科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの六十四歩

 

 

 

 神崎税理士から追加のメールが届いたのは、黒川悠真《くろかわゆうま》が大学の講義室でノートPCを開いている時だった。

 

『大学に在籍しているなら、産学連携窓口や学生起業支援の利用も検討してください。設備を使うためではなく、外部向け説明、知財整理、契約窓口の確認に役立ちます。ただし、秘匿技術の扱いには慎重に』

 

 黒川は、ディスプレイを見つめたまま一瞬だけ眉をひそめた。

 

「大学か……」

 

 自室の限界はとうに超えている。『空想工房』という屋号を立ち上げ、個人事業の枠を広げる準備も進めている。だが、大学に相談すれば、説明しなければならない相手が増える。本命技術を隠しながら、どう相談するか。

 

『大学に見せるもの』

LUMEN低機能版、ARカード、机上フィールド、教育用展示デモ、安全制限版の触覚腕輪、低出力透写台。

『大学に見せないもの』

ガイカク、揺光セル、未来技術、粒子制御中核、生体核、三匹、V─CORE深層、箱庭演算炉構想。

 

 見せるものと、見せないものを分ける。相談するための資料を作る時点で、すでに嘘を減らす作業だった。

 

 講義の終了を告げるチャイムが鳴り、学生たちが立ち上がり始める。黒川もPCを閉じようとした時だった。

 

「黒川君。少し時間あるか」

 

 声をかけてきたのは、この講義を担当している榊原《さかきばら》准教授だった。専門はメディア工学とAR/VR系のヒューマンインターフェース。飄々とした雰囲気だが、技術を見る目は鋭い。

 

「はい。大丈夫ですが」

 

「この前の演習レポートの件なんだがね。空間認識における遅延補正の考察。あれ、少し踏み込みすぎている」

 

 榊原は、黒川のレポートが印刷された紙を軽く振った。

 

「シミュレーションの理論としては完璧だ。ただ、やけに生々しいエラー対策が書いてある。物理的に何か組んで、実機で回さないと気づかないようなノイズの潰し方だ。学部の演習課題の枠を超えている」

 

 黒川は少しだけ内心で舌打ちをした。外殻演算機《ガイカク》や透写台の開発で得た物理的な試行錯誤の経験が、無意識のうちにレポートに滲み出てしまっていたらしい。

 

「悪い意味ではないよ。君が動画投稿や外部企業との案件をやっていることは知っている。外で何かやっているのは分かる」

 

 榊原は講義室の出口へ向かいながら、黒川に並んで歩くように促した。

 

「ただ、外で規模を大きくするなら、一度大学の窓口を通しておけ。研究室に呼ぼうって話じゃない。自己防衛のためだ」

 

 榊原の促しもあり、黒川はそのまま榊原の研究室へと足を運ぶことになった。

 乱雑に機材と専門書が積まれた部屋で、榊原はパイプ椅子を勧めてきた。

 

「で、見せられるものはあるか」

 

 榊原の問いに、黒川はリュックからスマホと数枚のARカードを取り出した。

 ガイカクも、透写台参型も見せない。自室で作った低機能版のLUMENデモだけだ。

 

「版権なしのAR展示技術を、個人事業の範囲で開発しています」

「ほう。版権なし、と最初から明言するあたり、相当揉まれているな」

「揉まれました」

 

 黒川は軽く笑い、机の上にSTAGE CARDを置いた。スマホのカメラ越しに、カードの真上に光の粒――LUMENが表示される。

 HOME CARDへ移動し、HIDE CARDの裏に隠れ、SLEEP CARDで光量を落として低活動状態になる。

 

「なるほど。派手さはないが、技術の土台が異様に固い。それに、会話しないのが逆に良いな。説明しすぎない分、見る側が勝手に意味を読む」

「そこが狙いです。ただし、自我や感情があるようには扱いません。あくまで反応する光です」

「その線引きは大事だ。擬人化しすぎると、後で首を絞める」

 

 榊原はスマホの画面から目を離し、黒川を見た。

 

「技術は面白い。ただ、学生個人が外部向けに展示や貸与を始めるなら、契約、責任、知財、安全管理が必要になる。大学の設備を使っていないなら大学の成果にはならないが、学生として活動している以上、事故が起きれば大学にも問い合わせが来る」

「……ですよね」

「産学連携の窓口を紹介する。表に出すものの整理はした方がいい」

 

 大学が、管理者ではなく「現実側の整理窓口」として機能し始めた瞬間だった。

 

 榊原の紹介で、大学の産学連携窓口の担当職員である若槻《わかつき》と面談することになった。

 応接スペースで向かい合った若槻は、夢を見る技術者ではなく、現実を処理する書類の人間だった。

 

「榊原先生から伺いました。技術がすごいのは分かりました。では、確認します」

「はい」

「誰の資金で、どこの設備で、誰の責任で、誰に提供する予定ですか」

「……現実を殴るのが上手いですね」

「それが仕事です」

 

 個人事業の屋号、外部契約の有無、大学設備の使用有無、知財の帰属、学内リソースを使っていないこと、展示先への安全説明。次々と確認される事項に、黒川は淡々と答えていく。

 

「V─CORE関連とは別枠で、版権なし外側技術の屋号として『空想工房』を準備しています」

「法人ですか?」

「今は個人事業内の屋号です。法人化はまだ先です」

「妥当ですね。いきなり法人化より、まずは区分管理です」

 

 黒川が提出した『空想工房_概要_v0.1』の非公開技術欄は、意図的に黒塗りか記載なしにしてあった。

 

「非公開欄が妙に多いですね」

「表に出す必要がない技術です」

「危険物では?」

「安全確認前の研究中技術です」

「言い換えましたね」

「言い換えました」

「では、大学には持ち込まないでください」

「そのつもりです」

 

 若槻は、学生起業支援制度や知財相談などの窓口利用を説明した後、一つの可能性を提示した。

 

「教育展示向けなら、大学と付き合いのある科学館があります。まだ紹介ではなく可能性の話ですが、LUMENのような非発話型の反応光なら、子供向け展示との相性は良いかもしれません」

 

 科学館。

 版権なしで、教育向けで、一般のアプリ公開ではない。法人向けの限定デモであり、空想工房の初実績としては最適だった。

 

「科学館か。……LUMEN、最初の出張先としては悪くないな」

 

 面談を終え、建物の外に出る前に榊原と少しだけ話す機会があった。

 

「君はたぶん、大学の研究室に全部を出す気はないだろう」

「ありません」

「正直でよろしい。なら、大学は表向きの相談先として使いなさい。隠すなら、隠す責任も持て。危険なものを学内に持ち込まない。大学の設備で作ったように見せない。外部に出すものは安全確認を取る。それが守れるなら、相談先くらいにはなれる」

「助かります」

「あと、単位は落とすな」

「そこも現実ですね」

「一番現実だ」

 

 自室に戻った黒川は、PCの前に座り、メモを更新した。

 

【空想工房_設立準備】

大学相談:実施。産学連携窓口:接続。科学館展示導線:可能性あり。学内設備利用:原則なし。本命技術持ち込み:禁止。空想工房:個人事業内屋号として整理。

 

「大学は、表の顔。空想工房は、作る場所。本命は、まだ奥」

 

 表、中、裏の三層構造が明確になった。

 表は大学、産学連携、科学館、LUMEN低機能版。

 中は空想工房、倉庫ラボ、外側技術、透写台、触覚腕輪。

 裏はガイカク、揺光セル、未来技術、生体核、三匹、箱庭演算炉。

 

『表に出せるものがあるから、裏を守れる。全部隠すと金がない。全部出すと終わる。なら、出せる夢だけ表に出す』

 

 黒川は、科学館向けのLUMEN展示デモ案を開いた。

 

【LUMEN_SCIENCE_DEMO_v0.1】

目的:子供でも分かる、机上の光反応展示。

内容:カードで居場所が変わる。近づくと逃げ、ゆっくり近づくと留まる。発話なし、人格なし、触覚なし。安全優先。

 

「最初は、見るだけだ。触るのはまだ先。でも、見て分かるものにはできる」

 

 LUMENは何も答えない。ただ、HOME CARDの上で小さく揺れていた。

 

 黒川悠真は、大学にすべてを預けなかった。ただ、表へ出すための道だけを一本、そこに通した。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
  • このままでいい
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