ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか   作:親父

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第7話 覇気

 その日の夜ヘスティアファミリアではヘスティアがベルの背中に神の血を走らせ、『ステータス更新』を行っていた。

 

 白ひげは、傍らで退屈そうに巨大な酒瓶を傾けている。

 

 「……え? 嘘……何、これ……?」

 

 突如、ヘスティアの指がピタリと止まり、その声が震え出した。

 

 「神様? どうかしたんですか?」

 

 「な、何って……ベルくん、君の成長速度、いくらなんでも異常すぎるよ……!?」

 

 ヘスティアが羊皮紙に書き写したステータスシートには、目を疑うような数字が並んでいた。第一層から第十層までの連日のダンジョン踏破、そして何より、白ひげという規格外の存在の背中を追い、その覇気に当てられ続けたことで、ベルの魂の器は爆発的な経験値(エクセリア)を吸収していたのだ。

 

ベル・クラネル

Lv.1

 

力: Ⅰ 10 ⇒ F 310

 

耐久: Ⅰ 0 ⇒ G 220

 

器用: Ⅰ 20 ⇒ F 340

 

敏捷: Ⅰ 30 ⇒ E 410

 

魔力: Ⅰ 0

 

 《スキル》

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 早熟する

 懸想が続く限り効果持続

 懸想の丈により効果上昇

 

 【白ひげの息子(セイスモス・エピゴノス)

 白ひげ『エドワード・ニューゲート』の力を使うことができるようになる

 習熟度によって効果上昇

 

 「全能力値が数百単位で跳ね上がってる……! 通常の冒険者の数ヶ月以上の成長を、君はたった数日で成し遂げちまったんだよ!それに加えてこのスキル!ニューゲートくんの力を使うことができるって…厄介事の匂いしかしない.....」

 

 「ええっ!? ぼ、僕のステータスがそんなに……!?それに加えてニューゲートさんの力まで!!」

 

 ベルが驚きで目を丸くする中、白ひげは豪快に笑った。

 

 「グラララ! 当たり前だ。おれの背中を追ってりゃあ、のんびり足踏みしてる暇なんかねェからな。だがベル、数字が増えたくらいで調子に乗るんじゃねェぞ。戦場で信じられるのは、己の肉体と覚悟だけだ」

 

 「はいっ、ニューゲートさん! 肝に銘じます!」

 

 「……もう、大した男だよ、君は。ベルくんをここまで引っ張り上げるなんてね」

 

 ヘスティアは感極まったように苦笑しながらも、白ひげがもたらす「理外の変革」に、神としての胸の高鳴りを隠せなかった。

_____________________________________________

 

神々が天上から「怪物」の出現に目を輝かせ、ロキ・ファミリアが警戒の網を広げる中、迷宮都市の朝はいつも通りにやってきた。

 

 バベルの塔の前に広がる中央広場。

 

 白ひげは愛刀『むら雲切』を肩に担ぎ、堂々と立っていた。その隣にはいつものように背負い袋を抱えたベルが並んでいる。一昨日の「ベート一撃粉砕」の一件もあり、周囲を往来する冒険者たちの視線は、恐怖と好奇心で引き裂かれそうになっていた。

 

 だが、すべての冒険者が白ひげを恐れているわけではなかった。

 

 一部の、実力に自信のある中堅冒険者(レベル2やレベル3の若手たち)にとっては、突如現れた「レベル1の新人」がオラリオの話題をかっさらっている現状が、面白いはずがなかった。

 

 「おいおい、見たかよ。あれが噂の『白い髭』だってよ」

 

 「図体だけでかいおっさんが、たまたま運良くベートさんに不意打ちを食らわせただけだろ」

 

 わざと聞こえるように野次を飛ばす冒険者たち。白ひげは鼻で笑い、意にも介さない。だが、彼らの矛先は、その隣にいる白髪の少年に向かった。

 

 「それより、あの隣にいるちびっ子(ベル)は何だ?」

 

 「あぁ、ヘスティア・ファミリアの生え抜きだろ? ろくに戦えもしねェくせに、強いやつの後ろにくっついて、おこぼれの魔石を拾ってるだけさ」

 

 「なるほどな。ただの『腰巾着』か。強い奴の威光を借りて冒険者気取りたァ、情けねェ男だなぁ!」

 

 下品な笑い声が広場に響く。

 

 「……っ!!」

 

 ベルの身体が、屈辱でガチガチと震えた。

 

 言い返したかった。僕は魔石拾いだけをしにダンジョンに行ってるんじゃない、と。

 

 だが――同時に、彼らの言葉が残酷なまでの正論であることも、ベル自身が一番よく分かっていた。

 

 第一層でのゴブリンも、ミノタウロスも、昨日のベートも。全部、ニューゲートさんが一撃で片付けた。自分はただ、その圧倒的な背中の後ろで、怯えながら落ちた魔石を拾っていただけだ。

 

 「(僕は……ニューゲートさんの家族だって胸を張りたいのに、今の僕は、本当にただの腰巾着だ……!)」

 

 悔し涙が溢れそうになる。握りしめた拳が、爪が皮膚に食い込むほどに震える。

 

 強くなりたい。自分の足で立ち、自分の力で魔物を倒し、この巨大な「父親」の隣に並べるくらいに。

 

ドン……!!

 

 白ひげが、持っていた『むら雲切』の石突を、静かに石畳に打ち付けた。

 

 それだけで、広場を包んでいた下品な笑い声がピタリと止まる。周囲の空気が、凍りついたように重くなった。

 

 白ひげは野次を飛ばした冒険者たちを一瞥することさえせず、ただ、隣でうつむくベルを見下ろした。

 

 「おい、ベル」

 

 「……は、はい……」

 

 消え入りそうな声で答えるベル。白ひげの眼光が、父親としての厳しさを帯びる。

 

 「ハナッタレどもの雑音に、いちいち耳を貸してんじゃねェ。……お前が今、握りしめてるその拳の熱さは、誰に笑われるもんでもねェ筈だ」

 

 「ニューゲートさん……」

 

 「お前が『腰巾着』かどうかを決めるのは、周りの奴らじゃねェ。お前自身の『覚悟』だ。……悔しいか?」

 

 「……はい。めちゃくちゃ、悔しいです……!」

 

 ベルは顔を上げ、涙を溜めた瞳で、真っ直ぐに白ひげを見返した。

 

 「もっと強くなりたいです……! 誰かに守ってもらうだけじゃなくて、僕も、ニューゲートさんや、神様や、アイズさんを守れるくらい……僕自身の力で、強くなりたいです!」

 

 少年の口から飛び出した、魂の叫び。

 

 それを聞いた白ひげは、一瞬だけ目を見張り――次の瞬間、腹の底から豪快に笑った。

 

 「グララララララ!! 上等じゃねェか、ベル!!」

 

 大きな手がベルの頭を乱暴に、しかし最高に愛おしそうに撫で回す。

 

 「男がそうやって『悔し涙』を流した時、初めて本当の強さが始まるんだ。……いいかベル、今日のダンジョンはお前の戦場だ。おれァ、手を出さねェ。お前が自分の力で、その雑音を黙らせてみせろ!」

 

 「はいっ!!」

 

 ベルの瞳から、怯えが消えた。そこにあるのは、赤々と燃え盛る戦士の決意の火だ。

 

「はい!!」

 

少年の背中を押すのは、世界を震わす大海賊の太い腕。

「腰巾着」と嘲笑われた少年が、自らの足で英雄への階段を駆け上がり始める、本当の冒険が今、幕を開けた。

 

________________________________________________

 

 「ギチチチッ! ギギッ!」

 

 薄暗いダンジョン第十層。獰猛な笑みを浮かべ、十数体の『キラー・アント』が突進してくる。上層の魔物としてはトップクラスの硬度を誇る兵隊蟻だ。

 

「――ふーっ、はーっ……!」

 

 ベル・クラネルは、激しく上下する呼吸を鋭く整えた。

いつもなら、この数を前にすれば足がすくみ、ニューゲートの背中に隠れていただろう。だが、今の少年の瞳には、広場で浴びせられた嘲笑を焼き尽くすほどの、赤々とした闘志が宿っていた。

 

「いくぞ……!!」

 

 地を蹴る。その踏み込みは、これまでのベルのどれよりも鋭く、速い。

 

「テリャァァァッ!!」

 

 一閃。キラー・アントの強固な外皮を、刃が切り裂く。

 

 魔石を砕かれた蟻が塵へと還るが、残りの群れが全方位から牙を剥き、ベルへ襲いかかった。

 

「……っ!」

 

 全方位からの噛みつき。ベルの身体が恐怖で強張る。だが、後方で腕を組んだまま、微動だにせず自分を見つめている白ひげの眼光が視界に入った。

 

 その目は、ただ冷酷に突き放しているのではない。我が子の初陣を見守る、果てしない慈愛と信頼に満ちていた。

 

 「うおぉぉぉぉおっ!」

 

 ベルは叫んだ。

 

 左側から迫る顎を紙一重でかわし、カウンターの突きを叩き込む。背後から迫る影には、泥臭く地面を転がって間合いを外し、立ち上がりざまに首を刎ねる。

 

 一匹、また一匹。

 

 泥にまみれ、傷を負いながらも、ベルは決して後ろへ退かない。その脳裏にあるのは、広場で自分を笑った有象無象の顔ではない。ただ一つ。

 

 『お前が腰巾着かどうかを決めるのは、周りの奴らじゃねェ。お前自身の覚悟だ』

 

 (僕は、ニューゲートさんの家族だ! あの巨大な背中に、恥じない男になるんだ……!)

 

 最後の体力を振り絞り、跳躍。

 

 群れのリーダー格である巨大なキラー・アントの頭上から、ベルは渾身の力でナイフを突き立てた。

 

 ――パリィン!

 

 快音と共に魔石が砕け散り、静寂が通路を支配する。

 

 十数体の魔物を、レベル1の駆け出しが、ただ一人で殲滅してみせたのだ。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 ナイフを握ったまま、膝をつきそうになるベル。しかし、彼は歯を食いしばり、自分の足で立ち続けた。そして、ゆっくりと振り返り、白ひげの顔を見上げた。

 

 「ニューゲートさん……僕、逃げずに……やれました!」

 

 白ひげは、傷だらけの少年をじっと見つめ――外見の小ささなど関係ない、確かな「戦士の魂」の萌芽を確認すると、獰猛に口元を歪めた。

 

 「グララララ……! 見事だ、ベル。ハナッタレどもの口を塞ぐにゃあ、十分すぎる戦いっぷりじゃねェか!」

 

 大きな手がベルの白髪を乱暴に、しかし誇らしげに掻き回す。その手の温かさに、ベルの胸の奥の悔しさは、完全な「自信」へと書き換わっていった。

 

 だが、その余韻を切り裂くように、通路の奥から重苦しい地鳴りが響いてきた。

 

 ――モォォォォォォォォッ!!!

 

「っ……!?」

 

 ベルの身体が、本能的な恐怖で硬直する。

 

 通路の影から現れたのは、かつて第一層で自分を死の淵まで追い詰めたトラウマそのもの――巨大な雄牛の頭部を持つ怪物、『ミノタウロス』だった。

 

 なぜ上層に、という疑問がよぎる。だが、怪物の赤い瞳は明確な殺意を湛え、ベルをロックオンしていた。

 

 「ひっ……あ、あ……」

 

 一瞬、あの時の「恐怖」がベルの足を縛りかける。

息が詰まり、ナイフを握る手が震える。

 

 だが、その時。トントン、とベルの背中に大きな指が触れ  た。

 

 振り返ると、白ひげが静かに、だが揺るぎない眼光でベルを見下ろしていた。

 

 「ベル。お前が超えなきゃならねェのは、広場のハナッタレどもじゃねェ。……お前自身の『弱さ』だ」

 

 白ひげは一歩も前に出ず、ただ愛槍の石突をどんと地面に突いた。

 

 「あの牛公はお前の獲物だ。おれァ手を出さねェ。……お前のその拳は、そいつに怯えるためにあるのか?」

 

 「ニューゲートさん……」

 

 ベルは深呼吸をした。

 

 そうだ。僕はもう、あの時の泣き虫じゃない。広場で腰巾着と笑われ、悔しくて涙を流した。でも、今は世界最強の男が、僕の後ろにいてくれる。僕を「家族」だと認めてくれている。

 

 (怖いか? ――怖いよ。でも、ここで引いたら、僕は一生あの人の背中に隠れるだけの子供だ……!)

 

 ベルは震えをねじ伏せ、ナイフを逆手に構え直した。その瞳から、怯えが完全に消え去る。覚悟が決まったその時、ベルの腕とナイフが黒く染まった。

 

 「これは…ニューゲートさんが使っていた覇気!?」

 

 「これなら……いきます!!」

 

 少年の咆哮と共に、ベルは地を蹴った。

 

 ――モォォォォォッ!

 

 ミノタウロスの巨腕が振り下ろされる。まともに喰らえば即死の一撃。

 

 しかし、今のベルにはその軌道が見えていた。神速の踏み込みでその懐へ潜り込み、大振りの攻撃を紙一重でかわす。

 

 「シィィィッ!!」

 

 すれ違いざま、ミノタウロスの太い脚を深く切り裂く。

 

 激痛に吼える怪物が、狂ったように拳を振り回すが、ベルは泥臭く地面を転がり、壁を蹴り、変幻自在の動きで翻弄していく。その動きは、先ほどの蟻との死闘を経て、確実に一段階上の領域へと跳ね上がっていた。

 

 「これで……終わりだぁぁぁっ!!」

 

 ミノタウロスが強引に突進してきた瞬間、ベルは真っ直ぐに突っ込んだ。

 

 激突する寸前、限界以上の速度で上体を沈め、怪物の懐へと完全に滑り込む。

 

 そして、ありったけの力を込めて、その胸元へと刃を突き上げた。

 

 ――ドスッ!!!

 

 手応え。ナイフは正確に、怪物の胸の奥にある魔石を貫いていた。

 

 ミノタウロスの動きが、ピタリと止まる。

 

 怪物の巨躯が、ベルの目の前でサラサラと灰へ還り、床に大きな魔石だけがゴロリと転がった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 静寂。ベルはナイフを持ったまま、激しく肩で息をしていた。

 

 勝った。かつて自分を絶望させた怪物を、自分の力だけで、完全に打ち倒したのだ。

 

 「グララララ……! 最高の戦いっぷりじゃねェか、ベル!」

 

 白ひげが歩み寄り、ドスンとベルの肩を叩いた。その顔には、満面の、これ以上ないほどの誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 

 「もう誰もお前を腰巾着とは呼ばせねェ。お前は立派な、おれの自慢の息子だ。グララララ!!」

 

 「ニューゲートさん……! はい……! はい……っ!」

 

 ベルの目から、今度は嬉し涙が溢れ出た。

 

 かつてのトラウマを打ち破り、少年は今、本当の意味で「冒険者」としての産声をあげた。大海賊の巨大な影に守られながらも、その翼を広げて羽ばたき始めたのだ。

 




ベルくんにはミノタウロス撃破のため覇気を覚えてもらいました
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