その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
二十八号。そう呼ばれる女は目の前に座る女性に対して報告を行いながら、観察と推測を行っていた。
観察対象はギルド長ファラキア・エルフ。それは同時に、二十八号の創造主でもあった。二十八号をはじめとした
彼女たちはファラキアと同様に魔法が使えない。であればこそ、ムクロ・スパルダにすら秘して様々な裏工作が実行できる。魔法的な側面、『情報領域』から見たとき、二十八号たちも、そしてファラキアも「動く物体」でしかないと見なされるからだ。
そんな二十八号は目の前の女性、創造主であり上位者であり、そして現在の観察対象であるファラキアの状態を内心でこう表した。
大変に苛立っている、と。
何も明晰な頭脳を演算させて導き出した答えではない。
二十八号からの報告を聞きつつ、忙しなく指で机を叩き続ける様を見れば、どんな察しの悪いものであってもファラキアの苛立ちには気づくであろう。
彼女の苛立ちに気づきながらも。二十八号は報告を続けた。
ファラキア・エルフの命令に絶対服従すること、それが彼女の精神を縛る枷のひとつだからだ。正確には、枷という認識すら二十八号には無い。行動原理として捉えていた。自分はファラキアの道具である、と。
ゆえに二十八号は冷静な声音で、ファラキアを更に不機嫌にする情報を奏で続けた。
「レイテ・レノならびにルナ・リングハートは生存。負傷もありません」
「そのようね」
「レイテ・レノに関しては兎も角、ルナ・リングハートは殺し得る機会はありましたが、宜しかったのでしょうか?」
ルナの敵対相手が使用していたのと同様の武器。例えば鉄針を機械的に射出して、ルナの目を潰す。それだけで彼女は一挙に不利になり、斬り殺されていたかもしれない。二十八号はファラキアの指示をうけてそれができるだけの準備をしていた。
しかし、ファラキアはその準備までは指示しつつも、実行は指示しなかった。
二十八号の質問に対しても首を横に振る、コツコツと指先で机を叩く動作を続けながら。
「殺すだけなら出来たわ。でも、ムクロに不自然に思われないように殺すには厳しかった。分かるでしょう?」
ルナを謀殺するには上空監視するレイテの目を掻い潜らねばならず、先んじてレイテを殺害してしまえば今度は肝心のギルド防衛が立ち行かなくなる。
レイテまで含んだ混戦状態が生起すれば目はあったが、レイテ参戦と戦闘決着はほぼ同時であり、更にそこにムクロまで到着してしまった。
ファラキアにとっては、まったく面白くない話であった。そしてムクロは、幾つかの言伝と預け物をしただけで、ファラキアの顔を見ることもなく王城へと向かってしまった。——マルグリテ・セヴェリナを伴って。
「確かに——では次に。ムクロ・スパルダ様からお預かりしたハスターの首と、アスト・リゥムの首。こちらは両方ともに解析に回すということでよろしいでしょうか?」
納得した二十八号は次の質問を行う。平板な声が返ってきた。
「ハスターの首はいつもの通り。アストとかいう女の首は砕いて豚の餌にでもすれば良いのよ」
「は——」
「冗談、よ。すでにグラウの脳解析が終わっている以上、目新しい情報は期待できかも知れないけれど、どちらも解析してちょうだい。——思えば、アスト・リゥムの記憶は
「はい。承りました」
ファラキアは大きく息を吐く。
機能としての冷静さを備えていると言っても限界があった。それが彼女にとりもっとも重要な存在が関わっているとなれば尚更に。
ここから先の対応を誤らないためにも、合理的な情報の精査こそが重要であった。内心でいかに腹立たしさを感じようと、だ。
続いて二十八号が行った報告の殆どは、ファラキアの想定の範囲内だった。二十八号にもそれは読み取れた。机を叩く指の調子が穏やかになっている。
ギルド本部は、ゲントリス・ストリリウスが持ち前の堅物ぶりを発揮して、原則論で動かしている。王都動乱が帝国側の勝利で終わることになった場合、その「非協力的態度」は問題視されたかもしれないが。そのようなことはあり得ないと断言できた。なにせ、ムクロ・スパルダがマルグリテの側につくと決めたのだ。帝国に与えられるのは必敗の文字以外無いだろう。
ほか、多くの勢力は日和見。これもまたファラキアの予想通り。大半の人間は変化を嫌うし、ファラキア自身が長い時間をかけて、大衆がその存続を望む安定状態を作り上げてきた。
「ムクロ・スパルダ様は、先程の荷物を預けられた後に、マルグリテ・セヴェリナと共に王城へ。事態収拾に動くようです」
「そう」
最大の想定外——正確には、想定は出来ていたものの受け入れがたい事実について、ファラキアは軽く流すにとどめた。内心では、満腔の悪意をもって罵倒を叫びたいほどであった。指で机を叩く音は止まっていた。机に突き立てられた指。その先の、美しく整えられた爪が割れていた。
「レイテ・レノならびにルナ・リングハートは引き続きギルド施設防衛を行っておりますが、偵察の結果を見るに、帝国軍はこちらへの干渉を諦めたようです」
「ムクロが動いたのだもの。当然だわ」
ファラキアは興味なさげに答えると、引き出しから爪やすりを取り出す。次にムクロに会うときまでに爪を美しく整えておく必要があった。レイテやルナの動向などよほどに重要なことであった。
その動きが、二十八号の続く言葉で止まる。
「監査士気団詰所からの回収作業に関しては僅差でしたが、間に合いました。
「——所持品の確認は?」
熱のこもった視線で、ファラキアは二十八号を見る。地上で新たな『端末』が作られたという事実から予想された、ある物体の存在。その物体をこそファラキアは求めていた。
「複数の小瓶。中には、ヒルのような虫」
「よくやったわ!」
二十八号が、いや恐らくはムクロ・スパルダを除いた地上の誰もが、これまで一度も見たことの無い満面の笑顔でファラキアが喝采する。
「端末化原虫! 今までの残骸ではない、完全な標本! それがあれば、その機序が完全に解明できれば——!」
喜ぶファラキアに水を差すことになるのを躊躇いつつ、二十八号はひとつの危惧については尋ねた。
「しかし、ギルド施設内に、ある意味『端末』そのものを持ち込むのは危険なのでは無いでしょうか?」
「ダンジョン核との交信を防げれば問題ないわ。
「相変わらずです。大きなものが
「なら問題は無いわね。とりあえず、その小瓶が特殊な情報遮断機能を備えている可能性を考えて、一匹を外に出して。探知機の反応を見てから完全焼却。もう一匹も実験使用。適当に一人攫って『端末』化しなさい。その際の情報波のふるまいから、ダンジョン核に気づかれずに研究をする態勢を整えるわ」
「——承知しました」
「事故防止の方策は……アタナたちと研究班に任せるわ。似たようなことは初めてでもないでしょうし」
「は!」
ファラキアは「行っていいわよ」と言い捨てると、二十八号が去ったのを見届け、それまでの不機嫌さが嘘のように軽やかに立ち上がる。
踊り出したい気分であったし、実際にその偽銀の髪を広げてゆるい輪舞調の足運びで部屋を回りさえした。
ファラキアの心中では、明るい未来が広がっていた。
端末化原虫。
その解析が成功して、同様の機能を備え、別命令を組み込んだ脳改造ができる技術を手に入れられたら、どんなに素晴らしいだろうか。
例えば。
レイテ・レノ。
ルナ・リングハート。
マルグリテ・セヴェリナ。
全員を改造してしまう。「自分はダンジョンの手先になったのだ」という認知を抱いた、ファラキアの手先として改造してしまう。
その全員を、ムクロの手で殺させる。
ムクロの心を傷つける『本音』を言わせるのも良いだろう。
傷つき、後悔するムクロを、ただファラキアだけがそばで支えるのだ。
ファラキア・エルフはムクロ・スパルダとただ二人並び立ち。
ダンジョンとの戦いが永劫続くことを望んでいた。
勝利などいらない。
平和など余録に過ぎない。
ムクロの望みは叶えてあげたい。
しかし、最大の望みだけは叶えてはならない。
二人の時間が終わってしまう。
(ダンジョン核の位置だけは、絶対にムクロにバレないようにしないと……)
数多の『端末』を斬り続け、友を殺し、師を殺し、それでもなおムクロ・スパルダが探し続けるダンジョン核の行方を。
ファラキア・エルフは知っていた。
五〇〇年前から知っていた。
知って、隠し続けている。
一組の機構が、終わらぬ様に。
四章完