科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの六十七話

 

 

 空想工房の初期環境テストから数週間が経過していた。

 ガランとしていた古い倉庫は、もはや以前の姿を留めていない。

 

 粗加工区には削りかすの混じった独特な金属臭が漂い、電子工作区の作業台には組みかけの基板が整然と並んでいる。光学調整区の防振台の上には空間眼の試験機が据えられ、粒子場実験区には新しい黒い筐体が鎮座していた。簡易清浄区では、改造されたクリーンブースと小型真空チャンバーが静かに稼働している。

 

 黒川悠真は、ホワイトボードの前に立っていた。

 

【完了】

・基板加工機 改造

・真空チャンバー 改善

・クリーンブース 改善

・揺光セル 安定版 試作

・ガイカク壱号 組み上げ

・空間眼四型 試作

・透写台四型 試作

・触覚腕輪弐型 試作

 

【未確認】

・壱号統合起動

・LUMEN接続

・代理球接続

・生体核三種 短時間接続

・粒子場接触膜テスト

 

「……揃ったな」

 

 黒川は短く呟いた。

 環境を整えたことで、ここ数週間の開発速度は自室の比ではないほどに跳ね上がっていた。必要な部品を自作できる足場が、技術を力ずくで押し上げたのだ。

 

 作業台の中央には、外殻演算機(ガイカク)壱号が置かれている。

 無理やり筐体に詰め込んでいた零号よりも一回り大きいが、その内部構造は極めて論理的に整理されていた。同期核、知覚補正核、表示核、触覚核、行動核、安全核。そして、自作環境で磨き上げた揺光セルの安定版と、粒子場制御、空間眼直結用の専用ポート。

 

 壱号は、初めて実用的な“作業機”として設計されたものだった。

 黒川は計器類に視線を走らせ、起動前チェックを進める。

 

「冷却、通し。安全核、独立。揺光セル、低出力。外部接続、なし」

 

 すべてを確認し、メイン電源を入れた。

 

外殻演算機(ガイカク)壱号】

同期核:起動

知覚補正核:起動

表示核:起動

触覚核:待機

行動核:起動

安全核:独立稼働

揺光セル:低出力安定

外部接続:遮断

 

「起きた」

 

 感情を交えず、即座にログをスクロールしていく。

 

 性能の差は明白だった。同じ条件下で、LUMEN単体、代理球、粒子場、空間眼の補正を走らせた際の比較データが画面に並ぶ。

 零号では粒子場予測の候補生成が粗く、空間眼の補正にも遅延が発生していた。生体核三種の同時運用に至っては、負荷が限界を超えて連続運用は極めて不安定だった。

 

 対する壱号は、粒子場予測の候補生成数が大幅に増加し、空間眼の遅延も体感不可能なレベルまで低下している。生体核三種の短時間同時運用も可能と出ており、連続運用は一時間を超えても安定を示していた。

 

「差は出た。壱号で回す」

 

 零号はこれ以降、補助機へと回すことに決めた。

 

 次に空間眼四型を光学調整台に固定する。

 これまでの“見る装置”から、机、手、カード、粒子場、表示対象を同時に追い続けるための「外側技術専用の目」へと進化させたモデルだ。

 

【空間眼四型】

手指追跡:改善

カード認識:改善

粒子場揺らぎ検出:改善

空間ノイズ:低下

ガイカク壱号直結:成功

 

「ノイズ、減った。手も拾えてる」

 

 黒川はセンサーの前で軽く手を動かした。画面上で、指先の骨格と手のひらの傾きが寸分の遅れもなく追従して動く。以前の環境で悩まされた致命的な表示遅延は消えていた。

 

「使える」

 

 続いて、透写台四型を起動する。

 黒い円形台の周囲に薄い干渉リングが組み込まれており、見た目からして参型とは異なっていた。これまでは空間に粒子を置いていただけだったが、四型は空間中の粒子の動きに直接干渉し、表示用の薄い場を物理的に保つ構造になっている。

 

【透写台四型】

粒子場形成:成功

開放空間維持:改善

手侵入時崩壊率:低下

表示密度:改善

接触膜生成:待機

 

「立った。崩れない」

 

 試しに手を場の中に侵入させてみる。粒子場はわずかに揺らぎを見せたものの、霧散することなくその形を維持し続けた。

 

 最後に、触覚腕輪弐型を手首に装着する。

 手を覆う手袋型から完全に離れ、微弱電気刺激、超音波、局所圧、筋電フィードバックを組み合わせたリストバンド形状へと変更していた。

 

【触覚腕輪弐型】

手指拘束:なし

接触位置通知:可能

圧覚錯覚:限定成功

電気刺激:低出力

安全核連動:成功

質感再現:不可

 

「動かしやすい。手袋には戻れないな」

 

 質感の再現にはまだ遠いが、手指の自由度は段違いだった。

 

 すべての機材が揃ったところで、黒川は統合テストへと移行した。

 ガイカク壱号、空間眼四型、透写台四型、触覚腕輪弐型。作業机の中央に基準となるBASE CARDを置き、システムを立ち上げる。

 

「起動」

 

 カードの上にLUMENが浮かび上がった。

 薄い粒子場の上に光が乗り、空間眼がその輪郭の揺れを正確に拾い上げる。ガイカク壱号がリアルタイムで補正をかけ続けることで、従来よりも輪郭が遥かに鮮明になっていた。

 

 黒川がゆっくりと手を近づける。LUMENは逃げない。指先が輪郭に触れる位置に達した瞬間、粒子場がわずかに歪み、腕輪から手のひらへと微小な反応が伝わった。

 

「……前より近い」

 

 完全に触れたとは言えない。だが、空気の反応は確実にまとまりつつあった。

 

【LUMEN_統合テスト】

表示:安定

輪郭保持:改善

粒子場接触:成功

触覚腕輪同期:成功

手侵入時崩壊:軽減

結論:透写台四型は実験継続可

 

 間髪入れず、代理球の統合テストへと移る。

 壱号の行動核と空間眼四型の追跡性能により、手の速度や角度、距離をきわめて自然に認識していた。

 

 黒川が手をゆっくり近づけると、白い球体は少しだけ後ろへ下がった。しかし、以前のように逃げ切ることはなく、一定の距離を保ってピタリと静止する。

 急に手を入れると素早く離脱し、手を止めれば代理球も止まる。

 

「今の距離、残す。もう一回」

 

【代理球_統合テスト】

低速接近:容許

急接近:離脱

距離維持:改善

押し込み反応:未実装

触覚:未接続

結論:生体核距離設計へ転用可能

 

 足場は固まった。黒川は最後に、生体核三種の短時間同時展開を行った。

 ローポリゴンの質感は以前より少しだけ改善されているが、まだ完成には程遠い。安全のため、これらへの触覚接続はあらかじめ遮断してある。確認するのは、新環境における接近反応と部位反応のみだ。

 

 画面の中で、ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメが実体化する。

 ヒトカゲに手を近づけると、その体よりも先に尻尾の炎が不規則に揺れた。急接近させると一歩下がるが、低い位置からゆっくりと手を差し出すと、怯えるような素振りは見せなかった。

 

 フシギダネは、正面からの動きを首だけで追ってくる。黒川が背中側へ回り込むと、現物の軸に沿うようにゆっくりと体ごと向きを変えた。静止している瞬間の佇まいが、以前よりも自然に見える。

 

 ゼニガメは、急接近に対してわずかに首を引く動作を見せた。横から静かに近づくと、警戒するように甲羅側をこちらに向けてくる。その甲羅の重心バランスは、前環境よりも明らかに安定していた。

 

 モニターに表示される数値を見つめる。

 

「遅延、減った。三匹同時、短時間なら可。触覚はまだ入れない」

 

 黒川はそこで一度システムを止め、ホワイトボードの前に戻った。マーカーを走らせ、進捗を更新していく。

 

【完了】

・ガイカク壱号 起動

・空間眼四型 接続

・透写台四型 起動

・触覚腕輪弐型 接続

・LUMEN統合テスト 成功

・代理球距離反応 改善

・生体核三種 短時間同時表示

 

【次】

・透写台四型 長時間安定

・接触膜の再現性向上

・代理球押し込み反応

・生体核三匹の距離設計

・LUMEN法人向け展示デモ低機能版

・展示用安全モード

 

「次は外に見せる側だ」

 

 いつまでもこのクローズドな環境で実験を続けるわけではない。外部の目に晒すための、制限をかけた安全モードの構築が必要だった。

 

 黒川はメインの作業灯を落とした。

 薄暗くなった空想工房の中、作業台の上にはガイカク零号と壱号が並んで静かに佇んでいる。透写台四型のリングは低出力の待機状態へ移行し、空間眼四型は暗いレンズを静かにこちらへ向けていた。LUMENはBASE CARDの上で小さく揺らめき、三匹の生体核は完全に停止している。

 

 手元の端末で、壱号の最終ログを確認する。

 

外殻演算機(ガイカク)壱号】

稼働時間:一時間

重大エラー:なし

安全停止:一回

揺光セル:低出力安定

外部接続:遮断

次回:展示用低機能版構築

 

「壱号、稼働確認。次に進める」

 

 空想工房の床に、夢を見るための心臓が二つ、低く唸っていた。

 

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