尸魂界死神異譚   作:マグロのしばき

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あらすじにもある通り、シグルイの藤木源之助をどうにかして幸せにできないかなと思い書きました。



『死』

 

 駿河城、寛永六年九月二十四日。

 この日、尋常ならざる領主を喜ばせしめるためだけに執り行われた真剣試合。

 通常、武芸上覧とは木剣を用い、直接身体へ打突することは許されぬが、この日ばかりは話が違う。

 

 駿府領主、徳永忠長。

 

 この者により挙行されしこの試合、普通である筈がなく。御前試合とは名ばかりの、ただの殺し合いである。

 

 忠長の暴虐伝説は数多く。俗説であれど、目も当てられぬ乱行は後を絶たない。

 何より、陰腹を召してまでその狂行を鎮めようとした忠臣にすら、暗君とまで謗られるこの男。()()が語れる訳がない。

 

 ただ一つ、「駿河大納言秘記」に収められた駿河城内の御前試合の記述のみが、忠長の驕暴を世に知らしめる唯一の()()()()()記録である。

 

 

 出場剣士十一組二十二名

 敗北による死者八名

 相討ちによる死者五名

 射殺二名

 生還七名 中二名重傷

 自決一名

 

 


 

 

 

 御前試合第一試合を終えた源之助は、忠長の忠臣に導かれるまま、城内の座敷に鎮座していた。外はまだ明るく、障子から射し込む光に照らされる源之助の姿は、試合前とは別人のように疲弊しきっていた。

 

 その身に纏う血を洗い流すため、風呂の用意へと座敷を後にする忠臣たち。一人静寂の中では、頬にこびり付く血が乾くのを鮮明に感じられる。

 拭う素振りすら見せず、虚ろな瞳でただ一点だけを見つめていた。

 

 全てを奪われた。いや、自ら喪ったのか。

 心も、誇りも、乙女すらも。

 

 源之助の頭の中は、これからではなく、これまでだけが渦巻いていた。虎子となり、同胞(はらから)と共に研鑽し合う日々は、代わり映えしなくともそれがいい。

 

 稽古場は熱気に満ち、男どもの汗が滴る。そんな火照る体を、涼やかな風が撫でるのが心地よかった。

 

 何処で狂った。何処で間違えた。何を間違えたのか。

 崩れ去る幻想の中、一人の男が浮かび上がる。

 

 己であった。

 

 己自身と向かい合い、これまでを振り返り続ける。己が師、岩本虎眼の命により、焼け火箸を掴む己。

 虎子たちと共に、乙女の純潔を捧げんがため、その柔肌を押さえつける己。

 最後の最後に、貴様自身の誇りを穢し、切り落とす己。

 

 端から見てようやっと気付いたのだ。

 

「傀儡……」

 

 感情を殺し、鼻血を垂らす様は何とも……何とも……

 するりと腰の刀に手が伸びる。小気味の良い金属音と同時に引き抜かれた刃は血拭い甘く、僅かに赤き湿り気を帯びていた。

 

 刀身に映る己を見据える源之助。しかしその目に映る己自身は、ただの木偶(でく)にしか見えていなかった。

 

「藤木源之助は……生まれついての……」

 

 その先を語る事が出来なかった。今の源之助にとって、(さむらい)とは何かが分からなくなったのだ……守るべきお家も失い、己が傀儡(くぐつ)と気付いた今、それを語るは厚顔無恥。

 

 刃は次第に、喉元へと迫る。

 源之助の心はもう、空っぽなのだ。唯一残されたのはこれから、駿府家中という(さむらい)の夢。それもまた、傀儡の始まり。

 頬の血はいつしか首まで垂れていた。細く緩やかに伸びるその感触は、源之助を絡めとる糸のように。

 如何ともし難い嫌悪感から逃れるように、源之助はその手に力を込める。

 

「藤木源之助は……死についての……」

 

 糸を断つが如く、刃はまっすぐに引き切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―尸魂界―

 

 現世で死した者が死神により導かれる世界。青々とした空の下、白一色の無機質な建物を取り囲むように下町が建ち並んでいる。

 

 少し前、瀞霊廷にて護廷十三隊なるものが結成され、数々の世代交代をこなしながらも尸魂界は死神たちによって平和を保たれていた。

 

 そんな護廷十三隊が第一隊長室にて、不穏なる伝令が伝えられていた。

 

「失礼致します!」

 

「うむ」

 

 厳格な声色で返事を返す者の名は、山本元柳斎重國。僅かに白くなりつつある口髭を蓄え、額に大きな傷を負う壮年の男は、伝令の者の言葉を黙って聞いていた。

 

「近頃、瀞霊廷内を騒がせている件についてですが、現況は恐らくは流魂街南78区、戌吊(いぬづり)からかと」

 

「ふむ」

 

 頷く山本は立ち上がり、荷仕度を始めていた。実は近頃、護廷の任務により、治安維持のために各隊が様々な区に派遣されていたのだが、ある一報を皮切りに不穏な影を見せ始めていたのだ。

 

 流魂街の地区自体、数は1から80までと多い。それに加えて数字が大きくなるにつれて治安が悪くなっているのだ。80区、更木(ざらき)などは殺人など日常茶飯事である。

 

 結果から見て治安維持は無駄に等しいが、数字の大きい地区には十一番隊等の武力に特化した死神たちが派遣されていた。がしかし、近頃そんな血気盛んな者たちが顔に大きな傷を負って帰ってくる事が増えたのである。

 

 耳の無い者。片目を失った者。中には鼻骨が見えるほど鼻を抉られた者まで。取り返しのつかない傷を負わされた者たちは怒り、果てには任務を放棄してまで渦中の者を始末しようとしていた。

 

 伝令の報告も話半分に、支度を整えた山本は斬魄刀を携え伝令の横を通りすぎる。

 

「不躾ではありますが今回の件、わざわざ総隊長が出るまでもないのではありませんか? 十一番隊で起きている暴動は卯ノ花隊長が……」

 

「彼奴が出れば殺してしまうであろう」

 

「! まさか迎え入れるおつもりですか!?」

 

「見込みがあればの」

 

 話を早々に切り上げ、部屋を後にする山本であった。

 

 


 

 

 流魂街78区戌吊(いぬづり)

 

 遠い道のり、空はすでに夕焼けに染まりつつある中、山本は戌吊(いぬづり)へと足を踏み入れた。

 着いたは良いものの、手がかりはこの区に居るであろうという事のみ。

 

 落ち着いた足取りで辺りを見渡せば、自分がよく見る町並みとはまるで別であった。数える程しかない家、道を見れば疲弊した者たちが寝転びながら、物珍しそうに山本を見ていた。

 

 気にも止めず歩いていると、ふと何処からか悲鳴が。

 

「ぁぶっ……ひっ! わ、悪かったよ! 許し……」

 

 場所はそう遠くない、数十歩歩けば届くであろうボロ小屋の後ろから、その声が聞こえてきた。

 もしやと、当りをつけるために歩を進める山本。悲鳴は徐々に大きくなっている。

 

 小屋に近付けば近付くほど、悲鳴と同時に、何かを何度も殴打するような音も聞こえてきていた。

 いつしか悲鳴は聞こえなくなり、それでもなお打撃音は鳴り止まない。

 

 気付けば物陰へとたどり着いた山本。その身を繰り出し、音の現況を確かめた瞬間。

 

「む……」

 

 山本の顔に何かが飛んできた。ピチャリと頬に着くそれを手に取り確かめれば、それは歯であった。

 ぬらりと血が纏い、臭うそれを無造作に投げ捨てる山本。視線を戻せば、大の大人に馬乗りになりながら、何度も何度も右拳を振り下ろす少年の姿が。

 

 ふと、振り上げた拳を止める少年。山本の気配に気づいたのか、立ち上がり、此方へと向き直る。

 

「ほう……」

 

 正面を向かれた瞬間に分かったが、その少年には左腕が無かった。山本は先ほどまで死角となって気付いていなかったが、理解した瞬間、このような子供が自分の倍以上もある相手にその膂力をもって圧倒している様に、少し感嘆していた。

 

「童、名は?」

 

「…………」

 

「ふん、口がきけん訳では無かろう」

 

「…………」

 

「ふむ、ではこうしよう」

 

 依然として沈黙を貫く少年に、山本は語気を強め、少しの霊圧と共に声を放つ。

 

「名乗れ」

 

 山本本人にとっては少量であろうが、常人なれば軽く気を失う程の霊圧だ。現に、近場の小屋はミシミシと悲鳴を上げ、先ほどまで寝転んでいた人々もその圧に過呼吸を起こしている。

 

 しかし目の前の少年は汗一つ垂らす事なく、山本のご挨拶に口を開いた。

 

「藤木、源之助」

 

 藤木源之助。生まれついての傀儡か士か。

 死について、何を成すのか。

 




緩く見守ってください。
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