Side 潮田渚
キーンコーンカーンコーンと今日も校舎にベルが鳴る。ガラガラと音を立てて扉が開き、タコのような姿をした黄色い人外の担任が教室に入り、教壇に立つ。
「HRを始めます。日直の人は号令を」
担任がそう言うと。
「き、起立!!」
日直の号令に合わせて僕たちは『銃』を構えて立ち上がった。
「気をつけ! れーーーい!」
号令と共に担任に向けて僕たち全員が引き金を引く。銃口から飛び出した無数のBB弾が容赦なく担任に襲いかかる。E組生徒全員による一斉射撃。普通に考えれば絶対に当たる筈なんだけど。
「おはようございます」
担任は余裕のありそうな笑みを浮かべ、全弾躱しながら出席簿を開いて挨拶する。
「発砲したままで結構ですので出欠をとります。磯貝君」
「……はい」
「すみませんが、銃声の中なのでもっと大きな声で」
「は、はい!!」
そしてそのまま出欠を取り始めた。僕たちは名前を呼ばれては返事をし、引き金を引いて撃ちまくり、弾が無くなれば装填し、また引き金を引く。
一心不乱にそれを繰り返すが、担任には一発も当たらない。しばらくすれば全員分の出欠が取り終わり、同時に僕達の射撃も終わる。
「遅刻なしっと。素晴らしい! 先生とても嬉しいです」
数分間のクラス一斉射撃。それを全て余裕で躱した担任は笑顔でそう言った。
「残念ですねぇ。今日も命中弾ゼロです。数に頼る戦術は個々の思考を疎かにする。目線、銃口の向き、指の動き、一人一人が単純すぎます。もっと工夫しましょう。でないと、最高時速マッハ20の先生は殺せませんよ」
担任は触手をうねらせてそう言った。まさかこんな人外が僕たちの担任になるなんて。しかも銃を握ってその担任を撃つ日が来るなんて。あの頃の僕たちは想像もしていなかった。
3年生の初め。僕らは2つの大きな事件と1つの大きなイベントに同時に遇った。1つ目は月が爆発して7割方蒸発したこと。
「はじめまして、私が月を爆破した犯人です。来年には地球も爆破する予定です。皆さんの担任になったのでどうぞよろしく」
もう1つはその犯人が僕たちの担任になったこと。その犯人、黄色いタコの様な見た目の謎生物が担任になるという5,6箇所ぐらい突っ込みたくなる状況は、その担任と一緒にクラスに訪れた烏間という男性から説明された。
「防衛省の烏間と言うものだ。まずは、ここからの話しは国家機密だと理解頂きたい。単刀直入に言う。君達に、この生物を暗殺して欲しい! 詳しい事は話せないが、こいつの言った事は真実だ。月を壊したこの生物は、来年の3月に地球も破壊する。この事を知っているのは各国首脳だけ。世界がパニックになる前に、秘密裏にこいつを殺す努力をしている。つまり、暗殺だ」
話を続ける彼は、突然に懐からナイフを取り出して振るうが、全く当たらない。
「だが、コイツはとにかく速い! 殺すどころか眉毛の手入れをされている始末だ! 丁寧にな!」
担任は余裕があるのか、眉毛の手入れだけでなく、スーツの手入れも行なっていた。
「満月を三日月に変える程のパワーを持つ超生物。最高時速は実にマッハ20! つまり、コイツが本気で逃げれば我々は破滅の時まで手も足も出ない」
僕たちは、段々と整っていく彼の眉やスーツを見ながら壮大すぎる話を聞いていた。しばらくすると担任は動きは止め、手入れキットを閉じ、彼の肩に手を置いて話し始める。
「ま、それでは面白くないのでね。私から国に提案したのです。殺されるのはゴメンですが。椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやってもいいと」
訳がわからない。なぜ僕たちの担任を。
「コイツの狙いはわからん。だが、政府はやむなく承諾した。君達生徒には絶対に危害を加えない事を条件にだ。理由は2つ。教師として毎日教室に来るのなら監視ができるし、何よりも30人もの人間が至近距離からコイツを殺すチャンスを得る!」
ここまで話を聞いても、皆は理解出来ないと言った様子だった。もちろん僕もあまり理解出来ていない。しかし、色々と聞きたいことがあった僕たちの考えは、次の一言でかき消された。
「成功報酬は百億円!」
「「「「「ひゃ、百億!!??」」」」」
百億円。それだけの金があれば何でもできる。これからの人生を豪遊しながら過ごすこともできるだろう。あの担任を殺すだけでそんな金額が。
「当然の額だ。暗殺の成功は冗談抜きで地球を救うことなのだから。幸いなことに、コイツは君たちをナメ切っている。見ろ、緑のシマシマになっている時はナメている顔だ」
担任を見ると、本当に顔に緑の縞模様が浮かび上がっている。一体どんな皮膚なのだろうか。
「その隙をついて君達にはコイツを暗殺して欲しい。君達には無害で、コイツだけに効く弾とナイフを支給する。そして、武器と共に新しい仲間も紹介しよう」
そして事件と同時に起きた1つの大きなイベントは、転校生が来たことだ。
「今日から君たちと共にこのE組で学ぶ転校生だ。転入テストは問題なくクリアしたのだが、本人とコイツの希望でこのE組で学ぶことになったという。入ってくれ」
扉を開けて入ってきたのは、身長160ぐらいの少女。雪のように白い髪を腰まで伸ばし、宝石のように綺麗な青い瞳、端正で美しい顔立ちはまるで人形のような現実離れした感じがある。
さらにはうちのクラスでも最強と言われるほどの矢田さんに勝るとも劣らない綺麗なスタイル。数名の男子が見惚れるほどで、エロの権化である岡島君に至っては少し鼻血を出していた。
「では、アテナさん。自己紹介を」
「自己紹介のクエスト受注しました。皆さん初めまして。私は
そう言ってぺこりと挨拶した彼女に、僕たち全員が思った。
(((((その話し方は何!? あとなんで神様って名乗ってるの!?)))))
ゲームに例えるような不思議な話し方。しかも自分のことを神様と名乗る。今までに見たことのないような不思議ちゃんの到来だった。
「話し方は妙な所もあるが、彼女の身体能力は高い。コイツの暗殺をする上で助けになるだろう。それと、1つ言い忘れていたが、この事は君達の家族や友人には絶対に秘密だ。とにかく時間がない。地球が消えれば逃げる場所などどこにもない!」
「そう言う事です。さぁ、皆さん。残された1年を有意義に過ごしましょう」
雪神さんはHRが終わった後、色んな生徒たちからの質問ラッシュに合っていた。
「ねえねえ。雪神さんってどこ出身なの?」
「髪真っ白で綺麗。これって生まれつき?」
「雪神さんの趣味ってなんなのかな?」
「漫画って読む? ジャンプとかマガジンとか好き?」
彼女の周囲には女子生徒たちの人だかりが出来ており、ハチャメチャなことになっている。女たらしで有名な前原君やエロの権化たる岡島君も、あれを掻い潜って雪神さんに話しかけることはできないらしく、悔しそうに歯噛みしていた。
それにしても、あれほどの質問ラッシュを受けたら彼女も困惑してしまうのではないだろうかと思ってたけど、その予想は良い意味で裏切られた。
「アテナは沢山の質問クエストを受注しました。順番にクエストに取り掛かります。まず岡野さん、アテナの生まれは詳しく言えません。アテナにもよく分からないですし、そのイベントをこなすには好感度が足りないので。次に中村さん、アテナの髪は生まれつき真っ白です。スクルドにも綺麗だなって褒められた自慢の髪です。次に神崎さん、アテナの趣味はゲーム、読書、料理です。最近ハマっているのはアクションゲームや格闘ゲーム、シューティングゲームです。次に不破さん。アテナは漫画も大好きですし、ジャンプやマガジンも大好きです。ジャンプで今一番ハマってるのは、やはりワー◯ドトリガーですね。スコーピオンや孤月とかの武器が格好良くて憧れます!」
彼女は何の困惑もなく、女子生徒たちすべての質問に答えきった。それも凄いし、なんだか気になることも言ってたけど、それ以上に驚いたのは。
僕と同じ事を思っていたのか、中村さんが驚いたように話す。
「えっ。雪神さんって、もう私たち全員の名前覚えてるの!?」
彼女はここに転校して1日も経ってない。入る前にクラスメイトの名前を聞いた可能性は無くもないけど、それでも、違う中学校のクラスメイト全員の名前を覚えるのはそう簡単じゃない。
僕だってクラスメイトの名前を覚えてるのは、3年間同じ学校だった理由が大きいのに。
しかし、その質問は予想外だったのか、彼女はキョトンとした顔で皆を見つめている。
「当然のことです。クラスメイトとは、これから1年間苦楽を共にするパーティーメンバー。それに、私たちは先生暗殺クエストを受注してるんです。同じクエストを受注したメンバーの名前を覚えるのは、神様にとって普通の事です」
「す⋯⋯すげえ。まだ1日も経ってないのに既に覚えているとは」
皆が彼女の記憶力に感嘆していると、不破さんが突然、彼女の手を掴んだ。
「? 不破さん」
「ワー◯ドトリガー好き。あんた分かってるねー! 私もあの漫画大好き! トリガーオンして色んな武器を使いながら戦うところとか、主人公や彼の相棒が頑張る姿が良いよねー!」
「パンパカパーン! アテナはワー◯ドトリガー好きの同志を得ました。不破さんも分かりますか。あの作品の素晴らしさを」
「もちろん! 世間は展開が遅いとかつまらないとかボロクソ言うけどさー。私からすれば目ん玉ついてるのかって言いたくなるね。あの作品がどれほど素晴らしいか分からないなんて」
「理解出来ます! アテナもネットの心ない意見にはいつも憤慨してます。あの作品は凄く神作品だというのに、ネットの人たちはまるで理解してません」
「話が分かるねえ。ねえねえ。よかったら放課後語り合わない? ジャンプを読んでる人はいるにはいるけど、ここまで語り合えそうな同志は他にいないからね」
「アテナも語りたいです。ワー◯ドトリガーだけでなく、他の作品の事も沢山!」
「良いね。じゃ、放課後はカフェでジャンプ談義だー!」
「ジャンプ談義のクエスト受注です! クエスト開始が楽しみです! 更にパンパカパーン。不破さんへの好感度が20アップしました! 同じ漫画を愛する同志に出会えて、アテナはとても幸せです!」
凄い。あっという間に不破さんと仲良くなってる。
「そうだ。神崎さんは好きなゲームとかありますか? 後で教えてほしいです」
「うぇ!? え、えっと⋯⋯私はゲームとかは⋯⋯あまり」
「⋯⋯そうですか。神崎さんはゲームが好きな気がしたのですが、アテナの勘違いでしたね。申し訳ありません」
「いや、別に謝ることではないと思うけど」
「そうでしたか? そう言ってくれたなら、アテナは嬉しいです。パンパカパーン! 神崎さんへの好感度が30アップしました!」
どういう基準で好感度を上げているのだろう。ぱっと見では不破さんのほうが好感度高くなる要素があったような気がしたけど。
少し不思議な所はありながらも、彼女のその話し方は個性として受け入れられた。一方、女子たちが囲んでるせいで、近づくチャンスをほぼ永遠に失った前原君と岡島君はしばらく泣いていた。
こうして、雪神さんを加えた僕たち3年E組は担任を
今では雪神さんは神崎さんに並ぶクラスのマドンナとして男子たちから高い人気を得ている。
「優月さん! 今週のジャンプ読みましたか。面白そうな新連載漫画があったことをアテナは語り合いたいのです!」
「奇遇ね。私も新連載の漫画について語りたかった所よ」
「じゃあ今日の放課後、いつものカフェに集合です!」
「OK。アテナと語り合えるの楽しみにしてる」
雪神さんと一番仲が良いのは不破さんだ。彼女とはほぼ毎日ジャンプとか少年漫画について語り合っている。夏休みにはジャンプの聖地巡りとかも計画しているらしい。
「有希子さん。明日の放課後、アテナは一緒に勉強合宿クエストをしたいです!」
「分かった。じゃあ放課後、いつものところに集合ね」
「了解です! 今度こそ有希子さんには負けません。アテナはあれから沢山練習したのです!」
「ふふふ。アテナちゃんの腕がどれほど上がったか楽しみだね」
次に仲が良いのはクラスのマドンナ神崎さん。あの2人の仲良し具合は聖域と称されているほど。よく勉強合宿というのに行ってるらしいけど、具体的に何をしてるのかは分からない。2人とも、合宿についての事は全くと言っていいほど話さないから。雪神さん曰く、パーティーメンバー同士の秘密なんだとか。
本当に彼女は凄い人だ。周囲の人と打ち解けられるのもそうだけど、彼女はこのE組内で誰よりも学力が高い。そもそも椚ヶ丘中学校の転入テストに合格出来る時点で、彼女は最低でもBクラスに行けるくらいの実力があるはずのエリートなのだ。それなのに、なぜかこのE組に来たよく分からない人間。
対する僕はエンドのE組。1年や2年の頃に仲良かった人たちは殆どいなくなってしまった。学校の同級生や親に期待も警戒もされなくなり、認識さえしてくれず、前の担任にも見捨てられたどうしようもない弱者。それが僕だ。そんな僕だから、彼女を見てるとどうしょうもなく羨ましく見えてくる。彼女はきっと、親や同級生たちに期待され、実力を認められてるであろうる凄い人だ。僕なんかとは住む世界が違う。
その明確な差が、僕の暗く醜い心に火を灯していく。僕も彼女や担任のような人間になりたい。実力があって、期待してくれて認識してくれるような人間に。
昼休み。僕は寺坂君、吉田君、村松君と共に5時間目に行う暗殺について計画していた。計画内容は簡単な物。僕が寺坂君たちから受け取ったBB弾グレネード。これを先生の所まで持っていき、後は寺坂君がスイッチを押して爆発させ、先生を暗殺するというものだ。
きっと殺れるはずだ。あの担任にも、僕のような弱い暗殺者の姿は見えてないんだから。たとえどんな手段を使おうと、必ず殺るんだ。そう決意してると、僕の前に1人の女子が立つ。
「潮田さん。それはダメです。絶対にやってはいけません」
「雪神⋯⋯さん?」
僕は彼女の目を見て、本当に彼女なのか信じられなかった。いつもは宝石のように青い瞳が、今はなぜか、金色に輝いている。それだけじゃない。いつもの明るさは鳴りを潜め、刺すように冷たい雰囲気が彼女から漂っている。その姿に困惑してると、彼女は手を差し出した。
「隠してる物を渡して下さい。それは潮田さんが持ってはいけないものです。それを使ったら、きっと後悔します」
「な、何を言ってるのかな。僕は何も隠してなんて」
「BB弾グレネード。それの火力は至近距離で受ければ人間が重傷を負うレベルです。そんな物を使って暗殺しないで下さい。アテナは潮田さんが怪我をする所を見たくありません。潮田さんは、アテナにとって大切な仲間ですから。それに、そんな捨鉢な気持ちでの行動は良くありません。このクラスの人たちがなぜあんなにも暗い空気を纏ってるのか詳しく知りませんが、だからといって手段を選ばないことが正しいとは思えないです。それは、アテナやアテナが愛する人が一番嫌うやり方です。そのグレネード弾を渡して下さい!」
まずい。なぜか分からないけど、僕の隠してる物がバレてる。でも、あの先生を殺せるかもしれない絶好の機会。認めて貰うためにも、止めるわけにはいかないんだ。
それに、捨鉢になってもしょうがないじゃないか。エンドのE組に落とされてしまったのだから。そんな絶望のなかに出てきた百億の希望。これを掴み取らないと僕は。
「雪神さんの言ってる事、僕は全く分からないよ。じゃあね!」
強引に会話を打ち切り、僕は逃げるようにして彼女の前を通り過ぎようとする。
「潮田さん。そのグレネード弾を「おうおう。クラスのマドンナ様がこんな所で何をしてるのかねえ」!?」
寺坂君たちが彼女を引き留めてくれたおかげで、僕は彼女から離れることができた。安心したけれど、彼女に言われた言葉は、抜けない棘のように僕の心に刺さっていた。
渚が去った後、アテナは寺坂たちと対峙していた。寺坂たちは小馬鹿にするような目で彼女を見ており、彼女の方は怒気の籠もった目で睨みつけている。
「寺坂さん。あのグレネード弾は絶対に使わないで下さい。あれを使ったら潮田さんの体が」
言い終わる前に、寺坂は彼女の胸ぐらを掴む。
「黙ってろよ優等生さん。てめえみたいなお利口さんには俺らのような脱落者の気持ちは分からねえだろ。良いか? 絶対に俺らの暗殺の邪魔すんじゃねえぞ。もし邪魔しようものなら、女だからって手加減しねえ。てめえもあのタコと一緒に巻き込んで殺してやるよ。正直、転校初日からずっと目障りだったしな」
そう言うと、寺坂グループはアテナを脅すように肩を突き飛ばし、その場を去って行った。その場で立っていた彼女は金色の瞳で何かを観ている。
「⋯⋯アテナが彼らの邪魔をしたら、クラスの皆に危険が及ぶ未来になる。悔しいですが、下手に干渉せず先生に任せる方が、未来は良い方向に進みそうですね。でも、最低限の助言はしないといけません。万が一という可能性もありますし。それと、爆発が起きた際のマニュアルを一緒に作って対策を」
「おーーーい! アテナーーー!」
声のした方を振り返ると、不破優月がこちらに向かって走ってきている。アテナは一度目を閉じる。そしてもう一度開くと、金色の瞳はいつもの青い瞳に戻っていた。それと同時に、冷たい雰囲気もどこかに霧散していた。
「どうしたのです。優月さん」
「どうしたのですじゃないよ。いきなり目が金色に光ったかと思ったら、潮田君が自爆するとか訳分かんないこと言い出していきなりどこかに走り出して⋯⋯ってあれ? 目が青色に戻ってる?」
「何を言ってるんですか優月さん。幻覚攻撃でも受けたのですか? アテナの瞳はずっと青色ですよ」
「でも、さっき見たときは金色だったような。それにあの時、私の中のジャンプ魂が何かを叫んでたように思えたんだけど。ていうか雰囲気も元に戻ってるような」
「ふふふ。不思議な優月さんですね。パンパカパーン。アテナはそんな不思議ちゃんな優月さんを見てシンパシーを感じ、好感度が6上がりました」
「あんたに不思議ちゃんって言われたくないんだけど。それより、さっき誰かと話してたの? 寺坂君とか渚君とすれ違ったんだけど」
「⋯⋯いいえ。なんでもありません。それより、アテナは職員室に行ってきます。そろそろ先生が戻ってくる時間でしょうし、未来を良くするために、伝えないといけない事もありますから」
「え? なにそれどういうこと。ちょ、ちょっと待って。アテナーーー!」
彼女は優月さんを置いて職員室へと走り出した。未来をより良きものにするために。
Side 潮田渚
結果から言うと、僕の暗殺は失敗した。自分の身も厭わぬ自爆暗殺。しかし、先生はしっかりとそれを回避し、さらには僕の命まで救ってくれた。その後はマッハ20で怒られたりうねる触手で褒められたりと異常な教育だったけど、僕はそれがとても嬉しかった。あの先生は、僕たちのことを正面から見てくれたから。雪神さんにも申し訳ないことをした。彼女は僕のことを心配してくれたのに、それを突き放すような言動をしてしまった。だから放課後、僕は空き教室で彼女に謝っていた。
「ごめんなさい! 僕、何も分かってなかった。勝手に雪神さんに嫉妬して、人生をどうにかしようと焦ってあんな事をして。雪神さんはああなることを防ごうとしてくれたのに。本当にごめんなさい!」
「潮田さん。頭を上げて下さい」
そう言われて頭を上げると、彼女は僕の頭に手を置いて撫で始める。
「良い子良い子です。潮田さんが愛をくれて嬉しいです。あなたが反省してああいう行動をしないと決めたのなら、アテナはそれだけで大満足です。良い子良い子」
「ちょ、雪神さん、頭をなでるのは⋯⋯ていうか愛するって何さ!? ぼ、僕はそんなこと一度も」
「潮田さんは私を愛してますよ。こうして私に謝りに来てくれたのですから。謝らずに逃げるという未来もあったはずなのに」
「いや。そんなこと出来ないよ。雪神さんは僕のことを思って色々言ってくれたのに、それを無視して逃げたら最低な人間じゃないか」
「残念ながら、こういう場合、無視して逃げる人が多いというのが悲しい世の中なのです。ですが、潮田さんは逃げずに謝りに来てくれた。その愛が、アテナにとっては凄く嬉しいのです」
き、気恥ずかしい。愛してくれるとかもそうだけど、こうやって頭を撫でられるのも落ち着かない。心地良いんだけど、大切な何かを失ってる気もするし。
「あ、あの⋯⋯なんで頭を撫でるの? これって僕が身長小さいからとか?」
「いえ。私は愛すると決めた人はみーんな頭をなでてますよ。有希子さんや優月さんは、よく褒めて褒めてーってアテナに撫で撫でを要求してくるのですが、それがとても嬉しくて。アテナもたーくさん、2人を甘やかして愛してしまうのです」
思わぬ所で2人のとんでもない一面を知ってしまった。明日からどんな顔して挨拶したりすれば。というか、愛してるとか直球でぶつけられると本当に落ち着かなくなるな。多分、言い方からして友達として好きみたいな感じなんだろうけど。
「潮田さん。あなたの事、渚さんって呼んでも良いですか? アテナは渚さんって呼びたいです!」
「良いよ。じゃあ、僕はアテナさんって呼ぼうかな」
「パンパカパーン! 渚さんは私をアテナさんって呼んでくれました。親密度が25上がりました。渚さんへの好感度が18上がりました」
「あはは。大げさだなあ。これからもよろしくね。アテナさん」
「はい。よろしくです。渚さん!」
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。また明日!」
「はい。また明日です!」
そう言って、僕は教室を去って行った。明日からの暗殺生活も楽しみだ。
人が去って誰もいなくなった教室。アテナは誰もいないはずの窓の方を見つめていた。
「いますよね。殺せんせー」
彼女がそう言うと、殺せんせーが教室に姿を現した。
「ヌルフフフフフ。私の気配を察知するとは大したものですね」
「単刀直入に聞きます。殺せんせーはアテナに質問したいことがあるのでは?」
「⋯⋯ええ。あなたが昼休み、私に助言してくれた事についてお聞きしたくて」
殺せんせーが渚の自爆を阻止できたのは、彼を警戒していたからだ。昼休み、彼はアテナから伝えられた。
『5時間目。渚は俳句を出す振りをして油断した先生に近づき、ナイフで暗殺しようとする。勿論それは止められるけど、その直後に先生に密着し、BB弾グレネードで自爆する。だから、渚が傷つかないように何とかして守ってほしい』と
作り話かと思えるほどの突拍子もない話だったが、彼女の目を見て嘘をついてるとは思えず、彼女と一緒に対策を立て、警戒したからこそ先生は彼を守ることができた。もちろん、彼のスペックならば助言が無くとも守ることは出来ただろうが、それでも助言があるのとないのとでは心構えに大きな差が出来る。
彼女の行動には感謝していたが、疑問もあった。なぜ渚がそんな行動をすると理解できたのか。なぜ、まるで見てきたかのように話すことが出来たのか。一体どんな力を使ったのか。疑問は尽きないが。
「残念ですが、殺せんせーはまだ秘密を知るイベントに行けません。好感度や親密度が足りないですから。それにこの力は、出来る限り秘密にしろと言われましたから、簡単に話すことは出来ません。それに、隠し事をしてるのはアテナだけではありませんよね? 先生にも色々あるでしょうし。先生が隠すなら、生徒が隠すのも有りだと思ってます」
「ヌルフフフ。それもそうですね。ならば別の質問です。アテナさん、あなたはその力を己の私利私欲のため、なりふり構わない手段で使いますか? 例えば、今回の渚君のような自爆行動をあなたは選びますか?」
「そんなことは絶対にしません。この力は皆を、殺せんせーを守るための力です。誰かを傷つけるために振るうものではありません。アテナは守りの神様です。守りの神様は、不用意に人を傷つけたり捨鉢になったりしないのです!」
殺せんせーはじっと彼女の瞳を見ていた。力強い意志を持ち、絶対に嘘は言わないだろう強く誠実な瞳。彼女の言葉が心からのものであるということは、先生には即座に理解できた。
「それなら問題ありません。色々気になることはありますが、今は聞かないようにしておきましょう。あなたの言葉を信じて」
「ありがとうございます。殺せんせー。では、私は優月さんと約束があるので撤退します!」
そう言うと、彼女は足早に教室を去って行った。1人残った殺せんせーは過去のことを思い出していた。教師の師であったあの人のことを。
『見てください死神さん! 私への感謝の手紙ですよ。最近教えてる生徒が書いてくれたんです。無表情で無感情に喋るけど、実はすーーーっごく可愛くて自分なりに頑張ってる凄い生徒さんなんです! それにこの手紙。あの子風に言うなら私への愛が伝わってきて、とても嬉しくなるんです』
その時はそんな妙な事をする生徒もいるのか、面白そうな人間だとどこか他人事のように聞いていた。しかし今では。もしかしたらあの人が言っていたのは。
「⋯⋯いえ。あまり詮索しすぎるのも良くないですね。生徒の秘密や隠し事を探ろうとしすぎるのは、教師として良くないでしょうから。ヌルフフフフフ。さて。明日も色々と大変ですが、精一杯頑張るとしましょう。生徒達の為に!」