その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
王都動乱。ならびにそこから連続しての帝国軍侵攻。
その中で、積極的行動を選択しなかった者たちは無数にいる。
例えば、国境周辺に配置されていた監査騎士たち。彼らの殆どは上層部との連絡途絶という状況下で事態の傍観を選んだ。
他にも主に王都の衛兵団。彼らの多くもまた日和見を決め込んだ。通常業務の範疇では動いたものの帝国軍への抵抗を選んだものはごく少数。
ただし、グルンド迷宮伯側に同心した一部が彼の下へと馳せ参じた。
更には、王城での虐殺から逃れた王国の重臣たち。彼らもまた事態の推移を見守った。最後に残った勝ち馬に乗るべく。
そのような「動かなかった者」の中でも、特筆すべきはただ二人。
動きの如何によって歴史に変化が出たろうと判断される二人。うちの一人こそが誰であろう——マルグリテ・セヴェリナであった。
◆ ◆ ◆
ルナ・リングハートのギルド施設防衛戦より時を些か遡る。
アスト・リゥムの死。ハスター討伐。そして
ムクロ・スパルダとマルグリテ・セヴェリナは監査騎士団詰所の中にいた。
雨に濡れ血にまみれ泥を被り、そして
手づからムクロを着替えさせたマルグリテは、最後に襟元の金具を留めると一歩退く。
そうしてムクロの全身を視界に収めると感嘆の吐息を漏らした。
「大変にお似合いですこと!」
「首周りが窮屈だな……」
対してムクロは留め具を緩めようと襟元へと手を伸ばす。
彼が身にまとうのは王国近衛の軍礼装であった。
大陸世界においては衣類についても完成品がドロップアイテムとして産出するが、軍装については所属を明らかにするという目的もあり、ドロップした布地などを組み合わせて裁縫されている。
そして近衛ともなればその軍装をまとうことが許されるのは身元確かな貴族に限られ、彼らは一着ごとに自身の体形に合わせたそれを特注する。
監査騎士団詰所に偶然残された軍礼装は背丈はムクロに近くも、いささか貧相な体躯をした者の持ち物だったとみえてところどころ突っ張る感覚を彼に与えていた。
息苦しさからの解放を望んで首の留め具を外そうとしたムクロの手。その手にマルグリテが指を絡める。
「いけませんわ。礼装はきちんと着こなしてこそ映える意匠なのですから。緩めるのはわたくしと二人きりのときだけにしてくださいな」
「今は二人きりなんだ。良いだろう?」
半ばの呆れと、そして半ばの甘えが混じったムクロ・スパルダの言葉。その感情の混交率を心地よさげに受け止めてからマルグリテ・セヴェリナは首を横に振った。
「また無粋な客人が来ないとも限りませんでしょう? 先程の様な」
ちらりと、マルグリテは扉の外を見やる。
扉を越えた先。監査騎士団詰所の廊下には死体が転がっていた。
監査騎士のものではない。死体の装備が示す所属は王国衛兵団。すなわちグルンド迷宮伯の手勢であった。
マルグリテを捕獲すると言って飛び出したハスター。彼の戦果を確認するべく送り出された二個小隊規模の戦力は、鎧袖一触というにも値しない短時間でムクロによって葬り去られた。
意図的に、一人を除き。
残った一人に死がもたらされるまでには時間がかかった。
マルグリテとムクロの双方に欠けていた情報。王城がどうなっているかという最新情勢を引き出すために、一人だけが生かされ、情報を吐かされ、見逃
偵察兵として送り出されて、伝令兵として果てた男の死体をしばし眺めてからムクロは口にする。
「お陰で情勢も明らかになったがな。——オレが言うのもなんだが、悠長にしていていいのか王女殿下?」
「その問いへの答えより先に、間違いを指摘させていただきますわ」
ムクロの問いかけにマルグリテは機嫌を損ねた様子を作った。わざとらしく柳眉を逆立ててみせる。そして唇を尖らせ、一文字ごとに区切るように言う。
「マルグリテ。そうお呼びになってとお願いしたでしょう?」
「悪かったよマルグリテ。——で? ここでのんびりと過ごす理由はなんだ?」
ムクロは小さくクッと笑う。先の一時以来、マルグリテはこうした童じみた様子を見せるようになっていた。
「そうですわね。あなたという存在を知るより前。わたくしと、アストは——叛乱計画を防ぐつもりは
アスト・リゥムの名前が出た際にほんの少しだけ眉をよせた以外にムクロは反応を示さず、無言でもって続きを促した。
「グルンド迷宮伯には叛乱を実行してもらう。わたくしが軍権を握る口実となっていただく。そして——お父様、お兄様、できれば全員。わたくし以外の王族を皆殺してもらう」
親族の皆殺しの許容。それを語るマグルリテの表情には憐憫も高揚も、狂気すらも無く。それこそがマルグリテ・セヴェリナという女の異常性を端的に示していた。
だが、彼女の異常性にムクロは嫌悪を覚えはしない。それでこそだ、と思う。
「そうしてから、わたくしが迷宮伯を討つ。軍権を握り、叛乱の首魁を討ち、そして王族が欠けた中。誰が玉座に在るに相応しいと思われます?」
無論、マルグリテ・セヴェリナのほかにいないであろう。
わざと叛乱を起こさせての
「望みは権力か?」
王になる。それはマルグリテ・セヴェリナの器からすれば、いっそ卑俗と言っても良い下らない目論見。よって当然、ムクロは疑を呈し。マルグリテは直の接にそれに答えない。
「わたくしには夢がありますの」
その言葉に、自身でも意外なほどにムクロは動揺した。
それはかつて、ムクロ・スパルダの傍らにいた一人の女が口にしたのと酷く似た言葉で。話す調子すらも似ていたがため。——私の夢、聞いてくれる?
内心の動揺を、ムクロは表情に出したつもりは無かった。しかし、マルグリテは機嫌を損ねた。先程のような戯れとは異なる、本当の不機嫌。
「いま、誰のことを考えていらっしゃったの?」
「アンタのことだよ」
「嘘をつかないで下さいまし」
ムクロの誤魔化しは通用しなかった。降参とばかりに彼は白状する。
「昔の知り合いのことを思い出していた。しかし流石だな、アンタの勘は」
「女の勘というやつですわね。その——つい先程……」
言い出してみたものの、露骨な物言いになると気付いたのだろう。薄く頬を染めてマルグリテは言い淀む。生まれた頃から女性という性別にあった彼女は、生まれ落ちてはじめて女となって程ない。
苦笑いとともにその様子を見ながら、ムクロは考えいていた。
女の勘と呼ばれるものの大半は、思い込みと決めつけ、そして勘が外れた場合のことを都合よく忘れる認知の歪みであるとムクロは考えいていたが。今回のマルグリテの場合は——おそらく『
ムクロはマルグリテに叶う限りの全てを話していた。寝物語のごとく。
ダンジョンについて。ダンジョンを創り出した存在について、そしてそれらとムクロの関わり。五〇〇年の戦い。ギルド戦力。そして『本当の魔法』とその仕組み。
『本当の魔法』とはいかなるものか。
その知識を得ただけでマルグリテ・セヴェリナの認知は変わり、そしてすでに接続していた『情報領域』からの情報読み取り精度が向上した。マルグリテの『女の勘』をムクロはそのように見た。情報領域においてマルグリテに向いていたムクロの意識が、別の対象に切り替わったこと。それを彼女は感じ取ったのであろうと。
「とにかく。結ばれた……愛しい相手の考えていることは分かるものなのですわ。女であれば」
「そういうことにしておこうか」
そんなことはないだろう。ムクロは思う。
人は、人の心など分からない。
『本当の魔法』の使用のために『情報領域』に接続したとて。他人の心の全てがわかるほどの精度で情報を読み取ることは出来ない。もしも——それが叶ったのならば。自分はここにはいないであろうとムクロは確信していた。とっくに五〇〇年前、生命果てていたはずだ。
さりとて。ムクロは持論をマルグリテと戦わせるつもりはなかった。
閑話を休題する。
「それで? どういう夢を持ってるんだマルグリテ?」
「世界征服」
子どもでも口にしないような望みを、マルグリテは宝物を披露するかのごとく誇らしげに披露した。
「わたくしは世界が欲しい。この大陸世界。いいえ、人が住まわぬと言われる別大陸も。すべてをわたくしのものとしたい。そのための王国という力が欲しかった。でも——」
マルグリテ・セヴェリナは両手で、ムクロ・スパルダの頬を包み込む。その指の柔らかな感触は、どうしてかムクロに斬首台の固定具の肌触りを思い起こさせた。
「いまは、あなたという力がある。世界を裂き得る切っ先たる、
天晶の瞳を輝かせてムクロを見上げるマルグリテ。
その瞳の眩しさに目を細めながら。それでも逸らすことはせずにムクロは尋ねた。
「オレ達の関係の根底にあるのは利害関係だ。それは分かっているな?」
ムクロはマルグリテから、一度しか失えないものを奪うより先に伝え、尋ねていた。
彼の目的。ダンジョン核の探索とその破壊。そのための全面協力を求める旨を。
それにマルグリテが応じたからこそ、契りは結ばれた。
「ええ。素敵なことだと思いませんこと? 利害関係と恋愛関係が一致しているだなんて」
夢見る少女のようにうっとりと、マルグリテは言いのける。
単なる少女でいられては困ると、ムクロはそこに言い添える。
「——どちらかの関係が崩れたならば、どうする」
ムクロの問いに、マルグリテは直接に答えなかった。それでも、答えは示された。
「共にありましょうね、ムクロ・スパルダ。死が二人を分かつまで」
それ以上の言葉は無粋とばかりに、マルグリテはムクロの唇に自らの唇を近づける。その距離が零に至るより先に、ムクロの側が迎えた。
下唇を優しく、上唇を軽く。獰猛な獣をなだめる手つきにも似た口づけが交わされる。
マルグリテの瞳に潤みが生じる。瞳が潤んだ分だけ、喉が渇いたとでも言いたげに、彼女はムクロの唇に貪りついた。
しばし、粘着質な音が響く。
「二人で、暇を潰さないとなりませんわね」
マルグリテ・セヴェリナの目的が、王室や王国の防衛ではなく。王国の奪取である以上。王国は蹂躙されねばならなかった。
迷宮伯ダサイクル・グルンドが王城を支配し混乱を広げるが良い。
帝国皇太子ギルゼリオ・リーグルが率いる帝国軍が、王都を軍靴で踏みにじるが良い。
悪化した事態を解決することで、マルグリテは王国の掌握を確かなものと出来る。
だから、事態が悪化するまで時間を潰そうと。マルグリテはムクロに提案する。頬を赤らめ、瞳を潤ませて小首をかしげ。寝台がある部屋へ流し目を送りながら。
「勘弁してくれ。アンタこそ、その服にシワでもできたら締まらないんじゃないか?」
つい先程、自身で闖入者の可能性を口にした女の矛盾した言動に苦笑しながら、ムクロはそこではなく別の問題について指摘した。
ムクロが近衛軍礼装を身にまとった様に、マルグリテ・セヴェリナもまた、装束を改めていた。
その衣装は、大陸世界において貴色であるとされる紫、そして黒から成っていた。
王国の国王が、即位式などの式典に際してのみ着用する装束。王たることを示す、伝統的な装い。
その衣装。民の上に立ち、民の死を悼んだ初代王の故事からとられた、
それを
それを、あらかじめマルグリテ・セヴェリナは
「ああ。そうでしたわね。——もうしばらく、楽な格好でいるべきでしたわ」
自らの小さな失策にマルグリテは憂い込めてため息をつく。余人がみればそれだけで心奪われかねない仕草を見ながら、ムクロ・スパルダは確信する。
その魅力は突端であると。
懸絶した奪う者としての資質。それが一挙手一投足に迸るのだと。彼女こそはマルグリテ。『我らが世界を支配せんがため』。奪還者として隣あるに相応しい女であると。
光沢在る
彼女を彩る装いにはひとつの欠けがあった。その欠けたものを得なければならなかった。
それは王冠。
肉の王冠であると諸敵に目されし女は、金属にして世俗に示すべき王冠を頂かんと発つ。
夜半を回りし
=====作者からの連絡=====
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木曜更新予定