SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
1559年(永禄2年)、駿河の今川館。
広間には今川家の重臣たちが居並んでいた。上座に座る今川義元は、配下からの報告を静かに聞いていた。
義元は四十を過ぎた年頃で、公家風の装いを好む人物だ。柔和に見える顔の奥に、鋭さが潜んでいる。東海道の大部分を手中に収めた大名としての自信が、その佇まいに滲んでいた。
「甲斐の武田信玄殿、相模の北条氏康殿との同盟関係は引き続き堅調でございます」
報告を続けた重臣が、次の話題に移った。
「尾張の動向について申し上げます。数年前、織田信秀殿が亡くなり、嫡男の信長が家督を受け継ぎました。当初は尾張の統制が乱れるかと思われましたが、信長の治世になってから、むしろ織田は勢力を伸ばしているようでございます」
義元は黙って聞いていた。
「それと……少々奇妙な報告もございまして」
「奇妙な報告とは何だ」
「はい。尾張には近頃、水神様と呼ばれる存在が現れているとの話が各地から入っております。頭上に金の輪が浮かび、背中に白い翼を持つ、幼子のような見た目の神が尾張に降臨し、各地の村々に恩恵をもたらしているとのことで」
広間がわずかにざわめいた。義元は眉を動かした。
「水神様だと?織田信長が流した都合の良い噂ではないのか?」
「それが……目撃者が大勢いるようなのです。商いで尾張を通った旅の商人たちに話を聞きましたところ、各地の村で水神様を見たという村人が後を絶たないとのことで。実際にその水神様を目撃したという商人も複数おりました。実在するとの話でございます」
義元はしばらく黙った。
「実在する神とは……どのような力を持っているのだ?」
「鳥のように空を飛び、奇跡によって怪我を治すとのこと。また、晴れの日に雨雲を呼んで雨を降らせたり、何もない場所に大きな氷塊を出して見せたという証言が複数あります。更には、掘るのに数日かかるような井戸を、短い時間で完成させてしまうとも」
「尾張が勢力を伸ばしていることと、その水神様とやらは関係があるのか」
「はっきりとは分かりませんが、水神様が農業の知識を村人たちに伝えているという話もあり、何らかの関係はあるかと思われます。尾張の各村で今年の米の収穫量が増えているとの話も入ってきております」
義元は視線を広間に向けた。
「皆はどう思う?」
重臣たちが顔を見合わせた。少しの間があってから、それぞれが口を開いた。
「神とは限りませぬ。天狗と言う可能性もあります」
「水神様というのは織田が流した噂かもしれませんが、目撃者が多数いるとなれば、本物の可能性も否定できません」
「本物だったとして……水の神ならばたいした力はないのでは?戦の役には立ちますまい」
別の重臣が続けた。
「その点について申し上げます。戦の神であれば、尾張の内乱の折に戦場に出て活躍しているはずです。しかし水神様が戦場に出たという噂は、今のところ聞いておりません。戦においての脅威は低いかと」
「しかし」と別の声が上がった。
「戦の神でなくとも、織田という敵が神を抱えているのは好ましくありませんぞ。信仰を集める神が織田の側にいるとなれば、民心においても織田が有利になります。神は今川にお迎えするべきではないでしょうか」
また別の重臣が慎重な声で言った。
「しかし確認もせずに動くのは危険かと。水神様が本当に戦に関わらないのか、あるいは有事の際には織田の力になるのかが不明です。神の力が戦に使われれば、それは脅威になり得ます」
「不明点があれど早めに叩くべきでしょう。織田がこれ以上力をつける前に」
「農業の収穫が増え、財が豊かになれば、織田の軍備も増強されます。時を置くほど不利になるかと」
義元は重臣たちの言葉を聞きながら、静かに考えていた。
神が偽物であれば、それはただの噂に過ぎない。しかし本物であった場合、その神が織田に与する状況は放置できない。民心を掴み、農業の収穫を増やし、織田の国力を底上げしている存在が尾張にいるとなれば、それは無視できる問題ではない。
しかも収穫量の増加が事実であれば、来年再来年と時を経るごとに織田の力は増す。
義元の頭の中で、様々な状況が整理されていった。
「皆の意見はもっともだ」
と義元はゆっくりと言った。
「神が偽物なら良いが、本物の神であった場合、織田が確保しているのは良くない。神は今川が確保するべきであろう。であれば……織田を攻めるべきか?」
義元の言葉を受けて、重臣たちが口々に意見を述べる。
重臣たちが互いに視線を交わし、意見は速やかに一方向に収束していった。
「織田が勢力を伸ばす前に叩くべきかと存じます」
「今川、武田、北条の三家同盟が盤石な今こそ、西への動きを起こす好機でございます」
「尾張を押さえれば京への道が開けます。水神様を今川にお迎えできれば、それだけでも大きな意味を持ちましょう」
「兵力においても、今川は織田を大きく上回っております。勝算は十分かと」
反対の声は上がらなかった。
義元は一度だけ深く息を吸ってから、言った。
「結論が出たようだな。一年後に織田を攻める方針とする。入念に準備し、織田を倒し、水神様を今川へ招くのだ」
「ははっ!」
広間全体が一斉に頭を下げた。
義元はその様子を見渡してから、静かに付け加えた。
「準備は怠りなくせよ。織田は小国だが、侮れる相手ではない。特に……神の存在については、最後まで注意を払うように」
「承知いたしました」
重臣たちが動き始めた。兵の動員、物資の確保、街道の整備、情報の収集。一年後に向けての戦の準備が、駿河の地で静かに始まった。
広間が解散し、義元は一人残った。
窓の外に駿河の空が広がっていた。西の方角、尾張の空を思いながら、義元はしばらくそこに座っていた。
水神様とは何者なのか。翼を持ち、空を飛び、奇跡を使う幼子の姿をした存在。戦場には出ないが、民の信仰を集めて織田の国力を支えている。
その存在を、今川のものにする。
「もしも水神とやらが本物であれば……儂は神を手中に収めることができる」
義元の目に、野望が静かに宿っていた。
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