その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
迷宮伯ダサイクル・グルンドは、拡声効果のあるドロップアイテムを使い、声を張り上げた。
「王国を支える有能にして勤勉なる諸君! 諸君らはその働きに見合った対価を得ているか!?」
否! 否! 否! との叫びが巻き起こる。
「この豪奢な王城を見よ! この宝飾品の数々を見よ! これらのうち何割かは諸君らが得て然るべきものであったはずだ! それだけの働きを諸君らはしている!」
そうだ! その通りだ! と叫びが返る。
「誰が悪い? 誰が諸君から正当な対価を奪っている? 本来もっと評価されるべき諸君らの敵はだれだ!?」
王族だ! 王だ! 奴らが悪い! との答えが轟く。
熱狂渦巻くその場所は、王城の中庭。
そこに集っているのは迷宮伯ダサイクル・グルンドの叛乱に加担した衛兵団の者たちである。
各所に設置された魔石灯に照らされた者たちの顔に浮かぶのは興奮、そこにはどこか
彼らが叛乱に加わった理由は憂国の念などではなく、待遇の不満。衛兵団は治安維持を預かる重要な職務でありながら「自主独立した冒険者にもなれず、とはいえ監査騎士になれるほど実力も無い」と見下されることがままあり、それが彼らの中に鬱屈を溜め込んでいた。
その鬱屈を迷宮伯に——より正確にはその背後にいる帝国の侍従長につけ込まれ。自分達に対する「正しい評価」を妨げる「悪しき王族」を討つべしという狂奔に誘導されていた。
誰もが心のどこかで自分が「動かされている者」であるという愚かしさに気づいているが故に混じる、自棄な態度。
同時に、それ故にこそ彼らは熱狂を必要としていた。熱に身を投じている間は、自分自身の愚かさを直視せずに済む。
彼らの熱狂を眺めやりながら、ダサイクルもまた自分に言い聞かせていた。
(大丈夫だ。彼らの士気は高い、だから大丈夫だ。この叛乱は継続できる……!)
そんなダサイクルの直ぐ側では、腹心にして連絡事項の全てを取りまとめている男が、『共有の書字版』に何事かを忙しく書き込んでいた。叛乱実行以来、ずっとその調子である。
その割に、ダサイクルに対しての連絡はほぼ無い。だがそれについては、不要な情報を弾いてくれているのだろうと彼は楽観していた。
——実際のところ。腹心の連絡役がやりとりしている相手は帝国、ギルゼリオの侍従長であり。ダサイクルら叛乱勢力の動きは全て帝国へと筒抜けとなっていたのだが。
そんな。俯瞰した目から見れば道化以外の何者でもないダサイクル・グルンド迷宮伯であったが、後世の目から見ても彼の行動は疑問視されている。
烈火の如き王城占拠と王族殺害。そして監査騎士団本部の無力化。
叛乱の初動としてこれ以上ないほどの手際を見せたダサイクルら叛乱勢力はしかし、そこからほぼ動きを止めた。
自身に同心する部隊を集結はさせた。
王城への諸々の問い合わせに対して「ダサイクル・グルンド迷宮伯の命令で動く衛兵団」の名前で応答もした。
だが、行うべき民衆や諸外国に向けた「我らこそが権力を奪取した」という宣言はなされず。王都の民に至ってはその多くが事変の勃発に気づいてすらいない有様であった。
ダサイクルの行動停止。叛乱実行者として許されざる怠惰。後世の者たちはそこを批判する。
だが、もしもダサイクル本人がその批判を直接にぶつけられたならば「自分にも言い分がある」と反論したことだろう。
肉の王冠たるマルグリテ・セヴェリナを手中にしていないのに、どうして声を大にして正当性など叫べよう? と。
槍使いハスターが監査騎士団詰所へと発ってからすぐ。ダサイクルは部隊を差し向けた。
しかし、その部隊は音信不通となる。持たせた『共有の書字版』からは一文字の連絡すら返ってこなかった。
その事実が示す可能性を、ダサイクルは考えた。
可能性のひとつ。ハスターが監査騎士団に返り討ちに合い、偵察部隊もまた壊滅した。——それは無いとダサイクルは可能性を棄却した。だれがあの怪物じみた槍使いを倒せようか? そんな存在がそうそういてなるものか。
ふたつめの可能性。ハスターの造反。
監査騎士団を壊滅させ、マルグリテの身柄は抑えたものの、なんらかの野心を抱き偵察部隊を壊滅させた。
そちらのほうがまだしもありそうな話であった。
ありそうなその話は、ダサイクルにとって最悪の事態でもあった。
彼が頼るべき最大武力が彼に牙を剥く。抗する術はあるのか? 無いと断言できた。
ほかにも偵察部隊そのものが彼を見限って離散したなど、諸々の細かい可能性は存在したが。最大の可能性と最大の危険性を秘めた「ハスター造反」にこそダサイクルは備えなければならなかった。
その結果としてダサイクルの行動は決定された。
それこそが、現時点での彼の最大の強みである「王城の支配者」たる立場を手放さないこと。そしてもう一つが、動かせる武力を自分の手元に集中させることであった。
腹心にして連絡役の男は「冒険者ギルド本部や衛兵団本部などの重要施設の確保、ダサイクル様が権力を握った宣言を行うべきです」と度々進言してきたが。ダサイクルはそれを却下した。
ギルド制圧? 衛兵団制圧? 出来なくは無いかもしれない。ダサイクルの手元にはドロップアイテム横流しによって手にした、衛兵団の制式採用装備を超えた武装の数々があった。
だが、そんな武装を持たせた兵を各所に派遣したならば、王城の守りはどうなるのだ? いや、なによりも——ダサイクル・グルンドを誰が守ってくれるのだ?
いまこの瞬間にもハスターが舞い戻ってきて。全てを台無しにしてしまうかもしれない。結論、その恐怖こそがダサイクルの行動の根幹であった。
集結した武力を以ってしてハスターを倒す。
ダサイクルはそんなことは
——その肉の壁が潰されている間に、自分ひとりでもどこぞに逃げ延び隠れ潜む。自身の内側で明確に言語化こそしていなかったが。ダサイクルはそれを目論んでいた。
しかし。彼を守るべき肉の壁。集結した兵力はただ手元に置いておけば良いというものではなかった。
人は、行動をしていないときにこそ不安を感じる。これで良いのか? いまここにいるのは間違っているのではないか? 静止は際限無い不安を生む培地である。
本来であれば叛乱という熱狂の中で脳を煮立てられるはずだった兵たちは、王城に集められただ防衛のみを命じられ、その脳を冷やし始めていた。
故に。ダサイクル・グルンド迷宮伯は演説をしていた。本来であれば、広く民衆に対して自らの正当性を誇示するべく用意した原稿を、ただ配下の兵どもを奮い立たせるためだけに用いていた。
「そうだ! 王族だ! 王族こそが悪い! 故に私は諸君らの助力とともに彼らを討った! 我らの得るべき対価を貪り、奢侈にふける王族を! これが正義だ! 諸君らと私の正義の成果だ!」
ダサイクルの演説は最高潮に達していた。兵たちの前に、切り取られた王族の首が並べられる。歓声が響く。——それは、識閾下においては、双方ともに茶番であるとわかり切った儀式であった。
「諸君らと私の正義」として示された、王族の首。それの示すところはつまり、我らは共犯者なりという宣言。
同時に、これだけの成果を挙げたのだという鼓舞でもある。
お前たちはすでに罪を犯して後戻りはできず、そして成果は上がっているのだから最後まで駆け抜けるべしとの脅迫的叱咤激励。
権力を奪う側に立ってしまった者は、その脅迫こそが効く。そして誰もがその脅迫をこそを求めている。どこかで、自分の責任を減らすために。
叛乱全般はともかくとして。この瞬間、ダサイクル・グルンドの目論見は大いなる成功を収めていた。集った兵たちは熱狂の渦に身を任せるを良しとした。帝国軍襲来の知らせも在る中で、その士気は得難いものであった。
そこに、ひとつ、異物が交じる。
壇上のダサイクル、中庭に集った衛兵たち。
その耳朶を、手と手を打ち合わせる音が打つ。
ただの拍手である。
しかし、なぜだか誰もが気にかかる。
その鳴らす音の高さか、調子がゆえか。
集った兵士たちは鬨の声を止め、拍手の主を見やる。
壇上にいるダサイクルも同様だった。
そして、目をむく。
誰もが驚愕する。
先程までの熱狂が、ただひとつの拍手によって海の凪面と化し転ず。
「大変によく出来た演説でしたわ。このわたくしが賞しましょう」
彼女は声を張りはしない。聞くものこそが耳をすませるべきであると。それを当然と思わせる凛たる
いつの間にそこにいたのか。誰にも気づかれぬまま、彼女はいた。
いざ見ればそこから誰も目を離せない、そんな佇まいを放ちに放って。
彼女がまとうは
「さて。わたくしの称賛を受けて。あなたはなんと言葉をお返しになるのかしらグルンド迷宮伯」
「……ありがたく、存じます」
「聞こえませんわね」
先程までの熱狂は、先程までの高らか演説。どこに行ったか震える声で、迷宮伯は答返す。
拡声効果のドロップアイテム。それよりて聞こえたはずの彼の言葉を、聞こえはしないと彼女は断じる。
そして歩む。女は歩む。壇上にいる迷宮伯に向かって。
兵は引く。彼女の歩みを妨げぬよう。ただただ道を作らんと引く。
彼女の歩みを止める者なく。彼女に付き従う男が一人。
黒衣を銀糸で縁取った、王国近衛の軍礼装。腰に佩くのは片刃剣。
のみならず、男は武装をもう一つ。背に回し、手すりがごとくに扱うは、柄まで鉄製、ひとつの槍なり。
女と男はついに至れり。迷宮伯が待つ壇上。そこで女は再び尋ねる。
「同じ言葉を二度吐くはしません。迷宮伯?」
「お褒めの言葉をいただき、ありがたく存じます!」
迷宮伯は頭を下げる。同時に胸中抱くは混乱、そして感動。
女は、女は。この女は。かつて拝謁したこともある、この女は。
ここまで高貴であったろうか。ここまで傲慢であったろうか。ここまで覇気を備えていたろうか。
ここまで抗いがたい、王気をまとっていたろうか?
ああ、自分はなんと愚かなのだ。この方に仇なすような真似をして。
ああ、自分は何を考えているのだ。叛乱の最中であるぞ? なぜ、奪うべき権力の座にあるものに、自分は頭を下げているのだ。
混乱のする迷宮伯に、女は次の言葉をかける。
「その感謝を受け取りましょう迷宮伯。そしてわたくしは、あなたから受け取るべきものがもうひとつあります」
「——は」
否応なかった。迷宮伯ダサイクル・グルンドは、それまで大事に持っていたひとつのものを彼女へ差し出す。
それは王冠。金属の王冠。死んだ国王より回収し、自分の頭に載せるのはためらわれた王冠。
至尊の座にあるものだけが頂くを許されるそれを、女は無造作に掴み取ると、これまた、雑に頭に載せた。
正位置ではなくあみだに被る。
戴冠の儀の礼則を一切満たさぬその戴冠。
集った誰もがこう思った。
これこそが正しいのだと。
礼則を守らずとも、正位置に頂かずとも、いかに乱雑であっても。
いまこの瞬間、我らは正しき王の戴冠を目にしたのだと。
そう思わせるのが彼女であった。
このときに生まれた。
女こそが。彼女こそが、マルグリテ。
セヴェリナ朝最初にして最後の女王、誕生の瞬間であった。
取り囲むのは反乱勢力。
万歳の歓呼ひとつもなく。
付き従うのは男が一人。
そこで、迷宮伯は気づく。マルグリテ・セヴェリナのかたわらに立つ男、その男が持った一本の槍に。
「その、槍は……」
「お気づきになりまして?」
女王マルグリテは、放ち続けていた威厳の中に、急に稚気をのぞかせ、誇るように指し示す。
「ここに集いし幾人かは知りましょうね? 王城を唯一人にして陥落せしめた孤人のことを。それぞハスター。槍使いハスター。我が父、我が兄弟、我が騎士団を一人で屠った豪なる傑物。しかして——彼はいまや故人です」
ダサイクルが、そして彼に付き従って王城制圧に同行した兵たちが信じられぬとばかりに目を剥く。だが事実、ハスターが手にしていた鉄槍は、いまや別の男の手中にあった。
そうして、マルグリテは男を肩にそっと手を触れる。はじめて、幾つかうめき声が中庭に上がった。
女性王族が、公衆の場で男の身体に触れること。それの意味するところは深刻である。一般人の振る舞いで言えば、公衆の面前での口づけに近い意味合いがそこには込められる。
にも関わらず、女王マルグリテは触れた。男に。ムクロ・スパルダに。
「豪傑ハスターを討ちしは
ハスターが、討たれた。散歩でもするかのごとく、王城陥落を成した男が。
ムクロ・スパルダなる、どこの馬の骨とも知れぬ輩に?
迷宮伯ダサイクル・グルンドは信じられない思いでその言葉を聞き、そして、思い出す。
ムクロ・スパルダという名前を。そして、その男の顔を。
(ああ、そういうことか)
ダサイクルは、納得した。全く奇妙な事象が起こっていると思いながらも、同時に、あるべき結末に収まったのだという強い納得を抱いていた。
ゆえに。それまで恐怖に、そして混乱に、そして何より不安に満ちていた胸の内が、急激に安堵に染まっていくのを自覚した。
だからか。続いて紡がれたマルグリテの言葉を前にしても。ダサイクル・グルンドは冷静でいられた。
「さて迷宮伯ダサイクル・グルンド。わたくしはこうして王冠をいただき、そして大陸世界最大戦力をも握っております。わたくしこそが女王。わたくしこそが至尊。——そのうえで、女王として最初の仕事をなさねばなりません。」
「理解しております」
ダサイクルはその場で傅いた。そして項垂れ、首筋を晒す。心中は冷静だった。しかし、やはりどうしても涙が込み上げて来た。
そんな彼の表情見て、一人の男がおや? と気づく。
「いつも泣きそうな顔してるな、オッサン」
小さく、ダサイクルへと声をかける者。ムクロ・スパルダ。
その男に、言わねばならぬことがあるとダサイクルは思った。
奇妙なことに、以前出会ったときから外見変わらぬその男。ダサイクルの財布を拾ってくれたその男。ハスターを討ったというその男。マルグリテの剣であり、そしておそらくは愛人でもあるその男。
その男へと。伝えるべき言葉。それを口にしようとして、ダサイクルは自らの涙腺が働きを止めたことに気づいた。
「あのときは、財布を届けてくれてありがとう。でもキミと会ったとき、私はオッサンという程の年齢ではなかったよ」
「そうだな。すまない」
王都叛乱の首魁。ダサイクル・グルンド迷宮伯の最期の顔は、苦笑であった。
その顔に何を感じ取ったのか。余人に欠片もそれを漏らさず。ムクロ・スパルダはただ鉄槍を振るった。
跪いたダサイクルの首が転がり、血が噴き出した。
集った反乱勢力の兵たちは、息を飲んでそれを見守った。
マルグリテ・セヴェリナは宣言した。
「逆賊は討たれました。付き従った者の責は問いません。——我が意に従え、
しんと一瞬。中庭が静まり返る。
万歳と誰かがひとつ呟いた。
万歳!と一人が応じて叫びを返した。
万歳、万歳、万歳と、三唱が続いて引き起こされた。
「マルグリテ様、万歳!」
「
「我らが主! 我らが女王マルグリテ!」
気づけば歓呼の声が満ちていた。
つい先刻まで茶番の熱狂の中にいた兵たちが、叛乱勢力であった兵たちが、一瞬にしてマルグリテを称える王家の忠兵と化していた。
直後であった。轟音とともに王城の門が吹き飛び、炎熱がそこからなだれ込んできたのは。
=====作者からの連絡=====
次話『4章 第13話 稀が基となりて基が奇なる』
月曜更新