その日。椚ヶ丘市のゲームセンターでは人だかりが出来ていた。その中心にいるのは格闘ゲームの対戦をしている2人の少女。1人は雪神アテナ。もう1人は眼鏡をかけて変装のようなことをしている神崎有希子だった。
「お、おい。あの2人の操作やばすぎないか?」
「ああ。これは間違いなくプロ級だ。普通に金稼げるレベルだぜ」
2人の操作はとてつもないスピードであり、傍目から見たら何をしているのかまるで分からない。画面にいるキャラたちも凄まじい動きをしながら拳や蹴りを混じえての超高速戦闘が繰り広げられている。
「やるじゃないですか有希子さん。相変わらず凄いプレイです」
「アテナちゃんも凄く強くなってるね。もしかしてコソ練してた?」
「ふふふ。この時のためにバッチリ仕上げてきました。今日の私は、阿修羅すら凌駕する存在です!」
その言葉と共に、アテナの操作スピードが2倍以上に上がり、彼女の操作するキャラが凄まじいコンビネーション攻撃を決めていく。周りの観客たちはその攻撃に目を見開いて驚いていた。
「お、おいあの技は」
「ああ。マキシマムコンビネーション。成功すれば大きなダメージを入れられる防御不能の強力な技だ。しかし、あまりにも高い操作技術を要求する為、プロでも実戦で使う者は少ないと言われるとてつもない技。まさか中学生でこれを使える奴がいるなんて」
神崎の操作キャラのHPは残り僅かであり、あと一撃入れられれば終わってしまうほどだが、その顔に焦りはなく、むしろ余裕の笑みすら浮かべていた。
「やるねアテナちゃん。でも、あなたと私では次元が違いすぎる」
突如、神崎の操作スピードが3倍以上に跳ね上がり、アテナが繰り出す全ての攻撃を完璧にガードしてHPの減少を防ぎ、逆にカウンターでアテナの方のHPをガリガリと削っていった。
「!? くっ。まだまだです!」
アテナも負けじと操作スピードを上げるが、どれだけ攻撃してもほんのわずかなHPを削り切ることができず、逆に自分のHPを削られていく。
「ふふ。これでチェックメイト」
「!? こ、これは!」
遂にはカウンターどころか攻撃の出だしを潰されてさらなる攻撃を畳み掛けられる。どれだけ操作してもその状況を覆すことは出来ず、キャラのHPが0になるのをただ見ているしかできなかった。そして。
YOU WIN。その文字が神崎のゲーム画面に表示され、対戦は終了した。
「やったー! 勝ったー!」
「くううう。悔しいのです。またボコボコにされてしまったのですう」
「ごめんね。このゲームでランキング1位を取った身としては、そう簡単に勝ちを譲るわけには行かないから」
神崎は喜び、アテナは悔し涙を流しながら、筐体に突っ伏した。
「すげーーー!! あの状況から勝てるとかあの眼鏡の女の子やばすぎだろ。しかも、最後の操作とか。何をやってたのかわけわからん」
「白髪の子もやべー実力だったぜ。まさかあれほどのプレイヤーがこの町にいるとは。世界は広いもんだな」
「お、俺。ちょっと声かけてくる! 同じ格ゲープレイヤーとして、ぜひお近づきになりたい!」
「おい抜け駆けするな! 俺だってお近づきになりたいんだ!」
周りの観客たちは彼女たちのプレイに大興奮であり、我先に関わろうとする者たちで軽い騒ぎが起き始めていた。
「あうー。また騒ぎになってしまったのです」
「ここなら人だかりが出来ないと思ったんだけどね」
流石にこんな状態で彼女たちもゲームを楽しむことなど出来ないので、店員の力を借りながら、そそくさとその場を去って近くのカフェに行くこととなった。
「ふー。相変わらずとんでもない人だかりだったのです」
「やっぱり、対戦ゲームをしてると人が集まってきちゃうね。他のゲームならまだマシなんだけど」
「そうですね。にしても、有希子さんは本当に強いのです。今日は勝てる自信があったのですけど」
「これでも結構鍛えてるんだから、そう簡単には勝たせないよ。でもびっくりした。アテナちゃん。前と比べて凄く強くなってたから」
「強くなった私を見せつけ、有希子さんを驚かせて勝とうと思ったのですが、上手く行かないものですね。まだまだレベルアップが必要です」
「ふふふ。アテナさんが格闘ゲームにハマってくれて嬉しい。こうやって対戦できる人が身近にいるって貴重だから」
「それなら、他の人におすすめするのもありだと思うのですが」
「⋯⋯それは⋯⋯ちょっと。恥ずかしいと言うかなんというか。そもそも、アテナちゃんに私がゲームが好きなこと知られた事自体想定外だったし」
神崎はそう言いながら、恥ずかしそうに少し赤面し、あの日のことを思い出していた。
それは殺せんせーが初めてE組の教室に来て挨拶をした日の翌日の放課後。生徒や殺せんせーもいなくなって静かになったE組校舎にて、神崎はアテナと一緒に空き教室の中にいた。アテナの傍には、何かが入った黒いバッグが置かれている。
「雪神さん。話って何なのかな?」
彼女は戸惑いながらそう質問した。彼女がここにいるのはアテナに、放課後この空き教室に来るよう頼まれたからである。彼女としては理由の分からない頼みではあったが、断る理由も特になく、ぜひ来てほしいと懇願されたのでこうしてやってきた。
「話というのは、これのことです!」
そう言って、アテナはバッグの中からあるものを取り出した。それはゲーム機のハードと格闘ゲームのカセット2つずつだった。
「⋯⋯? えっと、それは一体」
「格闘ゲームとゲームのハード一式です。殺せんせーに必死に頼み込んで、放課後になるまで触らないことを条件に、家から持ってきてもらいました。アテナ、このゲームを神崎さんと一緒にやりたいのです!」
「えっと。色々気になることはあるけど⋯⋯どうして私と一緒にそのゲームを? 不破さんとか誘ったほうが良い気がするけど」
「神崎さんがゲーム好きそうだったので、一緒にやりたいと思って誘ったのです!」
「いや⋯⋯昨日も言ったけど、私は別にゲームが好きでは」
「嘘です。アテナには何となく分かります。神崎さんは嘘をついてます。何が理由で隠してるかは分かりませんが、ここでは隠し事してほしくないです!」
「でも、私は」
「⋯⋯神崎さんは何かやりたくない理由でもあるのですか?」
「やりたくない理由というか⋯⋯雪神さんは何とも思わないの? ゲームが好きな人というか⋯⋯その、遊びに夢中になる人とか」
「ゲームや遊びが好きな人は大好きです。アテナもゲーム大好きですから。他の方は知りまませんが、神崎さんがゲーム好きなら、アテナは嬉しいです」
「嬉しいって⋯⋯その、変だと思わないの? 仮にも進学校の生徒なんだよ。それなのに、勉強もせず遊びに夢中になるような駄目な人で」
「神崎さんは駄目な人ではありません。大和撫子のように気高くて優しくて凄い人です。それに進学校の生徒だろうとなんだろうと関係ありません。同じ趣味を共有出来る人なら大歓迎ですし、一緒に遊びたい。だから、アテナは神崎さんと一緒にゲームしたいんです!」
瞳を輝かせながら誘うアテナの言葉。その言葉に嘘はなく、ただ神崎さんと遊びたいだけなのだと言葉だけでなく目で語ってるようにも見えた。
「雪神さんは不思議な人だね」
「? 不思議ですか?」
「うん。話し方もそうだけど、裏表がないというか、人を見下すとかそういう敵意を全く感じない」
「見下すなんてそんなのありえないです。神崎さんは私を愛してくれて、私も神崎さんを愛してる。見下す理由なんかどこにもないのです!」
「あ、愛!? え、えええと⋯⋯雪神さん、そ、そその言葉の意味⋯⋯わ、分かって言ってる?」
「勿論です。スクルドから教わりました。一緒にいる人と遊びたい、大切にしたい、傍にいたい」
アテナはゲーム機を置いて話しながら、神崎の手を両手で優しく握る。
「そして、こうして触れ合いたいと思う気持ちが溢れて止まらない。これが人を愛する気持ちなんだと学びました。私は神崎さんを愛してます! 神崎さんも私を愛しています。優しく話しかけてくれて、今もこうしてアテナの頼みを聞いてここに来てくれる。愛してくれてる証拠です!」
神崎は少しばかり顔を赤らめ、視線を微妙に反らしながら話す。
「なんか⋯⋯微妙に違うような気がするけど。まあ良いか」
「? アテナ、何か間違った知識でも身につけてるのですか?」
「う、ううん。大丈夫大丈夫。何も間違ってないよ。それより、一緒にゲームしようよ。アテナちゃん」
「おおお。パンパカパーン! 神崎さんが私をアテナちゃんと呼んでくれました。私も有希子さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「勿論。むしろ、私の方からそう呼んでほしいって頼みたいくらいだよ」
「パンパカパーン! 有希子さんとの親密度が25上がりました。好感度が20上がりました。ではでは、最初はどんなゲームをしますか? アテナのおすすめはこれです!」
「シューティングゲームか。良いね。じゃあやってみよう。私はこのゲーム強いよ」
「望むところです。殺せんせーと鍛えたアテナのゲームスキル、今こそ見せてやります!」
それから、彼女たちは放課後にゲームセンターに行ったり、アテナの家にお邪魔して一緒に色んなゲームをして楽しむようになった。
その時に殺せんせーとアテナが同居してることや家事は先生とアテナの当番制で決まってるなど、色々と衝撃的なことが判明したが、その時の神崎にとっては、一緒にゲーム出来る仲間が出来たことが嬉しかった。
椚ヶ丘中学校は進学校であり、勉強の事に力を入れている者が非常に多い。中には文武両道でスポーツを極めてる者もいるが、大半の者たちは学力を上げるために部活に入ることなく塾に行ったり家庭教師の指導を受けたり自主的に学習する者が殆ど。それ故にゲームやアニメなどの娯楽を知らないか、娯楽を趣味にしている人たちを見下す者が多く、彼女はそのせいで自分の趣味を明かせないでいた。
しかし、アテナにだけは自分の趣味を明かしても良いと思った。彼女は自分を見下すことなく、むしろ自分と同じ世界に入って楽しんでくれる唯一の人に思えたのだ。彼女と一緒にゲームをするのは、かつて1人でゲームをしてた頃よりも遥かに楽しく、ずっとこの時間が続けば良いと思ったこともある。
そんな思いに耽りながら、神崎はアテナに嬉しそうに話しかけた。
「ほんと、アテナちゃんは不思議な人だよね」
「不思議ですか? アテナは不思議な所は無いと思いますが」
「不思議な所だらけだよ。私の隠してる趣味を見破ったり、いつのまにか私の世界にガンガン入ってきたり、楽しい事を教えてくれたり。学力があると思ったら、変な所で無知だったり。本当に不思議な人」
「むー。アテナにはよく分からないのです。ヘルプコマンドで詳細を聞きたくなります」
「ふふふ。アテナちゃん。私と一緒に遊んでくれてありがとう。私、アテナちゃんと一緒のクラスで学ぶことが出来て凄く幸せ」
「アテナも幸せです! 有希子さんとこうして遊ぶことが出来て、優月さんとジャンプのお話が出来て。渚さんとも友達になることが出来て。アテナはこのE組に来れてとても嬉しくて楽しくて最高です!」
アテナの笑顔。その顔を見れるだけでこっちも嬉しくなるはずなのに、神崎は不破優月や潮田渚の名前を聞いた瞬間、妙な苛立ちを少しだけ感じてしまった。
(? なんだろう。今の変な感じ。不破さんたちの名前を聞いたら、モヤモヤしたというかなんというか。2人のことは嫌いではないはずなのに)
胸に手を当てて考えてみるが、その原因は分からない。その様子を不審に感じたのか、アテナが質問する。
「有希子さん。どうかしたのですか?」
「! ううん。なんでもない。ちょっと変な感じがしたけど、気の所為だったみたい」
「大丈夫なのですか? ステータスに異常が出てるなら、今日はもう家に帰還したほうが」
「ううん。そういうのじゃないから大丈夫だよ。それより、もう1回ゲームセンターに行こう。私、次はクレーンゲームやってみたいな」
「クレーンゲーム。アテナ、殺せんせーから聞いたことあります。あれはお金を吸い込む凶悪な魔物だと。欲という餌を糧にして育つ恐ろしい存在です」
「あはは。まあ苦手な人とか知らない人からしたらそう感じるかもね。でも大丈夫。私がクレーンゲームのテクニックを教えてあげる」
「おお。つまり、クレーンゲームに通用する必殺技ですね。ぜひご教授願いたいです!」
「良いよ。けど、私の教えは厳しいから覚悟しておいてね」
「了解です。では、早速ゲームセンターに行きましょう!」
「うん!」
話している内に、神崎の中にあった妙な苛立ちは消えており、心の底から彼女との遊びを楽しいと思えるようになっていった。
(やっぱり気の所為だったみたい。ちょっと調子が悪かったのかな)
彼女はそう結論付け、カフェの支払いを割り勘で支払い、またゲームセンターに行って門限ギリギリまで遊んでいた。
その後。殺せんせーの自宅にて。
「お帰りなさいアテナさん。神崎さんとの遊びはどうでした?」
「とっても楽しかったのです。また一緒に遊びたいですね。今度はペットカフェとかも良いかもしれません」
「ヌルフフフフフ。それは結構。しかし、学生の本分は勉強。宿題も忘れず、きちんとやるのですよ」
「勿論です。お風呂に入った後、宿題クエストを受注します」
アテナがパジャマを用意してると、机の上に数枚の書類がのってるのを見つけた。その書類は生徒についての情報のようで、赤髪の目つきが悪そうな生徒の写真が載っており、名前は
「殺せんせー。この赤羽って誰なのですか?」
「ああ。それは明日まで停学処分を受けている生徒ですよ。明後日からE組で共に学ぶ新しい仲間ですから、彼について色々調べておこうかと思いまして」
「ふーん」
目つきの鋭さと写真からでも分かるほど隠しきれない性格の悪さ。更には書類にあるE組を馬鹿にしていた先輩たちの暴行事件。それらから見た彼女の印象は。
「おおお。なんだかダークヒーローみたいで格好いいのです!」
目をキラキラと輝かせていた。