勇者が生まれないか街を見張っていた魔物の私、懐いてきた子をうっかり勇者に育て上げてしまう   作:うちっち

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村娘は隠さない

 鐘二つの時間が来る少し前。

 

 王家の滞在所の廊下を、私は浮いた療養椅子に乗って、ゆっくり進んでいた。

 

 

 

 

 王家の滞在所は広い。廊下も似たような形をしている。少し進むと、どこがどこだか分からなくなる。

 

「モル、こっちで合ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 角を曲がると、少しだけ明るい部屋があった。

 

 扉が開いている。中から、ユリスくんとクラリッサさんの声がした。

 

「これは?」

「持っていかない方がいいわ。白火に反応する」

「じゃあ、こっちは?」

 

 何かを選んでいるらしい。

 

 私は部屋の入り口から中を覗いた。

 

 

 

 

 ユリスくんとクラリッサさんとエルミナさん――つまり私以外が、机の上に並べられたものを真剣な顔で見ていた。

 ラウエルさんと王家記録官さんもいる。

 

 机の上には、いくつも古びた道具が並んでいた。

 

 ひびの入った鏡。

 灰色の外套。

 小さな銀の鈴。

 欠けた聖杯。

 薄い金属板。

 手のひらに乗るくらいの白い石。

 刃のない短剣。

 

 どれも古そうだった。

 

「聖遺物?」

 

 私は首を傾げた。

 

「神殿でも見た気がする」

「ええ。そもそも聖遺物とは、地上の民に必要となるものを、女神様が残されたものだと伝えられています」

 

 エルミナさんが、少しだけ表情を和らげて言った。

 

「癒やすもの、守るもの、道を示すもの。用途はさまざまです」

「女神様は、いろいろくれたんだね」

「はい。非常に力があるものが多いです。ですから今回の突入でも、何か使えそうなものがないかと選んでいたんです」

 

 エルミナさんは頷いた。そんな場に私だけが呼ばれていないのはちょっと気になったが、私が見てもわからないので、呼ばれないのも仕方ないか。

 

 そしてラウエルさんも続けた。

 

「しかし、完全な状態の聖遺物はほとんどありません。ここにあるものも、王家の秘蔵とはいえ、実用できるものは限られます」

 

 

 

 

 クラリッサさんは、灰色の外套を指でつまんでいた。

 

「白火避けの外套。短時間なら、白火の探知を鈍らせるそうよ」

「白火って、探知もするの?」

 

 私が聞くと、ラウエルさんが頷いた。

 

「白火は、教会の灯りであり、目でもあります。魔物や不審な術式が近づくと揺れるのです」

 

 私は壁の白火を見た。

 小さく揺れている。

 

 ずっと見られていたら、少し落ち着かない。

 白鈴菓の包みを勝手に開けそうな火である。

 

「だから、これを持っていくか迷っているの」

 

 クラリッサさんは外套を広げた。

 端の方が焦げていて、小さな穴がある。

 

 

 

 

 

 ユリスくんは刃のない短剣を見ていた。

 

「これは?」

「灰断ちの短剣です。どんな魔力の流れでも一瞬だけ切ると記録されています」

「俺には聖剣があるから、使わない方がいいな」

 

 ユリスくんは短剣を箱へ戻した。

 

「賢明です」

 

 ラウエルさんが頷いた。

 

 

 

 

 

 机の端には、小さな銀の鈴があった。

 鈴というより、銀色の木の実みたいだった。

 

「これは?」

「朝告げの鈴です」

 

 王家記録官さんが答えた。

 

「眠った人を起こす鈴ですね。音を聞けば必ず起きられます」

「そういうのほしい」

「今はそういう場合ではありません」

 

 ラウエルさんに冷たく断られた。

 

「寝坊は大変なんだよ」

「地下の方が大変です」

「それはそう」

 

 記録官さんは鈴を布に包み、箱の奥へ戻した。

 クラリッサさんは外套を畳む。

 

「持っていくなら、これくらいね」

「穴があるのに?」

「穴があっても、白火の探知を少し鈍らせられるなら十分よ。完全に隠れるつもりはないもの」

 

 

 

 

 そして、ラウエルさんは古い鍵を取り出した。

 

「私はこれを。非常確認路を開くには必要です」

「ネリネさんには、こちらを」

 

 記録官さんが、小さな白い護符を差し出した。私だけ何もないことにそわそわしていたことを察知してくれたのだろう。いい人。

 

 護符には、細い文字が刻まれている。

 

「療養椅子に結びつけておけば、白火の強い場所でも影響を受けにくくなります」

「椅子用?」

「はい」

「椅子にもお守りがあるんだね」

 

 私は少し感心した。

 

 クラリッサさんが、椅子の横に護符を結んでくれる。結び目がきちんとしていた。さすがである。

 

 

 

 

 ユリスくんには、聖剣がある。

 エルミナさんには、聖印がある。

 クラリッサさんには、結界がある。

 

 私は療養椅子の肘掛けを撫でた。

 うむ、私には椅子がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、鐘二つの時間となった。いよいよ突入である。

 

 王家の地下にある祈祷室の壁に、ラウエルさんが封印鍵を差し込んだ。

 

 そこには、鍵穴などないように見えた。

 けれど、鍵の先が石に触れると、壁の奥で低い音がした。

 

 ごとん。

 

 お腹の底に響くような音だった。

 

 古い石が、ごとごとと少しずつ動く。冷たい空気が流れてきた。

 湿った石。古い灰。白火が焦げた匂い。

 

 地下の匂いだった。

 

 

 

 

 

 

「ここから先は、記録上は存在しない道です」

「存在しないのに、歩けるんだね」

「記録上は、です」

 

 階段は狭く、下へ続いていた。

 

 

 

 

 

 白火避けの外套をかぶったクラリッサさんが先に進み、ユリスくんがその後に続く。エルミナさんは胸元の聖印を握り、ラウエルさんは図面と鍵を持っている。私は一番後ろをふよふよと浮いている。

 

 

 

 

 

 

 

 階段の下は、細い通路だった。

 

 壁の白火は弱く、青白い線みたいに揺れていた。

 誰も、大きな声を出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 途中で、何度か扉があった。

 

 一つ目の扉の向こうは、空の棚が並ぶ部屋だった。古い油の匂いがする。

 

「整備具置き場です。今は使われていません」

 

 

 

 

 

 二つ目の扉の向こうには、台座だけが並んでいた。像はない。白い四角い跡だけが残っている。

 

「昔の保管区画ですね。移されたようです」

 

 ラウエルさんの声は、少し硬かった。

 

 

 

 

 

 

 

 三つ目の通路は、壁の白火の数が多かった。

 

 クラリッサさんが外套を少し広げると、白火の揺れがほんの少し鈍くなった。

 穴の空いた外套でも、少しは働いているらしい。えらい。

 

 

 

 

 

 私たちは、壁際をゆっくり進んだ。

 白火がぱち、と小さく鳴るたびに、みんなの足が止まる。

 

 

 

 

 やがて、大きな鉄の扉が見えた。

 

 扉には、王家の紋と教会の聖印が重なるように刻まれている。

 仲良しの印にも見える。でも、今はあまり仲良くなさそうだった。

 

「この先は現在、教会側の保管区画として扱われているはずです」

「王家の鍵で開くの?」

「建造当時のままなら」

 

 ラウエルさんが鍵を差し込む。

 

 

 

 

 

 

 硬い音がして、扉が開いた。

 扉の向こうは大広場になっていた。奥には、黒い山のような影がある。はるか上にある天井では、白火がゆらゆらと揺れている。

 

 

 

 そして、その手前。

 最初に見えたのは、白い台座だった。その上に、聖像兵がずらりと並んでいる。

 

 

 どれも人より少し大きく、白い石でできていた。目は伏せられ、両手は胸の前で組まれている。眠っているようにも、祈っているようにも見えた。

 

「25体しかありませんね」

 

 ユリスくんが低く言った。

 

 公式記録では36体あるはずの聖像兵が、25体しかない。

 

 ……ひょっとしたら11体は、どこかの村で勇者一行に叩き壊されたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 ラウエルさんの顔色が変わった。

 

「公式には、巡礼路防衛用の聖像兵は起動されていません」

「記録が嘘をついているか、石像が勝手に散歩したかね」

「クラリッサさん、石像は散歩するの?」

「普通はしないわ」

 

 

 

 

 

 

 ユリスくんは、別の像の前で足を止めた。何やら石像の胸元に刻まれた聖印を見ている。

 

「この印……村で見た石像の破片と似ています」

 

 

 

 

 

 その時。突然に。

 

 ぱち、ぱち、と乾いた音がした。

 

 

 

 

 

 

 奥の白火が揺れる。

 白い像の影の向こうから、金糸の外套がゆっくりと現れた。

 

 レオンダルさんだった。

 神殿で見た時と同じように、白い神官服を着て、ぱちぱちと手を叩いている。

 

「さすが、勇者様とその御一行。目の付けどころが大変よろしい」

 

 

 

 

 

 

 ユリスくんが聖剣を抜いた。

 金属の音が、地下に鋭く響く。

 

「レオンダル。これは何だ」

「救いの準備です」

 

 レオンダルさんは、少しも迷わず言った。

 

「女神様が応えない時代に、誰が人々を守るのか。考えたことはありませんか?」

 

 クラリッサさんの目が細くなる。

 

「守るために、村を襲わせたの?」

「襲わせた、という言葉は乱暴です。あれは予兆です。必要な痛みです。やけどの痛みを知らない子供は、火の怖さを知らないでしょう?」

 

 レオンダルさんは微笑んだ。

 

「白火は灯る。神託は形だけ残る。ですが、御声はない。祈りは届いているのか。そもそも、届ける相手はまだおられるのか」

 

 エルミナさんの肩が、小さく震えた。

 

「それでも民には明日が必要です。祈る先が必要です。見上げる救いが必要です。ならば、整えなければならない。女神様がおられない今、できるのは我々だけだ」

 

 整える。

 

 また、その言葉だった。

 

 

 

 

 

「各地の魔王軍が退いています。魔王は賢い。女神様がいないと知れば、勇者様が魔王城へ至る道を閉ざせると判断するでしょう。あなたたちは知らないでしょうが……」

 

 私は、少しだけ瞬きをした。

 魔王様と同じことを言っている。レオンダルさんは、果ての岬や「闇を渡る宝玉」のことも知っているのだろうか。知ってそうだった。

 

「魔王軍がいなくなれば、民の祈りは細ります。祈りが細れば、女神様へ届く光もまた細る」

 

 レオンダルさんは、白い像の列へ手を広げた。

 その声は、とても静かだった。

 

 

 

 

「――なら。魔王軍がいないのなら、作ればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も、すぐには動かなかった。言葉が、石の床に落ちたみたいだった。

 エルミナさんの声が震えた。

 

「災いをですか」

「救いをです」

 

 レオンダルさんは微笑んだままだった。

 

「民は、見えない危機には祈れません。ですが、見える災いには祈る。見える救いには涙する。勇者様が立ち、人々はもう一度、女神様へ光を捧げる。ですが、あなたたちは知り過ぎました」

「俺たちをここで殺すつもりか」

 

 ユリスくんが一歩踏み出した。

 レオンダルさんは、困ったような表情で、ほんの少しだけ首を傾けた。

 

「いえ。勇者様は必要です。ですが、余計なことを知ってしまった仲間は、ここで消えてもらいましょう」

 

 ユリスくんの目が、はっきりと怒りに染まる。

 

「させるか」

「それもまた、勇者様らしい」

 

 レオンダルさんが指をぱちんと鳴らした。

 

 

 

 

 

 がしゃん、と音がした。

 

 25体の聖像兵が、一斉に首を上げる。

 

 祈っていた手がほどける。

 石の指が動く。白い目が開く。

 

「下がって!」

 

 クラリッサさんが叫んだ。

 

 透明な壁が、私たちの前に何枚も重なった。

 

 直後、聖像兵の腕が振り下ろされる。

 

 どん、と地面が震えた。

 結界に白い亀裂がみしみしと走る。

 

「村のよりよほど強い……!」

 

 クラリッサさんの声が歯の間から漏れた。

 

「この場所は聖の気が強いですから。そもそも本来、聖像兵は人が相手をするものではありません」

 

 ラウエルさんの顔が青い。

 

「門を守り、魔禍を押し返すためのものです。人が壊すなら、攻城具が要る」

 

 つまり、とても大きなものを壊す道具である。

 それが必要な相手が、25体いる。

 

 

 

 

 

「俺が行く」

「ユリス様!」

 

 エルミナさんが祈りを唱える。

 聖印が光り、ユリスくんの体を白い薄膜が包んだ。

 

 聖像兵の腕が、もう一度振り下ろされる。

 聖剣が白く光る。

 

 次の瞬間、石の腕が落ちた。

 

 斬った、というより、そこだけ最初から繋がっていなかったみたいだった。切り口から白火がこぼれ、床へ散る。

 

 

 

 

「……強化された聖像兵の装甲を、正面から」

 

 ラウエルさんが息を呑む。

 私は思わず言った。

 

「すごいね。ユリスくん、攻城具より強い」

「ネリネ! 褒め方が違う!」

 

 ユリスくんはそう言いながら、次の聖像兵へ走っていた。

 

 聖剣が弧を描く。

 

 二体目の膝が断たれる。

 三体目の胸元に刻まれた命令核が、白い光ごと割れる。

 四体目の剣が、ユリスくんの頭上へ振り下ろされた。

 

 クラリッサさんの結界が割り込む。

 ばきん、と高い音がした。結界が一枚、砕ける。

 

「長くは持たないわ!」

「十分!」

 

 ユリスくんが身を低くして駆ける。

 その足元へ、別の聖像兵の槍が突き出されようとした。

 

 私はモルの毛の中に手を突っ込み、手に触れたものを引き抜いた。出てきたのは、鉄でできた小鍋だった。

 

 私が投げた小鍋は、聖像兵の手首に命中した。亀裂が入り、槍の角度がずれる。

 

「ありがとう、ネリネ!」

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 ユリスくんの聖剣は、確かにすごかった。

 でも、ユリスくんは1人しかいない。

 

 

 私は、迫る足音を聞いて、またモルに手を伸ばした。次に出てきたのは火打石だった。最初の村から持ってきたやつ。投げる。石像が砕ける。次。「息子を頼みます」というユリスくんのお母さん直筆の手紙。手紙はだめ。人の心がこもっている気がするから。

 

 

 

 しかし、またユリスくんに向かって石像が棍棒を振り下ろそうとするところだった。たぶん、ユリスくんを守るためならお母さんも許してくれる。

 

 私が投げた手紙は、ぐるぐる回りながら石像の肘をすぱーん! と真っ二つに切断し、壁に突き刺さった。お母さん強い。

 

 

 

 そして、ひとつ。またひとつ。白い石が砕れていく。

 最後の一体が、ユリスくんへ剣を振り上げた。

 

 剣が落ちるより早く、聖像兵の胸が裂けた。

 白い巨体が、ゆっくりと傾いた。

 

 25体目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった?」

 

 私が小さく言うと。

 また、拍手が響いた。

 

 ぱちぱちぱち。

 

「お見事です。お見事です! 勇者様!」

 

 倒れ伏した白い像の向こうで、レオンダルさんが嬉しそうに両手を叩いていた。さっきまでの穏やかな拍手ではなく、指が熱を持っているみたいな速い拍手だった。

 

「聖像兵25体を前に退かず、砕き、斬り、仲間を守り抜く! その怒り、その息、その剣の光!」

 

 レオンダルさんの目がきらきらしていた。まるで玩具を見つめる子供の目だった。

 

「やはり、勇者は必要です。民はこれを見るべきだ。これを見れば祈る。泣き、膝をつき、女神様へ光を捧げる!」

「黙れ」

 

 ユリスくんが低く言った。

 けれど、レオンダルさんは聞いていなかった。どうもあんまりユリスくんの言うことを聞く人がいない気がする。勇者なのに。

 

 

 

 

 

「ですがまだ足りません! 勇者様は強い! 25体程度では、苦難として小さい! これでは民の胸は震えても、魂までは震えない!!!」

「あなた……何を言っているの」

「物語です」

 

 レオンダルさんは、当然のように答えた。

 

「民が祈れる物語。明日へ進むための物語。女神様がおられぬ今、地上にはそれが必要なのです」

 

 彼は、ゆっくりとユリスくんを指した。

 

「仲間を失った勇者……信頼していた者たちを、目の前で魔王軍に奪われる。守れなかった痛みを胸に刻み、それでも立ち上がる。涙をこらえ、剣を取り、民のために巨大な闇へ進む」

 

 レオンダルさんの声が、少し高くなっていく。

 

「ああ、勇者様、あなたにはそれが似合う。怒りも、悲しみも、喪失も、すべてが光になる。民はあなたの傷を見る。あなたの孤独を見る。そして祈るのです」

 

 エルミナさんが、青い顔で一歩引いた。

 

「わたしたちを……殺すつもりですか」

「ええ。物語を彩っていただくのです」

 

 レオンダルさんは、優しく言った。

 

「あなた方の死は、勇者様の中で意味を持つ。聖女の祈り、結界師の献身、王家の忠臣、そして小さな村娘。全員の死が、勇者様を魔王軍へ向かわせる光となる」

「勝手に決めないで」

 

 クラリッサさんの声は冷たかった。

 でも、レオンダルさんは嬉しそうに頷いた。

 

「結界師は最後まで勇者を守ろうとする。美しい。ならばあなたは、勇者様の前で引き裂かれるべきでしょう。結界ごと、祈りごと、希望ごと」

 

 クラリッサさんの結界紙が、指の中でくしゃりと鳴った。

 

「エルミナ様は祈りながら倒れるのがよい。最後まで女神様の名を呼び、しかし応えはない。勇者様はそこで知るのです。神官が倒れた時ですら、女神様は沈黙している。だから自分が進まねばならないのだと」

 

 

 

 

 

「そしてラウエル殿。あなたは王家の証人として十分です。王家もまた、この悲劇を否定できない」

 

 レオンダルさんの視線が、最後に私へ来た。

 

「そして勇者の隣で、これは魔王軍の仕業ではないと囁くあなたには。特別な物語を用意しました」

 

 私は、少しだけ首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな!」

 

 ユリスくんが叫んだ。

 聖剣が白く燃える。

 

 レオンダルさんは、両手を広げた。楽しそうだった。本当に、楽しそうだった。

 

「さあ、始めましょう。先ほどは失礼しました」

 

 彼が、ゆっくりと手を上げる。

 

「勇者様の喪失には、もっと大きな闇が要る」

 

 奥の暗がりに、白火が灯っていく。

 

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 

 奥へ。

 さらに奥へ。

 白火が順番に灯っていく。広場の奥の暗闇が少しずつ、明るくなっていく。

 

 灯りがつくたびに、白い顔が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 一列。二列。十列。

 

 その向こうにも、まだ列がある。広場を埋め尽くさんばかりに並んだ、無数の聖像兵の群れ。

 

 その数えきれないほどの目が、同時に開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿な……」

 

 ラウエルさんが呟いた。

 その声は、ひどくかすれていた。

 

「見なさい、勇者様!」

 

 レオンダルさんが叫んだ。

 

「これが、あなたを完成させる魔王軍です!」

 

 広場を埋め尽くした1000体を超えるであろう聖像兵たちが、一斉に剣を持ち上げる。

 

 クラリッサさんがゆっくりと息を吐く。

 

 

 

 

 そこで、レオンダルさんが嬉しそうにこちらを見つめた。

 

「ああ、そうそう。村娘のあなたには、こういう物語を」

 

 そういえば私だけ途中だった。ちゃんと覚えててくれたらしい。

 

 

 

 

「そもそも、なぜ村娘のあなたが勇者一行に数えられているのか。それはあなたが同行を無理に頼み込んだからですが、なぜそんなことをしたのか。……そう。あなたには、隠された理由があったのです」

 

 ……おお。そこまでは合ってる。

 

 

 

 思わずそわそわし始めた私を見て、ユリスくんはなぜか非常に動揺した。そしてクラリッサさんに「そんな場合じゃないでしょ!」と足を踏まれていた。いたそう。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、魔物だったのですよ。勇者を見張る任務を命じられた、魔王軍の一味だったのです。だから、どうしても同行する必要があった」

 

「……!!!!」

 

 

 

 

 

「勇者一行の旅は過酷ですが、あなたは平気です。魔物なのですから。むしろ、普通の人間として振舞うことに苦労する。魔王軍に報告しつつ、板挟みになりながら、あなたは進む」

 

「旅の途中で他の魔王軍と出会ったときは、ごまかすこともしたでしょう。あれは魔王軍でない、ただの人間なのだと」

 

 

 

 

 

 

 

 レオンダルさんは、自信たっぷりに背後の聖像兵を振り返る。

 

「魔王軍から戻って来いと要請が来ても、あなたは戻らない。次第に情が移っていったのですね。そして、この絶体絶命の危機に、あなたは正体を明かして勇者側として戦います」

 

「1000体の魔物――実際には聖像兵ですがね。魔物の群れを相手にあなたは戦います」

 

「ですが、多勢に無勢。あなたは倒れ、蹂躙されて死にます。事切れるのは勇者様の目の前がいいですね。哀れで悲しい物語でしょう?」

 

 

 レオンダルさんの物語は途中まで、とっても整っていて、正しかった。最後以外。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この悲しい物語は、あなたが一番最初に口火を切るべきです。それが一番美しい」

 

「ネリネ! だめだ!」

「聞く必要なんてないわ!」

「ネリネさん!」

 

 みんなが叫んでいる。うーん……。どうしようか、と迷い、決めた。

 

 だってレオンダルさんは神殿の偉い人だ。その人に、私が魔物だとバレている。つまりみんな知っているのだ。私が聖都にやってきたときもきっとみんなびっくりしていたのだろう。「あいつ魔物なのに堂々と来たぞ!!!」みたいな。はずかしい。

 

 でも、このままだとユリスくんたちは「魔物を仲間に連れていた勇者一行」という肩書にならない……? それはなんだかよくない気がした。よし。

 

 

 

 

 

「そうです」

 

 私は言った。

 

「私は、魔物です。勇者であるユリスくんを見張っていました」

 

 広場が、静かになった。その沈黙は、なんだかさっきとは種類が違う気がした。

 

「内緒で潜り込んでいましたが、バレてしまったらしょうがないですね」

 

 

 

 

 

「ふざけるな!」

 

 ユリスくんがまた叫んだ。

 そして、私と療養椅子をまとめて背中に隠すように、レオンダルさんとの間に立つ。

 

「ネリネに何を言わせてる!」

「おや。ご本人が認めていらっしゃいますが」

「ネリネはいつもそうなんだ! 俺たちを庇う時だけ口が回って! 橋の時も、落石の時も、頭からかじられた時も、全部『大丈夫』で済ませてきた! それが今度は魔物になるなんて……!」

 

「いや、本当なんだけど……」

 

「ネリネは黙ってて!」

 

 振り向きもせずに黙らされた。私の話なのに私は話してはいけないらしい。

 まあ、仕方ない。言葉で駄目なら、見せるしかない。

 

 私はそっと、椅子の肘掛けに手を置いた。

 

 

 

 

 

「言いがかりはやめろ!!!」

 

 目の前では、ユリスくんが聖剣を振り上げて吠えている。

 

 私は足を、療養椅子から床に下ろした。

 ぺかー! と『起き上がり禁止』の札が光った。最後まで仕事熱心である。

 

「ごめんね。ちょっとだけ、起きるね」

 

 小声で謝って、ぺりっと剥がし、肘掛けの上にきちんと置いた。

 

 

 

 

「ネリネ姉ちゃんがどういう人か、俺が一番知ってるんだ! スープの味で一喜一憂して、焼き菓子を明日に残すかで30分悩んで、知らない子どもの迷子札を読んでやるような人だ! 魔物なわけがあるか!」

 

 椅子から降りている間に、ユリスくんはどんどんヒートアップしていった。しかしまずいぞ。なんだか正体を出しにくい話の流れになっている。これは早くユリスくんを止めなければ。

 

 

 

 

 靴の中で、足を元に戻す。

 ぱきん、と音がして、爪が靴を突き破って出た。鳥の足に似た、硬く曲がった爪。十年間、大きめの靴で隠してきたやつ。

 

 

 クラリッサさんとエルミナさんが、口をぱくぱくさせていた。止めるべきか、何と言って止めるのか、決めかねている顔だった。

 

 

 一方、レオンダルさんの目は、ユリスくんの肩越しにきらきらし始めた。

 

 

「何を見てる!」

「いえ、お続けください。実にいい」

「ネリネ姉ちゃんを知ってる人が聞いたら笑うぞ! あの人が魔物だなんて――!」

 

 

 

 私は背中に力を入れた。

 ぶちぶちぶち、と服の破れる音がした。

 

 ユリスくんが、ぴたりと止まった。

 ゆっくりと、振り向く。ユリスくんの表情は、逆光になっていてよく見えなかった。

 

 ユリスくんは、手に持っていた聖剣をいきなり取り落とした。がしゃーん! という金属音が、広場に響き渡る。

 

 

 

 そして、ばさーっ! と、私の背中で、大きな翼が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 この話、8900字もあるの!?
 あと2話くらいで終わります。たぶん。
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