その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
歴史に残る会談であると言えた。
場所は、冒険者ギルドの所有する秘密施設。
ギルド戦力の王都における本拠地、その長の居室。
待つはギルドの長。
一方、訪れたのは
かたわらに伴うのは、
ファラキアは長椅子の横で起立して待っていた。
マルグリテが入室し、机のそばまで寄ると一礼する。
「このような場所にお運び頂き、ありがたく存じますわ女王陛下」
「ご謙遜なさらないで下さいまし、ギルド長ファラキア・エルフ。——
ファラキア・エルフはマルグリテの言葉に対して、微笑でもってのみ応じた。
「どうぞお席に。すぐにお茶を用意いたしますわ。何かお好みの銘柄は?」
「
「——かしこまりました」
ファラキアが一礼する。
五〇〇年にわたり大陸世界を陰から支配してきたと言ってよいファラキア・エルフであったが、国際礼則上では一国の女王であるマルグリテの側が上位ということになる。対応は慇懃であった。
マルグリテの背後に控えるムクロは、そんな二人の様子を軽い苦笑とともに見やりつつ、「彼の主人」のために椅子を引いてやる。
「ありがたく存じますわ」
礼を言って着座したマルグリテは、そのまま、ムクロの頬へと手を伸ばし、なで上げる。途中、「あっ⋯⋯」と彼女は小さく声をあげた。ムクロが這い回るマルグリテの指を甘く噛んだからだ。
「時と場所を選んでくれ、女王陛下」
「わかりましたわ……」
言って、ムクロに甘噛された指を軽く舐めると、マルグリテは居住まいを正した。
マルグリテの
帝国による王都侵攻後の混乱立て直し、あえて簡素に行われた(王国法上で女性の王位継承に関する議論が発せられる前に強行された)戴冠式、王都内の被害視察。新たな人事の発令と周知。その間、マルグリテとムクロは行動を共にし続けた。そして、その都度、かたわらに立つムクロへとマルグリテは触れたがった。その様は多くのものに目撃されており、新女王マルグリテの瑕瑾として見られている。すなわち、護衛兼愛人への過度な執着として。
——どうせあなたと二人きりで行動しなければならない機会は多いんですもの。最初から色狂いの女王として思われたほうが都合が良いのでなくて?
ムクロは、マルグリテが言っていた本音とも建前ともつかない言葉を思い出す。
だが、このファラキア・エルフとの会談に際しては、あまりそういう側面を出して欲しいとは思わなかった。ファラキアはムクロと他の女が睦み合うのを、あまり喜ばない。
(五〇〇年経っても、どこかで妹気分が抜けないんだろうな)
製造途中のファラキアは、情緒習得のために幼児形態で過ごしていた時期がある。その頃、ムクロはファラキアから「お兄ちゃん」と呼び慕われていた。それこそ、常にベッタリとファラキアはムクロにまとわりつき、ローゼンクロイツなりアルギッタなりが無理やり引き剥がさないとならない有様だった。
ムクロが懐かしさと痛みをともに伴う追想を行っている合間に、現在のファラキアは機敏に動いていた。
「お待たせいたしました、女王陛下」
茶器を乗せた盆を持ったファラキアが、恭しく給仕をする。それをしっかりと受けてから、マルグリテは口を開いた。
「堅苦しい作法はここまでといたしましょう、ファラキア・エルフ。わたくしはここで政治会談めいた迂遠さを求めておりませんわ」
「そう。それは重畳」
態度を女王に対するものから見事に切り替え、ファラキア・エルフは常の笑みを口元に浮かべた。美しくも、どこか冷笑的な唇の歪みを。
「それで? ムクロはいつまでそこに立っているの? 座りなさいな」
卓に自分用の茶器ともう一揃いを置き、長椅子へと着座したファラキア。彼女は自身の横を軽く叩く。あなたが座るべきはここでしょうと。そう言いたげに。
「ファラキア⋯⋯」
「
苦笑したムクロが何かを言うより先に、マルグリテが断ち切るように言い放った。
ファラキアは表面上冷静に、マルグリテと、そしてムクロを見やる。
「ムクロは、
「通達はしたはずですわ。ムクロ・スパルダの所属は元よりわたくしの直属。ギルドには潜入捜査をしていた。
「それは外向きの建前でしょう? ムクロは私とずっと——」
二人の女。口元に浮かぶのはともに微笑である。口調も互いに柔らかい。
しかし
今回の会談における目的は、諸々の確認と今後の実務についてのすり合わせ。それが中々に本題に入ってくれないため、二人に任せる腹づもりであったムクロは思わず口を出す。
「済んだ話はよそうぜ、ファラキア。マルグリテの言った通り、今後、俺は王国近衛として行動する」
「ムクロ……」
「王国近衛兼、私の愛人として、ですわ」
「——まあ、それでも良い」
ファラキアは一瞬、顔面からすべての表情を消した。だが、次の瞬間には微笑みを口元に浮かべている。
「分かったわ。そういうことで動きましょう。——ムクロから大方の話は聞いていて? 王女殿下」
「なにからなにまで。まさか、冒険者ギルドの創始者ファラキア・エルフがまだご存命で、こんなにお若く
「積み重ねには自信があるわ。ギルド長としての経験も。ムクロの隣にいた長さも、ね」
ほんの少しばかり、含みある言い回しをしながらも。マルグリテもファラキアも、ともに高い合理性を備えた女傑であった。すぐに実務的なあれこれに関する事項を詰めていく。
ムクロは過去からずっとマルグリテの部下であった。ギルドでは潜入捜査を行っていただけ。そういう形への経歴改ざんについて合意を行う。
「ムクロをそちらに
「ええ。わたくしもどこぞの誰かに大陸世界が支配されているだなんて業腹ですもの。そこは確約いたします」
次に、冒険者ギルドと王国の協力体制。今までの冒険者やドロップアイテム管理の枠を超えて、ダンジョン支配に抵抗するため、『端末』の動向観察や、ダンジョン核の発見のための情報共有や隠蔽工作に関する協力を行うこと。これはすんなりと同意がとれる。
「この契約はわたくしと、
「⋯⋯緊急時にはムクロに動いてもらう必要が生じるわ。その際には代替要員を派遣するという条件を組ませてちょうだい」
「よろしくてよ。——ああ。十年間緊急事態だからずっと代替要員で我慢しろ、なんて下手な契約の抜け道は使わないで下さいましね?」
「そんな子どものような真似はしないわ」
今後、ムクロがマルグリテの護衛兼愛人として常に
それから、いくつか細部を詰めていく。
マルグリテの活動拠点となる場所に、ギルドが大陸各地との秘密連絡に使っている電話線を敷設すること、ギルドからはムクロとは別に連絡要員を随行させること。
「電話機の設置については、秘密裏に行うから時間はかかるかも知れないけれども、実施自体にはまったく問題ないわ。設置場所にドロップアイテムを持ち込むような馬鹿な真似だけはよして頂戴ね?」
「言われるまでもありませんわ。それから連絡員ですけれども——どうでしょうファラキア・エルフ。貴女ご自身が務められるというのは?」
ファラキアが連絡員をやる。その提案をしたマルグリテの口調には戯れが混じっていた。当然である。ギルド長その人が使いっ走りのような真似をするなどと。それは出来の悪い冗談か、あるいは明確な挑発であった。
マルグリテのそんな言葉を、ファラキアは流した。
「連絡員については——」
「ルナで良いだろう。この際、あいつも王国側戦力という扱いにすれば良い」
そこでムクロが横から口を挟んだ。
ルナ・リングハートの公的な立場は、いままでずっと不安定なままであった。ステータスを喪失したレベル65の冒険者。ギルドの職員として置くことはできず、さりとて冒険者に戻ることも出来ない。
王女の護衛の一人。あるいは侍従。そういう立場はいかにもルナの状態を誤魔化すのに丁度いい。
「オレが緊急でマルグリテのそばを離れるときに、ギルドから護衛を——『本当の魔法』を使える護衛を呼ぶ必要が出る。レイテかルナしかいないが、どちらにせよ待ち時間が発生するのは良くない」
「
「ルナ・リングハートは確かに適任ね。でも、もう一人、純粋な連絡役も置いておきたいところだわ」
ムクロの提案にマルグリテは一も二もなく賛同し、ファラキアは条件付きの賛意を示した。すぐに、その「条件」の具体を加えてくる。
「ギルド戦力の非戦闘員、『ギルドの黒子』のひとり、アルサ・サルシオネをつけるわ」
「アルサ⋯⋯ああ、何度か会ったことがある」
ムクロはファラキアの挙げた名前を聞き、それが誰であるか見当をつけた。アルノーでならず者たちを片付けたときに連絡役をつとめ、またレイテがギルドの談話室で荒れていたときにムクロに助けを求めてきた少女だった。
「信頼の置ける方なのかしら?」
「ギルドの黒子たちは、私の意に完全に従う者たちのみで構成されているわ。下手に情報を漏らす人間は使えないもの」
「それはとても——」
とても、なんであるか。マルグリテは最後まで口にしなかった。微笑み口の中に真意を飲み込む。
それから、再び細かい実務についてのやりとりをして。
ファラキア・エルフとマルグリテ・セヴェリナの会談は終わった。
冒険者ギルドと王国。ギルドと特定国家の秘密裏の癒着とでも言うべき歴史的事象はかくのごとく執り行われた。
最後に、マルグリテがファラキアに告げる。
「ああ。この施設には何度も訪れることになるでしょうし。泊まりということありえますわ。わたくしの部屋を用意して下さるかしら。——無論、
「⋯⋯それは」
「俺の部屋の隣はちょうど空室だ。調度は追々整えるとして、場所だけ確認していくか?」
「あら、それは幸いですわね。——ではファラキア・エルフ。本日はこれにて失礼いたしますわ」
「有意義な会談だったわ、マルグリテ・セヴェリナ。——部屋の準備は明日から進めさせるわ。
ファラキアの言葉に、マルグリテは答えないまま歩を進めた。ムクロが扉を開いて、部屋から出る直前になってようやく振り返って答える。
「それは、お約束できかねますわ」
そのまま、ムクロの腕をとるとサッとマルグリテはファラキアの居室を後にした。
扉が大きな音を立てて閉じられる。
一人、ファラキア・エルフは居室に残された。
卓上には茶器が三つ。
ファラキアが淹れた茶は、彼女自身を除いてだれも口をつけることはなかった。
「今だけは、ムクロを貸してあげるわ女王陛下」
マルグリテは静かに呟くと、茶器が載ったままの円卓を蹴り上げた。
円卓がひっくり返る。器は飛び、落ち割れて。中身の液体が床へとぶち撒けられた。
◆ ◆ ◆
ファラキアの居室を出たマルグリテは、市井の恋人同士がするかのようにムクロの腕をとり、楽しげに歩を進めていた。
「おい、マルグリテ。あまり色ボケた態度をとられても困るぞ」
「良いではないですか。ここはギルドの秘密施設。わたくしとあなたが市民や大臣たちの目を気にすることなく睦みあえる限られてた場所なのですから」
「ったく——」
自身の黒猫色の髪をかきながら、それでもマルグリテを引き離すことなく。ムクロは彼女を自室候補の部屋へを案内する。
扉を開くと、長く使われてない部屋特有の埃っぽさが鼻をついた。
二人が揃って入室し、扉を閉じた瞬間であった。
マルグリテは口づけを求めるかのようにムクロの首に両手を回し、その顔をグッと近づける。
「おい、こんなところで——」
「聞いていた話とだいぶ違いましたわね。合理的で信頼のできる五〇〇年の盟友?
愛を囁き交わす格好のまま。マルグリテはムクロの耳元で小さく早口で述べ立てた。その言葉の意味するところの重大性と、マルグリテがこのような形で話していることから、ムクロはいくつかの可能性を推察し、あえて直接に回答をしなかった。
「こんな埃っぽいところでしなくても。俺の部屋の寝台を使えば良い。だろう?」
言いながら、ムクロはマルグリテをグッと抱き寄せる。
その背中に指を這わせ、そして文字の形に動かす。——マルグリテが盗聴の可能性を危惧してこうしていると判断したからだ。実際にどうかは別にして、ムクロはそれに合わせた。
ファラキアは最後の仲間だ。信頼できる。
ムクロがマルグリテの背に、そう指で文字を書く。
「では、せめて口づけをしてくださる? わたくし、もう我慢できそうにありませんの」
ムクロの方法にマルグリテも合わせてきた。実際に口づけを交わしあいながら、ムクロの背中に回した手を動かし、文字を描く。
一切の装飾を配した単語のみで、ムクロの背に綴られた言葉。
それは、彼にとっては全く思いもよらず。しかしてマルグリテが本気でそう思っていることだけは確に伝わる力強さが籠もっていた。
なぜ気付けないのか。
=====作者からの連絡=====
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