと、死んでいい道理があるだろうか。
ルナ・リングハートは懊悩し、そして気づく。
冒険者三〇余名と帝国軍六個小隊、七〇余名。
合計して一〇〇名を超える相手に対して、生き残る以上のことを自分は望んでいる。
それは選択肢が増えたがゆえ。生命の選別をする側にルナは現在立っている。
選択を間違えないように望んだ知識。確かに増え、そして未だ知らぬことが多い中で。自分は間違えずにいられるのだろうか。
選択肢が増やせるようにと望んだ力。確かに得て、そして敵対する全員を殺さず無力化するまでには至っていない力。自分はこの力をどう扱うべきだろうか。
——よろしくな。ルナ・リングハート。
ルナの脳裏に過るのは、今となっては遠くに思えるアルノーの酒場での記憶。ムクロ・スパルダと交わした乾杯。
魔具の横流しを共に追う、共闘関係への同意の乾杯。
その共闘は果たして続いているのだろうか。もしも続いているとするならばルナがこれから冒険者と帝国軍を斬ることで、共闘は共犯と呼ぶに相応しいものへと深度を増す。
あのとき飲み下した黄金酒の味は果たしてどうだったか。ルナは思はせる。苦かったか、甘かったか。——甘いはずがない。苦みこそが黄金酒を黄金酒足らしめる。故に甘いはずは、ないのだ。
(ムクロがいれば、全部代わりに殺してくれるだろうに)
過去の追想に連なって、ルナはそう考えてしまい。かつてないほどの自己嫌悪に襲われた。自分はいつから白馬の王子様を求める人間と成り下がっったのか。それも、つい先ごろまで自分はムクロを軽蔑すらしていにも関わらず、である。
(ここにいるのは私だ。ルナ・リングハートだ。やるしかない。自分の持ちうる全てを賭して)
いま手にするこの力。
いままさに迫る敵対者。
いまルナが在る立場。
いま成すべきこと、出来ること。
そして嗚呼、畜生——ムクロ・スパルダ!
ルナは覚悟を決めながら、同時に自分自身の感情の輪郭に指が掠めたことに気付いた。道理。法。罪悪感。選択肢。すべきこと。できること。分かれる思考の枝葉の根に、一人の男の影がチラつく。
掠めた自己感情の輪郭を、更に掴み取ろうとルナが思考を深化させようとしたとき。人の話し声が聞こえた。
「こっちか?」
「そうだ。なんでもギルドの隠し倉庫らしい」
「本当に大丈夫なのかよ。冒険者ギルドに手を出してよ」
会話の温度感も様々な、雑多な装備を身に着けた冒険者たち。彼らがちょうど、道の角を曲がってルナの立つ冒険者ギルドの秘匿施設前へと姿を表したところであった。
報告の通り、三〇名ほど。分散して施設を包囲するという考えは無かったらしい。
「あなた達、ここで何をしているの?」
ドロップアイテムの外見を模した両刃剣の柄に手をかけながら。冒険者たちとの距離が縮まる前にルナは声で先制する。
「あぁん? なんだお前」
「あの装備、もしかして『疾風の乙女』じゃないか?」
「オイ! もしかしてアンタ……後ろの施設の防衛をしてんのか?」
単に訝しむ者、警戒して自身も装備に手をかける者、そしてルナがそこにいる理由の推測を行う者。冒険者たちの反応は様々だった。
ルナは最後の一人に対して答えた。
「そういうわけじゃないわ。私が受けたクエストはこの地区全体の見回りよ。ホラ、ここら辺って魔石灯が少ないじゃない。治安がちょっと悪いのよ」
それが、ルナに今回用意された建前であった。
冒険者ギルドが冒険者を直接的に戦力として雇用することは出来ないため、ルナはギルド施設そのものではなく、ギルド施設を含むこの周辺一帯の治安維持クエストを受けたことになっている。発注元はファラキア・エルフが密かに所有する別名義の商会である。
「そんな訳で、武装して道をうろつくあなた達を私は見逃せないんだけど……どういう集まりなのかしら?」
すでに、戦闘は序章にあると認識し。ルナは冒険者たちの一挙手一投足を観察し続けている。
対して冒険者たちの大半は、未だに緊張感に欠けていた。
「おい。どうするよ。殺して良いのか?」
「ってかアンタ、ルナ・リングハートだよな。どうしてそんな木っ端クエスト受けてんだよ」
「無視してギルドの施設? に入ろうぜ。これ以上濡れるのは勘弁だ」
それぞれが好き勝手に思うところを口にする冒険者たち。あるいは、適当に話をしていれば時間を稼げるのではないか。ルナがそんなことを考えたときであった。
「アレはギルド側に取り込まれた人間です。全力で排除してギルド施設の制圧を行ってください」
冒険者たちの中から、一人の男が声をあげる。その男がまとっているのは青い帝国軍の軍装であった。
それは帝国軍の目付役の男であった。なかなか動き出そうとしない冒険者たちに喝を入れるように、追加の情報を口にする。
「彼女はギルドに協力して、先日もアルノーで冒険者殺しに加担しています。躊躇うことはありません。斬ってください!」
冒険者殺し。その一言が効いたのか。
帝国に雇われた者たちが一挙に臨戦体勢へと入る。
ルナの側も、覚悟を決めた。
=====作者からの連絡=====
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