その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
「『鑑定』!」
戦端が開いてすぐ。
冒険者たちのうち一人の男が、ステータス魔法戦闘の定石の一つとして『鑑定』の魔法を発動する。その発動が終わるより前に、ルナは『魔法妨害』の魔法をその一人に限定して放っていた。
「——おかしい、発動」
発動しない。男が言い切るより先に、ルナは高速で踏み込んでいる。
『身体強化』されたルナの身体が、飛翔と言って良い速度で一気に間合い詰める。
そして両刃剣、その柄でもって男の喉を強打。喉仏が潰れる嫌な感触がルナの手に残った。
悶絶して転げ回る男。他者に異常を伝える術を失った彼の鳩尾をダメ押しとばかりにルナは踏みつけた。男は痙攣し、意識を失う。——いくらか、内臓を破壊した肉の足触りがルナに罪悪感をもたらした。
「一撃で体力値を削り切りやがった!」
「散れ!」
「囲んでください!」
「オレが斬る!」
寄せ集めの冒険者たちは、それぞれがてんで勝手なことを叫ぶ。うち一人、踏み込んできた男をルナは次の標的と定めた。
「いくぜ!
ルナがかつて愛用した
ルナが斬ったのは男の右腕。剣を取り落とし苦痛の叫びを上げる男を、ルナ蹴り飛ばす。吹き飛んだ男は群れ成す冒険者たちの中へと突っ込み、いくつか抗議の声が響いた。
「大したこと無いわね! アンタたち相手にスキルを使う必要も無いわ!」
自信満々の体で、ルナはそう言ってのける。内心では冷や汗をかき続けていた。
ステータスなしのレベル0だとバレずに敵の足止めをする。レイテからの指示。
それを成し遂げるために必要なのは、絶対に『鑑定』の魔法を受けないこと。そして受けてしまったならば、それを周囲に伝えるのを防ぐこと。
——まあ。『鑑定』を使った奴をスパスパ斬ってくだけで良いから簡単ですよ。
指示を出したレイテ・レノはそう言っていた。だが、ルナはそこには従うつもりは無かった。
(ステータスなしのレベル0だとバレず! そして誰も殺さずに足止めする!)
ルナはレイテからの指示以上の縛りを己に課すことを選んだ。
注意深く、相手の動向を観察し、『鑑定』を発動しようとした相手だけは逃さず、即座に無力化。残りは順次、手足に重症を負わせて行く。
「遠距離攻撃だ! 魔法だ! 撃て!」
「デバフでステータスを下げろ! 誰かもう一度『鑑定』も!」
「うるせぇ! お前がやれ!」
喚く冒険者たち。うち一人に素早く近づくとその脛をルナは切り払った。叫び声を挙げて地面をのたうち回る男。
その間に魔法の詠唱を完了した者がいた。
更には同時、『鑑定』の魔法を発動する者も。
「——這うは毒蛇の牙の滴り巡りて止めん獣の跳動! 発動!
「『鑑定』! やつのステータスは⋯⋯」
跳躍。魔法の効果範囲から逃れる。——ステータス低下系の魔法なので、今のルナにはなんの効果も無いが、効果が無いという情報を与えるわけにはいかない。
同時に、『鑑定』を行った相手の無力化も必要。ルナは跳躍先を前方に選択し、両刃剣を横に大きく薙いだ。
「くっ!」
二人の男が防具ごと胸を切り裂かれ倒れ伏した。——うまく手加減できなかった。死なせてしまったかもしれない。そう後悔するルナにへと返り血が降りかかる。
「……強い!」
「言ってる場合か!
返り血による一時的な視界の悪化。左腕で血を拭う一拍の間にルナは冒険者の魔法の発動を許す。何度目かの回避。行ってから気づく。今のルナには遠距離攻撃手段が無い。前方へ踏み込むべきであったと。
血を拭うための間。回避に要した間。そして再び踏み込むまでの間。三つの小さな間が、冒険者たちに攻撃を行う余裕を与えてしまった。
ルナが距離をとったことで、同士討ちが発生する可能性が無くなったことも大きい。
「
「
「
殺到する攻撃魔法。それらの軌道をどうにか読み切り、ルナは冒険者たちの群れへと突っ込む。
「何度もやらせるかよ!」
「何度でもやってみせるわ!」
地面で炸裂する幾つもの攻撃魔法を背景に、前衛職の冒険者へと突っ込んだルナは、小さく叫びの交換を果たしつつ、その腕を斬る。ボトリと、斬られた腕が落ちた。——気合が入りすぎている。ルナは小さく後悔する。
回避。斬撃。『鑑定』の発動探知。妨害。斬撃。炸裂する魔法。回避。斬撃。斬撃。斬撃。
極度の緊張を強いる選択肢の連続に、ルナの息が上がる。拭ったはずの返り血が、降りしきる雨に溶けて再びルナの視界を悪化させる。頬に張り付く自身の金獅子色の髪がどうしようもなく邪魔くさい。
(やる! やってみせる! 全員を殺さず足止め! レイテたちはどうにか説得する! まずは生かす! 私に選べる選択肢!)
だが、息は上がれど意気も上々。ルナは血と汗と雨粒とで滑りそうになる両刃剣を強く握り直す。
気づけば冒険者の数は残り五人。手練れであるか残ったのではない。及び腰で攻撃に積極的に参加していなかった五人と、あとは一人、帝国軍の目付役が残っている。
ここで一喝してやれば、尻尾を巻いて逃げ出してくれるかもしれない。そう思い、ルナは息を大きく吸おうとして——軍靴の響きが耳に届いた。
大盾で壁を作り、その隙間から『鉄弓』の黒い杖身を伸ばした隊列。
道の端から端を埋め尽くす帝国軍の本隊が、角を曲がって姿を現す。
「総員。構え! 目標! 金獅子色の髪の女冒険者!」
「ちょっと! 倒れてる仲間も巻き込むわよ!」
帝国軍部隊の動きに、ルナは動揺する。『鉄弓』——『瀑布の鉄弓』による一斉射撃が行われたら、ルナは回避できても道に倒れ、うめき声を上げる冒険者たちは確実に生命を落とす。
どうするべきか。一瞬の後に行われるであろう射撃を前に。ルナは必死で考えを巡らせる。『魔法妨害』。それで『鉄弓』の機能を止める。それしかない。敵が混乱している間に、どうにか全員を無力化。出来るか? やる! それしか無い! ルナが決意した瞬間であった。
雨が降った。
否。
雨の中に雨が混じった。
降りしきる水滴の中に、降りしきる鉄が混じった。
ほぼほぼ一斉。血華が咲き乱れる。
それは、上空より『物体投射』によって発射された無数の鉄針。
鎧を突き破り、肉を引き裂き、骨を砕いて、生命を散らす無情な高速質量体。
ステータス持ちが攻撃されたとき特有の破硝音が一斉に響き。一拍遅れて肉が爆ぜる音という、奇音もまた響き渡る。
所々に魔石灯が輝く、王都の町並み。装い新たに微光が血濡れを照らす町並み。
「は⋯⋯」
なんだこれはと、ルナは息を吐く。
ルナが、どうにか殺さぬようにと。手加減をして斬った冒険者たち。全員が鉄針に貫かれて死んでいた。
ルナが、どうにか切り抜けようと。『魔法妨害』を放たんとしていた帝国軍の一団。全員が鉄針に貫かれて死んでいた。
全員が鉄針に貫かれて死んでいた。ルナと、そしてもう一人を除いて。
「良い時間稼ぎでしたよールナリン。ちょっと危ない場面もありまたけど。及第点及第点」
ルナではないもう一人。上空から機嫌良さげに降り立つのは、レイテ・レノ。
沈んだ色合いのダンジョン調の衣装をまとい、傘をさした女が『力場形成』の魔法で作り出した無色の階段を降りてくる。
「ルナリンが時間稼ぎをしている間に、こちらを監視している『共有の書字版』持ちを全員確認できました。あとはこのレイテちゃんの『物体投射』でチョチョイのチョイ」
この防衛戦において、最大の懸念はもとより「ギルド戦力の存在露呈」と「『本当の魔法』の存在が広く知れ渡ること」であった。
前線で、数人の者が『本当の魔法』を目にする程度なら、どうにでも誤魔化しは効く。だがその情報が帝国軍の上層に届けられ、対処するべき事案となり、情報の拡散に歯止めが効かなくなること。それだけは防がなければならなかった。
そして帝国の側も、ギルドが何某かの力を保有していることに勘づいている節があった。ギルド本部のみならず、ギルドの秘匿施設にまで兵を派遣してきたのがその顕れ。であれば、密かな監視要員が潜んでいることは必定。
故に。レイテはルナを「冒険者ルナ・リングハート」として戦わせ。その戦いを監視する者を探した。
案の定。直接戦力である冒険者や帝国軍小隊以外に、合計八組もの監視者が存在し。それ以上の監視者がいないことを確認しした瞬間にレイテは動いた。
上空よりの『物体投射』魔法の行使。およそ百四十の目標に対する狙撃。
まず八組の監視者を殺害。その後に、ルナと相対する帝国軍と冒険者。さらには、別方向から包囲の輪を縮めつつあった帝国軍別働隊。順番に、そして楽しみながら、レイテは殺害を終わらせた。
「おや、ちょうど雨も止みましたね? ワタシたちの戦果を祝福してるみたいですねー」
レイテは傘を畳むと、表面についた水滴を払う。雫がいくつも飛び散って、血混じりの水たまりに波紋が浮かんだ。
「どうしましたルナリン? 疲れました?」
そんな。軽く。軽く。あまりにも軽く。虐殺と呼んで良い殺害行為を成したレイテ・レノに対して。ルナ・リングハートは眦を釣り上げ、叫んだ。
「アンタは! 何も思わないわけ!? これだけ殺して! これだけ死なせて! なにも!?」
「思いませんね。敵ですし」
「アンタは——!」
ルナが、必死に殺さぬようにと心がけている間。レイテは、そもそもの全員殺害を目論んでいた。
多少の目撃者がいたところで、撃滅してしまえば構わないと。惨劇を織り込んだその作劇の中。ルナは一人で滑稽に踊っていたことになる。
アンタは、いやアンタ達は全員、クソったれよ!——ルナはそう叫びたくなり。事実そう叫ぶつもりであった。
そこに、一つの声が響く。
「どうやら、オレが来る必要も無かったみたいだな」
黒猫色の髪と瞳をしたその男。
腰に佩くのは片刃剣。
気怠けな口調は常と変わらず。
しかしてまとう装束は常と異なる。
その男、ギルド戦力ムクロ・スパルダ。
「先輩!」
「ムクロ……」
レイテは声に喜色を込めて。ルナは声に憂色を滲ませ。それぞれに男の到来に反応する。
ルナは憂う。もしもいま、かつてのアルノーで犯罪冒険者の足止めを成したときの様に。お手柄だと言われたらば。
ご苦労だった。よくやった。もしもいま。そんな言葉を笑みと共に言われたならば。
ルナ・リングハートはムクロ・スパルダと、彼の属する組織全てが許せなくなる。
半ば、その未来を確信しながら、ルナはムクロの言葉を待つ。
「……大変だったな。ルナ・リングハート」
周囲を見回し、ルナの様子や散らばる死骸を目にして。ムクロはそう口にした。深く後悔の滲む表情で。
ムクロを殴ろう。ルナはそう決意した。自分がなぜそう思ったのか、ルナ自身にも定かではなかった。ただ酷く、情けなかった。
自分は、ムクロ・スパルダやレイテ・レノのようになりたくない。そう強く彼らを嫌悪していることをルナは自覚した。
同時に。
自分は、ムクロ・スパルダに認められたい。そう強く想っていることをルナは自覚した。
自分は、ムクロ・スパルダとは違うやり方で、彼の助けになりたい。そう望んでいことをルナは自覚した。
同時に。
自分は、ムクロ・スパルダに対してどう振る舞えば良いのか、その術が全く分からないこともまたルナは自覚した。
ただ、どうすれば良いか分からないものの。今はムクロ・スパルダを殴るべきだとルナは思った。彼に気遣われるだけの立場に自分は無いのだと、知らしめる必要があると信じた。
「そちらの方々が、あなたの元・同僚ですの?
凛として落ち着いた。それでいて、どこか人に高揚感をもたらす不思議な声色が、ルナの握った拳を振るう機会を失わせた。
そこでルナは気づく。ムクロの背後に立つ人影に。
同時に気づく。ムクロ・スパルダが身にまとうのが、ギルドの事務員服ではなく、黒を基調に銀糸の縫い込まれた王国軍近衛装束であることに。
「ご紹介にあずかってもよろしいかしら? ああ。わたくしとしたことが礼を失しておりましたわね。先に名乗りをば。——わたくしはマルグリテ・セヴェリナ。正式な戴冠は未だですけれども、この
黒基銀糸装束のムクロの傍らに立つ女。マルグリテ・セヴェリナはそう言って一度、言葉を切った。その先こそが告げるべき本領であると示すがために。
「
ムクロ・スパルダの腕をとり、頭をそこに預け。鉄剣色の髪を絡ませながら。
=====作者からの連絡=====
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