神代から弾かれたアマゾネス女王は、間桐桜を攫って聖杯戦争を壊す   作:あかちゅきぼちゃん

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7話 騎士たちの夜

 

 

 港へ向かう。

 

 そう決めたのは、直感ではなかった。

 

 住宅街は狭い。路地が多く、曲がり角も多い。逃げ込むには向いているが、追い詰められれば終わる。人の気配も多い。戦闘になれば、巻き込む。

 

 橋は駄目だ。遮断されれば袋になる。

 

 駅も駄目だ。人が多すぎる。

 

 なら、港湾地区。

 

 広い。視界が取れる。遮蔽物もある。逃走経路も複数ある。

 

 それに、もし戦うことになっても、まだ被害を絞れる。

 

 ヒッポリュテは夜の街を歩きながら、そんなことばかり考えていた。

 

 街を見ているのに、街として見ていない。

 

 路地は通路ではなく、退路。

 

 建物は住処ではなく、遮蔽。

 

 街灯は明かりではなく、視線を奪うもの。

 

 そして、桜は守るべき中心だった。

 

「姉上は」

 

 後ろから声がした。

 

 ペンテシレイアだ。

 

「どこへ行っても、戦場にする」

 

 皮肉のような声だった。

 

 だが、完全な皮肉ではない。

 

 呆れ。

 

 怒り。

 

 それから、少しの懐かしさ。

 

 ヒッポリュテは振り返らずに答えた。

 

「戦場にしないために見ている」

 

「同じことだ」

 

「違う」

 

「違わない。姉上は昔からそうだ。花畑を見ても、どこから敵が来るか考える」

 

「……花を踏ませないためだ」

 

 ペンテシレイアが鼻を鳴らす。

 

「そういうところだ」

 

 桜は二人の会話を黙って聞いていた。

 

 歩幅は小さい。

 

 それでも必死についてきている。

 

 右手を胸の前に寄せ、もう片方の手で覆っている。

 

 令呪が痛むのだろう。

 

 赤い痕は、さっきよりも落ち着いて見える。だが消えてはいない。消えるはずもない。

 

 それはもう、桜が聖杯戦争に繋がった証だった。

 

「桜」

 

 呼ぶと、少女はびくりと肩を揺らした。

 

「はい」

 

「手を見せろ」

 

「……大丈夫です」

 

 即答。

 

 ヒッポリュテは足を止めた。

 

 ペンテシレイアも止まる。

 

 桜だけが、二歩ほど遅れて止まった。

 

「大丈夫かどうかを聞いているんじゃない」

 

「……」

 

「見せろ」

 

 強くは言っていない。

 

 けれど、逆らえない響きがあったのだろう。桜はおずおずと手を差し出した。

 

 小さな手。

 

 その甲に、赤い刻印。

 

 熱を持っている。

 

 触れずとも分かる。

 

 ペンテシレイアの現界が、桜から魔力を吸っているのだ。

 

 完全な契約ではない。正常な召喚でもない。だから無駄が多い。流れが乱れている。

 

 このまま長く続けば、桜の体が先に音を上げる。

 

「……痛むか」

 

「少しだけです」

 

 まただ。

 

 少しだけ。

 

 大丈夫。

 

 平気。

 

 その言葉の薄さに、ペンテシレイアが苛立ったように眉を寄せた。

 

「倒れる前に言えと言った」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝れとは言っていない」

 

 桜が目を丸くする。

 

 ペンテシレイアは、言ってから少しだけ口を噤んだ。

 

 自分でも語気が強すぎたと思ったのかもしれない。

 

 だが、言い直さない。

 

 不器用な沈黙が落ちる。

 

 ヒッポリュテは軽く息を吐いた。

 

「休むほどではないな」

 

「はい」

 

「だが、無理はするな。お前が倒れれば、守る形が崩れる」

 

 桜が小さく頷いた。

 

 それは優しい言葉ではなかった。

 

 けれど桜には、その方が届きやすいのかもしれない。

 

 必要だから気にかける。

 

 守るために状態を見る。

 

 感情ではなく役割として言われた方が、彼女は受け取りやすい。

 

 悲しい慣れ方だと思った。

 

 再び歩き出す。

 

 港に近づくにつれ、空気が変わった。

 

 潮の匂い。

 

 鉄の匂い。

 

 油の匂い。

 

 広い空間に、夜が沈んでいる。

 

 倉庫群の向こうに、黒い海が見えた。

 

 その瞬間、ヒッポリュテの足が止まった。

 

 風が違う。

 

 いや、風ではない。

 

 魔力だ。

 

 隠していない。

 

 むしろ見せつけている。

 

 澄んでいて、鋭い。

 

 ジル・ド・レェのような濁った狂気ではない。

 

 もっと整っている。

 

 槍の穂先のように、まっすぐこちらの肌へ触れてくる。

 

「敵だ」

 

 ペンテシレイアが低く言った。

 

 その声には、すでに戦闘の熱が混じっている。

 

「動くな」

 

 ヒッポリュテは即座に止めた。

 

「誘っている」

 

「ああ」

 

「なら、潰す」

 

「だから乗るな」

 

 ペンテシレイアが睨む。

 

「敵を前にして?」

 

「桜がいる」

 

 その一言で、ペンテシレイアは黙った。

 

 納得したわけではない。

 

 だが、桜を見た。

 

 桜は二人の間で、息を潜めるように立っている。

 

 小さな手はまた令呪を覆っていた。

 

 ペンテシレイアは舌打ちしそうな顔で視線を外す。

 

「……分かっている」

 

「ならいい」

 

「よくはない」

 

「今はそれでいい」

 

 ヒッポリュテは周囲を見た。

 

 港湾倉庫の影。コンテナの列。クレーンの支柱。海側へ抜ける道。

 

 魔力の発生源は港の中心部に近い。

 

 おそらく、挑発。

 

 誰かを誘っている。

 

 この時期。

 

 この場所。

 

 この気配。

 

 思考が自然と繋がる。

 

 冬木。

 

 第四次聖杯戦争。

 

 港。

 

 ランサー。

 

 そして、セイバー。

 

 知っている。

 

 そう、知っているはずだった。

 

 ここで何が起きるのか。

 

 誰が来るのか。

 

 どんな戦いになるのか。

 

 だが、足元にある現実は、すでに知識からずれている。

 

 桜はここにいる。

 

 ペンテシレイアはここにいる。

 

 ジルと龍之介は逃げた。

 

 その時点で、もう原作通りではない。

 

 知識は地図になる。

 

 だが、地図は足元の石までは教えてくれない。

 

「……知識は、答えではないな」

 

 小さく呟いた。

 

 ペンテシレイアが聞き返す。

 

「何か言ったか」

 

「いや」

 

 ヒッポリュテは桜へ視線を向ける。

 

「今から見るものは、普通の戦いではない」

 

 桜の喉が小さく動いた。

 

「怖ければ目を閉じろ。ただし、離れるな」

 

「……はい」

 

 返事はした。

 

 けれど、桜の目は閉じられなかった。

 

 怖いのだろう。

 

 理解できないのだろう。

 

 それでも見ようとしている。

 

 守られるだけでは、自分がどこへ連れていかれるのか分からない。

 

 それが怖いのかもしれない。

 

 ヒッポリュテは桜をコンテナの影へ誘導した。

 

 自分が前。

 

 桜が中央。

 

 ペンテシレイアが後ろ。

 

 さっきから自然にできている隊列。

 

 そのまま、三人は港の中心を見渡せる位置に身を潜めた。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 長い槍。

 

 軽やかな立ち姿。

 

 隙はあるように見える。

 

 だが違う。

 

 あれは誘いだ。

 

 斬り込めると思わせる間。

 

 踏み込んだ瞬間に、喉を裂かれる距離。

 

 優美で、危険。

 

 ランサー。

 

 名を知らずとも、戦士なら分かる。

 

 強い。

 

 ペンテシレイアの気配が一段濃くなった。

 

 ヒッポリュテは視線だけで制する。

 

「まだだ」

 

「分かっている」

 

「本当か」

 

「……分かっている」

 

 少しだけ遅れて返った。

 

 分かっていない返事だった。

 

 その時、遠くから車の音が近づいてきた。

 

 港の静寂を裂くようなエンジン音。

 

 やがて一台の車が止まる。

 

 降りてきたのは、白い女と、鎧の少女だった。

 

 空気が変わる。

 

 槍の男が微かに笑う。

 

 鎧の少女は、迷いなく前へ出た。

 

 月明かりを受けた銀の甲冑。

 

 小柄な身体。

 

 だが、その存在感は小さくない。

 

 むしろ、港の空気をまっすぐに押し返している。

 

 王の気配。

 

 ヒッポリュテは、無意識に目を細めた。

 

「女の王か」

 

 ペンテシレイアが呟く。

 

 その声には、少しだけ興味があった。

 

「そうだな」

 

「あれも、守る者の目をしている」

 

「……見れば分かるか」

 

「分かる」

 

 ペンテシレイアは短く答えた。

 

「気に入らないがな」

 

「なぜだ」

 

「自分を削る目だ」

 

 ヒッポリュテは返せなかった。

 

 遠くのセイバーは、ランサーと向き合っている。

 

 互いに名乗らない。

 

 それでも礼節はあった。

 

 挑発と応答。

 

 敵意と敬意。

 

 殺し合う相手を、戦士として認める空気。

 

 それは神代にもあったものだ。

 

 戦場にしかない静けさ。

 

 桜には分からないのだろう。

 

 だが、何かが始まることだけは感じている。

 

 小さな呼吸が、隣で浅くなった。

 

「大丈夫だ」

 

 ヒッポリュテは言った。

 

 桜がこちらを見る。

 

「今は、見るだけだ」

 

 見るだけ。

 

 そう言いながら、自分でも信じきれていない。

 

 見るだけで済むなら、こんなところに来ていない。

 

 聖杯戦争は、見る者を見逃さない。

 

 ランサーが動いた。

 

 初撃は速かった。

 

 桜の目には、ほとんど見えていないだろう。

 

 だが、ヒッポリュテには見えた。

 

 足裏の圧。

 

 肩の沈み。

 

 槍先より先に動く腰。

 

 セイバーも動く。

 

 剣は見えない。

 

 風が巻いている。

 

 不可視の刃。

 

 それでも、軌道は読める。

 

 魔力の流れ、踏み込み、腕の角度。

 

 ランサーの槍と、セイバーの見えない剣が噛み合う。

 

 火花が散った。

 

 金属音が港に響く。

 

 桜が息を呑む。

 

 ペンテシレイアが一歩出た。

 

 ヒッポリュテは、その手首を掴んだ。

 

「まだだ」

 

 ペンテシレイアが睨む。

 

「いつまで待つ」

 

「守るために、待つ」

 

「戦わなければ守れない時もある」

 

「戦えば守れない時もある」

 

 二人の視線がぶつかった。

 

 その間にも、セイバーとランサーは激突を続けている。

 

 槍は伸びる。

 

 剣は見えない。

 

 だが、互いに読んでいる。

 

 ランサーは一撃ごとに距離を刻む。

 

 セイバーは受けながら、わずかずつ踏み込む。

 

 美しい戦いだった。

 

 だからこそ危険だった。

 

 美しさは、戦場の本質を隠す。

 

 あれは殺し合いだ。

 

 どちらかが少し遅れれば、血が出る。

 

 どちらかが読み違えれば、命が落ちる。

 

 そして自分たちが混ざれば、桜が巻き込まれる。

 

 それだけは避けなければならない。

 

 ペンテシレイアの手首を掴む力を、少しだけ強めた。

 

「離せ」

 

「離したら行くだろう」

 

「行く」

 

「だから離さない」

 

 ペンテシレイアが歯を食いしばる。

 

 昔なら、ここで怒鳴ったかもしれない。

 

 今は怒鳴らない。

 

 ただ、押し殺している。

 

 それが逆に痛い。

 

「……姉上は」

 

 ペンテシレイアが低く言う。

 

「また私を後ろに置くのか」

 

 ヒッポリュテの指が、一瞬だけ緩みそうになった。

 

 だが、緩めない。

 

「違う」

 

「何が違う」

 

「お前を止めているんじゃない」

 

 ヒッポリュテは桜を見た。

 

「守る順番を間違えないためだ」

 

 ペンテシレイアは黙った。

 

 その沈黙は、納得ではなかった。

 

 けれど、桜を見た後、彼女は一歩引いた。

 

 戦いは続く。

 

 セイバーの踏み込みが鋭くなる。

 

 ランサーが笑う。

 

 槍が低く走る。

 

 不可視の剣が受ける。

 

 衝撃が空気を叩く。

 

 港の水面が震えた。

 

 桜は目を閉じていない。

 

 震えているのに、見ている。

 

 その姿を横目で見ながら、ヒッポリュテは思う。

 

 この子は、どこまで知るべきなのか。

 

 何も知らない方が幸せなのか。

 

 それとも、知らないまま選ばされる方が残酷なのか。

 

 答えは出ない。

 

 だからこそ、胸が重い。

 

 知識があっても、答えはない。

 

 未来を知っていても、今の選択は軽くならない。

 

 セイバーとランサーが大きく距離を取る。

 

 互いに呼吸を整える。

 

 まだ序盤。

 

 だが、すでに空気が削れている。

 

 この戦いに、他の陣営も気づいているだろう。

 

 見ている者がいる。

 

 間違いなく。

 

 ヒッポリュテは港の周囲へ意識を広げる。

 

 高所。

 

 倉庫の屋根。

 

 クレーン。

 

 暗い窓。

 

 視線がある。

 

 一つではない。

 

 そのうちの一つが、妙に冷たい。

 

 感情ではなく、計測する視線。

 

 標的を見る目。

 

 遠く離れたビルの上。

 

 男がいた。

 

 スコープ越しに港を見下ろしている。

 

 衛宮切嗣は、セイバーとランサーの戦闘を観測していた。

 

 予定通りの接敵。

 

 予定通りの挑発。

 

 予定通りの初戦。

 

 そのはずだった。

 

 だが、スコープの端に映った影が、彼の思考を止めた。

 

 コンテナの裏。

 

 子供が一人。

 

 正体不明の女が一人。

 

 そして、サーヴァント級の反応が一つ。

 

 バーサーカーに近い。

 

 だが、間桐陣営とは違う。

 

 いや、それ以前に、あの子供は。

 

「……イレギュラーがいる」

 

 切嗣の声は低かった。

 

 感情はない。

 

 ただ、戦術上の異物として認識する声。

 

 セイバーとランサーの火花が、再び港に散った。

 

 ヒッポリュテは、遠くの視線を感じながらも動かなかった。

 

 今動けば、すべてが崩れる。

 

 だから待つ。

 

 守るために。

 

 戦わないために。

 

 戦う準備をしながら。

 

 ペンテシレイアは横で息を殺している。

 

 桜は震えながら、それでも目を逸らさない。

 

 騎士たちの夜が、始まっていた。

 

 そして聖杯戦争は、彼女たちを見逃さなかった。

 

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