その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
マルグリテ・セヴェリナ戴冠す。
諸君に問う。汝ら誰の臣なりや?
この一文がもたらした効果は絶大であった。
王都動乱の中で、息を潜めていた者たち。
帝国各地の監査騎士たち。大部分の衛兵団。王城虐殺を逃れた大臣たち。
彼らは王国という体制下で中枢に属すか、末端に属すかの違いはあれど、共通して「今後の自分」というものを考えて動かずにいた。
勝つのは誰か? 迷宮伯か? 帝国か?
それが分からない以上は動けない。片方に敵対して、負け組につくのは嫌だ。責任を問われるのは嫌だ。
気づかぬふりをしよう。動かずにいられる理由を見つけよう。立場上仕方なかったと言い訳を用意して。それから勝った側につこう。
誰もがそんな、浅ましくも人として当然な理屈から日和見を決め込んだ。
そこにもたらされた『共有の書字版』による一文には、短いながらも重大な意味が込められていた。
王族は健在であり、マルグリテが頂きに立ったという提示。
そして続くのは、何かをしろという命令文ではなく、疑問文。
お前たちは動くべき立場にいながら動かずにいる。それで良いのか?
つまりは、一種の脅迫文であった。同時に、マルグリテ・セヴェリナの覚悟と矜持を示すものでもあり、傑物が王国に在るという勝機を示すものでもあった。
つい前日まで、王国はファラキア・エルフの創り出した構造下で平和と安定を享受していた。
その中で、既得権益を確保していたものたちはこの動乱を経て、その既得権益を失うことを恐れた。
その中で、鬱屈を感じたいたものたちはこの動乱を経て、もしかしたらば成り上がることが出来るかも知れないという希望を見出した。
王国にて中枢に近い者も、末端に近い者も、既得権益を持つ者も、鬱屈を感じていた者も。
考える頭を持つ者は、動いた。動かねば失うと。動けば得られると。それをマルグリテの一文から鋭敏に読み取って。
結果として。——それまで王城占拠からら帝国軍侵攻に至るまで、規模の大きさの割に粛々と進行していたその『戦争』は。一挙にその熱量を増した。
王国の権力構造に席を持つ者、治安維持のための武力を保持する者。各階層にある者たちがとにかく立場を示さんとした結果の——混乱によって。
多くの王都民にとっての不幸は、ここから始まった。
否。大陸世界に住まうもの全ての不幸の始まりであったかも知れない。
◆ ◆ ◆
「防御線だ! 防御線を張るんだ! 我々の担当地域に帝国軍を一歩たりとも入れるな!」
ある王都の一地域では、それまで事態を静観していた衛兵団の支部長が、動かせる限りの部下を動員して、夜の王都に防御線を張らせていた。
非番の者たちまで招集しての最大規模の動員。その慌ただしい動きは一般の王都民にも伝わる。
それまで、帝国軍は兵の派遣を重要施設確保に限定していた。そのために多くの王都民は帝国軍侵攻の事実すら知らぬまま。「ほんの少し騒がしい気がするな」といった程度の気分で夜を過ごしていた。
しかし、衛兵団が動いたことで、その安寧は突如として破られる。
「なんだ、何が起こったんだ」
「武器を持った衛兵さんが、沢山⋯⋯」
「戦争だ! 戦争だってよ!」
「おかあさん、戦争ってなあに?」
「攻めてきたのは帝国だ! 帝国軍が攻めてきたんだ!」
「お隣の国が? どうして?」
「王様も王妃様も殺されたらしい!」
「オレが聞いたのは叛乱だって」
衛兵団の動きは、人々に不安をもたらした。
不安にかられた人々は、夜半にも関わらず家を出て、広場や路地にて情報を求める。
『共有の書字版』のような、その場にいながらにして情報を手に入れる手段は一般民衆の手にはない。情報誌——新聞のようなものはあるが。即時性には欠ける。足を動かし赴いて、口で尋ねて耳で聞くよりほかに情報を手に入れる手段はなかった。
そんな中で、「我は動揺する衆愚とは異なる」と信じる者たちが、聞きかじった知識を声高らかに叫ぶ。
結果として不安は増大し、増大した不安の中で安心を求めるために人々はさらなる情報を求めた。
「ねえ衛兵さん、何が起こったの?」
「寄るな! 我々はここで防御線を構築中だ! 一般人は家にいろ!」
「防御線って⋯⋯なにからの防御なの? 誰が攻めてきたの? やっぱり帝国?」
「解答はこっちの仕事じゃないんだ! 別のところで聞いてくれ!」
「答えろよ!」「そういえば叛乱に参加した衛兵がいるって話が⋯⋯」「こいつら本当に衛兵なのか?」「私は見たことあるわ、その人は毎日——」
「おい、散れ! くそ! 散らないと⋯⋯クソっ!」
不安に駆られた市民が、衛兵に迫り詰問する。それぞれ寸鉄を帯びない者たちだが、その数と圧力に、衛兵の一人が思わず『鉄弓』を掲げる。
一般人には馴染のない『鉄弓』では構えても威嚇効果が薄いと考え、衛兵は一発、発射した。
無論、狙ったのは人ではない。街路にあった一本の魔石灯。それに向かっての射撃。パリン、という魔石が割れる音がして、街の一角を照らす光量がほんの少し落ちる。
「なんだ?」「暗くなった」「いまの破硝音じゃ⋯…」「破硝音だって?」「撃たれたらしい!」「誰が! 誰に?」「帝国軍だ!」「帝国軍がいるの?」「ここに帝国軍が?」「帝国軍がいる?」「撃たれた? 殺されたのか?」「帝国軍!」「殺される?」「殺されたってよ!」「帝国軍だ、コイツが帝国軍だ!」「殺した! 殺される!」「攻撃魔法つかえるやついないのか!」「おい、冷静に——」「我が望むは炎の軌跡、流れ貫き敵を——」「お前っ! 詠唱を止めろ!」
誰かが尋ねた言葉を、別の誰かが確認のために聞き返し。その言葉尻を真実と受け取ったものが、皆に伝えねばと叫ぶ。わずかに混じった冷静な声も、不安と「真実を伝えなば」との熱意によってかき消され、先走ったものが呪文詠唱を始める。その様に、衛兵は叫んだ。
「隊長! 市民の中に敵がいます!」
「くそっ、こんなときに……散れ! 散れ市民ども! 解散しない者は帝国軍に与するとみなして撃つぞ!」
王国に限らず。大陸世界は五〇〇年間平和であった。
民衆が暴徒とするような事態は生起せず、暴徒と化した民衆を穏当に鎮めるための術も必要とされなかった。
熱狂の拡大に対する危機感は誰も持たず。危機感のないままに、人間原理で危機は進行した。
結果。それより間を置かず。
衛兵たちは三十二発の鉄針を発射する事態に陥り。死亡した王都民は十二名を数えた。
これは極端な例ではあるが。それまで比較的『静かで穏当な侵攻』であった帝国軍王都侵攻はたちまちのうちに王都中に知れ渡り。
混乱とそれにまつわる事件を伴い、憎むべき暴挙として認知されることとなった。
◆ ◆ ◆
戦争。長らく、大陸世界において縁遠かった事象。
そして発生しなくなるより以前、前ダンジョン時代において。
戦争とは権力者個人が行使するものであった。権力を持った者が、その権力を守るために、あるいは広げるために扱う手段。
いわば「王たちの最後の手段」。戦争という語はそれと等号で結ばれていた。
数百年ぶりに発生した『戦争』も、当初は同様であった。
ギルゼリオ・リーグルの野心が。
ダサイクル・グルンドの鬱屈が。
マルグリテ・セヴェリナの謀略が。
三名の権力者たちの個人的な動機に端を発して『戦争』は開始され、付き従う兵たちもまたそのほとんどが「国のため」というよりも個人的動機、あるいは単に「雇い主がやれというから」程度の感覚で参加していた。
そも。当時の大陸世界において「他国」というものは、ほとんど「隣街」に近い感覚で受け入れられていた。冒険者たちはほぼ制約なく国同士を行き来し、国家もそれを容認していた。
他国の冒険者が自国内のダンジョンで稼げば。ダンジョン使用に由来する税金が入ってくる。自国の冒険者が他国のダンジョンで稼いでも。国籍に由来する税金が入ってくる。人口流出というものに対する恐怖に国家は鈍感であった。
それもこれも。冒険者ギルドという存在があったればこそである。ギルドが厳格に税金を取り立て、公正に国家に収めてくれるからこそ、権力も民衆も国境に対して無頓着でいられた。
極論。国家に対する国民の認識は「税金を払う相手」であり。生まれた村や街への帰属意識はあっても、国家に対する国民意識とでも言うべきものは希薄であった。
しかし。帝国の王都侵攻とそれに伴って発生した混乱がその認識を狂わせ始めた。
敵たる帝国軍によって浮き彫りにされる形で。「我、王国人なり」という認識が、この日を境にして強く生起することになった。
それは、寿ぐべきことであったろうか? 後世の歴史家たちの見解は分かれる。
権力者たちの認識はどうあれ、大陸世界の一般大衆は「大陸世界人」とでも言うべき、ゆるい共同体の一員であった。
国民意識は、その共同体幻想を破壊した。
もしも、大陸世界の人間が、ゆるい連帯のまま繋がっていたとしたら。その後の、人類の立ち直りはもっと早かったのではないか。
その「もしも」の話は歴史家たちにとり魅力的であった。——マルグリテ・セヴェリナの名前が歴史書において、虐殺者として書かれる
◆ ◆ ◆
王都各地で様々な混乱が発生しはじめるより先に。
帝国軍侵攻部隊の主力は大打撃を受けていた。
「撃て! あれが恐らく、ギルド戦力!」
帝国振鈴隊隊長を討ち取ったと高らかに叫んだムクロ・スパルダ。陣中に降って湧いたが如き彼に対して、中隊規模を束ねる指揮官が叫んだ。
だが、陣の真ん中にいる男をどう討ち取れというのか? 前衛部隊、後衛部隊、そして建物の屋上に配置された左右両翼部隊の下級指揮官たちは迷った。
その迷いを不要にしたのもまた、ムクロ・スパルダであった。彼は帝国軍中央から駆け出すと、そのまま前衛部隊へと突っ込んだ。そして、槍を横薙ぎに振るう。
「馬鹿な」
愕然とした声をあげたのは誰であったか。誰でも構わなかった。それはムクロの起こした事象を目にした者たち共通の感想であったからだ。
単なる槍の横薙ぎ——正確には違った。槍でもってまず、一人の兵士が刺し貫かれた。破硝音が鳴る。穂先が心臓をえぐる。生命活動が停止する。
そして生物から物体と成り果てた兵士は、物体として新たな役目を果たす。それは即ち、重り。
槍の穂先に兵士を貫いたままに。ムクロはそれを薙いだ。槍の重量に人体および装備一式の重量が乗った高速の薙ぎ払い。前衛部隊後列の兵たちが、弾き飛ばされる。
もはや王城に対して射撃を行っている兵はいなかった。全員が全員、眼前の脅威へと向かい合う。
「包囲しているのだ! 撃て! 撃て!」
先ほどムクロを撃てと命じたのと同じ中隊指揮官が、地団太を踏みながら再び叫ぶ。
ムクロは、次の標的を彼に定めた。
薙ぎ払った槍——その際の衝撃で刺し貫かれた死体はどこぞに消えていた——を引き戻すことをせず。そのまま地面に突き立てる。対して身体は槍を中心に半回転。流れるような動作でムクロは方向転換を終え、今度は帝国軍後衛中央へと突っ込んだ。
(こういう、馬鹿な指揮官は生かした方がいいのかも知れねぇが)
引き伸ばさた認知の中、ムクロは叫ぶ指揮官の恐怖の表情を眺めつつ、耳元で囁く。
「
全周包囲で射撃を行っては、同士討ちが発生してしまう。包囲した者同士の射線が重ならないように調整が必要。——その忠告は長すぎて語りきれなかった。とっくに中隊指揮官の首は飛んでいる。
ムクロの忠告はあらゆる意味で用をなさなかった。指揮官に対する忠節を果たすためか。あるいは単に恐怖に駆られたのか。
王城に対して背を向けた前衛部隊。そして建物上に配置された両左翼部隊。彼らが一斉に『鉄弓』での射撃を開始する。
開始した頃、すでにムクロ飛んでいた。今度は右斜上方。建物の屋上の部隊を狙って。後衛部隊? すでに対処の必要は無かった。中隊指揮官の死体もろともに、三方向から味方の射撃に巻き込まれ、壊乱といって良い有様にある。
「あの鉄槍、それに口癖……」
「情報にあった槍使いハスターか?」
秋虫音と人体破損音、人体転倒音、ざわめき、命令。あまたに満ちる音の中から、ムクロひとつのやり取りを聞き分け、自分が鉄槍を使った目的が果たされたことに満足した。
ハスターは帝国から来た。であればハスターのことを知っている帝国兵もいるだろう。それによって生まれる情報の交錯と混乱。ムクロがわざわざ故人の槍を用いる理由はそこにあった。
一瞬の、自己方策への追想。その間にもムクロの身体は駆動している。
鉄針の一斉射撃を回避しがてら飛び上がった建物の屋上。そこに配置された兵たちが、狙いを定める暇も与えず、槍で薙ぐ。
一振りで殺傷圏内に収められなかった相手に対しては、薙いだ槍の動きを止めずにそのまま半円、弧の軌道を滑らせ斬り上げる。
斬り上げ高々と上段の槍を、今度は切り下げ払いの一撃。都合三撃。それで屋上は片付いた。汚く血濡れて片付いた。
さて、次はもう一方の屋上の敵を排除しよう。ムクロがそうしようとした瞬間、夜の帝都に光が満ちた。
光の刃の群れが二つ。そして大蛇のごとき光の帯。
ひとつは魔具。『
もうひとつもまた魔具。
ムクロは瞬時に、攻撃者を確認する。他の帝国兵とは異なる装い。最初に殺害した指揮官と同様の、各所に鈴が下げられた軍服。——帝国振鈴隊の隊員たち。
彼らが保持していた『破裂の刃将』と、死亡した隊長の身体から回収した『光神の追鞭』それら計三つの強力無比な魔具による同時攻撃。
(いい判断だ。時機を見計らったな)
現在のムクロの位置は、建物の屋上。上方に対する撃ち放ちであれば、他の兵士を巻き込む恐れはない。流石は帝国最強部隊。帝国振鈴隊であると称すべき動き。
迫る光刃の群れ二つ。一直線に進む光の帯。避け場すらない光に光にそれから光。
『魔法妨害』を用いない限りにおいて。それらの魔具による攻撃はムクロにとっても脅威であった。
同時に、光属性魔法。そのようなものは実際には
であれば、『破裂の刃将』と『光神の追鞭』による攻撃の正体はなにか?
——それを知るがゆえに。
ムクロは避ける空間すらないほどの攻撃密度の中に、自ら飛び込んだ。
光の刃がムクロに触れる。それはムクロを切り裂かない。
光の帯がムクロを包む。それはムクロを焼き焦がさない。
それは何故か? 光の刃も、うねる光の帯も。どちらも
斬性を帯びた光刃の生成。軌道を変えて更には相手を追尾し焼く光線。ダンジョンであれば、それを実現するのは可能。同時に、本当にそういう事象を引き起こすのは、
『破裂の刃将』。その『本当の魔法効果』は、演出として投影された光の刃の映像が対象に命中したと同時に、複数の超短波を線状に収束させて焼き切る電磁波攻撃の一種である。
『光神の追鞭』もまた同様。光の帯の映像を出力し、その命中に合わせて今度は長い波長、赤外線を照射して対象を焼く、これまた電磁波攻撃の一種。
いずれも、極めて高度な技術行使ではあるが、単純な物理現象の組み合わせでもある。その割に
だが、その『演出』を実現するために、正確無比な弾着調整が必要な攻撃でもあった。
ムクロが突いたのは、その弾着調整の隙。ドロップアイテムによる攻撃。あるいはステータス魔法による攻撃。弾着のための誘導に使われているのは——ステータス。
ステータスを保有している場合、個々人の位置情報はダンジョンによって完全管理されている。ドロップアイテムの側も同様。そこから計算して、いかにも「誘導して命中した」かのように調整を行うのは容易。
そのステータスが、ムクロには無い。
その結果、弾着調整の精度が落ちる。
映像演出の側と本命の物理的電磁波攻撃の間にズレが生じる。特に、攻撃対象が対象が近づいてくるという理外の動きと、相互に近づく結果による相対速度の上昇による演算時間の短縮。相乗効果でズレは大きくなる。
そのズレの隙間をムクロは掻い潜った。
その光景を見た者たちは「異常に高い光属性魔法への耐性を持っている」と捉えた。それがステータス魔法に浸かったものの思考経路であった。
もっとも攻撃した張本人たちはその思考を辿らなかった。
思考を行うより先に、ムクロによって斬り捨てられていたがゆえ。魔具も同時に破壊されている。——ムクロにとっては対処可能でも、この後にやってくる者たちにとっては厄介極まりない攻撃である魔具の破壊は必須任務だった。
世の冒険者たちが望んでやまない
『破裂の刃将』二本と、 『光神の追鞭』一本が、いずれも灰と化し消えた。
倒れ伏す死体が最後に奏でた鈴の音を聞き、死者たちの顔をちらりと見やり。ちょうどその時節。王城の側から兵の一群が現れた。
かき集めた大盾と『鉄弓』を構えた王国衛兵団。先程まで帝国軍がなしていた即時要塞の真似事ではあるが。帝国の側はムクロへの対処で陣形が千々に乱れている。まともな全体指揮がとれる指揮官もいない。
「王国臨時集積中隊、構え杖!」
ムクロの知らない男。反りっ歯で丸顔の小男が、それでも堂々と号令する。
続くのは、ムクロのよく知る女の声。抜剣し、鋭剣の切っ先を突きつけ、命じる。
「放て」
撃たれる側の余命のごとく。短く響く涼やかなる声。
整然と隊形を組んだ側から、雑然と群れる側への一斉射撃。射撃中止の命令が降らぬ限り、撃ち出され続ける鉄針の群れ。
ムクロの蹂躙で臨界点間際まで達していた士気崩壊。統制された軍たる有様は一挙に崩れた。
「やめ——」
「降伏す——」
命乞いをする帝国兵が死んだ。
「——!」
無言で背を向けた帝国兵が死んだ。
「くそっ!——くっ——」
とっさに地面に伏せた者はやや生き長らえた。「次射! 低く撃て! よく狙え!」との指示が長らえた生命を終わらせた。
撃たれる仲間を盾として、逃げ延びた者たちを除き。王城前の街路は血の赤、肉の赤、骨の白、壊れたドロップアイテムの灰色へと斑に塗装された。否。その厚みからすれば、
局地にして極地の戦いの終局は成された。
「王国臨時集積中隊、前へ」
マルグリテ・セヴェリナが号令する。先頭を堂々と歩みながら。
その後ろに小男——ダーエ・エルマールがつく。更に後ろに中隊規模の兵たちが率いられる。
帝国兵の死体に満ち満ちた、街路を王国兵たちが歩む。
まず、マルグリテの足が血溜まりを踏んだ。
高貴なる覇王装。その服の裾にとじわりと血が染み込み、黒紫の中へと溶け消えた。色は紛れどたしかに血濡れ。しかして重くなった衣装を気にする素振りも見せず、マルグリテ・セヴェリナは歩む。
兵たちが付き従う。
マルグリテ同様に血溜まりを踏む。ある者は肉を、骨を、運の悪い者は死体の腸から溢れた糞便を踏む。
だが、その足並みは乱れない。吐き気を催したのか、口を手で抑える者はいたが。そんな者ですら歩みは止めない。マルグリテ・セヴェリナに置いていかれるのを恐れるかのように。
女王と兵。その集団にムクロが合流する。マルグリテ率いる集積中隊が戦闘に参画してからは、彼らが損害を受けないように、密かな援護に回っていた彼。
ムクロ・スパルダが位置するは当然、マルグリテ・セヴェリナの隣。彼の黒衣銀糸の衣装の裾にも、血と肉がまとわりつく。
そんな彼の服の袖を、マルグリテは一瞬だけ掴み、そして離す。
その仕草を兵たちは見た。苛烈なる女王のほんの少しの弱さと強さ。本来、支配者が表すべきではない、女としての弱さの発露。しかし、忠誠はむしろ高まった。
ムクロ・スパルダだけが見た。その仕草を行ったときのマルグリテ・セヴェリナの表情を。薄ら笑い。彼女は血肉の舗装を歩くことに、なんらの苦痛も罪悪感も覚えていない。むしろ、楽しんですらいた。ムクロの袖を掴んでみせたのは、兵たちの心を掴むための仕草。冷徹な計算ずくの弱さの見せ方。
女王と剣と、兵は征く。
目指すは王都中央駅。皇太子ギルゼリオ・リーグルとその侍従長が本営を設置した場所。
王都での『戦争』は終わりが近い。