『炎の夜を越えて』───外相、小村寿太郎の戦い 作:あおさ海苔
───1905年1月5日
旅順要塞の陥落と旅順艦隊の撃滅は、国中に歓喜の波をもたらした。帝国の各地で提灯行列が夜を照らし、人々は勝利を疑わなかった。
そんな提灯行列を外務省の大臣室から眺める小村の胸の中には、未だにあの『焦燥感』がなくなることはなかった。
旅順要塞攻囲戦は戦死傷者約6万人という、ほぼ一軍が吹き飛ぶ程の人命を消耗し、想定の何倍とも数えるだけ嫌になるほど消費した弾薬だけでなく消耗した物資はただでさえ国外借款に頼り戦争を続けていた財政を大幅に悪化させた。
そんな状況にもかかわらず旅順に付きっきりだった連合艦隊の補給修理整備、陸軍は既に次の決戦に向けてひたすらに人員や装備弾薬を欲している。もはや湯水を通り越し、血肉が国庫から滝のように流れてゆくだろう。
この様な状況で戦時増税を行ったところで焼け石に水なのかもしれない。
結局釜山に上陸した小村は時間の都合上旅順要塞への第一次総攻撃に立ち会うことしかできなかった。だが、その経験は決して無駄ではなかった。やはり百聞は一見にしかずである。
あの撃ち込まれた武器弾薬の費用だけで、どれだけ内政や外交で成し遂げられたことがあっただろうか。それだけ投入してなお、旅順の防御陣地の前には兵達の死体だけが転がっていくのだ。
旅順での記憶のうち、小村の記憶に最も焼き付いている光景がある。
それは第一次総攻撃の時、司令部からよく見える斜面への攻撃を目の当たりにした時の事だ。
絶え間ない砲撃が終わったかと思うと、遠目には小さな点にしか見えぬ部隊が斜面を駆け登ってゆく。
その部隊はしばらくロシア軍陣地に向かって動いてたが、鈍い連発音が数分続いた後に何も動かなくなった。すると総攻撃を指揮する将校団に居た参謀の1人が双眼鏡を覗きながら口から唾を飛ばして大声で叫びだした。
「あんなところで何をやってる! 狙い撃ちにされるからはやく前進させろ!!」
その声に続き、次々と双眼鏡を覗く若手の参謀たちが大声で怒鳴る。
「どこの部隊だ、後でしっかり教育してやらにゃいかんぞ」
「ええい土煙でなにかなんだかわからん! あれはどこの部隊だ、誰か隊旗が見えるか」
将校団がざわつく。戦闘は素人である以上、小村はひたすら戦場を眺めていることしかできなかった。
「ち、違う……あれは、あれは……」
わめきたてる参謀たちとは違い落ち着きを保っていた将校が命令を出すために隊旗を確認しようと双眼鏡を向けた。だが、すっと動かなくなるとぶるぶると震え出し、しまいには『違う違う』と呟きながら膝から崩れ落ちてしまった。
最初に叫んだ参謀はそんな将校を見てもう一度よく双眼鏡を覗く。小村も渡されていた双眼鏡を使い同じ方向を見る。確かに何もない斜面に数百人の兵達が貼り付いている。敵の反撃で身動きが取れなくなっているのだろう。
しかし、すぐに小村も気がついた。数百人が誰一人身動き一つしていない。しかも隊旗が土埃にまみれ地面に転がっている。本来であればありえない光景だ。するとつまりこれではまるで───
「皆か? みんな死んどるんか……」
先程まで大声で叫んでいた参謀もまた膝から崩れ落ちると、大声で泣き始めた。
意識をまた外を練り歩く提灯行列に戻す。
彼らはあの光景を見ていない。だからきっとここまで能天気に喜べるのだろう。『勝利』の裏で流れた犠牲は数字となって現実感を持たせずにただ情報の海に流されていく。報道も世論も国民も、皆ついに講和条約だ、勝った勝ったと取らぬ狸の皮算用をしている。
結局のところ、外務大臣の1人である小村には、旅順戦で何か劇的な事を起こすことはできなかった。せいぜい閣議で陸軍側の要望に理解を示す事と、実際にあの旅で感じた事をしっかりと胸に刻む事だけであった。
───1905年7月8日
米国の仲介で行われる講和会議のため渡米する小村達外交団に対し、新橋駅では新聞などで見聞きつけた大勢の人が集まり、大歓声で万歳し盛大な見送りが行われていた。
小村もまた帽子を取り群衆に向けて帽子を振る。また一段と万歳の声が鳴り響く。もはや熱狂とも言うべき群衆から堂々と決別した外交団は、横浜港へと向かう汽車へと乗り込んだ。
出発した汽車の中で、小村は深くため息をつくと港まで同行する桂首相に対して小さい声ではあるが、まっすぐ見据えて言った。
「新橋駅頭の人気は、帰る時にはまるで反対になっているでしょう」
向かいの席に座っている桂首相にもわかっていた。この講和会議では国民の望むような『大勝利』など夢のまた夢であると。小村の言う通り、帰国したらあの群衆は歓声を怨嗟に変えて我々を罵るであろう。
特に矢面に立つのは外務大臣であるこの小村である。最悪の場合、命があるかもわからない。桂首相は講和会議が始まる前だというのに、いったいどう声をかけてよいのかわからなかった。
「ですが私は逃げない、やらねばならぬのです。他ではない、私がやらねばならぬ、なさなければならないのです」
しかし小村は先ほどの小さな呟きとはうってかわって、はっきりと桂首相に告げる。その佇まいはもはや人の身に纏えるとは思えぬ程の覚悟に満ちていた。
すると桂首相と同じく、港まで同乗していた元外務大臣で政治家の井上馨は、小村に対し涙を流して言った。
「君は実に気の毒な境遇にたった。いままでの名誉も今度で台なしになるかもしれない」
小村は無言で首を振ると少し困ったかのように笑う。
井上もまた債権先の確保に尽力し、旅順から小村が帰った後はこの講和会議に向けてあらゆる対外活動に心血を注いで協力してくれたのだ。
旅順でも、財源確保でも戦えなかったからこそ、小村はこの外交という己の本分での戦争に全力を尽くすのだ。
未だ戦時中である以上、一国の首相ほか重鎮がポーツマスまで渡米するわけには行かない。しかし多くの閣僚や政治が、決戦の地である米国に向けて出発する小村達を見送りに来たのだ。
新橋駅とは違い、横浜港は厳重な警備がされていることもあり、幾分静かであった。
「見送りありがとうございました。では、行ってきます」
出航するその時まで別れを惜しむ人々に背を向けて、誰にも聞こえぬよう小村はあてがわれた客室に向かう。
講和を成さねば生きてこの地を再び見ることもない、命を賭しての出発であった。
船旅12日、太平洋の波間をかき分けて進む。講和条約の草案は船上でもありとあらゆる事態を想定し、数多の事前案を作り続けた。
船内では豪華な食事や余興も行われていたが、小村は参加する気にはなれず、簡素な食事を持って時折夜のデッキから星座を眺めつつ熟考していた。
ふと、同じ船の詩人だろうか? 満点の夜空の事を「星の海」と表現して詩を諳んじ始めた。
その詩を聴きながら小村もまた思い出す。今上陛下が詠まれた「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」という歌だ。
自分は外交という手段を通じてこの波風を治める事に少しでも貢献できるのだろうか。船旅中、小村は終ぞその確信を得ることはできなかった。
小村一行は、その後シアトルに7月20日に到着した。一週間後ワシントンでルーズベルト大統領に表敬訪問をおこない、仲介を引き受けてくれたことに謝意を表明した。
ルーズベルト大統領も日本側に好意的で、外交団は少し自分たちに追い風が吹いていると感じる事ができた。
しかし、小村の脳裏には、あの『炎の夜』がまとわりついて離れない。外交的な工作も、国際世論形成も入念に行った。後はほんの少しでもロシア帝国から賠償金か領土、権益を確保さえすれば国民に勝利したと宣言できる。
そのはずなのに、焦燥感は消えない。
何か見落としていることは無いか、何か考慮できていな事はないか、協力的なルーズベルト大統領とさらに深く踏み込んだ話をすべきか……だが、米国工作は既に井上が実施済みである。下手に手を出すべきではないと断じ、小村はポーツマスへと向かった。
ポーツマス───合衆国政府の直轄地で、近郊にポーツマス海軍造船所がある。宿舎となるホテルがあり警備も厳重。日露両国の全権委員は互いに離れて起居できる事からここを選んだ、そう小村はルーズベルト大統領から直接伝えられていた。
ポーツマスに到着した小村は、早速日本代表団の中心として会議に臨んだ。
通された講和会議の会議室の長机向かいには、ロシア全権代表セルゲイ・ウィッテがその巨体をもって威圧的な態度で座っていた。
彼は当時56歳で身長180センチメートルを越す大男である。皇帝より「一にぎりの土地も、一ルーブルの金も日本に与えてはいけない」という厳命を受けており、日本外交団より若干早くポーツマス到着し以来まるで戦勝国の代表のように振る舞っている。
ロシアは必ずしも講和を欲しておらず、いつでも戦争を続ける準備があるという姿勢を崩してはいない。ルーズベルト大統領訪問時に抱いた微かな希望は打ち砕かれた。まずはこの態度を少しずつ、穴を穿ち切り崩し突破口を見出さねばならぬ。
今もまさに小村の眼前には最低限の礼節だけは守っては居るものの、『講和』そのものに不満があることを隠さない態度でウィッテが居るのである。
これでは桂首相含め、日本政府の『現実的着地点』なぞ取り付く島もないであろう事は容易に想像がついた。
領土の割譲は最小限で構わぬ。賠償金も、形式だけでよいと新橋からの列車で最後に聞いた総理の指示は現実的だったはずだ。
しかし現実的な解のはずである最終的な譲歩ラインでは小村はどこかで「これでは足りぬ」と感じていた。
───この講和が、あの炎を招く。
ウィッテを前にして再び幻影が脳裏をよぎる。だが、それを裏付ける材料などない。外交官として、己の直感だけで条約内容を動かすわけにはいかなかった。
数十日間にわたる交渉を経て、なんとかポーツマス条約は締結された。
内容としては以下の通り。
1.ロシアは満洲および朝鮮からは撤兵
2.日本に樺太の南部を割譲
3.戦争賠償金は双方なし
4.ロシアの保有する満州南部の鉄道および租借権の日本への譲渡
5.大韓帝国へのロシアによる外交的指導の終了
日本は体裁上勝利した。しかし国民が事前に期待したほどの利益は得られなかっただろう。
それでも小村は、少しだけ安堵していた。獲得した領土が満州の幾ばくかの領土だけであれば国民の怒りは避けられなかっただろう。
ルーズベルト大統領からの実質的な交渉打ち切りか賠償金放棄かを迫られ、数十億の賠償金を放棄することとなったが、変わりにロシア本土である樺太を半分とはいえなんとか外交で手に入れたのだ。これは日本外交の勝利であり胸を張って帰国できるはずだ。
「……これで、あの『炎の夜』は避けられるかもしれぬ」
そう信じようとした。
日本へ向かう船の中、小村は乗り込む前に米国経由で受けた電報から国内の情勢を知った。失意の船旅は14日におよび、食事はのどを通らず睡眠は満足に取れず、酷くやつれた小村達外交団へ横浜港入港前日、船に横付けしてきた政府の連絡船が新聞や報告書などを送ってくれた。
小村は震える手でその届いたばかりの新聞記事へ目を落とす。見出しは大きく躍る。
『見せかけの勝利、講和条件という名の白紙和平』
『なぜ賠償金が取れぬのだ、流した血潮を思い出せ』
『耐えに耐えた国民の忍耐を嘲笑う講和会議』
胸に冷たい感触が走る。
まるで見えない手が、小村の心臓を鷲掴み未来を『炎の夜』へ向けて導こうとしているようだった。
「まずいことになっている……これでは、あの炎が現実になってしまう」
だが今の小村に何か打つ手は思いつかなかった。睡眠不足に栄養不足、疲労困憊の体ではもはやいかなる案も入港まで思いつくことはなかった。
上陸した小村を待っていたのは、祝福ではなく、沈鬱な空気だった。街頭では民衆がざわつき、新聞は連日続けている政府批判を号外で配り歩いている。街角では至る所で声を大にして苦労に苦労を重ねて締結したポーツマス条約を罵る市民であふれかえっていた。
桂首相の元へ向かう馬車の中で、小村と同じように目の下に深いクマを作った外務官僚達から報告の嵐を受ける。
「大臣、もうすぐ『国務大臣と元老を全て処分し、講和条約を破棄してロシアとの戦争継続を求める』などと妄言する危険な集会が日比谷で開かれます。講和に不満を持つ者たちが……」
恐れていた内容を報告した外務官僚の顔は蒼白だった。
小村は言い知れぬ不安に駆られながら、安全のため首相公邸には向かわず目的地を変更し、到着した外務省の窓辺に立つ。
遠く、日比谷の方角に群衆が集まりつつあるのが見えた。
息苦しさを感じ窓を開ける。そして、風が変わった。
どこかで聞いたような怒号。
胸を刺すような既視感。
そして───炎の匂い。
時は1905年9月5日、日比谷公園付近に集まった群衆は、政府批判の演説に沸き立ち、やがて警官との衝突を契機に暴徒と化した。
石が飛び、松明が振り回され、街路を駆ける群衆の影が広がる。
新聞社の建物が襲われ、窓ガラスが砕けた。
夜空が赤く染まる。
「避けられなかったか……」
小村は唇をかみしめた。
幻影で見た景色と同じ、いや、それ以上に悲惨な光景が眼前で広がる。
怒号、炎、混乱。
釜山で未来として見た『あの夜の炎』は、現実の出来事として完成しつつあった。
「これだけは……止めねばならんのだ」
小村は暴漢に襲われると言って止める職員達を振り切り首相公邸に向かう。この状況からでも何かできることがあるかもしれない。少なくとも亀のように外務省に籠っているよりは何かしらできることがあるかもしれないと。しかし動員された警察や軍は混乱の大きさに対応が追いつかない。
そして深夜、炎が最高潮に達したその瞬間───小村の世界が揺れた。
音が遠のき、視界が白く霞んでいく。
次に目を開けたとき、小村は自宅の布団で上半身を起こしていた。
あの炎はどこに行ったのか? あのまま意識を失い眠りこけてしまったのか?
急ぎ外務省へ向かわねばと身支度を整えていると、ふと朝刊が視界に入ってきた。
そこに書かれていた日付は1904年5月29日。1905年9月6日ではなかった。
混乱しつつ外務省の大臣室に到着すると、既に見たことのある報告書が机に山積みされていた。日付も1905年の物は一つとしてない。
「……時が戻った? いや、胡蝶の夢とでも?」
頬を少しつねる。確かに鈍い痛みと報告に来ていた官僚の怪訝な視線を感じる。幻でも夢でもない。
あの体験は一体何だったのだろうか、すべて夢の出来事だったのでも言うのだろうか。
この記憶は自身だけなのだろうか? 目の前居る外務官僚へに少し未来の話をしてみる事にした。
「旅順は凄まじい激戦になりそうか」
「これから始まる旅順の陸戦ですか? 総大将は日清の折、旅順をあっという間に攻略してみせた乃木大将です。激戦という激戦になりますでしょうか?」
不思議そうに聞き返す外務官僚を見て確信する。どうやら小村だけが、あの記憶を持っている。
あえて『前回』と定義するが、前回はここまで具体的な記憶などなかった。あの時はまだあの夜の炎と、日々感じていた焦燥感であったからだ。
間違いなく自分は時を遡った。理由方法、神仏妖怪何の仕業かもわからない。だが前回の記憶はまるで昨日のことのように思い出せる。
大きく深呼吸する。前回感じていた焦燥感は再び自身を突き動かそうとしている。
小村は自らの手を見下ろし、ゆっくりとそして強く握りしめた。
───歴史は、このままでは必ずあの炎に呑まれる。
止める方法はまだ分からない。だが止めねばならない。この国をあの夜の地獄から。
外務大臣 小村寿太郎にとって第二のループが、静かに始まった。