あなたが幻想郷から現世へ帰った一年後の春に、レミリアから送られてくる手紙……という設定で書いたものです。


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妹をダシに逢いたがるレミリア特有の屈折した切ないエゴイズムの隠見される手紙

 

 

 

 

 

 

 ごきげんよう、○○さん。

 

 便りがないのは良い便り、と云うことわざは眉唾物ですけれど、あなたに限っては真実なのだと、つい信じてしまうせいで、長い間こちらからお便りを出さずにきた結果、今こうして、手紙を書くに至り、はじめに何を書き、何を伝えたらよいか、とても悩んでいます。

 

 あなたが現世に帰ってから一年経ちました。

 

 この間、あなたがどう過ごしたかは分かりませんが、良いことが多かったなら、わたしも嬉しいです。

 

 

 最近、人里との話し合いで、霧の湖が正式にわたしの領地と決まりました。その件で、館の連中は大盛り上がりで、中々面倒なことになっているところです。

 あの湖水は清いからチョウザメを育てて一儲けしようとか、水路を拓いて新田開発に充てようとか、開発には鬼神を呼ぶか魔法を使うかとか、霧の湖を今まで通りにしておきたいわたしの思いは等閑に、湖を勝手にどうにかしようと皮算用ばかり飛び交う有様で、かくも皆の、それぞれの業に則してばかりの直線的な考えには常々呆れます。

 

 そんな中、咲夜だけはわたしとおんなじ思いでいてくれて、家中が乱れないよう気配りしてくれています。実に良い家宰を持ったと思います。とはいえ咲夜も咲夜で、良くも悪くもいつもどおりなので、今でもたまに変な物の入ったまずい茶を淹れてきて困りものですが、今となっては、それもまた、わたしにとって、かけがえのない日常です。

 

 そんなこんなで、皆かわりなく、それぞれらしく振舞っており、かくして幻想郷は、良くも悪くもいつもどおりですが、いつもどおりでないものも実はあります。愚妹のことです。

 

 

 愚妹はすくすく成長し、笑顔も増えてきました。かつてと違い、今は天真爛漫に日陰で遊び、おなかいっぱい食べ、お風呂で一緒にお歌を歌い、この頃は、漢字の読み書きも随分上達し、正座もしっかり出来るようになって、人前に出しても恥ずかしくないようになりました。

 さてそんな愚妹も、今年の皐月から、寺子屋に通うことに決まりました。ともすれば寺子屋は朝が早いので、愚妹もそれに合わせて、人間と同じ昼夜の寝起きをすることになります。わたしの寝起きの時間とは入れ違うので、これから当面の間、わたしたちは姉妹揃っての団欒を共にすることは出来なくなってしまいそうで、少しさみしいですが、愚妹のほうは、むしろ”ぴかぴかの一年生”になるのが楽しみで仕方ない様子です。愚妹の成長は目覚ましく、家中もそれを喜んでくれています。

 

 

 ところがその実問題もあって、有り体にいって、愚妹はずっとずっと、あなたが恋しいようです。いつもにこにこ笑顔で過ごしていながらも、急に会話の途切れた瞬間のように、ふと真顔になって、「○○はもうここへ来ないの?」などと尋ねてきて、わたしをよく困らせてきます。

 わたしが「あの人は忙しいんだから、ごねるのはやめなさい」と言い聞かせると、愚妹はなんとも、子供だましの嘘をつかれた子供のようにへそを曲げてしまうので、いよいよ困りものです。

 成長を経て、愚妹はへそを曲げることを覚えたようです。しかしそれは、まっすぐな思いを持つようになった証でもあります。実際、愚妹があなたのことを尋ねるとき、それは常にまっすぐで、さみしそうで、大人を嘲弄するような態度ではないのです。

 

 

 そして愚妹はあるとき、お庭で竹馬をしていた時に、そばにいた咲夜に同じことを尋ねていました。○○はもう来ないのかと。

 それに咲夜がどう答えるのか気になって、わたしは静かに聞き耳を立てていました。

 咲夜は一寸沈黙した後、だいたいこんな風に答えました。

 

「お説ですが……臥龍は、いつか雨の日に独り、あの暗い雨雲の彼方へ飛んでゆきます。それが具体的に何故なのかは分かりません。しかし、それは龍にとっていわば、宿命なのです。生き物が、生まれて死んでを繰り返すように、龍は、いづれ雨の中をゆくのが宿命なのでしょう。そうして旅立ち、雨の中をゆくうちに、龍がほんとうの龍になってゆくように、人も、それぞれの使命と向き合って、人間になってゆくのです。皆それぞれ、選ぶしかなかった生き方があって、旅立つしかない理由があって、いつかどこかへ旅立つ日がきます。……別れの日が来ることさえ、ひとつの宿命なのです。ですから妹様、わたしたちは、○○さんの門出を祝福してあげませんか。……あのひとが、自分の道を選んでゆけたことを、良いことだと信じてあげましょう。そう思えたら、思ってあげられたら……、あの人は、永遠にわたしたちの心の中にいますし、わたしたちに残された思い出だって、永遠に綺麗でしょうから……」

 

 愚妹は何も言いませんでした。咲夜の言が心に翳ったのだと思います。一方、それはわたしの心にも翳りました。わたしは誰かの門出を祝ってあげたことがあるでしょうか?

 

 それゆえにわたしはまず、今年から寺子屋に通う愚妹の門出を、そのちいさな旅立ちを祝福してやることに決めたのです。

 

 

 今年、端午の節句を祝うことに決めました。当日は、館の時計台のてっぺんに、五丈もある大きな赤い鯉のぼりを掲げてやるつもりです。

 鯉は瀧をのぼり、のぼり、成長し、やがては龍に姿を変えます。おなじように愚妹も今、時の不可逆の階段をのぼり、成長している最中です。

 それを心からめでたく思い、端午の節句を祝うならば、その同じ日にわたしは、あなたがあなたの道をゆく今を、あらためて祝福してあげられるのかもしれません。

 

 

 そんな風に考えていたところ、今、咲夜が部屋にやって来て、「いい天気ですから換気でも」と、窓を開けてくれました。

心地よい春風が入ってきて、カーテンがふくらみ、ちらちらと窓外の景色が見えます。

 真向いは紅魔館の正門が眺められ、その門構の向こうは一面の霧の湖が、さながら春の海のように煌めいています。

 その湖面のかがやきを背にして、美鈴の姿があり、なにやら近所の村の子供たちと、面子を打って遊んでやっているようです。

 

 あのときあなたの勧めに応じて、昼間は門を開けるようにして良かったと思います。

これはあなたがくれた景色です。それゆえに、それは紅魔館に遺された、あなたの面影なのです。

それを思えば、愚妹の抱えるさみしさが、わたしにも分かります。

 

 

 季節は廻り、時は流れ、歴史は繰り返します。しかし思い出は繰り返せません。同じ花が二度とは咲かないように。

ともすれば、今年の端午の節句にしても、愚妹にとっては一輪の花で、咲いたら咲いたきり、一度きりの思い出になります。

 他でもないあなたはそれをよく知っているはずです。というのもわたしは、いつかあなたが語った、端午の節句の思い出話を、ひしと強く思い出すのです。

曰く、うちは貧乏だったから、端午の節句のとき、千歳飴をもらえなくて泣いたと。

 

 

 

 ○○さん。

 

 愚妹に千歳飴を渡してやっていただけませんか。

 

 わたしから渡すのでは、ただの飴になってしまいます。

 ひいては愚妹にとっての端午の節句を、むなしい行事にしてしまいそうです。

 

 

 

 館の門を開けておきます。今のまま。

 あなたがいつでも帰って来られるように。

 

 門前の賑わいも、美しい景色も、かかる端午の節句のお祝いも、

 すべて、あなたの傍らにあってこそ、心から眺めていたいと思うので。

 

 

 

 レミリア・スカーレット 花押

 

 

 

 

 


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