神代から弾かれたアマゾネス女王は、間桐桜を攫って聖杯戦争を壊す   作:あかちゅきぼちゃん

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11話 神代の斧

 

 逃げるためではなく、狩るために歩く。

 

 それだけで、足取りは変わった。

 

 冬木の空気は薄い。

 

 神代のそれとは違う。

 

 魔力は乾いていて、地面は眠っている。空も、風も、人の営みの中で削られ、均され、世界そのものが軽くなっている。

 

 だからこそ、濁った魔力はよく目立った。

 

 夜の奥に、黒い染みのようなものがある。

 

 キャスターの気配。

 

 ジル・ド・レェ。

 

 その狂気は、隠れる気がなかった。

 

 むしろ、呼んでいた。

 

 来い、と。

 

 見ろ、と。

 

 守りたいなら踏み込んでみろ、と。

 

「悪趣味だ」

 

 ペンテシレイアが低く吐き捨てた。

 

 霊体化は解いている。

 

 今は桜の負荷を抑えるより、即応できることを優先していた。

 

 桜の顔色は悪い。

 

 それでも、ここにいる。

 

 雁夜が横に立ち、何度も桜を見ていた。

 

 本当なら置いていきたかったのだろう。

 

 ヒッポリュテも同じだった。

 

 だが、置いていけば安全とは言えない。

 

 臓硯の虫。

 

 切嗣の視線。

 

 遠坂の動き。

 

 そして、キャスター。

 

 この街のどこにも、無条件に安全な場所はなかった。

 

「桜」

 

 ヒッポリュテは振り返った。

 

「前には出るな。私とペンテが開いた道を、雁夜と進め」

 

 桜は小さく頷いた。

 

「はい」

 

 声は震えている。

 

 だが、逃げてはいない。

 

 雁夜が苦しそうに言う。

 

「本当に、連れていくのか」

 

「置いていく方が危険だ」

 

「そんな理屈で……!」

 

「理屈ではない」

 

 ヒッポリュテは雁夜を見る。

 

「現状だ」

 

 雁夜は歯を食いしばった。

 

 言い返せないのだろう。

 

 彼も分かっている。

 

 今の桜は、どこに置いても狙われる。

 

 ならば、守る者の目が届く場所に置くしかない。

 

 それが正しいかどうかは別として。

 

「雁夜」

 

「……なんだ」

 

「子どもがいたら逃がせ」

 

「言われなくても」

 

「怒るな」

 

 雁夜の目が揺れた。

 

 ヒッポリュテは続ける。

 

「怒りは後だ。まず、生きている者を出す」

 

 雁夜は黙った。

 

 その沈黙を肯定と受け取り、ヒッポリュテは前を向く。

 

 目の前には、古い倉庫に繋がる地下通路があった。

 

 港湾地区の端。

 

 排水路と廃倉庫が繋がった、誰も近寄らない場所。

 

 そこに、キャスターの魔力が溜まっている。

 

「戦場の匂いではない」

 

 ペンテシレイアが言った。

 

「これは、ただの汚れだ」

 

「ああ」

 

 ヒッポリュテは頷く。

 

 戦場には、まだ秩序がある。

 

 敵がいる。目的がある。生きる意志と殺す意志がぶつかる。

 

 だが、ここにあるのは違う。

 

 命を弄んだ後に残る、濁った湿り気。

 

 子どもの声が、奥から微かに聞こえた。

 

 桜の手が震える。

 

 雁夜の呼吸が荒くなる。

 

 ペンテシレイアの魔力が膨らみかけた。

 

「抑えろ」

 

 ヒッポリュテが言う。

 

「突っ込めば楽だ」

 

「楽な方を選ぶな」

 

「姉上がそれを言うか」

 

「言う」

 

 短く返し、ヒッポリュテは歩き出した。

 

 地下へ降りる。

 

 湿った階段。

 

 壁を流れる水。

 

 遠くで何かが擦れる音。

 

 空気が重くなる。

 

 桜が小さく息を呑んだ。

 

 その音だけで、ペンテシレイアが半歩下がる。

 

 自然に桜の後方へ位置を取った。

 

 ヒッポリュテはそれを見て、何も言わなかった。

 

 言えば、きっと怒る。

 

 だが、悪くない。

 

 奥へ進む。

 

 やがて、床に小さな靴が落ちていた。

 

 片方だけ。

 

 その横に、壊れた玩具。

 

 壁には爪で引っ掻いたような跡。

 

 雁夜が息を詰める。

 

 桜が目を伏せる。

 

 ヒッポリュテは立ち止まらない。

 

 立ち止まれば、怒りが先に来る。

 

 怒りは後だ。

 

 まず、生きている者を出す。

 

「来る」

 

 ペンテシレイアが言った。

 

 次の瞬間、暗闇の奥から異形が這い出した。

 

 肉とも魔力ともつかない塊。

 

 触手のようなものを引きずり、濁った目のようなものを幾つも開いている。

 

 桜が声を上げかける。

 

 雁夜が彼女の肩を抱く。

 

 ペンテシレイアが動いた。

 

 速い。

 

 一撃で異形の上半分が砕ける。

 

 壁に叩きつけられ、黒い魔力が飛び散る。

 

 だが、破片が通路の奥へ飛んだ。

 

 ヒッポリュテが即座に踏み込む。

 

 飛び散る破片を蹴り落とし、桜たちの方へ流れた触手を掴んで引き千切る。

 

「力を絞れ」

 

「相手は潰せばいい」

 

「守るものが近い」

 

 ペンテシレイアが舌打ちする。

 

 だが、次の一撃は変わった。

 

 広げず、絞る。

 

 叩き潰すのではなく、穿つ。

 

 荒いが、方向は制御されている。

 

 ヒッポリュテはその横を抜けた。

 

 異形の関節を折る。

 

 壁に押しつける。

 

 通路を塞ぐ部分だけを壊す。

 

 桜たちの退路を確保する。

 

 ペンテシレイアが破壊し、ヒッポリュテが制御する。

 

 言葉は少ない。

 

 だが、動きは噛み合った。

 

 昔も、こうだったのだろうか。

 

 ヒッポリュテには分からない。

 

 けれど身体は覚えている。

 

 ペンテシレイアがどこへ踏み込むか。

 

 どこに隙が生まれるか。

 

 どこを塞げば、彼女が前へ出られるか。

 

 考えるより先に動ける。

 

 姉妹だから。

 

 戦士だから。

 

 あるいは、その両方だから。

 

「右!」

 

 ペンテシレイアが叫ぶ。

 

 ヒッポリュテは振り向かずに腕を振るった。

 

 背後から伸びた触手を掴み、床へ叩きつける。

 

 骨のような音がした。

 

「遅い」

 

「間に合った」

 

「遅い」

 

「うるさい」

 

 桜が、そんな二人を見ていた。

 

 二人は喧嘩していた。

 

 ずっと、言葉をぶつけていた。

 

 なのに、戦う時だけは迷わない。

 

 桜には、それが不思議だった。

 

 怖いのに。

 

 美しいと思ってしまった。

 

 奥の広間へ出る。

 

 そこには、壊れた照明がぶら下がっていた。

 

 床には濁った魔術陣。

 

 壁際には、数人の子どもがうずくまっている。

 

 生きている。

 

 まだ、生きている。

 

「雁夜!」

 

 ヒッポリュテが叫ぶ。

 

「分かってる!」

 

 雁夜が桜を連れ、子どもたちの方へ走る。

 

 だが、広間の中央に黒い影が集まった。

 

 異形が形を作る。

 

 一体ではない。

 

 五体。

 

 七体。

 

 さらに奥から増えている。

 

 ペンテシレイアが前へ出る。

 

「邪魔だ」

 

「待て」

 

「待たない」

 

 彼女が踏み込む。

 

 異形を一体、正面から砕く。

 

 続けて二体目。

 

 だが、数が多い。

 

 そして悪いことに、敵は殺されることを怖がらない。

 

 潰しても、裂いても、ただ前へ出る。

 

 守るものがいる戦いでは、それが厄介だった。

 

「来ましたね」

 

 声が響いた。

 

 広間の奥。

 

 影の中から、ジル・ド・レェが現れる。

 

 両手を広げ、まるで舞台の幕が上がったことを喜ぶ役者のように。

 

「死に損ないの奇跡」

 

 その目がヒッポリュテを見た。

 

「怒れる女王」

 

 ペンテシレイアを見る。

 

「幼き器」

 

 桜を見る。

 

「そして、救えなかった男」

 

 雁夜を見る。

 

 雁夜の顔が歪む。

 

 ジルは笑った。

 

「素晴らしい。皆、それぞれの祈りを抱いている。救いたい。守りたい。取り戻したい。ああ、なんと痛ましく、なんと美しい」

 

「黙れ」

 

 ペンテシレイアが低く言った。

 

 魔力が膨らむ。

 

 ヒッポリュテは制止しようとしたが、間に合わなかった。

 

 ペンテシレイアが突っ込む。

 

 ジルへ向かって一直線。

 

 だが、ジルの前に異形が重なった。

 

 盾ではない。

 

 壁だ。

 

 ペンテシレイアの一撃がそれを砕く。

 

 砕いた瞬間、破片が桜たちの方へ流れた。

 

「ペンテ!」

 

 ヒッポリュテが叫ぶ。

 

 ペンテシレイアが歯を食いしばる。

 

 遅い。

 

 ヒッポリュテが飛び込む。

 

 破片を受け、蹴り、叩き落とす。

 

 腕の傷が開く。

 

 血が滲む。

 

 ジルがその様を見て、恍惚とした声を漏らした。

 

「守る。守る。守る。ああ、その祈りはいつまで続くのでしょう」

 

 ジルの視線が桜へ向く。

 

「怖いでしょう、幼き器よ」

 

 桜の肩が震える。

 

「守られるほど、あなたは誰かを傷つける。あなたが怯えるほど、誰かが血を流す。あなたが生きたいと思うほど、誰かが戦う」

 

「黙れ!」

 

 雁夜が叫ぶ。

 

 だが、桜の顔は青ざめていた。

 

 言葉が刺さっている。

 

 ジルの言葉は正しくない。

 

 だが、桜の中にある罪悪感に、ぴたりと形を与えてしまっている。

 

「聞くな」

 

 ヒッポリュテが言う。

 

 だが、その声だけでは足りない。

 

 異形が増える。

 

 ペンテシレイアの暴力だけでは守りきれない。

 

 素手では数を制御しきれない。

 

 桜と子どもたちを逃がす道が塞がれていく。

 

 ならば。

 

 ヒッポリュテは、右手を伸ばした。

 

 そこに武器があるから掴むのではない。

 

 そこにあったはずの時代を、無理やり現在へ引きずり出す。

 

 神代の空。

 

 重い風。

 

 戦場の砂。

 

 血の匂い。

 

 王として振るった、あの重み。

 

 思い出す。

 

 いや。

 

 呼び戻す。

 

 空気が沈んだ。

 

 現代の薄い魔力に、異物のような質量が混ざる。

 

 ペンテシレイアが振り向く。

 

「姉上、それは――」

 

「長くは持たない」

 

 ヒッポリュテの手の中に、斧が形を取った。

 

 大きすぎる。

 

 重すぎる。

 

 現代の夜には似合わない。

 

 神代の戦場でこそ振るわれるべき武器。

 

 女王の斧。

 

 その刃が、濁った魔力を受けて鈍く光った。

 

 瞬間、腕の傷が裂けた。

 

 血が落ちる。

 

 呼吸が重くなる。

 

 視界の端に、神代の空が混ざる。

 

 現代の壁と、古い戦場が重なって見える。

 

 だが、まだ立てる。

 

「逃げ道を開く」

 

 ヒッポリュテは斧を構えた。

 

「殺すのは、その後だ」

 

 踏み込む。

 

 斧を振るう。

 

 大振りではない。

 

 ただ力任せに叩き潰すのではない。

 

 刃を通すべき場所へ通す。

 

 異形の核。

 

 魔力の継ぎ目。

 

 子どもたちの退路を塞ぐ部分だけを断つ。

 

 一体が裂ける。

 

 二体目の足を断つ。

 

 三体目の触手をまとめて落とす。

 

 通路が開く。

 

「雁夜!」

 

「分かってる!」

 

 雁夜が子どもたちを立たせる。

 

 桜も震えながら手を貸した。

 

 小さな子どもの手を取る。

 

「こっち……」

 

 声は小さい。

 

 でも、言った。

 

 ペンテシレイアが前へ出る。

 

 ヒッポリュテの斧が開いた道へ飛び込み、残った異形を叩き潰す。

 

 今度は広げない。

 

 力を一点に絞っている。

 

 ジルへ向かう道ができる。

 

 ヒッポリュテが左側を断つ。

 

 ペンテシレイアが右を砕く。

 

 ペンテシレイアが踏み込みすぎる前に、ヒッポリュテが斧で敵を引き剥がす。

 

 ヒッポリュテの背後に流れた敵は、ペンテシレイアが戻って潰す。

 

 言葉はいらなかった。

 

 喧嘩ばかりしていた。

 

 許していないこともある。

 

 置き去りにされた痛みも消えていない。

 

 それでも、戦場では並べる。

 

 それが姉妹だった。

 

「左を空ける!」

 

「言われずとも!」

 

 ペンテシレイアが駆ける。

 

 ジルの目前まで届く。

 

 だが、ジルは笑っていた。

 

「美しい。怒りが祈りを守り、奇跡が道を開く」

 

「黙れと言った!」

 

 ペンテシレイアの一撃がジルを捉えかける。

 

 しかし黒い魔術書が光り、異形が盾となる。

 

 ヒッポリュテは斧を振るう。

 

 盾の核を断つ。

 

 ペンテシレイアがその隙間を抜ける。

 

 届く。

 

 そう思った瞬間、ヒッポリュテの膝が揺れた。

 

 視界がぶれる。

 

 現代の壁が遠ざかり、神代の空が近づく。

 

 斧が重い。

 

 重すぎる。

 

 身体が軋む。

 

 今の自分は、完全な生身ではない。

 

 サーヴァントでもない。

 

 現世に縫い止められた、半端な存在。

 

 その身体で神代の武装を引きずり出せば、当然、代償が来る。

 

「姉上!」

 

 ペンテシレイアの声。

 

「下がれ!」

 

「まだだ」

 

「もういい!」

 

「まだ、道が閉じていない」

 

 ヒッポリュテは斧を振るう。

 

 また一体、異形が裂ける。

 

 血が落ちる。

 

 斧の柄を握る手が痺れる。

 

 ペンテシレイアが怒鳴る。

 

「姉上!」

 

 その声には、怒りだけではないものが混じっていた。

 

 恐怖。

 

 失うことへの恐怖。

 

 ヒッポリュテはそれを聞いても、止まれなかった。

 

 止まれば、桜たちの道が閉じる。

 

 その時、桜の令呪が赤く光った。

 

 桜が胸を押さえる。

 

 苦しいのだろう。

 

 だが、それでも顔を上げた。

 

 ペンテシレイアを見る。

 

 ヒッポリュテを見る。

 

 それから、震える声で言った。

 

「ペンテさん」

 

 ペンテシレイアが振り向く。

 

「助けて」

 

 命令ではなかった。

 

 ただの願いだった。

 

 でも、令呪が反応した。

 

 赤い光が桜の手から走り、ペンテシレイアの輪郭を安定させる。

 

 乱れていた魔力が一本に通る。

 

 ペンテシレイアの瞳が、強く光った。

 

 彼女は桜を見た。

 

 ほんの一瞬。

 

 そして短く答える。

 

「応」

 

 次の瞬間、ペンテシレイアが駆けた。

 

 速い。

 

 さっきまでの荒さが消えている。

 

 怒りはある。

 

 だが、ただの暴走ではない。

 

 桜の願いを受けて、守る対象が定まった。

 

 ヒッポリュテは斧を振るう。

 

 ジルの前に重なった異形の壁を断つ。

 

 刃が重い。

 

 腕が悲鳴を上げる。

 

 それでも断つ。

 

 開いた。

 

 ペンテシレイアがそこへ飛び込む。

 

 ジルの目が見開かれる。

 

「おお――」

 

 言葉の途中で、ペンテシレイアの一撃が届いた。

 

 ジルの身体が裂け、霊基が揺らぐ。

 

 黒い魔力が吹き散る。

 

 広間の異形たちが一斉に崩れ始めた。

 

「よい」

 

 ジルは笑っていた。

 

 痛みも、敗北も、彼にとっては舞台の一部でしかないように。

 

「よいのです。今宵は幕開け。祈りはまだ満ちていない」

 

「逃がすか!」

 

 ペンテシレイアが追う。

 

 だが、ジルの影が水のように床へ沈む。

 

「次は、もっと大きな祈りを」

 

 声だけが残る。

 

「また会いましょう。死に損ないの奇跡よ。怒れる女王よ。幼き器よ」

 

 黒い気配が消えた。

 

 同時に、広間の異形も崩れ落ちる。

 

 静寂。

 

 それから、子どもの泣き声。

 

 雁夜が子どもたちを抱える。

 

「こっちだ! 急げ!」

 

 桜も手伝おうとして、足元がふらつく。

 

 ペンテシレイアが支えた。

 

「無理をするな」

 

「でも」

 

「今は立っていろ。それも役目だ」

 

 桜は小さく頷いた。

 

 ヒッポリュテは斧を支えに立っていた。

 

 呼吸が重い。

 

 視界が揺れる。

 

 斧の輪郭が薄くなっていく。

 

 現代の空気が、神代の質量を拒んでいる。

 

 もう限界だった。

 

 斧が霧のようにほどける。

 

 手の中から重みが消えた瞬間、ヒッポリュテの膝が落ちかけた。

 

 ペンテシレイアが支える。

 

 強く。

 

 怒ったように。

 

「だから言った」

 

「聞いていた」

 

「聞いただけだ」

 

「……すまない」

 

「謝るな」

 

 ペンテシレイアの声が震えていた。

 

「次は止めろ」

 

 ヒッポリュテは、少しだけ笑いかけて、やめた。

 

 ペンテシレイアの顔が本気だったからだ。

 

「努力する」

 

「止めろ」

 

「……分かった」

 

 ペンテシレイアは、ようやく少しだけ力を緩めた。

 

 桜が近づいてくる。

 

 顔色は悪い。

 

 けれど、目は逸らしていなかった。

 

 彼女はヒッポリュテの手を見る。

 

 斧が消えた手。

 

 血の滲む腕。

 

「今の……何だったんですか」

 

 ヒッポリュテは答えられなかった。

 

 武器だと言えば簡単だ。

 

 だが、それだけではない。

 

 王だった頃のもの。

 

 神代に立っていた頃のもの。

 

 守るために振るい、奪うためにも振るったもの。

 

 今の自分が持つには重すぎるもの。

 

 沈黙の中、ペンテシレイアが代わりに言った。

 

「姉上が、姉上だった頃のものだ」

 

 桜は意味を理解できなかっただろう。

 

 それでも、その言葉の重さだけは伝わったようだった。

 

 遠くで、子どもたちの泣き声が続いている。

 

 雁夜が必死に誘導している。

 

 キャスターの巣は潰した。

 

 生きている者は救えた。

 

 だが、ジルは逃げた。

 

 主人公は消耗した。

 

 桜の令呪は、確かにペンテシレイアへ願いを通した。

 

 そして。

 

     ◇

 

 遠く離れた場所で、衛宮切嗣はスコープ越しにその光景を見ていた。

 

 正体不明の女が、武器を出した。

 

 魔術礼装ではない。

 

 投影でもない。

 

 サーヴァントの宝具でもない。

 

 だが、あれは間違いなく神代級の神秘だった。

 

 現代の空気に合わない質量。

 

 振るうたびに、本人の身体を削る武装。

 

「サーヴァントではない」

 

 切嗣は低く言う。

 

 舞弥が問い返す。

 

「では、何です」

 

 切嗣は答えなかった。

 

 少しだけ沈黙した後、言う。

 

「少なくとも、人間でもない」

 

 スコープの中で、女は膝をつきかけ、バーサーカーに支えられている。

 

 子供のマスター。

 

 不安定なバーサーカー。

 

 間桐雁夜。

 

 そして、神代の武装を引きずり出す女。

 

 危険度を更新する。

 

 利用できる可能性はある。

 

 だが、それ以上に。

 

「放置できないな」

 

 切嗣の声は、冷たかった。

 

     ◇

 

 現代の夜に、神代の残響が消えていく。

 

 だが、その音を聞いた者たちは、もう沈黙してはいなかった。

 

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