魔法科高校の劣等生 ~隻腕の魔法使い~   作:なべを

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ホワイトデー

弓奈が家に来てからはあっという間だった。

その日の午後には業者が来て、家の一室を自分の部屋に改造してしまった。

 

そういうこともあり、彼女に家のことを全部おまかせしたのだが、彼女は完璧にこなしてくれた。

掃除も朝昼晩の食事も栄養を考えてくれて、片腕での自分でも食べやすいように工夫された食事を出してくれた。

男の一人暮らしだったのでとてもありがたい。

 

土曜に真夜さん、日曜は深雪とデートすることが決まったので、ホワイトデーお返しのデートに向けて、芥は着々を準備を進めていた。

 

3月17日、土曜日。

朝食を終え、シャワーを浴びて汗を流し、自室でのりが効いたスーツに着替える。

ネクタイとかは弓奈ちゃんにお願いするので後回し。

そして、黒いリボンをした箱を内ポケットに入れるが、ここで渡すプレゼントを間違うとかしてはいけないので何度も確認する。

そして、リビングへと降りる。

 

薄いブルーのワンピースにエプロンをした弓奈ちゃんがリビングの掃除をしているので声を掛ける。

 

「弓奈ちゃん、ネクタイとカフスボタンをお願いしてもいい?」

「畏まりました」

 

ネクタイとカフスボタンを渡す。

 

ワイシャツの襟を上げて手早くネクタイをウィンザーノットで手堅く結んでくれる。

ネクタイを結び終わった後は、カフスボタンだ。

片腕でも出来るものはあるが、アンティーク品になると一人では出来ないものがあるのでお任せしないといけない。

カフスボタンを付けながら、弓奈ちゃんが、

 

「芥様は、意外と渋い趣味をしていらっしゃるのですね」

「集めるのはいいんだけど、一人で付けれないジレンマがあるけどね」

 

アンティークのカフスボタンはお付きの人がつける前提の物があったりするので、なかなかな趣向品である。

一通り身支度が終わると、芥は軽く腕をひろげて、

 

「どうかな? 礼を失しない程度にはちゃんとしていると思うけど」

「はい、これなら奥様とお会いしても問題ないかと思います」

「ありがと」

 

そう、この日は真夜さんとデートをする約束の日だ。

まさか、あの会話を本気で叶えてくるとは思わなかった。

 

玄関に向かい、革靴を履く。

すると、弓奈ちゃんは向かいに座り込み靴紐を結んでくれる。

ここまでしてくれると、逆に恐縮してしまう。

結び終わると立ち上がり、芥の後ろに立つ。

芥は立ち上がり振り返ると、

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 

弓奈ちゃんの挨拶を背に家を出た。

 

***

 

真夜さんとのデートは美術館に決まった。しかも、貸し切りだ。

予定時間より早く建物に着き、入り口で待機する。ここで女性を待たせるとかそんな事はしない。

予定時間丁度に黒いリムジンが美術館のエントランスに入ってきた。

入り口で止まると、助手席から執事さんが出てきて、リムジンのドアを開ける。

明けたドアから、まずはヒールに包まれた足が地面を捉え、その後、黒のタイトスーツをバッチリ着こなした真夜さんが現れた。

普段のドレス姿とは違う色気があって、芥の心臓は早鐘を打ってしまう。

 

「待たせてしまいましたか?」

「いえ、自分も着いたばかりですから」

 

定型の挨拶から始まると、真夜さんは芥の右側に移動して腕を組んできた。

 

「今日はデートなのでしょう?」

 

そう言われては返す言葉もない。

そうして、2人は美術館のエントランスから入り口を通り中へと足を運んでいった。

後ろでは、執事の人が腰を折ってお見送りをしていた。

 

美術館は海外の油絵師の有名な作品が展示されていた。

その展示を真夜さんと一緒に一つ一つの作品をゆっくりと鑑賞していく。

 

「芥さんはこういった芸術に造詣が深いんですの?」

「いや、全然ですね。名前を聞いてなんとなく知っているなくらいです」

「なるほど」

「ただ」

「ただ?」

「知り合いから言われたことなんですが、『物を知らなくても本物がわかる目は持っておけよ。本物を本物として見る目があるだけで世界が違うからな』と言われまして」

「まぁ。それはいい言葉ですわね」

「なので、こういうアート鑑賞でも知識としては知らなくても、本物かどうか分かります」

「いい眼をお持ちなのね」

「真夜さんはどうですか?」

「私も似たようなものですわ」

 

そう雑談を加えながら、並び歩く2人ははたから見れば恋人のそれそのものだった。

ここに葉山が入れば、それはそれは深い笑顔を浮かべていただろう。

 

美術館のルートを一廻りして、カフェでお茶となった。

窓際の席で、外に飾られているアート作品を横目にケーキと飲み物で一息を着いている。

ケーキを食べ終わったって一息ついた所で、芥は懐から細長く黒いリボンをした箱をテーブルに滑らせた。

 

「お約束のお返しになります」

「まぁ、ありがとうございます。開けてもよろしいですか?」

 

手振りで先を促す。

封を切られた箱の中に入っていたのは、べっ甲の蝶が飾られている櫛だった。

 

「こんな高価なものを。ありがとうございますわ」

「古い言葉で『バレンタインのお返しは三倍が基本だ』というのがありまして、それに則っただけですよ」

 

真夜さんは櫛を手に取るとうっとりとした表情で見つめている。

 

「起きに召してくれたようで良かったです」

「ええ、ぜひ使わせて頂きますわ」

 

そうして、軽食も終わり解散の時間となった。

エントランスまでエスコートすると、黒塗りの車が既に待機してた。

真夜は車の前で振り返り、芥に向かって言葉を投げる。

 

「本日は有難うございました。とこても有意義な時間を過ごせましたわ」

「こちらこそ有難うございました。楽しい時間でした」

「それでは、()()

 

そう言い残して、車は発進していった。

また、という事は次もデートの機会があるといいうことだろうか。

心を踊らせながら、芥は帰宅に着いた。

 

****

 

開けて、3月18日、日曜日。

この日は深雪をお茶をする事になっていた。

芥は昨日と同じ様に自室で着替えて、今日は青いリボンで包まれた箱を内ポケットに入れる。

これまた同じ様に弓奈にお世話されて身支度を整え、家を出る。

家の前でキャビネットに乗り、司波家へと向かう。

 

数十分後、司波家の前に立ちインターホンを鳴らす。

すると、聞き慣れた達也の声が聞こえてきた。

 

『はい、司波です』

「世羅です。深雪さんと約束があり参上しました」

 

暫くのあと、玄関が開き達也が招き入れてくれた。

 

「よくきたな」

「約束したからね」

「深雪はもう少しで降りてくるよ」

 

玄関で話していると、階段をパタパタと降りてくる音が聞こえてきた。

そちらの方に目をやると、深雪がコートを片手に降りてくるところだった。

深雪は白のハイネックのセーターに黒のハイウエストスカートといった格好だ。

玄関前まで来ると、乱れた髪を手櫛で直しながら、

 

「お、お待たせしました!」

「そんなに待ってないから、ゆっくりでも良かったのに」

 

そう言いながらコートを羽織り、ボタンを止めて靴を履く深雪。

支度を整えると達也の方に向き直り、

 

「それでは、お兄様。行ってまいります」

「達也、ちょっとの間、深雪を借りるよ」

「ゆっくりしてくるといい」

 

達也に見送られながら、深雪といっしょに玄関をでてキャビネットに乗る。

 

「今日はどちらに行かれるのでしょうか?」

「俺が良く行く隠れ家的な喫茶店だよ」

 

キャビネットは都会を離れ海の方へ向かっていく。

しだいに周りに建物はなくなり、自然が増えていく、

キャビネットが減速し始めた、その先にあるのは一見しては喫茶店だと解らない一軒家だ。

建物の前にキャビネットが到着する。

芥と深雪はキャビネットから降りると、深雪は建物を見て、

 

「ここが喫茶店ですか……?」

「そうだよ」

 

芥は意に介せず建物に入っていく。深雪もそれに続く。

チリンチリンと来客を知らせるベルが鳴る。

しかし、それを迎え入れる人は誰もいない。

海が見える大きな窓。そこに並ぶ数脚のテーブル。

その反対側にカウンターが有り、一人の男性がカップを磨いている。

 

その男性は来客に意に介せず、芥は一番奥の席に向かう。深雪もそれに続く。

テーブルに付くと、一脚の椅子を引いて深雪が座るように促す。

深雪が座った後、その反対側に芥が座る。

すると、するとカウンターの方からコーヒー豆をミルで挽く音が聞こえてくる。

男性がコーヒーを入れ始めたのだ。

それに気づいた深雪は

 

「ここにはメニューが無いんですね」

「ああ、ここで出てくるのはコーヒーとスコーンだけ」

「マスターとはお知り合いなのですか?」

「ああ、軍にいた頃の部下だよ。当時からコーヒーにうるさくてね。除隊した後ここでひっそりと暮らしているんだ」

 

深雪は物珍しそうに辺りを見回している。どう見ても人が入っているようには見えないからだろう。

しかし、ここに流れる時間はゆったりとしていて悪くは感じないのだろう、次第に落ち着きを持ち始めた。

ただ、コーヒーを入れるための音が店に響く。

 

「良いところですね」

「でしょ? ここにいる限り時間に追われることは無いからね」

 

そうして雑談に花を咲かせていると、男性がトレイを持ってテーブルに近づいてきた。

テーブルの前に来るとトレイから、コーヒーをそれぞれの前に置きバケットに入ったスコーンをテーブルの前に置きカウンターへ戻っていった。

そうして出されたコーヒーをどうぞ、深雪に手で合図する。

 

深雪はカップを手に取り、香りを吸い込む。

花の蜜のような甘い香りのなかにほんのりとした渋みが感じられる。

香りを楽しんだ後、カップを口につけ一口くちに含む。

口に含んだ時に感じられるのは、スッキリとした苦みだった。酸味は少ない。

そして、スッと口を滑り落ちるように喉を通っていく。その感覚が気持ちよい。

 

ほうっ、と深雪の口から漏れ出る。

 

「とても美味しいコーヒーですね」

 

その言葉に笑顔になった芥もコーヒーを口に含む。

そうして、コーヒーとバターが効いたスコーンを食べながら味について語り合う。

話が一段落した所で、芥は懐からは箱を取り出してテーブルを滑らせて深雪の方に差し出した。

 

「バレンタインのお返しってやつです」

「ありがとうございます。開けてもいいですか?」

 

どうぞ、と手で合図する。

深雪は箱のリボンを外し、箱を開ける。

中から出てきたのは、ブルークリスタルで出来た雪結晶を表した髪飾りだった。

深雪はそれをうっとりと眺め、

 

「ありがとうございます。大切に使います」

 

と、改めて感謝を伝えてきた。

芥は照れくさくなって、カップを持ち上げてコーヒーを口に含んだ。

 

***

 

こうして、芥のお返しの旅は終わった。

なかなかにハードなものだったが、本人にとってはよく出来たほうだと言えるだろう。

プレゼントを受け取った人がどう思ったかは芥には解らないが。




これで一年生編は終了です。

次は二年生編になるのですが、プロットが纏まってないので先になりそうです。
一旦ステータスは完結済みにさせてもらいますが、時期が来たら連載を再開します。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
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