自分が次にセックスする相手がわかる超能力──セックス・センスを有する優実(ゆうみ)は、転職した会社の上司とのセックスを予知した。
だが、その上司は既婚者だった。
不倫なんかするつもりはない。しかし、セックス・センスが的中しなかったこともない。
優実はこの矛盾の謎を解こうと推理を巡らせるが──。

多重解決風日常ミステリー。小難しいことを考えずに楽しめるライトミステリーを目指しました。
カクヨムとエブリスタにも投稿しています。

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セックス・センス

 よく磨かれた大理石のバージンロードを、純白のウェディングドレスにその身を包んだ長岡(ながおか)優実(ゆうみ)が一歩一歩ゆっくりと進む。

 ホテルに併設されたチャペルだった。

 祭壇の前では新郎が口元に優しげなほほえみを漂わせている。目が合うと、心がくすぐったくなる。

 バージンロードとは今までの人生を表象するものだという。だからというわけではないけれど、優実は新郎との一風変わった馴れ初めを思い返す。

 事の起こりは、転職した会社──老舗の大手食品メーカー──に初めて出社した春の日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 優実が配属されたのはマーケティング部の販売促進課Web・SNS係だった。初日ということで早めに出社し、部長に連れられオフィスへ向かった。

 広々とした空間に衝立(ついたて)を挟んでデスクが並んでいる。いつか観たハリウッド映画に出てきたお洒落なオフィスそのままの光景に胸が高鳴った。自分も洗練されたビジネスパーソンの仲間入りを果たしたかのような心地だった。

 しかし、そんなふうに呑気に浮かれていられたのも販売促進課の区画に到着し、いかにも仕事のできそうな体育会系爽やかイケメンの課長、長岡海篤(かいと)と向かい合った時までだった。

 平社員のデスクの島から離島よろしく独立して置かれたデスクに着いていた長岡が、応対しようと立ち上がった、その瞬間、優実のまなうらに長岡と情を交わす一部始終の主観映像が、生々しい実感を伴って刹那のうちに再生された。電流にも似た重く甘い戦慄に全身を蹂躙され、それと同時に視界が白くまたたいた。変な声を上げそうになるが、咄嗟に唇を噛んでこらえた。転職初日からやらかすわけにはいかない。優実はがんばった。はぁはぁ、しんど。

 この怪現象は優実の持つ特殊能力だ。超能力と言い換えてもいい。その内容は〈次にセックスする相手と初めて対面した時に、その相手との初めてのセックスの光景が脳裏に鮮明に浮かぶ〉というものだ。これは、長岡がイケメンだからだとか、誘惑すれば落とせそうと直感したとかいう話ではない。優実の内心とは無関係に既定の未来を見るのだ。つまりは、限定的な未来予知。

 もちろん、優実も初めは疑った。オタクを拗らせて妄想力が限界突破してしまったのかと震えた。

 初めてこの能力が発動したのは高校一年生の時だった。保健委員をしていた優実が、体育で怪我をした男子生徒の手当てをしていると発動したのだけれど、その男子生徒はお世辞にも優実のタイプとは言えなかった。容姿がというより雰囲気が。だからものすごく困惑した。しかし、言葉を交わしていくうちに打ち解け、気が付けば交際しており、抱かれていた。いつか見た映像のとおりに──いや動きだけじゃない、彼の体の細部に至るまでその映像と寸分たがわなかった。事ここに至り、優実も、あれは妄想なんかじゃなく超能力の類いだったんじゃないか、と疑いはじめた。

 その後も同じことが何度か続き、疑いは確信に変わった。わたしは次にエッチする相手がわかるんだ、と。そして、厨二病の後遺症に苦しんでいた優実は、この能力にノリノリで〈セックス・センス〉と名付けた。なお、能力のことは誰にも話していない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 心配げな長岡の声が、鼓膜に優しく響いた。

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 優実は答え、次の瞬間には、えっ、と声を零していた。

 既婚者!! 嘘でしょ?!

 長岡の左手薬指に、キラリと光る白銀の指輪が嵌められていたのだ。

 セックス・センスは今のところ百発百中だ。ということは、自分が不倫するということ。

 そんな馬鹿な。不倫なんかありえない。

 世の中は善悪二元論で語れるような単純なものではないが、不倫は間違いなく悪である。決して赦されざる絶対悪である!

 優実は今一度長岡を見た。凛々しさの中にも甘やかな優しさのにじむ顔立ちに、誠実そうに澄んだ瞳──とてもじゃないけれど、不義を働くようなゴミクズボケカス男には見えない。

 ……どういうこと?

 

 

 

 

 

 

相馬(そうま)優実です。前職は病院で管理栄養士として働いていました。調理師免許も取得しており、料理には自信があります。よろしくお願いします」

 

 課のメンバーに自己紹介をすると、Web・SNS係の所に案内され、当面の指導係として、狸顔の小柄な女性、小森(こもり)千明(ちあき)を紹介された。

 すると小森は、

 

「久しぶりー!」

 

 学生時代と変わらぬ親しげな声色で歓声めいた。

 小森とは大学の同期だ。就職以来疎遠になっていたけれど、不仲だったわけではない。

 

「そういえば同じ大学だったね」長岡は合点がいった顔でうなずくと、「じゃあ後はよろしくね」と言い付けて戻っていった。

 

 足掛け四年分の久闊(きゅうかつ)(じょ)するお(サボ)りもそこそこに、小森は業務の説明に入ろうとする。

 優実はそれを遮ってひそひそ声で尋ねた。

 

「長岡課長ってご結婚されてるのよね?」

 

 小森はたちまちのうちに訳知り顔になって、

 

「課長カッコいいもんね。わかるよ。まだ二十代なのに課長だし、ワンチャン狙いたいよね」

 

 わかるわかる、としきりにうなずいているけれど、何もわかっていない。

 が、都合がいいので話を合わせていると、

 

「でも無理だよ」

 

 と小森は言う。「課長、愛妻家で有名だもん。付け入る隙なんてないよ。奥さん、元モデルで超美人だし」

 

 なるほど。であれば、離婚後に優実と交際するパターンは除外してもよさそうだ。

 いよいよもって謎が深まってきた。優実に不倫する気がなく、長岡に離婚する気もないとなると、セックスに至るシチュエーションが想定できない。

 むずっとする。知的好奇心が鎌首をもたげていた。

 その蛇が悪さをしたのか、中学生のころに自認マオマオ──探偵役のアニメキャラ──として痛々しい言動を繰り返していた苦い記憶も蘇ってきた。慌ててかぶりを振ってそれを頭から追い払うと、次の仮説を立てようと脳細胞を働かせる。気分はマオマオである。

 

 

 

 

 

 

 ドアや更衣用ロッカーを解錠する虹彩(こうさい)を登録したり、会社の公式アカウントの方針や投稿する際の稟議承認(りんぎしょうにん)のやり方などを教わったりしていると、あっという間に昼休みになった。

 ここの食堂すごいんだよ、と言う小森に誘われるままに社員食堂を訪れた。ひと言で言うと、〈意識高い系フードコート〉だろうか。あるいは、〈お嬢様学校の学食〉か。大きな窓から(うら)らかな陽光の差し込む開放感のあるホールに小綺麗なテーブルが整然と並んでいる。

 優実はカツ丼セット(大盛り)、小森はハンバーグ定食(小盛り)を受け取ってテーブルに着いた。優実は早速、話の口を切る。

 

「つかぬことを聞くようで悪いんだけど、長岡課長に妙な噂があったりしない?」

 

「妙な噂?」小森は怪訝そうにする。

 

「例えば、何らかの事情で偽装結婚をしている、とか」

 

 もしその前提条件──愛の裏切りではないという──でアプローチしてきたのならば、優実も考えないではない。少なくとも頭ごなしに拒絶したりはしないだろう。

 小森は哀れむように眉根を寄せた。

 

牽強付会(けんきょうふかい)に陥ってでも諦めたくないなんて、よっぽどタイプだったんだね」

 

 曖昧に首肯すると、

 

「残念だけど、そんな噂、聞いたことないよ。というか、そもそも何らかの事情ってどんなのを想像してるの?」

 

「えっ」深く考えていなかった。「ええと……同性愛とか」

 

 ゲイとビアンの秘密同盟を想像し──あっ、と気付いた。これでは不整合だ。長岡が同性愛者ならば優実を求めるはずがない。

 小森はかぶりを振り、

 

「それはないよ。お隣の広報部に課長の元カノがいるんだけど、入社式の時に一目惚れした課長が熱心に口説いたって話だよ。ゲイだったらそんなことしないでしょ?」

 

 そうね、と答えて優実は、カツ丼を口に運んだ。肉厚ジューシーでおいしい。

 と、小森の口が、「あっ」という形を成した。

 

「何よ、雛鳥みたいな顔して。カツはあげないわよ」優実は警戒した。

 

「そうじゃなくて、噂の影が差したのよ」

 

 ほらあれ、あのロングヘアの、と目顔で示されたほうをさりげなく見やると、痩身ながら均整の取れたプロポーションの長身美女が目に入った。綺麗どころばかりの三人連れ、たぶん同じ部署の人間だろう。

 奥さんも元モデルらしいし、長岡はああいうスレンダー美人が好きなのかもしれない。平均的な体型に平均的な犬顔の優実では彼の琴線に触れないに違いない。

 となると残りの可能性は……と考え、以前読んだミステリーのことが脳裏に浮かんだ。それには双子の一人二役という古典的なアリバイトリックが採用されていたのだけれど、長岡もこの種の偽装をしているのではないか。

 つまり、長岡には独身の一卵性双生児の兄弟がいて、その兄弟が長岡と入れ替わり何食わぬ顔で出社してきているということだ。なぜそんなことをしているのかは皆目見当も付かないけれど。

 早速、親愛なるワトスンこと小森千明嬢に意見を伺う。

 

「はぁ? 課長が双子の兄弟と入れ替わってる可能性?」小森は呆気に取られたように声を高くした。「どこからそういう突拍子もない発想が出てきたの?」

 

 まぁまぁいいじゃない、ちょっとした好奇心よ、と適当に誤魔化し、

 

「ありえないかしら?」

 

「たしか二歳下の弟が一人いるだけだったはずだけど、仮に双子がいるとして、入社当初からずっと入れ替わっているなら理屈のうえでは不可能ではない──かなぁあ?」小森は小首をかしげた。自分で言っていて納得がいかないようだ。

 

「途中で入れ替わるのは駄目なの?」

 

「だって虹彩認証があるじゃない」

 

「あっ」

 

 虹彩は双子でも違う。入社時に登録されるのだから、その後別人が入れ替わるのは、たとえ一日だけであっても不可能だ。

 となると、小森の言うようにずっと偽物が出社してきているパターンしかありえないか。

 ただ、それだと、周りの人たちを騙しつづけていても平気でいられる人を好きになり、体を許すということになってしまう。優実はそういう不誠実な男性は好きではない。したがって、これも平仄(ひょうそく)が合わない。

 結論として、入れ替わり──双子トリックはやはりありえない。

 

「そりゃあそうだよ」小森は、何を当たり前のことを、というような顔で言う。「現実は本格ミステリとは違うんだから」

 

「自分でもおかしなこと言ってるとは思ってる」

 

 何だか急に恥ずかしくなってきた優実は、肩を縮めた。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、推理を投げ出したりはしない。昔から好奇心旺盛なのだ。猫をも殺すと言うけれど、やめられない。

 あとありうるパターンは、酒の勢いでの過ちくらいか。

 でもこれもなぁ、と疑問だった。なぜって、優実は母親譲りでかなり強いから。アルコールくらいで自制が利かなくなるとは思えない。

 となると、わからない。なぜ自分は長岡と肌を重ねることになるのだろう。一生懸命知恵を絞っても新たな仮説は出てこない。

 大好物を前に〈待て〉をされた腹ペコワンコのような落ち着かない気持ちのまま、それはそれとして仕事には真面目に取り組み、気が付けば十八時、定時だった。

 一人暮らしのマンションに帰宅した優実は、ルーティンをこなしてゆき、さぁ晩ごはんを作ろうというところで牛乳を切らしていたことを思い出した。何てこったい。

 すっかりクリームパスタの舌になっていた優実は、人通りの少ない夜道は少し怖いけれど、すぐそこだから大丈夫でしょ、と内心でつぶやくと近くのコンビニへ向かった。

 B級ホラー映画の早々にログアウトするキャラみたいなことを考えているなとは思ったが、もちろん何かあるはずもなく、無事コンビニに到着した。

 予想外のイベントが発生したのは店内に入ってからだった。

 

「あれ、相馬さん?」

 

 (ゆう)()して買い物に来たご褒美という名目でアイスを物色していると、横合いから声を掛けられた。

 振り向くと、スーツ姿の長岡が立っていた。

 瞬く間に優実の頬に熱が集まる。すでにメイクを落としているのだ。まさか今日面識を持ったばかりの男性にすっぴんをさらすことになるなんて──くっ、殺せ!

 

「こ、こんばんは」顔を手のひらで扇ぎたいのを我慢しながら優実は、挨拶した。「長岡課長もこの辺りなんですか?」

 

「うん、会社を出たところで妻から牛乳を頼まれてね」

 

 長岡はそう言って右手の牛乳を示し、次いで視線を優実の買い物籠に移した。「相馬さんも?」

 

「はい、買い忘れてしまって」

 

「あはは」長岡は丈夫そうな白い歯を見せた。「意外とおっちょこちょいなんだね」

 

 いやがうえにも優実の羞恥心が掻き立てられた。もう早く美人妻の下へ帰ってよろしくやってくれ、と言いたくてならない。

 ぷるぷるしかけていると、長岡はこんなことを言い出した。

 

「家まで送るよ、もう暗いからね」

 

「え、悪いですよ」

 

 と断るも、「いいからいいから」と軽い調子で押し切られてしまった。

 

 優実はこっそりと安堵した。一人はやっぱり怖い。

 長岡と話しながら歩いていると、すぐにマンションに着いた。

 

「それじゃあまた明日」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 海苔クリームパスタ(()()()一八〇グラム)とチョコレートアイスを食べおえると、YouTubeを眺めつつ推理を再開した。

 落ち着いて考えてみると、正解は一つしかないように思えた。ホームズ式推理、単純な消去法だ。

 

「わたし、レイプされちゃうのかな……」

 

 口に出すと、胸がざわついた。

 優実が長岡を受け入れることがありえないなら、それしかないだろう。そう考えると、先ほど出くわしたのも偶然ではなかったのかもしれない。

 長岡は下調べをしていたのだ。優実の帰宅ルートや都合のいい場所を探っていると、ふと気まぐれを起こし、声を掛けた。あるいは、優実と親密になり接近しやすくするためだったのかもしれない。

 いやいやこれは確証バイアスでしょ。

 そんなふうに思う自分もいる。優実は長岡のタイプでないはずだし、そもそも普通の人は強姦なんてしない。血液型の性格診断みたいに肯定ありきで理屈をこじつけているのだ、きっと。

 ……本当に?

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、優実のバッグには防犯ブザーと催涙スプレーが常備されるようになった。結局のところ、ほかの可能性──仮説がすべて否定された以上、強姦説が最有力と考えるほかない。たとえどれほど論拠に乏しかったとしても、だ。

 勢い、長岡を、あからさまにではないけれど、避けるようにもなっていた。良心が痛むこともあったが、恐怖心がまさっていた。

 その甲斐あってか、何事もないまま一箇月が過ぎた。

 優実は暮夜(ぼや)の家路をたどっていた。駅から離れるにつれ街の明かりは減じ、闇が増していく。いやがおうにも歩調が速まれば、静寂に靴音が立つ。

 例のコンビニを過ぎ、街灯にぼやける十字路に差し掛かったところが、角から人影が現れた。

 

 ぶつかりそうになり、無理やりよけようとして優実はバランスを崩した。「わわっ」

 

「おっと」

 

 その人物に手首を取られ、転ぶのは免れた。しかし、ショルダーバッグから防犯グッズが飛び出した。いざというときにすぐに取り出せるようにしていたのが裏目に出たようだった。運が悪いことに、側溝の、蓋のない所に落ちてしまった。最悪。

 回収は後だ。優実は助けてくれた人物に顔を向け──瞠目(どうもく)した。

 

「な、長岡課長っ!?」

 

 悲鳴めいて後ずさる。咄嗟に周囲に視線を走らせるも、優実と長岡以外誰もいない──助けてくれる人はいない。

 長岡は困ったように人差し指でこめかみを掻いた。

 

「その反応は傷付くなぁ」

 

 優実は我に返った。そうだった。長岡はまだ何もしていない。強姦犯扱いは理不尽以外の何物でもない。

 

「す、すみません」

 

 ただ、優実からすれば当然の警戒でもある。ジレンマだった。どうしたらいいの。

 その懊悩(おうのう)を見て取ったのか、

 

「そこの公園で少し話さないか?」長岡が言った。「嫌われる心当たりはないけど、改善できるならしたほうがお互いのためだろう?」

 

 やはり悪人には見えない。それに、このままでいいとは優実も思っていない。

 一度深呼吸をし、優実は覚悟を決めた。

 

「わかりました。ただ、信じられないかもしれません」

 

 公園のベンチに並んで座ると、優実は事情を語りはじめた。

 

 

 

 

 

 

「なるほどなぁ」

 

 長岡はどこか牧歌的な顔付きで顎をさすった。疑い否定する気色は窺えない。下腹部にほくろがあることを言い当てたのがよかったのかもしれない。

 

「どうしてわたしたちが、その、そういう関係になるか長岡課長にはわかりますか?」

 

「真相の見当は付いてるよ」

 

 質問への回答を避けるような、どうにも引っ掛かる言い回しだ。

 目顔で先を促すと、

 

「まず大前提として俺は絶対に君を抱かない。そこは安心してほしい」

 

「でもそれだと──」

 

「まぁまぁ最後まで聞いて」

 

「あ、はい、すみません」

 

「俺が着目したのはセックス・センスの判断基準だ」

 

「?」

 

 言わんとしていることがわからなかった。

 

「初発動の時の話を聞いてピンと来たんだ。クラスの男子の手当てをしていたんだろう? ということは、血を見ていたんじゃないか?」

 

「そうですけど」何が言いたいの?

 

「つまり、セックス・センスは対象の血液を基準に相馬さんとセックスする相手か否かを判断していると俺は考えたんだ。個人の識別を血液に依存しているということだ」

 

 だから何だというのだ。長岡の血液が別人のものだとでもいうのだろうか。

 

「鋭いじゃないか」長岡は唇の端を愉快そうに吊り上げた。「今、君は正解を口にしたんだよ」

 

「??」ますます混乱した。何を言っているんだ。

 

 ふふ、と長岡は鼻息で微笑して、

 

「あまりもったりぶるのもかわいそうだから、そろそろ答えを言おうか──俺の骨髄はね、弟のものなんだよ」

 

「!?」

 

「その顔、察したみたいだね。そう、俺は弟から骨髄移植を受けている。小さいころに白血病になってしまったんだ」

 

 骨髄とは、赤血球、白血球及び血小板を作るものだ。長岡の骨髄が弟のものということは、その血液も弟のものと同一と言っても差し支えない──少なくともセックス・センスはそう判断した。

 ここでちょっとしたエラーが発生した。血液の器である長岡と血液の提供者である弟を混同してしまったのだ。その結果が、妻一筋のはずの長岡が優実とセックスをするという撞着(どうちゃく)した予知。

 この推理が正しいのだとすれば、

 

「わたしが次にセックスする相手は、本当は長岡課長の弟さんだった……?」

 

「ああ、おそらくそれが真相だろう」

 

 長岡はスマホを操作し、その画面を優実に見せた。そこには長岡を一段階柔和にした容貌の青年が表示されていた。

 

「これ、うちの弟」

 

「優しそうですね」

 

「会ってみるか?」

 

「えっ」

 

「答え合わせしたくないか? ていうか、俺はしたい」

 

「たしかに」知りたいという気持ちはよくわかる。「ぜひお願いします」

 

 

 

 

 

 

 牧師が新郎に問うた。永遠の愛を誓いますか、と。

 新郎──長岡の弟の陸仁(りくと)が答えた。

 

「誓います」

 

 牧師は新婦にも問うた。永遠の愛を誓いますか、と。

 新婦──優実は答えた。

 

「誓います」

 

 牧師は満足そうに顎を引いた。

 続いて指輪交換が終わると、

 

「それでは誓いを神に捧げてください」

 

 牧師がキスを促す。

 優実が膝を軽く曲げて体を前に傾けるのを待って陸仁は、優実の顔を覆うベールを持ち上げた。優実の視界がふわりとクリアになり、見つめ合う。

 きっとあなたが最後のセックス・センス。

 そんなことを思って優実は、こっそりとはにかんだ。

 陸仁が優実の二の腕に手を添え、そしてそっと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

(了)




お読みくださり、ありがとうございました!

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