その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
都市国家ギーデイン。
谷というほどでも無いが、周辺よりもやや落ち窪んだ地形の底にあるその都市は、最初期にダンジョンが発生し発展した歴史ある都市国家であった。
そして地形ゆえに、発生した霧が溜まりやすい都市でもあり。
『霧の都のギーデイン』という名で知られている。
その日も霧が出ていた。
いや、その霧は常よりも非常に濃く。濃い乳白色は数歩先にいる人間の姿すらも薄ぼんやりとした影と捉えさせるほどである。
初めて見る光景に子どもたちははしゃぎ回り、大人たちは「自分の記憶にある中で、こんなにも霧が濃かった日はいつ以来だろう?」と首を傾げた。
◆ ◆ ◆
それは街の中心にある冒険者ギルドのギーデイン支部でも同様であった。冒険者ギルドは、三大国家のそれぞれにある「首都本部」を除いて、入退場を管理するためにダンジョンに併設されるのが常である。
無論、ギーデイン支部もだ。
そして。支部内には濃い霧が立ち込めていた。特に一階と、ダンジョンへと繋がる門の部分が酷い。
こんな日にはダンジョンに潜ろうとする気力も無いのか。冒険者たちの姿は無かった。また、明日行けば良い。冒険者たちは考えたのだろう。
「ったく。送風のドロップアイテムを持ってくるのにいつまでかかっているのやら」
ギーデイン支部の支部長は、周りを手で仰ぎながらぼやいた。冒険者たちは今日を休日と定めても、冒険者ギルドは稼働しなければならない。支部長は、自分は職業選択を誤ったかと寸瞬、悩んだ。——それにしても霧が濃すぎる。すり鉢状のギーデインに外から霧が流れ込んで来るのであれば、街の中心であるここは最も霧が薄いはずなのに。
まるで、ダンジョンから霧が湧き出しているのかと。彼はそう錯覚しそうだった。
だがそんな現象は、いままで報告されていない。
いままでも無かったのならば、これからも無いのだろう。
漠然と、支部長は考えていた。
彼はその考えを改める機会を得なかった。
ダンジョンへと続く扉が、開いた。
「誰か冒険者が?」
戻ってきたのかと支部長は考えた。日を跨いでダンジョン攻略するものは、少なくはあるが絶無でも無い。ダンジョンへの入退場を管理するギルド職員も考えた。入場記録を確認しよう。——小さな影が見えた。子どもか? と支部長は思った。
小さな影はそのまま濃い霧の中を駆ける。支部長に向かって駆けてきていた。
「おいキミ、入退場手続きを取らなきゃ——」
駄目だろう、と彼は続けるつもりだった。それは出来なかった。
粗末な鉄の剣が彼の言葉を止めたのだ。鉄棒と言い換えても問題ないほどに研ぎが甘いそれはだが、先端が鋭かった。
ダンジョンから飛び出し、扉から駆け寄り、そして支部長に飛びかかったモンスターが、鉄棒剣で支部長の胸を刺し貫いた。剣は肺胞を幾つも傷つけて彼の発声を妨げた後、肉をかき混ぜ心臓を致命的に傷つけた。発声する術を失った後に、支部長は絶命した。
小緑鬼はその名前の通り、緑の肌をし、額から角を生やした小柄な鬼である。
前傾したその体躯は人間の腰のあたりまでしか無い。手足も細く、その日に持っている武器は鉄棒剣だった。
ほぼすべてのダンジョンに出現する、もっとも下等なモンスターの一種であり、群でなければ子どもでも狩ることができる相手だ。
それが殺した。支部長を殺した。
ひどくあっさりとであった。
支部長はギルド職員の例に漏れず、ステータス無しのレベル0であった。だからか? ——だからかも知れないと、その殺害場面を見る者がいたなら考えたろう。大陸世界の住民ならばそう考える。
見る者はいた。支部長以外のギルド職員が、支部には多くいる。——見る者はすぐにいなくなった。
モンスターが次から次へと扉から湧き出し、まずギルド職員たちは他人を見るどころの余裕が無かった。
小緑鬼がいた。
灰色魔狼がいた。
黒鎧蟻がいたし、黒鎧兵長蟻もいた。
多くのダンジョンでの、階層主たる黒鎧猩すらもいた。
モンスターは静かであった。叫びをあげる個体はいない。機構のように淡々と動いた。淡々と、殺戮した。
ギルド職員たちがあげる、哀願と混乱と断末魔の声はあったが。それは全般的に極めて静かに遂行された。
冒険者ギルド、ギーデイン支部。
そこにいる者たちはもう、見ることが無くなった。
一名たりとも無くなった。見ることの最低要件たる、生命を失ったから。
彼らの眼球は光を捉える器官で無くなり、ただ光を映すだけの。表面を水分で覆われた物体となった。
総員、死亡である。
そして、だ。
ダンジョンへ続く扉。巨大な扉。人の背丈の五倍はあろうかという全高を誇る扉を窮屈そうに潜って、それは現れた。
大陸世界において
身を包む
生え揃い口から飛び出す牙。四肢の先に備えられた爪。いずれも鋭く、己が狩る側のモノであると主張している。
そして翼。四足で這い回るトカゲの外観を、異形であり偉大であると感じさせる最大要素、巨大な翼。空を駆けること叶わぬ他の獣とは一線を画す存在であると、叫ばずともに咆哮する自己主張。
なにより巨体。その巨体。説明不要の強さを印象付ける巨躯を竜は持っている。
おお! 竜よ! 竜よ! ぬめりにや。
白の霧に燦然と燃え、そもいかなる不死の手。
はたは古謡の作りしや。
汝が雄々しき均整を。
詩文調で称えるに遜色ない、偉大なる魔物たちの王。
そんな存在が、巨大な扉を潜って、地上へと現れる。無数の魔物を引き連れて。
その光景は人々に恐怖を呼び起こすだろう。感動すらもたらすかもしれない。
だが、その場に。冒険者ギルド、ギーデイン支部に心を震わせる者はいない。心臓を止めている。
ギーデインにも、いなくなる。
街からまるごと、いなくなる。
そして、そして。
それよりも——女がいた。
その竜に、乗っている。
輿を用意し、座っている。
ただ乗り物に、女がしている。
巨大な竜を、女は使う。
無数の魔物。偉大な巨竜。それは彼女の下僕に過ぎない。
彼女がひっくり返したオモチャ箱の。いずれ飽きられる道具に過ぎない。
瞳は黄玉。きらめいている。髪は陽光。これまた綺羅羅。
懸絶せし魔女アルギッタ。アルギッタ・ギーデイン。
大陸世界、最古の魔女にて。そうして彼の、最なる——彼女が、現れた。
◆ ◆ ◆
街では、狂乱が生じた。
深い、深い霧の中。モンスターが行うのは殺戮である。
「なんで! なんでモンスターが!」
「剣が! クソッ! 朝から飲みすぎたか——」
「嫌、嫌よ! 止めて! 来ないで!」
「お母さん……?」
閉じられたギルドの建築物内とは話が違う。霧で視界は狭くとも、悲鳴は聞こえる。警告が届く。駆ける余地がある。
生存の望みは、無い。
幸運と、意志と、健脚とを備えた、一部の限られた者以外には無い。
「
炎の矢は放たれない。魔物は止まらない。ゆずれぬはずの
「——かくて冴えわたる山査子は行く手を阻む!発動!
発動しない。山査子は阻まない。牙が突き立てられて、女の血は吸われる。地面に。
「ステータス・オープン! ステータス・オープン! お願い、開いて! ステータス・オープン!」
開かない。閉じられた。
冒険者たち。戦う術を持つはずの者たち。
得てきたはずだ。経験値を。
鍛えてきたはずだ。ステータスを。
あの魔物よりレベルが高い! だから強い! 俺は強いさ努力してきた。
細身の男が剣を振るった。細身の剣で魔物に振るった。
切り裂けるはずだった。だって攻撃力が高いから。属性魔法のドロップアイテムだから。
硬い表皮が剣を弾いた。重たい拳で男を殴った。
速度と重量を掛け算して二乗する。その法則を男は知らない。その単純則に男は破かれる。剣を掲げてそのまま潰れる。ぐしゃ、ぐしゃと。
そこに存在するのは冷然たる物理法則。そして希望ではない魔の法のみだ。
だから死ぬ。
冷然、冷徹、血華、死者。
そして悠然、歩むは
竜の背に乗って、
ただ彼女のみが陽気であった。
「いらない。いらない。あれはアリ」
選別を行っていた。モンスターに指示を出していた。何かを感じて行っていた。
判定基準は接続しているか否か、 『情報領域』に。接続していれば使える。していなければ、いらない。
そんな彼女を、目撃するものは多数いた。その多数の目撃者はそのまま死者の数へと加算された。——唯一、冒険者ギルドに所属しつつも、別の命令系統に存在する者が、ギルド職員が電話をかけた。その後に、施設を爆砕した。
『魔法妨害』。それが広域に行使されていた。よって、冒険者たちは偽りの力、ステータスを剥奪されて、そして死んでいった。
その最中に発生した爆炎光。
アルギッタ・ギーデインはそれを見た。
「伝わった、ってことなんだよね?」
一定目的の完了を、女は予測した。後は準備をするだけであると思った。
ギーデイン。
アルギッタ・ギーデイン。
己の姓と同じ名を持つ街を、女は蹂躙する。
濃い乳白色の霧の中、竜の背に乗り女は殺して、殺させた。
「なんだか私、すっごく悪いヤツみたい」
最初、彼女は楽しげに虐め殺した。だが、すぐに退屈で顔を
なんとなく『魔法』を行使する。今日この街で、いまこの瞬間も。唱えられているステータス魔法ではない、『
巨竜の背。それと同等の建築高を誇る屋敷。——なんとなく、気に食わない。
だから、アルギッタは発動した。なんとなく。
それは単純な魔法である。
酸化。それは酸化。熱を伴う急速な酸化現象。
誰もが知り、人なる種を他の動物種と決定的に違えた物理現象。
それは光をもたらし、熱を生み出し、加工を可となし、社会を作った。
すなわち、火。それこそが彼女の発動した魔法——『炎上』であった。
大きな屋敷が燃え上がる。一瞬にして全体を炎に包まれて。満足気にアルギッタは頷いた。
『炎上』魔法。それを彼女は使うことが出来た。物心ついた頃には誰に教わらず、なんとなく、使えた。そのうち、なんとなく。他にも色々と出来るようになった。
「今度は熱い……」
次の魔法をアルギッタは行使した。行使する前に少しだけ考える。『運動停止』と『状態変化』のどちらが良いだろうと。ああ『気化』もある。『物質創生』系はちょっと面倒だ。
彼女は『状態変化』の魔法を選んだ。屋敷の上空に存在する空気を対象にして発動。それもまた一瞬。空気中の窒素の状態が『気体』から『液体』に強制相転移させられ、液体の窒素として在るために、温度低下が発生する。
極低温の液体が発生し、炎に降りかかる。炎上していた屋敷は、今度は凍結した。その後に、崩れ落ちる。破氷音が静かに鳴って。確かにそこにあり、確かに燃え上がっていたはずの屋敷が消滅した。
「よしよし。良いわよ流石わたし」
『運動停止』なら強制的に絶対零度を生み出せるが、その手の単純にして影響力甚大な魔法を使うと、彼女自身も巻き込まれてしまうことがある。むかし軽率に『真空化』を使って怒られたし、ちょっと酷いことになった、などとアルギッタは思い返す。
賢者ローゼンクロイツ・パラケルススの想定した魔法の七段階。
『無魔法』『個人魔法』『体系魔法』『情報魔法』『律侵魔法』『魂魄魔法』『根源魔法』。そのうちの魔法文明初期に自然発生されるとされるのが、『個人魔法』である。
『個人魔法』が叶え得るのは単純なことだけだ。魔法工程の少ないそれ。単純物理現象。しかして、単純物理現象を引きこすに、物の
だが、魔の
だからと言って、それらの魔法を身につけられるかと言えば、もっと話は別だ。
通常、初期魔法文明において。一人の個人が習得し得る『個人魔法』は多くて三つ。天才と呼ばれる域にあっても、七つ程度である。
アルギッタ・ギーデインは、無数に使えた。さらにはそれを組み合わせることが出来た。本来、魔法の理解が進んで『個人魔法』が相互に伝達可能な『体系魔法』の域にいたり、更には魔法を情報空間に書き留めて置く『情報魔法』の域にたどり着かないと不可能なはずのことが、彼女には出来た。ただ一人、魔法段階の二段階上に、なんとなく座った女。
「少し、複雑な魔法を組んでおこっと」
なんとなく、使える魔法ではなく、なんとかして使う魔法の術式を編む。数秒かかった。完成した。街を包んだ『非干渉型常時霧中』の魔法よりも簡単だった。『常在型快適気温調節』の魔法が完成する。いまその瞬間に彼女が考えついた魔法だった。組み合わせれば行ける。そう思って
「アルギッタちゃんやっぱり天才! あー! 凡愚凡才ばかりの世の中生きにくい! 千年くらいしか生きられなかったらどうしよう? やんなっちゃう」
アルギッタ。アルギッタ・ギーデイン。
懸絶せし魔女アルギッタ。
彼女は本当に、懸絶していた。
普通の村落に、村娘として生まれて。
十を超えたあたりの年頃だったか。彼女は村を滅ぼした。村から少しだけ離れ。粗末な木で出来た家々やら、積まれた藁束やらのあらゆる箇所を一斉に酸化——『炎上』させた。全員殺した。両親もだった。情は無かった。
理由は「なんとなく、合わない」だった。
炎上する村を背景に彼女は旅立った。
そのまま彼女は気ままに生きた。衝突があればすべて『魔法』で解決した。欲しいものがあれば奪った。嫌いな奴は殺した。懸絶せし魔女アルギッタ。
殺すな、奪うな、犯すな。
それは社会が求め得る、社会成立の絶対要件である。
ゆえに、多くの原始宗教においても、その三律は共通して規定される。正しいから規定されるのではない。規定しなければ成り立たないからこそ、その三律はある。
殺すことを許容したらば。奪うことを許容したらば。犯すことを許容したらば。
人は安心して物事にあたり、真面目に地を耕し、食を育て、共同して物事に対処するという社会活動に取り組めなくなり。やがて社会は崩壊する。
それら三律規定が解除されるのは、別の社会との衝突時——戦争状態のときのみである。自分の社会が壊れるのが困るが。他の社会なら壊れて困らない。
これを導き出すのに宗教性なぞ不要。倫理とは論理の先に生まれ落ちるのだ。
だが。そこに社会全体を敵に回しても、奪い続け、殺し続ける個体が発生したらどうだろう?
社会どころではない。人間世界が崩壊する。
懸絶せし魔女アルギッタ。
能力と精神性の両面において、彼女は世界の破壊者たる要件を備えていた。
アルギッタ・ギーデインのような個が生まれたとき。
初期魔法文明は高確率で崩壊する。
だが、五〇〇年前。アルギッタ・ギーデインはそこまで至らなかった。
要件は備えていたが。世界の破壊者と彼女はならず——せいぜいが手の付けられない怪物か、暴虐な独裁者か。その程度の存在だった。
ギーデイン家に魔法の才を認められて養子となった身? そういう立場を彼女は得た。当時最も、快適で暮らしやすそうだったギーデインの地に赴いた彼女は、ギーデイン家当主を脅迫してその立場を手に入れた。
気ままに奪い、たまに殺す。犯すことだけはしなかった。あまりにも懸絶しすぎた存在だったからか。他の男を
ギーデイン家からの相談を受け、ローゼンクロイツ・パラケルススが魔女アルギッタの
「あっ、この場所! 絶対そうよ! 絶対にそうだわ!」
竜の背中の輿の上。アルギッタはひとつの地形を見る。そこは、ギーデインの街、その外れ。
かつては街の中心で、大路が通っていたそこ。
ダンジョンが出現したことで都市機能の中心がダンジョン周辺に移り、かなり寂れてしまったそこ。
その道で、二人は出会った。
出会ったことで、すべてが変わった。
ムクロと出会って、彼女は止めた。奪うことを、殺すことを。
だって——大好きだったから。
「なんだか私、すっごく悪いヤツみたい」
乳白色の霧で覆われたギーデインの街に。
断末魔の声が響き渡り、すぐに消える。
すすり泣きが漏れ聞こえ、また消える。
幾人かは生かされ、脳を変えられる。『端末』に変えられる。
そんな、街の外れ。
アルギッタは頬杖をついた。
深い深い、霧の中。
最古の魔女は、竜に座って。最初の路地で、男を待った。
彼は絶対、ここに来る。
===作者からの連絡===
次話 5章第8話『
月曜更新予定