『炎の夜を越えて』───外相、小村寿太郎の戦い   作:あおさ海苔

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第九章 ポーツマス講和会議

───1905年8月12日

 

 第2回本会議では、まず1の『韓国における日本の利益を認めつつ自主独立性を日本と共同で守る』という、一見矛盾している内容について協議する事となった。

 

「日本の権益を守ることは即ち韓国の自主独立性を害することになる、そう韓国皇帝より聞いているが?」

 

 ウィッテは韓国と既に密接な繋がりがある事を示唆しつつ、条文の矛盾点について指摘してきた。

 小村としてはあえて話題にしやすい内容に食いつかせる事で、会議の実質的な主導権を初手から確保するつもりであった。

 

「ここでいう日本の権益とは、韓国内における日本資産、鉄道含めた公共資産等である。現在『一部列強による韓国への内政干渉』があるなかで、日本は隣国であるロシアと共に韓国の外交的自主独立性の維持を希求する」

 

 不凍港を求めて南下したロシアであるが、既にウラジオストクがある。可能であれば韓国にも港を置く事でウラジオストクと旅順其々に大艦隊を置かなくとも、中間点である釜山などに艦隊を置ければ、どちらにも援護しやすくなる。

 もちろん韓国が親ロシアまたは傀儡国となれば、極東防衛に係るコスト削減にも繋がる。

 逆に日本としては韓国がロシアの占領下または傀儡国となれば、次の戦場が即本土戦となる。緩衝地帯として何者にも加わらず、また大国化する事がないよう動いていた。

 であるならば、日本とロシアによる保護国化または両国の資本による経済的準同盟国としてしまおうということである。

 

「韓国への陸軍及び海軍の駐屯についてはどう考える」

 

「韓国政府からの要請による日露両国の治安維持に必要な規模の部隊駐屯は、何ら問題ないと考える。必要であればロシア側の駐屯部隊向けに装備や艦艇を提供してもよい」

 

 この小村の一言にロシア側が一気に殺気立つ。装備を捨てて這々の体で退却した部隊に、鹵獲した装備をそのまま渡してあげようか? 本講和条約で譲渡予定だった艦艇を返してあげてようか? そのような挑発ととらえたのである。すかさずウィッテが抑える、それを見た小村は完全に流れを握ったと確信し次に続ける。

 

「なおこの装備貸与に関する費用実費に関して、日本政府は賠償金での清算を求めず無償で実施する。陸軍は最大5000人、海軍は巡洋艦1隻を含む1〜2個駆逐隊までとするのではどうか?」

 

 既にロシア側が拒否した賠償金に関して小村は軽く触れたが、あえてウィッテはそれを無視して第3条の経済特区に絡ませた。

 

「日露だけでなく最寄りの遼東半島の経済特区に関しては非武装を要求する。代わりに米国政府主導となる経済特区への警察権行使のため、韓国への治安維持部隊には米国陸海軍の参加を求める」

 

 午前の部が終わり、米国政府に係る内容が出たため午後は日露両国と米国による個別交渉が行われた。それにより第一条と第三条において変更が行われた。

 

1.ロシアは韓国における日本の政治上・軍事上および経済上の日本の利益を認め、韓国の自主独立性に関し日本と共同して諸外国の干渉から韓国を守ること。

 その為に必要な治安維持部隊として、日露は韓国政府からの要請によって最大陸軍5000人、海軍巡洋艦1隻と若干の駆逐艦を派遣する。この治安維持部隊には遼東半島に置ける警察権行使のため米国陸軍3000人、海軍は上記と同程度を含むことができる。

 

3.満洲のうち日本の占領した地域は一切を清国に還付し、その治安や経済の回復するまで列強各国の監視軍を派遣を受容する。この時監視軍の派遣費用は派遣国と日露が均等に持つものとする。ただし、遼東半島租借条約に包含される地域は米国主導の経済特区としてその一切の統治権を日露両国は放棄し、非武装地帯とする。

 

 以上のように条文は修正された。

 

 

───1905年8月12日

 

 第3回本会議では、部分的に同意が可能な条文について話し合うことになった。まずは第7条である。

 

「第1回本会議で申し上げた通り、未だ日本軍が確保していない地域においては権益の移転交附する必要性を認めない。満州のうち貴国が占領している部分は余りに小さい」

 

 テーブルに置かれた地図に記載されたロシア側の主張する『非占領地域』を指差しながらウィッテは凄んだ。

 だが、この地図には明らかに存在しないはずの前線であったり、既に戦力を喪失したロシア軍部隊が書き込まれており、ロシア側の主張する非占領地域は明らかに過大であった。

 

「地図の記載が間違っているようだ。現在の日本軍前線はここで、貴国の撤退したハルビン、大慶、チチハルはここだ。貴国は東清鉄道に沿って防衛されているはずだが、鉄道の位置を間違えてらっしゃるのか?」

 

 これには逆にウィッテが驚いていた。ロシア軍からの報告と日本側が根拠に出した情報をさっと見比べるが、写真まで添付された日本側資料の報が明らかに正確であることが分かる。ただ負けじと「貴国も奉天より先には進んでおらず、南満洲支線の一部しか占有してはいない」と言い放つ。

 

「我が軍はいつでも装備充足、休養と訓練の終わった10万を超える三個軍がハルビンに進撃する準備はできている。貴国のハルビン防衛準備は大丈夫だろうか?」

 

 その一言と共に、ハルビン駅周辺で武器も持たず、軍服を着ているだけの難民と化したロシア軍の写真が机に置かれる。「兵ばかり送られてきて食料も不足しているだろう、炊き出しの支援なら喜んで日本は行う用意がある」と小村は返した。

 

 結果、どちらにせよ日本軍の進撃があればハルビンでの戦闘になる、つまりハルビンまでの東清鉄道南満州支線に関する権益は放棄せざるを得ないとの決断をロシア側は下し第七条は原則そのままでロシア側は受け入れたのである。それにこの様な写真を撮られている以上、この事で粘っても写真を公開され世界中の笑い者になるという判断もあった。なお日本側はこのロシア側譲歩に敬意を表し当該写真の公開はしないと確約した。

 そして12条の漁業権については日本側が譲歩した。

 ロシア領土から12海里までの日本国民による漁業権を取り下げたのだ。12海里であれば、正確な測距をしえない漁民の小型船であっても好天時目視で陸地の建造物や木々を確認できれば退避できるという理由である。またそれにより港湾、入江、河川の漁業権は自動的に放棄する事となる。

 双方の民間船舶が海域を侵犯した場合は、上記のように測距が満足にできないような状況が大いに考えられるため即時撃沈などは行わず、まずは事態を激化させぬよう警察権による行動を、ということで一致した。これにより両国は沿岸警察部隊の創設を急ぐこととなる。

 

 

 

───1905年8月14日

 

 残る条文について、引き続き両国が合意しやすい条文から進めるべきというルーズベルト大統領からの仲介により、第四回本会議では11条のロシア極東方面海軍の戦力制限について話し合われた。まずはロシア側が日本側の求める制限について聞く姿勢を取った。

 日本側はあっさりと「極東方面におけるロシア海軍の戦力制限は『203mm以上の主砲を有する主力艦艇の配備禁止』を要求する」と緩和した。当時の海軍艦艇で言えば、戦艦と装甲巡洋艦の配備は禁ずるが、『松島級』のような例外はさておき防護巡洋艦以下については配備を認めるということである。

 しかしこの譲歩に最初強い抵抗を示していたのは小村であった。幾度もウラジオストク巡洋艦艦隊によって海上輸送を脅かされ、この世界では起きなかった『常陸丸』事件も知っているためだ。

 しかし今回は第三艦隊による航路防衛に成功していたため、巡洋艦程度なら大丈夫だろうという意見が海軍からも出たのである。最終的に装甲巡洋艦により第三艦隊の防護巡洋艦が大損害を出した事を理由に、前述の主砲径による制限となった。

 また余りにロシア海軍艦艇を制限すると、これから再編を始めるであろう清国や、アメリカ合衆国の海洋影響力が強くなりすぎるという考えもあった。そのうえ今回の海戦における敗北でロシアがその国力を陸軍に集中された場合、次の戦争の火種にもなりかねない。

 後に主砲を15.2cm3連装12門を搭載した『巡洋艦』を自称する大型巡洋艦がウラジオストクに配備される事になるが割愛する。

 

 午後は同じく海軍の話として第10条の艦艇接収について話し合いたいと日本側は持ちかけた。しかしすぐさまウィッテは不快をあらわにする。

 

「海軍の接収という屈辱的内容には断固反対する。我が海軍は置物でも景品でもない」

 

 ウィッテは言葉だけは強く発言したが、表情には明らかに苦悩が見えていた。

 ロシア側からすれば旅順港にその屍を晒す艦艇も、ウラジオストク港で浮かぶだけの残骸と化している艦艇ももはや価値のない物である。修理もできぬまま朽ちてゆくのであればむしろそんな無用の長物に日本側が価値を見いだしているのなら、多少の譲歩をもって、中立国に抑留され身動き取れないまだ動ける艦艇を確保すべきではないか。

 しかし仮にも最新鋭、それも栄光あるロシア海軍の艦艇を差し出すのは余りに軍部の反発と、特に海軍をこよなく愛した皇帝の心証に大きく響く。

 

「艦艇を接収ではなく購入とし、賠償金から減額してもよい」

 

 対象となる艦艇リストに目を落としますウィッテに対しすかさず小村が追撃する。だが賠償金はロシア側にとって絶対に呑めない要求である、むしろ交渉してすらいけないのだ。

 そこでロシア側は反撃とばかりに「もしロシアがサハリン全島を日本にゆずる気があるならば、これを条件として、日本は金銭上の要求を撤回する気があるか」という質問をなげかける。ロシアはもしこの質問に日本側が拒否したならば、日本は金銭のために戦争をおこなおうとする反人道的な国家であるという印象を世界がいだき、米国の露骨な支援も減るのではないかという考えからだった。

 それに対し小村は「樺太はすでに占領しており関係ない。日本国は領土と償金の両方を望んでおり、そもそも今は第10条について討論すべきである」と言って話を再び第10条に戻した。

 その日の夜、ルーズベルトに小村は夕食を一緒にしないかと誘われた。そこでルーズベルトは暗に日本に賠償金の要求をやめてはどうだろうかと示唆する。そこで小村はルーズベルトに最後の秘策を明かした。

 

 

───1905年8月17日

 

 少し間をあけて両国は本国との交渉状況の確認や、今後の交渉の進め方の準備を終えて第五回本会議が開かれた。日本側はこの会議で残った5・9・10条について合意を取りたいと宣言する。ロシア側では休会中にニコライ皇帝から届いた返事によって更なる困難に直面していた。未だに領土と賠償金に関しては断固として認めぬよう念を押されたのである。

 

「合意を求めるのは結構だが、ロシアは断固賠償金と領土割譲は拒否する。これはロシア皇帝ニコライの意思でもある」

 

 ウィッテらロシア側は完全拒否の姿勢である。だが幾度となくこの講和会議を戦ってきた小村にはお見通しであった。

 明らかにロシア側の交渉団は皇帝の意思とは違い、譲歩せざるを得ないと考えている。先日のハルビンの一件で軍の情報を信用できなくなっている。このまま戦えば勝てるだろうが、いや本当に勝てるのだろうか? 勝ったとしてその代償にロシアは耐えられるのだろうか? 日本も諸外国も『ここが落としどころ』という点で一致している今こそロシアにとって名誉ある和平を結べる時ではないのか? ウィッテは眠れぬ夜を過ごしていた。

 

 ここで小村は先日ルーズベルト大統領に明かした秘策を使うことにした。ここが勝負どころだと判断したからだ。

 

「日本は文明国の一員たる自覚をもって、賠償金の要求を取り下げる。これはロシア皇帝の誇り高き姿勢に敬意を表するものである。」

 

 ロシア代表団にざわつきが走る。日本側が頑なに要求していた賠償金を取り下げたためだ。しかも理由はロシア皇帝への敬意であるという。

 

「また、それに伴い第5条、第9条、第10条について次のように提案したい」

 

5.ロシアは、樺太および附属島、一切の公共営造物・財産を日本に譲与する。ただし、樺太の北半分については日本に対しロシアは公共営造物・財産、付属島含め100年間を上限とし賃借料を支払うことで従来通りの施政権を認める。

 

9.第5条、第10条における金銭についての交渉は別途協議するものとし、日露両国は文明国としての責務に真摯に向き合い直ちに捕虜の交換を行う。

 

10.ロシアは、戦闘中損害を受けた結果、太平洋沿岸諸国の中立港に逃げ隠れしたり抑留させられたロシア軍艦について。ロシア領への回航にかかわる一切を日本に委任する。回航に際し必要となる浮揚・修理・補給・整備に関してかかった諸経費をロシアは日本に支払うものとする。なお、回航を求めなかった艦艇については日本へその権利を譲渡することにより諸経費への補填とすることができる。

 

 

「なお第9条についてはその他の条文に関する記載があるため、最後に回して全体を繰り上げることを提案する。ロシア政府の真摯な回答に期待するものである」

 

 あまりの内容に、ロシア側は直ちに本国と協議すると伝えこの日の交渉はこれで終了となった。ルーズベルト大統領もすかさずニコライ皇帝に和平締結にむけて親電を送る。

 

 

 

 

 ───1905年8月21日

 

 この日は歴史的な日となった。ついにポーツマス講和条約の内容が合意されたのである。直ちに仲介したルーズベルト大統領が米国新聞に「平和を愛するがゆえに成された英断」と両国を絶賛する記事を載せる。世界各国、特に列強は日露両国の講和に対して惜しみのない賞賛した。

 

 今回合意された内容は以下の通りとなる。

 

1.ロシアは韓国における日本の政治上・軍事上および経済上の日本の利益を認め、韓国の自主独立性に関し日本と共同して諸外国の干渉から韓国を守ること。

 その為に必要な治安維持部隊として、日露は韓国政府からの要請によって最大陸軍5000人、海軍巡洋艦1隻と若干の駆逐艦を派遣する。この治安維持部隊には遼東半島に置ける警察権行使のため米国陸軍3000人、海軍は上記と同程度を含むことができる。

 

2.ロシア軍の満洲よりの全面撤退、満洲におけるロシアの権益のうち清国の主権を侵害するもの、または機会均等主義に反するものはこれをすべて放棄すること。

 

3.満洲のうち日本の占領した地域は一切を清国に還付し、その治安や経済の回復するまで列強各国の監視軍を派遣を受容する。この時監視軍の派遣費用は派遣国と日露が均等に持つものとする。ただし、遼東半島租借条約に包含される地域は米国主導の経済特区としてその一切の統治権を日露両国は放棄し、非武装地帯とする。

 

4.日露両国は、清国が満洲の商工業発達のため、列国に共通する一般的な措置の執行にあたり、これを阻害しないことを互いに約束すること。

 

5.ロシアは、樺太および附属島、一切の公共営造物・財産を日本に譲与する。ただし、樺太の北半分については日本に対しロシアは公共営造物・財産、付属島含め100年間を上限とし賃借料を支払うことで従来通りの施政権を認める。

 

6.ロシアは旅順、大連およびその周囲の租借権・該租借権に関連してロシアが清国より獲得した一切の権益・財産を清国に返還し米国主導の経済特区として利用する事を認める。

 

7.ハルビン・旅順間鉄道とその支線およびこれに附属する一切の権益・財産、鉄道に所属する炭坑をロシアより日本に移転交附すること。

 

8.東清鉄道本線は、その敷設にともなう特許条件にしたがい、また単に商工業上の目的にのみ使用することを条件としてロシアが保有運転すること。

 

9.ロシアは、戦闘中損害を受けた結果、太平洋沿岸諸国の中立港に逃げ隠れしたり抑留させられたロシア軍艦について。ロシア領への回航にかかわる一切を日本に委任する。回航に際し必要となる浮揚・修理・補給・整備に関してかかった諸経費をロシアは日本に支払うものとする。なお、回航を求めなかった艦艇については日本側へ譲渡する事で諸経費への補填とすることができる。

 

10.ロシアは極東方面において配備する海軍艦艇について203mm以上の主砲を有する主力艦艇を配備しないものとする。

 

11.ロシアは日本海、オホーツク海およびベーリング海におけるロシア領土沿岸から12海里以上において漁業権を日本国民に許与すること。

 

12.第3条、第5条、第10条における金銭についての交渉は別途協議するものとし、日露両国は文明国としての責務に真摯に向き合い直ちに捕虜の交換を行う。

 

 

 以上が今回のポーツマス講和条約となった。

 

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