勇者が生まれないか街を見張っていた魔物の私、懐いてきた子をうっかり勇者に育て上げてしまう   作:うちっち

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第20話 村娘は実家からの帰還要請に従わない

 神殿を出たあとも、レオンダルさんの言葉は、しばらく耳に残っていた。

 

 ――整える。

 

 整えると言われても、私は別に散らかっているつもりはなかった。少なくとも、白鈴菓の包みはちゃんと畳んでいる。

 

「ネリネ、大丈夫?」

 

 ユリスくんが、隣から声をかけてくれた。

 

「うん。でも、あの人はちょっと苦手かも」

「レオンダル?」

「見られてると、包みを勝手に開けられそうな気がする」

 

 ユリスくんは少し困った顔をした。

 でも、笑ってはいなかった。

 

 クラリッサさんも、後ろから静かに言う。

 

「その感覚は、たぶん間違っていないわ」

「お菓子を狙われてる?」

「お菓子ではないでしょうね」

 

 そうなのか。

 では、何を狙われているのだろう。

 

 

 

 

 

 私は白鈴菓の包みを、念のため療養椅子の奥へ押し込んだ。

 すると、背中がまた少し引っかかる。

 

「……やっぱり背中がむずむずする」

 

 そう言うと、クラリッサさんとエルミナさんが、ほとんど同時にこちらを見た。

 

「たぶん、糊のせいよ」

「糊? そうかなぁ……?」

「聖都の宿では、白布を綺麗に保つために、少し強めに糊を使うことがあります。布が固くなるので、背中へ当たる感じが変わることもあるのです」

「なるほど」

 

 とても筋が通っていた。

 糊なら仕方ない。エルミナさんは糊に詳しいらしい。すごくしゃべる。

 

「糊って強いんだね」

「強いわ」

 

 クラリッサさんは重々しくうなずいた。

 

「見えないところで、人を支えているのよ」

「えらいね」

「ええ」

 

 私は少し感心した。

 知らないだけで、世の中には色々なものが頑張っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王家の滞在所へ戻ると、すぐに各々が動き出した。

 

 クラリッサさんは、神殿で聞いたことを紙に整理している。

 ユリスくんは、難しい顔で地図を見ていた。

 エルミナさんは、何度か口を開きかけて、そのたびに閉じている。

 

 女神様の話が、まだ胸に残っているのだと思う。

 

 

 

 

『女神様は、深き底へ沈んだ。

 民の祈りを光として届けなければならない。

 でも、女神様は応えを返してくださらない』

 

 

 

 

 難しい話だった。

 とても大きな話でもある。

 

 神殿で聞いたことを、クラリッサさんが順番にラウエルさんに説明した。

 

 

 

 神託の前に、予兆対応として教会が動くことがあること。

 ただし、レオンダルさんたちが、勇者の救いを民へ見せるために、魔禍の形を整えていそうなこと。

 そして、女神様へ光を届けるため、民の祈りが必要だと考えていること。

 

 

 

 

 

 聞いていたラウエルさんは、しばらく黙っていた。

 

「光を届ける、という考え自体は、古い神学にもあります。女神が深き底へ沈まれた。道が迷う時、光を届けよ。そういう一節は確かに残っています」

 

 エルミナさんの表情が、少し強張った。

 

「では、レオンダル様の言っていたことは……」

「完全な作り話ではありません。ただし、問題はそれを誰が、どう利用しているかです」

 

 隣にいた王家記録官さんが、机の上に古い写しを置いた。

 

「白鐘の大異変以降、神託は出ています。白火も保たれている。ですが、女神様の活動はぷっつりと途切れています」

 

 記録官さんは、紙を一枚めくった。

 

「専門家の中には、女神は白鐘の大異変を収めるために力を使い果たしたのではないか、あるいは、すでに世を去っているのではないかと考える者もいます」

 

 部屋の空気が、少し重くなった。

 

 

 

 

 ――女神様が、もういないかもしれない。

 

 エルミナさんが、息を吸った。

 でも、声にはならなかった。

 

 胸元の聖印を握る指が、白くなっている。いつも祈りの言葉をすぐに口にする人なのに、その唇は少し震えただけだった。

 

「……そんな」

 

 小さな声だった。

 

「そんなこと、あるはずがありません。女神様は、ずっと……ずっと私たちを……見守って……」

 

 

 

 

 クラリッサさんも、いつものようにすぐ反論しなかった。机の上に置かれた古い写しを見つめたまま、黙っていた。

 

 ユリスくんは、拳を握っている。

 

「女神様がいなくなったかもしれない……」

 

 声が少し掠れていた。

 

「それを、教会の人たちは知っているんですか」

「確証はありません。ですが、少なくとも中枢に近い者たちは、異変に気づいているはずです」

 

「それなのに、民には言わない。祈れって言うんですね」

 

 低くなったユリスくんの声に、誰も、すぐには答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 私は天井を見た。

 天井には何もなかった。

 もちろん、女神様もいなかった。

 

 白い板と、古い梁だけがある。

 

「……女神様は、寂しくないのかな」

 

 言ってから、自分でも少し変なことを言ったと思った。

 

 でも、エルミナさんがこちらを見た。

 泣きそうな顔ではなかった。

 もっと、何かを必死にこらえている顔だった。

 

「寂しいなどと……」

 

 そう言いかけて、エルミナさんは口を閉じた。そして、少し寂しそうに微笑む。

 

「そう、ですね。ずっとお1人で。周りには自分の分身の天使ばかり。寂しいと、思われていても……おかしくないかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、ユリスくんが、ようやく顔を上げた。

 

「もし本当に女神様が応えられないなら。次に大異変と同じものが来た時、誰が止めるんですか」

 

 これも誰も、すぐには答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「か、仮によ? 女神様がいなくなってしまっているとして」

 

 クラリッサさんの声が、少しだけ上ずっていた。めずらしい。

 

「女神様の元には天使がたくさんいるはずよね?」

 

 ラウエルさんは怪訝そうな顔をした。

 

「まあ……はい。そうでしょうね」

「天使はどうなるの?」

「そりゃあ……女神様の分身なのですから、だんだんとおかしくなるでしょう」

「そうなのね」

 

 クラリッサさんは深刻そうにうなずいた。

 

 いろんな人の心配をしている。

 いい人だ。

 エルミナさんも、少し青い顔をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 パン! とクラリッサさんが手を叩いた。

 

「ともかくまずは、今動いているものを見ましょう。近年の魔王軍の活動記録を見せてもらえるかしら?」

 

 記録官さんは、いくつかの写しを机に並べた。

 

 黒い布のように広がるもの。

 白火を避けて増える苔。

 人の声をまねる影。

 道を外れた巡礼者を連れ去るもの。

 村の名前を忘れさせる霧。

 

 どれも、魔王軍による魔禍として処理されている。

 私はそれを見て、首を傾げた。

 

「違うと思う」

「やっぱりそうなのかしら?」

「うん。魔王軍の魔物って、もっとこう……」

 

 私は少し考えた。

 

「ふわっとしてるから」

 

 

 

 

 

 部屋が静かになった。

 

「ふわっと?」

「うん。命令はちゃんとあるんだけど、現場でお腹が空いたり、道に迷ったり、変なところで張り切ったりする」

「それはそれで問題ね」

「でも、この記録の魔禍は、ちゃんとしすぎてる」

 

 クラリッサさんが、紙の上に視線を落とした。

 

「黒い布とか、白火を避ける苔とか、人の声をまねる影とか、すごく目的が決まってる。魔王軍なら、途中で誰かが余計なことをすると思う」

「魔王軍への評価としてはどうかと思うけれど」

 

 クラリッサさんは、小さく息を吐いた。

 

「でも、重要な証言だわ」

「じゃあ、教会が作ってるの?」

「そこまでは言えないわ」

「違うの?」

「分からないの。教会が意図的に作っている可能性もある。誰かが聖像兵を勝手に使っている可能性もある。あるいは、聖像兵そのものが白鐘以降の何かに影響されている可能性もある」

 

 クラリッサさんは、写しの端を指で叩いた。

 

「ただ一つ言えるのは、魔王軍の魔禍として処理されているものの中に、魔王軍らしくないものが混じっているということ」

 

 みんなが、こちらを見る。

 

「魔王軍らしくない……ふわっとしていないものね」

「うん」

 

 私は頷いた。

 

「ちゃんとしてる」

 

 ちゃんとしていることは、だいたい良いことだと思っていた。

 でも、今は少し怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、そんなことができるんですか。魔物みたいなものを用意するなんて」

 

 ユリスくんが言うと、ラウエルさんは表情を曇らせた。

 

「聖像兵があります」

「聖像兵?」

「大聖堂や巡礼路に置かれている聖人像、守護天使像、聖騎士像。その一部は、神殿の命令で動く兵器です」

「石像が動くんですか?」

「ええ。教会は、信仰を守るための防衛機構だと主張しています。生身の兵士ではないため、人を傷つけない制圧手段だとも」

「そういえば、村を襲っていたのは石像だった」

 

 真面目な顔をするユリスくん。

 

「聖像兵の運用には、聖跡顕彰院が深く関わっています」

「レオンダルさんのところ?」

「はい。表向きは、聖跡の保護と巡礼路の警備です。ですが、現在の運用統括はレオンダル殿が握っていると見てよいでしょう」

 

 クラリッサさんが静かに息を吐いた。

 

「それが、教会へ正面から踏み込めない理由ね」

 

 ラウエルさんは頷いた。

 

「王家が正面から動けば、信仰への攻撃に見える。聖像兵が起動すれば、民衆に被害が出る。教会は王家を悪者にできる」

 

「でも、放っておいたらもっと大きなことを起こすかもしれない」

 

 ユリスくんが言った。

 

 

 

 

 

 

 レオンダルさんの言葉が、頭の中でよみがえる。

 

 

 

 

 

 

『光が足りない。

 もっと光を届けないと』

 

 

 

 

 

 

 光を集めるために、もっと大きな救いが必要だとしたら。

 もっと大きな災いも、必要になってしまうのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の誰も、しばらく喋らなかった。

 

 レオンダルさんは、死んでしまったかもしれない女神様へ光を届けようとしている。

 それが本当なら、彼も本気で世界を救おうとしているのかもしれない。

 

 でも、そのために大きな災いを起こそうとしているなら。

 それは、とてもよくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後はそれぞれでちょっと考えを落ち着けることになった。

 

 私は自分の部屋で、療養椅子に座って、モルを撫でていた。

 白鈴菓の包みは、椅子の奥にちゃんとある。いつも通りである。

 

 すると、モルのお腹のあたりが、ぽん、と鳴った。

 

「お」

 

 丸い毛の中から、筒が出てきた。

 指令書だ。

 

 

 

 

 開くと、魔王様の字があった。

 

【こら。はよ魔王城に来んか】

 

 怒っている。

 字が少し太い。

 

【まだちょっと。勇者も見張らないといけないので】

 

 返事を書いて、筒へ戻す。

 

 

 

 

 モルが、もふ、と少し膨らんだ。

 すぐに、またぽん、と筒が出てくる。

 

【勇者はもうよい。軍はいったん結界のこちら側に引き上げる。女神が活動していないなら、こちら側には来れんからのう】

 

【なんでですか?】

 

 返事を書く。

 また、ぽん。

 

【果ての岬で『闇を渡る宝玉』を掲げることが魔王城の結界を破る方法じゃが、その時に女神の力が必要なんじゃよ。あやつがいないなら結界は越えられん。なら勇者が寿命で死ぬまで避難しておけばよい。全軍撤退じゃ】

 

 なるほど。かしこい。

 さすが司令官だけあって、引き際が潔い。

 私は深く感心した。

 

 でも、ユリスくんも、エルミナさんも、クラリッサさんも悩んでいる。ここで抜けるのはなんとなく、そう……形が悪い、気がした。

 

【白鈴菓もまだ残っています。魔王様は食べたことありますか? 白鈴菓。甘くて美味しいですよ】

 

 ぽん。

 

【知らんわ】

 

 上官はときに冷たい。

 

 

 

 

 気がつくと、筒と紙がいくつも療養椅子の横に転がっていた。

 

 魔王様の指令書は、放っておくと順番が分からなくなる。

 字がだいたい全部怒っているからだ。

 

 私はそれをぽいぽいとまとめて、小机の引き出しに放り込んだ。またあとで返事を考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後だった。

 

「ということでネリネ様、撤退しますよ」

 

 声がした。振り向くと、ノルクがいた。

 

「今?」

「今です」

「みんな悩んでるから、今帰るのは嫌」

「人はいつでも悩むものです。ほら早く」

 

 ノルクは私の療養椅子の後ろへ回り、押そうとした。

 椅子は動かなかった。

 

「……重くなりました?」

「床に固定しちゃった」

「余計なことを」

 

 今度は前へ回り、私の両足をがっしりと持った。

 

「では、直接運びます」

「やだ」

 

 私は椅子の肘掛けをつかんだ。

 

 ノルクがぐいぐい引く。

 私も椅子に頑張ってしがみつく。

 

 床が、ぎし、と鳴った。しかし、椅子も私も、その場から動かない。

 

「こ、このっ……相変わらず力が強い……!」

 

 

 

 

 

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 

「な、なにをしているんですか!? 先生!!」

 

 エルミナさんだった。

 

 その後ろから、ユリスくんとクラリッサさんもやってくる。

 ユリスくんは部屋の光景を見て、即座に聖剣を抜いた。すごい判断の早さだった。

 

「治療の一環です」

 

 ノルクは、私の両足を持ったまま言った。

 

「ネリネさんの足を持って、椅子ごと引きずることがですか……?」

「足肢を伸ばす措置です」

「あなた、本当に医者?」

 

 クラリッサさんが、冷たい声で言った。

 

「何度か診察らしきことは見たけれど、ずっと引っかかっていたのよ」

「治療の妨害はお控えください」

「王都医師登録の一覧を見たわ。ノルクという名はなかった」

「非公認の医師もいます」

「あら」

 

 クラリッサさんの目が細くなった。

 

「少なくとも、資格を持った医師ではないのね。ちなみに登録リストを見たなんて嘘よ」

 

 ノルクが、少しだけ黙った。

 

「でも、偽医者は釣れたようね」

 

 クラリッサさんは、にこりともせずに言った。

 

 すごい。

 クラリッサさんは、罠を張るのが上手だった。

 

 

 

 

 

 

「せ、先生は立派な方です!」

 

 エルミナさんが声を上げた。

 

「立派な方は村娘の両足をぐいぐい引っ張らないわ」

「緊急入院の必要がありますので。多少は強制的な手段も必要です」

「緊急入院の必要がある患者をぐいぐい引っ張るな」

 

 ユリスくんがすごくもっともなことを言った。

 

「ネリネは連れて行かせない」

 

 聖剣を向けるユリスくんを見て、ノルクは肩をすくめた。

 

「ここは……いったん退くとしますか」

 

 ノルクの黒衣がふわりと揺れた。

 次の瞬間、そこにいたはずの姿が、薄い影みたいにほどけて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユリスくんは、しばらく聖剣を構えたままだった。

 けれど、ノルクがもういないと分かると、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。

 

「ネリネ、大丈夫?」

「うん」

「足は? 痛くない?」

「少し長くなった気がする」

「なってないよ」

 

 ユリスくんは真剣な顔で私の足元を見た。

 

 

 

 

 エルミナさんは、青い顔でノルクが消えた場所を見つめている。

 

「先生が、あんな……」

 

 声が小さかった。

 信じたいけれど、目の前で見てしまったものが強すぎる、という顔である。

 

「治療って、言ってたよ」

「ネリネさんの足を持って、椅子ごと引っ張る治療ですか?」

「治療にも勢いがあるんだね」

 

 エルミナさんが、しょんぼりと肩を落とした。

 ノルクをかばいたい気持ちと、医療としてだめだと思う気持ちが戦っているらしい。

 

 

 

 

 クラリッサさんは、ノルクが消えたあたりをじっと見ていた。

 それから、床、窓、扉の順に視線を動かす。

 

「消え方も普通ではないわね」

「さすらいの医者だから」

「医者は普通、消えないわ」

「特別な先生なんだよ」

「特別すぎるわ」

 

 それはそうかもしれない。

 

 クラリッサさんは、今度は私を見た。

 

「ノルク先生は、あなたをどこかへ連れて行こうとしていたわ」

「いったん実家に帰った方がいいって」

 

 ユリスくんが眉を寄せる。

 

「ネリネは、行きたくなかったんだよな?」

「うん」

「じゃあ、行かなくていい」

 

 ユリスくんはまっすぐ言った。

 

 私は少し困った。

 でも、少しだけ嬉しかった。

 

「でも、ノルクは悪い人ではないよ」

 

 「悪い」「人」ではない。

 

「悪い人じゃなくても、嫌がる人を引っ張って連れて行くのはだめだ」

「それはそう」

 

 それは本当にそうだった。

 エルミナさんが、小さく頷いた。

 

「先生は、きっと事情があったのだと思います。でも……足を持って引くのは、よくありません」

 

 なんとか納得したらしい。

 

「足は大切だからね」

「はい。足は大切です」

 

 足は大切である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、もう一度みんなで集まった。

 

 ノルクが突然現れて消えたせいで、部屋の空気は少し落ち着かない。

 けれど、聖像兵の話を後回しにできるほど、状況は軽くなかった。

 

「聖像兵は、記録ではなく現物を見ないとだめね」

「教会に確認を取るのですか?」

 

 エルミナさんが聞く。

 しかし、ラウエルさんは、首を横に振った。

 

「取れば、こちらが見たいものは見られなくなります」

「だから、正面からは入れないってわけね」

 

 ラウエルさんは、古い写しを一枚取り出した。

 

 紙は黄ばんでいて、端が少し欠けている。指で押さえると、かさりと乾いた音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖都の地下には、白鐘の大異変後に作られた共同防衛区画があります。表向きの管理は教会ですが、建造当時は王家も資材と人員を出している」

「王家側の道が残っているのね」

「公式には封鎖されていますがね」

 

 大人の言葉だった。

 閉まっているけれど、開けられないとは言っていない、という意味だと思う。

 

「聖像兵が暴走した時、誰が止めるのか。建造当時の人々は、その不安を捨てきれなかったのでしょう。だから王家側にも、非常確認路の記録が残されている」

 

 ユリスくんが、静かに言った。

 

「それを使うんですね」

「使って発覚すれば、教会との関係は悪化します」

「使わなかったら?」

「何も分からないまま、次の魔禍を待つことになります」

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外で、風が鳴った。

 白い布が、かすかに揺れる。

 

「俺は行きます。村を襲った石像が、また誰かを襲うかもしれないなら、見ないふりはできません」

「確認するのは記録ではなく、現物よ。欠けている像。動いた痕。補修の跡。命令核の封印。石材。聖印」

 

「公式記録では、巡礼路防衛用の聖像兵は三十六体です」

 

 ラウエルさんが言った。

 

「三十六体……多いですね」

 

 エルミナさんが、小さく呟いた。

 

「多いです。ただ、防衛用としては理解できる範囲です」

 

 防衛用。

 三十六体の石像が動くのは、十分怖いと思う。

 でも、みんなの顔を見ると、怖いだけでは済まないらしい。

 

「ラウエルさんも来るの?」

「私が行かなければ、古い封鎖扉は開きません。それに、見つかった時に言葉を間違えれば、その場で王家の陰謀にされます」

 

 ラウエルさんは苦い顔をした。

 

「私は戦力ではありません。ですが、言葉の刃を受ける盾にはなれます」

「言葉にも刃があるの?」

「あります」

 

 それは知っている気がした。

 魔王様の指令書も、たまに痛い。

 

 

 

 

 ラウエルさんは、図面を畳んだ。

 

「出発は、今夜。白火の巡回が薄くなる鐘二つの後です」

 

 エルミナさんが胸元の聖印を握る。

 ユリスくんは聖剣の柄に手を置いた。

 クラリッサさんは、もう一度だけ図面の折り目を指でなぞった。

 

 

 

 

 

 

 私も、長い付き合いになってきた椅子をそっと撫でた。

 

 最初は椅子には座っていなかった。勇者を見張るための旅だった。

 

 気がつけばユリスくんと知り合ったあの村から、勇者一行と一緒に、ずいぶん遠くまで来たものだ。魔王様は戻れというけれど、もうちょっとくらいなら。うん。

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