その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
転がり落ちた首の呆然とした表情をちらと眺めて、ムクロは周囲を睥睨した。
マルグリテの命のもと、帝国軍を蹴散らすためにやってきたムクロ・スパルダ。彼の選んだ進軍経路は空であった。
ダンジョンの中においては飛行するモンスターはいるものの、ダンジョンが人間に与える力であるステータス魔法にもドロップアイテムにも、空を飛ぶものは存在しない。
よって、地上においては空は警戒の対象に無く。
数刻前にレイテ・レノが誰に気づかれることなく鉄針の雨を降らせた例があり。
あるいは先刻、ムクロとマルグリテが密かに群衆に紛れ込んだのもまた、空からの侵入であった。
ムクロの経空奇襲は見事に成功した。うまく行き過ぎたかもしれないとすらムクロは危ぶんた。
「えっ、あれ」
「隊長が、死んで⋯⋯?」
死亡した振鈴隊隊長は、血しぶきこそ派手にあげたもののあまりにもあっさりと地に伏し。殺したムクロの登場も、音のない静かなものであり。
両者を視認したものは少なく、視認したものもまた混乱と言うより呆然の体を成していた。
(こっちは、お前らに混乱してほしいんだがな⋯⋯)
胸中でそう
重点はやはり、ムクロがいまいる王城正門に続く街路。
道いっぱいに広がりながら、大盾と『鉄弓』によって即席の要塞めいた様相を呈している。『鉄弓』の射点は道のみにあらず、街路沿いの建物の屋上にも兵が配置されていた。王城正門に対する見事な火力集中の陣形。
正門に続く道のみならず、王城へと通じる、逆に言えば王城から脱出可能な街路八本にも兵が配置されつつあった。配備が完了していないのは、王城への接近を悟られぬように隠密行動をしていた結果であろう。
ざっと見た限り。正門前におよそ五百名が集中配置。周辺に分散配置されたのも五百名ほど。合計して約千名の帝国兵が王城攻略に投入されていた。
十二名で一個小隊、三個小隊で一個中隊、三個中隊で一個大隊という帝国、王国共通の編成からすれば、ちょうど一個大隊規模ほど。
一国の王都に侵攻し、王城を落とそうとするに、一個大隊を多いと見るべきか、少ないと見るべきか。
ダンジョン登場以前の兵力運用から見れば、少ない。少なすぎてお話にならない。
では、各人がステータスの力で強化され、強力なドロップアイテムがほぼ国家に占有されている、現在の大陸世界で見ればどうか?
それでもやはり、少ない。軍隊という存在の持つ力の比重が大きいとはいえ、軍隊と戦う相手もまた軍隊なのだ。
だが、同時に充分な数であるとも言えた。
王国王都内に存在する戦力。その総数だけは大きいただろう。帝国軍を大きく凌駕する。
しかし、王城が落ち、衛兵団の一部がダサイクル陣営に付き、監査騎士団の本部が壊滅した状況下。上からの命令が降りてこず、一定の権限を持つ者も日和見を決め込んだ中で、統一された指揮系統のもとで動く集団としての『軍隊』は王国側にはほぼ存在しないと言って良かった。
帝国軍は、軍隊であった。ギルゼリオ・リーグルの我儘を、侍従長が叡智をもって戦術方針に整え、それを『共有の書字版』を介して各級指揮官に命ずる真っ当なる軍隊。
マルグリテ・セヴェリナの剣たるムクロ・スパルダは、そんな軍隊を蹴散らさなければならない。それも王城侵入前、事前にマルグリテから言い含められた三つの交戦規定を背負って。
ひとつに。ステータス外魔法。『本当の魔法』の使い手であるを、大っぴらにしないこと。——マルグリテが勝利した暁には一定の口封じが望めるため、ギルド防衛を担っていたルナやレイテほど厳しくはないが。それでも明らかな異常を多数に見られるわけにはいなかい。
ふたつに。ギルゼリオと侍従長を決して
これもある意味で当然。
王城を攻める帝国軍部隊は一個大隊とはいえ、他の場所にも王都制圧のための兵が派遣されている。
指揮官たるギルゼリオと侍従長を殺してしまえば。それらの兵はたちまちに、軍隊から武装した個人の群れへと転じてしまう。それでは、混乱の収拾は困難極まるであろう。
みっつめ。ムクロにとっての最大に頭を捻る必要のある条件。
それは「帝国軍を蹴散らしつつも、最後の仕上げはマルグリテ率いる王国軍によって成されるように調整すること」である。ムクロ・スパルダは切っ先であることは求められても、帝国軍そのものを殺しきってしまう致命の刃であってはならない。
(ったく。マルグリテも面倒な注文をしてくれる)
自然に。胸中でマルグリテとの呼称をつかいながら。ムクロは交戦規定を満たして戦う方策を勘案し。そして叫んだ。柄にもないと理解しながら。
「帝国軍指揮官、討ち取ったり! 我こそはマルグリテ・セヴェリナ女王陛下の剣なるぞ!」
ムクロが現在いる位置。それは帝国軍前衛の背後。帝国軍後詰めの前方。
後詰めの兵の全てがムクロを注視し、前衛の一部が背後を振り返る。無数の視線と意識が己に向いたことを『情報領域』による知覚で感じ取り。充分な注目を集めたと判断してから、ムクロは跳躍した。
槍が、振るわれた。
◆ ◆ ◆
一方。ムクロを送り出した側のマルグリテもまた、彼のことを考えていた。
ムクロの現在に対しての心配ではない。そのようなものは一切不要であった。
考えるのは王城潜入前。迷宮伯ダサイクル・グルンド誅殺から王位の宣言、そして帝国軍撃退に至るまでの方策を伝えたときのこと。
——オレがそばにいなくて、大丈夫なのか。
その言葉はマルグリテをして至福の喜びに満たし。同時に、腹の底からの憤りをももたらした。
(舐めてもらっては、困りますわ)
マルグリテ・セヴェリナはムクロ・スパルダの剣の主となったのだ。それが、彼がそばにいないと何も出来ない様な、そんな無力な娘であって良いはずが無し。
しかして、現実問題として。現在のマルグリテ・セヴェリナは無力であった。
過去の——つい昨日までの彼女の象徴であり、その戦闘能力の支えであった『赤の装甲飾衣』はもはやない。
レベル14と低位とはいえ、身体能力を一定底上げしていたステータスも消されてしまった。
肩には負傷。ムクロ・スパルダによる『他者回復』の魔法をかけられてはいたが。治癒能力を促進させるだけで完治には至らない程度の効果であり。左腕は十全には動かない。
『本当の魔法』の知識を得て習得の条件を満たしているが、それでもマルグリテは未だにそれを行使できる段階には無い。
肉体的にはまさに小娘。だが、やはりそう。脆弱な肉の器の中にあっても、マルグリテ・セヴェリナの内より輝く光は消せず。
マルグリテは彼女の無数にある長所のうちひとつ。観察眼を活用した。
帝国軍の襲撃により、王城の中庭は混乱の極みにあり、各所で無数の兵が死に倒れ、隠れ震え、伏せ叫んでいる。
うちひとりにマルグリテは目を留めた。雨が上がったあとの泥濘に伏せたからだろう。衛兵団の制服から顔面からを泥に塗れさせた一人の小男。彼はみっともなく地面に這いつくばり、身体を震わせながらも、部下に対して伏せろ隠れろと指示を出し続けていた。
射線の通らぬ経路を進み、マルグリテは彼の近くまで歩み寄った。その足首を掴み、成人男性とはこんなに重かったのかと思いながらも、帝国軍の射界の外へと引っ張り出す。
小男の側は突然に引きずられたことに驚き戸惑っていたが。それを行ったのがマルグリテ・セヴェリナ——現在の王国における至尊であると知ると口をパクパクとさせ、極度の緊張に窒息せんばかりの有様を示した。
「お、王女殿下、いえ、あの、失礼いたしました、女王、女王陛下⋯⋯」
「挨拶は結構ですわ。あなた、名前と所属は?」
「は、はい! ダーエ・エルマールであります! わたしは、あのっ、衛兵団王都ペニエ支部、第二小隊小隊長を拝命しております!」
答えた小男——ダーエは情けない見かけの男だった。反りっ歯で丸顔。見かけはお世辞にも美男とは言えない。年も行っているだろう。それで小隊長というのは出世できずにいる、ただ長く努めただけの男である証左。そんな男が泥に塗れて震え、言葉をつかえさせている様子はいっそ惨めですらある。
だが、マルグリテは彼の醜態の中に美点を見出した。この混乱の中、自らも恐怖に怯えながらも、部下たちに指示を出し続ける責任感。
その責任感を示し得たのはマルグリテの見る限りダーエ・エルマールただ一人であった。——生存者たちの中で、との但し書きはつく。戦場での責任感の発露は限りなく死を近づけるものであるがゆえ。
とまれ。情けない見かけの男の内側に。迫る暴力と死が剥き出しにした指揮官の資質をマルグリテは見て取った。
「ダーエ・エルマール。走るのに支障はありませんか?」
「は、はい」
流石にいつまでも這いつくばってはいられないと、片膝をついて拝跪するダーエ・エルマール。
その彼の頭上から、マルグリテは言葉を被せる。
「では、貴方を応急防御部隊の指揮官に任命します。まずはその両の足を使って駆け回りなさい。生存者を集めて安全地帯に集合させるのです。その後は可能な限りの部隊編成。上位の指揮官であっても使って構いません。おわかりかしら? ——では行動!」
「はっ!」
単なる衛兵団小隊長が、女王陛下から指揮官として任命され、部隊編成を命じられる。当然のごとくにダーエは混乱した。例えば直属上官、中隊長などに命じられたならば、その意図を尋ねるなり、戸惑って辞退しようとをダーエはしたろう。
だが。マルグリテ・セヴェリナが行けと命じるのだ。否応も無い。戸惑いと混乱を押し流す使命感が、一瞬にしてダーエ・エルマールの満たしていた。自分自身がほんの数刻前まで、叛乱勢力側にいたことなど脳裏の片隅にも無い。
「指揮官! 指揮官! 指揮官集合! 部下を掌握しているものはそれも連れてこい! 指揮官集合! 指揮官集合! 女王陛下の命なるぞ!——ああ、ダニエ第二小隊。お前たちは何人か集めて武装の点検だ。行けっ!」
命令を通じてマルグリテから
肉体としては無力な娘でしかないマルグリテの元に、彼女が振るうべき力が束ねゆかれる。
観察と命令。マルグリテが成したのはただそれだけ。しかしてそれは大いなる力。上位に立つ者に求められる資質の更に上位にある、それはすなわち王威であった。
「さて」
ダーエ・エルマールに指揮されて。衛兵団たちが残存兵力を収斂させていくのを横まで眺め。マルグリテは次の行動に移る。ツカツカと一人の男の元へと歩み寄った。
「そこの貴方」
「ひっ!?」
怯えて竦む男は、迷宮伯ダサイクル・グルンドの腹心であり連絡役を努めていた男であった。帝国に内通していた彼は、襲撃に際して誰よりもはやく安全地帯に退避し。今も『共有の書字版』を用いて王城内の様子を帝国側に連絡しようとしていたところであった。
その男に、マルグリテが歩み寄る。
男は怯える。断罪を恐れて。
だが、マルグリテは男への追求を行わなかった。代わりに告げる。
「貴方は迷宮伯の連絡役ですわね? でしたら、各所への連動した『共有の書字版』を管理しているはずです。伝えたいことがありますの。連絡をお願いできまして?」
「は、はい! もちろんです女王陛下!」
連絡役の男は内心で胸を撫で下ろす。そして企む。このまま帝国と王国を両天秤にかけ、どちらが勝っても相応の立場を得られるように立ち回る道についてを。
そんな彼の内心を知ってか知らずか。マルグリテは伝えるべき文言を示した。
文言を聞き、その内容に連絡役は戸惑った。
「女王陛下、それだけ、でありますか?」
「ええ。当面はそれだけで結構ですわ。ですが可能な限りの王国各所へ。それこそが要訣です。ああ、それから——」
怯えから安堵、そして戸惑いへと表情を変えた男の眼前に、銀閃が走った。
マルグリテが片手で抜き打ちした剣が、連絡役の男が手に持ったままだった『共有の書字版』を真っ二つに斬り割ったのだった。『書字版』が灰となる。
「
「はっ、はいっ! じょ、女王陛下の仰せのままに!」
声を裏返して返答すると、連絡役は「すぐに仕事に取り掛かります!」とマルグリテの前を辞した。
気づかないとでも思ったのか、と。マルグリテは去りゆく連絡役の男を冷めた目で見送る。
ダサイクル・グルンドが自覚なき帝国の傀儡であった以上、その操り糸たる立場の者がいるのは当然であり。
そしてダイサイクルの演説のさなかも、マルグリテが現れてからも、一種類の『共有の書字版』だけを手に持ち、なにごとか書き込み続けている様を見て、連絡役こそが内通者だと看破するになんの難しさも無かった。
マルグリテの王国にコウモリはいらない。だが殺すのは用済みとなってからで良いだろうと、『書字版』の破壊に使った剣——細身の剣を鞘へと収める。
マルグリテ・セヴェリナが身に帯びるのは、処刑刀ではない。現在の彼女にとりそれは振り回すに重すぎた。代わりに彼女が護身のために帯びているのは。一本の鋭剣。かつて、彼女の副官が帯びていた鋭剣。
卑劣漢を斬るに、その鋭剣は高潔に過ぎるだろう。思いながらマルグリテは歩む。彼女が命令を下したダーエ・エルマールは短時間で部隊を掌握しつつあった。それを率いるために。
一方で。マルグリテが命じた文面が、王国内各所へと『共有の書字版』を介して送られた。
その文面は簡潔である。
マルグリテ・セヴェリナ戴冠す。
諸氏に問う。汝ら誰の臣なりや?