現代呪物はクセが強い   作:サイレン

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第八話

 

 

 あっ、大事なことを忘れていた。

 

「というわけで、二人はこれを着てほしい」

『……レインコート?』

 

 あらかじめ瀬尾さんに持ってくるように頼んでいたレインコートを手渡されて、楓と銀鏡さんは首を傾げた。

 気持ちは分かる。今から行くのは屋内なのに、なぜレインコートなんかを着る必要があるのかと。

 

「端的に言うと、そのレインコートは呪物だ」

「なんてもの着せようとしてるのっ!?」

 

 袖へ腕を通す直前で銀鏡さんが飛び上がって、レインコートを地面に叩き捨てた。見ていて清々しいくらいの拒絶ぶりだ。

 

「安心してくれ。それは本当に最低限度の力しか無い呪物なんだ。レベル1とはいえ呪念爆発に耐えられた楓と、一度直に呪われた銀鏡さんなら普通に使えるだろう」

「榎くんがそう言うならそうなのかもしれないけど、これはデリカシーの問題なの! ついこの間呪われて丸坊主の危機に陥った女の子へ呪物を渡すことに躊躇いが無いことがダメなの!!」

「ふむ……すまない、その発想は無かったよ」

「気遣いの引き出しがスカスカ!」

 

 たしかに事前説明もなしに手渡すものではなかったかもしれない。

 言い訳すると榎家では普段から使用することが多かったら、その感覚が残っていたのだ。

 

「宏孝くん、それでこのレインコートは何の為に着るの?」

「ああ。そのレインコートには認識疎外の力があってね。印象と影が薄くなり、フードを被ると顔が分かりにくくなるんだ」

「急に便利道具みたいになるじゃん」

 

 流石に叩き捨てたのは悪いと思ってか、レインコートを渋々拾う銀鏡さんは疑わし気な眼差しをする。

 今まで出会った呪物が「呪いの藁人形」に「好感度透視眼鏡」に「縁切り短刀」な銀鏡さんがそう思うのも無理はない。

 

 というか、銀鏡さんの直感は正しい。

 この呪物は偶発的に生まれたのではない、意図的に創り出されたのだ。

 

「榎家には呪物に関して部署が分かれていてね。こうやって呪物の発生を調べる調査班、抑え込んだ呪物を調べる解析班、呪物を創作する研究班が主な三つなんだが、この呪物は研究班による成果さ」

「えっ? 呪物って創ろうと思って創れるものなの?」

「色々と条件があるから簡単ではないが、意外と出来てしまうんだ、これが」

 

 呪物に至るに必要なのは該当物への想いと、外部から齎される呪念──すなわち負の感情。

 この二つのうち、前者の判定が現代になってかなりガバガバだと判明したのが大きい。

 もっとも、実はノウハウ自体は前からあったのだが。

 

「ただまあ、問題が無いわけではないんだよね」

「問題アリの服を人に着させようとしないでほしいんだけど……」

「早合点してほしくないからちゃんと言うけど、性能だけで言えば便利極まりないんだ。問題なのはやはり制作過程で、概ね気持ちの問題だね」

 

 一応部外秘な情報なのだが、なんだかんだ聞きたそうにしているうえに、今から呪物を着る羽目になるかもしれない二人に対しての最低限の誠意だ。

 オフレコで頼むよと伝えてから、過去に報告書で読んだ内容を思い出す。

 

「呪物が創り出すのに超えるべき壁は二つ。該当物に対する想いと呪念と言うべき負の感情だ。この二つは原則足し算で、たとえば呪物に至るのに最低の数値を10とする場合、どちらかが「1」でも、もう片方が「9」あれば事足りる」

 

 半覚醒の呪物だと厳密にはこの算数の考えとは異なるのだが、今は置いておこう。

 大事なのはどちらか一方だけでは成立せず、両方さえあれば片方の量は問わないという点だ。

 

「当然どちらも本物の想いでないといけないのだが、大きな課題があった。呪物発生のメカニズムを知っている者だと、呪念が生まれにくいという点だ」

「あー、あたしなんとなく分かるかも。ドッキリを知っているといざその場面になっても純粋に驚けないとか、そういうことかな?」

「たぶん間違ってないよ」

 

 すごいな現役アイドル。その企みに巻き込まれたのであろう実感が言葉から感じ取れた。

 

「うちの研究班は調べたよ。比較的簡単に呪念を生み出す効率的な方法を。そして、見つけ出した」

『ど、どうやるの?』

 

 二人のドキドキが聞こえてくるような緊迫感のなか、私は告げる。

 

「ズバリ、男の下劣な願望を利用すればいいのだと」

『端的言って発想が邪悪』

 

 この結論を自信満々に報告された榎家首脳部は、苦笑すらできずに頭を抱えた。

 これで成果がゴミカスだったのならば、研究班は今頃解体されていたのは間違いない。

 

「えっ、ということはこのレインコートって……」

「これ以上は聞かない方がいい。後戻りできなくなる」

「もう手遅れだと思うんだけど!?」

「言えない、ストーカー願望があったうちの研究員傑作の呪物だなんて、言えないんだ……!」

「本当に聞きたくなかったよ!?」

 

 常識から外れた素質とか素養とかも光る一面があるのだと、知りたくもなかったのに実感してしまったのが本当に腑に落ちない。

 

「そんなわけで、うちの研究班は人としてちょっとどうかと思う人の巣窟になったんだ。採用条件はある意味で厳しいよ」

「類は友を呼ぶの暗黒進化かな?」

「ちなみに、女性の欲望バージョンも鋭意研究中だ」

「文字通りの犯罪者予備軍を徴集しないで!」

 

 クセが強いの領域を超越した人材がいて初めて、人工呪物が誕生するというのが等価交換なのか。少なくとも、今のところ榎家の判断はアリとしている。

 当たり前だが、彼ら彼女らの手綱を握り損ねたらうちは終わる。

 やはり織代で何もかも切り裂く方が安牌かもしれないな。

 

「さて、話を戻そう。二人はそれを着て付いてきてくれるかい?」

「えっ? 正気?」

「でも銀鏡さん、着ないと多分連れてってもらえないよ」

「楓ちゃんは着るの?」

「安全なのは保障してくれてるからね」

 

 会話しながら早速楓はレインコートを着込み、フードを被って首を傾げた。

 

「宏孝くん、これでいいの?」

「その状態で自分が見えなくなりますようにって強く願うんだ」

「やってみる」

 

 私のアドバイスを素直に従ってくれた楓には、やはり適性があったのだとすぐに分かった。

 

「……えっ? えぇぇぇぇっ!?」

 

 銀鏡さんが驚くのも無理はない。それほどまでに効果が目に見えて分かるのだ。

 ちゃんとそこにいるはずなのに、妙にぼやける。視界には映っているはずなのに、脳がきちんと処理できないというか。ともかく、そんな不可思議な感覚に囚われる。

 顔に関しては輪郭しか捉えられない。もとがレインコートなので目を覆う部分は透明なはずなのに、目鼻立ちがはっきりとしないのだ。

 

「か、楓ちゃん? だ、大丈夫? なんか精神がおかしくなったりしてない? 今すぐ変なことしたくなったりしてない? ちゃんと意識ある?」

「銀鏡さんの言葉で不安になっちゃったよ。僕は特に何も変わってないけど……そんなに変なことになってるの?」

「いや、全て正常だよ。銀鏡さん、これが人工呪物の便利さなんだ。どうする?」

「……ちなみに、着なかったらどうなるの?」

「ここで留守番だね。君はただでさえ有名人なんだ。そのままの状態で表に出れるわけがないだろう」

「う、うぅぅ~~~っ!?」

 

 この実地研修は必須ではない。

 呪物とはどういうものなのか、解呪師とはどういうものなのか。手っ取り早く実感できるから提案しただけで、学ぶだけなら他の方法でも十分だ。

 

 ただまあ、銀鏡さんは割と切羽詰まっている立場にいるのが問題なのだ。

 身を護る術が必要な以上、知識を身に付けなければ話にならない。

 本人も強くそう思っているからこそ、言い方は悪いが興味本位の楓とは葛藤のレベルが違う。

 

 葛藤の一番の理由は、銀鏡さんが女性だという点だろうが。

 

「……分かった! 着る!! 着ればいいんでしょ!!」

 

 果たして、銀鏡さんは無事にレインコートを着ることになった。

 

 さて、今度こそ仕事だ。

 

 

◇

 

 

「あなたたちはカルト宗教とか、そういう団体なんでしょう?」

 

 席について開口一番これか。違う方面で気合を入れなければならなそうだ。

 後ろで立たせてしまっている二人から緊張が伝わってくるような気さえした。

 

 対面するのは今回呪物を生み出した娘さんのご両親。

 瀬尾さんに確認したところ、どうやらうちの調査班と繋がったのは母親の方らしく、独断で私たちを招き入れることを決めたとのことで、父親は怪し過ぎると急遽同席しているのだ。一般的には良い判断だと思うが、話が拗れることになった。

 

 決め付けでカルト団体されるのはそれなりに心外だが、気持ちは分かるので反論はしない。

 

 事情説明をしようとする瀬尾さんを手で制す。

 この手の相手には一から十まで真面目に付き合うと話がろくに進まないので、強引に行くに限る。

 

「我々はそのような団体ではありません。訝しむのも無理はありませんが」

「……君は?」

「挨拶が遅れました。私は榎宏孝。娘さんを呪いから解放するために来た解呪師です」

「……はっ、呪いと来たか」

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しい、そんな内心が言葉少なに伝わってくる。

 

「君はいくつなんだ」

「今年で十六になります」

「完全に子どもじゃないか! 私たちはあなた方の酔狂に付き合うつもりなどない。さっさと帰ってくれ!!」

「ちょっと、あなた!」

「そもそもなんでこんな怪しい団体に連絡したんだ!? 俺たちでなんとかしようって話し合ったじゃないか!?」

「じゃあどうすればいいのよっ!? そんな都合の良いこと言って、この前あの娘と一悶着あってから、あなたは話そうともしてないじゃないっ!! 私だってなんとかしたい一心だったのよ!!」

「……落ち着いてください。貴方が子どもと断じた者の前で、みっともなくありませんか?」

 

 おっと、瀬尾さんがこうも厳しい口調をされるとは。

 私が知らないだけで、この段階に来るまでに相当な苦労があったのかもしれない。いつも調査班のみなさまにはお世話になっております。

 

「スマホを取り上げようとしましたか?」

 

 怒りに火がくべられる前に、父親に対して質問を投げかけた。

 睨み付けてくる相手に対して、表情を消して静かに見詰めて、待つ。

 

 少なくともこちらがふざけていないと分かったためか、それとも奥さんに言い返されて色々と誤魔化したかったのか。

 渋々といった様子で私に向き合ってくれた。

 

「そうだ。一日中、しかも深夜になってもいじってるものだから、取り上げるべきだと判断した。君のような子どもには分からないだろうが、これが親のすべきことだ。外野から口を──」

「取り上げることができましたか?」

「…………」

「もう一度聞きます。取り上げることができましたか?」

 

 私の問いに、相手は答えられなかった。

 この態度を見て、素人である楓と銀鏡さんも察しただろう。

 父親は娘からスマホを取り上げられなかったと。

 

 それはなぜか。

 情状酌量の余地があったから? いや、そうじゃないはずだ。

 先ほど父親が言ったように、親のすべきことなどであれば、たとえ実の子に嫌われようと行動を曲げたりしない。短い問答だけだが、相手からはその信念を感じた。

 

 ではなぜ、娘からスマホを取り上げられなかったのか。

 

「中学生の女の子とは思えないほどの力で、スマホを取り返されたりしませんでしたか?」

「っ!? な、なんでそれを!?」

「やはりそうなんですね」

 

 呪物に呪われた人間は、その呪物と離されることを本能的に拒絶する。

 もしも取り上げられるなんてことになれば、何が何でも取り返そうとする。

 

 そういった際に火事場の馬鹿力とも言えるあり得ない力を発揮することは、よくあることだった。

 

「最初に言ったとおりです。娘さんは呪われている。それをなんとかするために、私はここに来ました」

 

 相手が混乱に支配されて、思考が追い付いていない。

 追い込むならここしかない。

 

「呪いを解呪するのに十分もかかりません。もし部屋の内装や物品が損傷した場合は弁償いたします。それを踏まえて、料金を請求などいたしません。あなたがたに求めることは二つ。呪物は我々が回収すること、そしてこの件を他言無用とすることです」

 

 もちろん、新しいスマホもこちらで用意する。

 

 説明はした。

 譲歩ではないが、不利益がほとんどないことも伝えた。

 

「この条件でなお、我々の助けが不要であるならばそれで構いません。大人しく帰ります、ただし、その場合娘さんはずっとそのままです。自然に治ることはないと思ってください」

 

 おそらくだが、娘さんはもう学校にすら通えていないはずだ。

 目の前の二人の目元は濃い隈で縁取られており、現時点でもういっぱいいっぱいなのだろう。

 

「…………本当に、なんとかなるんですか?」

「はい。私は、そのためにここにいます」

「……分かりました」

 

 父親は立ち上がり、深々と頭を下げてきた。

 

「どうか、お願いいたします」

「──承りました。お任せください」

 

 

◇

 

 

「というわけで、実際に解呪の現場を見てどうだった?」

『ものすごく疲れた……精神的に』

 

 瀬尾さんが運転する車の中で二人に感想を聞いてみたが、答えは案の定だった。

 

 あの後は特に語るべきことはなかった。

 娘さんの部屋に突撃し、織代を一閃し、呪物を屈服させて一件落着だ。

 

「榎くんがスパッとやっちゃうから解呪? 自体はなんか呆気なかったけど、お父さんと話してるときは後ろで見てるだけだったのにすごくドキドキしちゃったよ」

「僕も。ああいうのをさらりとできるなんて、宏孝くんはすごいね」

「お褒めに預かり光栄だ」

 

 解呪の際に最も大変なのは親族の説得。

 はっきり分かることだろう。

 

「でもまあ、今日の二人はかなり穏当だったよ」

「あれでそうなの?」

「ああ。今回みたいに私たちはよくカルト宗教と言われるのだが、日本人はそのあたりの拒否感が異常に強くてね。怒鳴られたり罵詈雑言を浴びたりなんてむしろ普通さ。精神が参りすぎて一時間ずっとカウンセリングの真似事をせざるを得ないこともざらにある」

「うわぁ~、聞いてるだけでお腹が痛くなりそうだよ……」

 

 そういう意味では今回は楽に済んだ。揉めるときはとことん揉めるからな。

 回収した呪物は調査のとおりレベル1で処理は簡単だったし、他言無用であることは念を押した。後顧の憂いが完全になくなることはあり得ないが、概ね完璧な仕事だったと評価していいだろう。

 

「それにしても、これ、本当に便利なんだね。あたし、あんなに人前に堂々と出たのに一切注目を浴びなかったのなんて、もう何年振りか分からないよ」

 

 手に持ったレインコートをどこか納得いかない目で見ながら銀鏡さんがそう零した。

 

 そうなんだよ。本当に便利なんだよ、そのレインコートは。

 

 制作過程に大きな問題を孕んでいること以外は。

 

「そう思えば、どうして僕たち解呪をやるとこを見ることになったんだっけ」

「……あれ? なんだっけ? たしか何か決めようと……ああっ! そうだよ! 部活の名前だよ!」

 

 そうだった。

 私も今の今まで頭から抜け落ちていたが、創設する部活動の名前を決めないといけないのだった。

 

「良い刺激になったと思うが、二人は何か閃いたかい?」

「えーと、うーん。すごく大変だったなーって感想が一番で、アイデアとかは、その……」

「僕は一つ分かったことがあるよ」

「えっ! なになに、教えて楓ちゃん!」

 

 まさか本当に何か思い付くとは。

 呪物と結び付く、一般的にもおかしくないナニカ──

 

「宏孝くんの話を聞いて思ったけど、呪物は心理学と結び付いてるんじゃないかな?」

「なるほど、心理学か。それは確かにそうだね」

 

 呪物は人の想いから生まれる。

 ダイレクトにその方面の学問が心理学なのだから、密接に繋がっているといっていい。

 

「付け加えるなら、人間行動学や進化人類学なども関わっている。要するに人に関する学問だね」

「そうなると、部活名は……人間学部とか?」

「いいんじゃないかい? 大学に学部として存在するれっきとした学科だ。何もおかしなところはないだろう」

「よーし、じゃあ決まりだね! あたしたちの部活名は人間学部で!!」

 

 というわけで、部活名が決定。

 人間学部という超お堅そうな名前になってしまったが、初見さんお断り感も滲み出ている点で評価できる。

 

 

 

 翌日、早速生徒会に創部願を提出した。

 あとは承認が下りれば待つだけで良かった。

 

 そのはずだったのに──

 

「宏孝くん、生徒会から呼び出しがかかっちゃったみたい」

 

 ……なんで?

 

 

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