十番隊にて仕事を依頼された源之助は隊舎へと赴いていた。
「おーすっ藤木さん。今日もすんません、また松本が仕事サボってさ~」
「あたしはちゃんとやってますー、隊長こそ自分の仕事あたしに押し付けてるじゃないですか」
源之助を出迎えたのは十番隊隊長を務める「志波一心」と、副隊長を務める「松本乱菊」であった。
「俺がいつそんな事したよ、大体そいつぁ俺のセリフだっての」
「はぁ? じゃあ言わせてもらいますけど、こないだあたしに……」
「……」
ぐちぐち言い争っているのを傍観していると、二人の後ろから呆れた風に声をかける者が一人。
「どっちもどっちでしょ。仕事溜まってんですから早くやりましょうよ」
死神にしては幼いながらも、三席を務める「日番谷冬獅郎」が腕を組みながら言葉を繋げていた。
「ていうか、隊外の人に手伝ってもらってる時点でダメでしょう」
「仕方ねえだろ~、隊長書類も副隊長書類も、自己判断で処理出来るの藤木さんしか居ねぇんだから」
「いやだから、そういう事を言ってるじゃ無くて……」
一心の的外れな言葉にため息が出る冬獅郎。チープなやり取りを前に、源之助はようやく口を開いた。
「……とにかく、早く終わらせようぞ」
「「は~い」」
「……うっす」
源之助の言葉に、四人揃って執務室へと歩き出した。
昼を過ぎ、三時頃──
四人は手分けして書類業務に取り掛かっていたが、乱菊が項垂れながら口を開いた。
「や~……もうぶっ続けじゃないですかぁ……休憩しましょー?」
「何言ってんの、大体お前の分の書類ばっかじゃねえか。良くこんだけ溜めれたもんだよ」
筆を止め、机に突っ伏す乱菊とは反対に、まだ真面目に仕事をこなす一心。口を尖らせながら駄々を捏ねる彼女は、源之助へと口を開く。
「またあたしのせいにして~。ねぇ藤木さん、休憩しましょ~? ねぇねぇ?」
「おい松本、いい加減に……」
冬獅郎が彼女へと注意しようとしたが……
「……そうだな、一息つこう」
予想外の言葉に少し驚く一心と冬獅郎であったが、乱菊は気にも止めずに羽を伸ばし出していた。
「ぃやったー!! 頑張り過ぎは体に毒ですもんね~!」
「……ちょっと、いいんですか藤木さん。早めに終わらせた方が……」
冬獅郎は不服そうに語りかけるが、源之助は何の問題も無さそうに言葉を繋いだ。
「天井裏に床下」
源之助のその言葉に、先ほどまで笑顔だった乱菊の表情がこわばった。
「あ、あたしは気晴らしに散歩でも行こうかしら~……」
「隠された書類の山を見るに、どう足掻いても今日中に処理するのは不可能であろう」
そそくさと部屋を出ようとする乱菊だったが、続く源之助の言葉が告げられた瞬間、彼女の背に冷たい視線が突き刺さった。
「「松本……」」
心底呆れた風にジト目を向ける一心と冬獅郎であった……
「あちゃ~バレちゃった……」
「……幸い明日も空いておる故、今日は志波隊長の分を始末すれば、明日中には全て片付く」
ヘラヘラと苦笑いの乱菊を尻目に、一心は源之助へと口を開いた。
「いやぁ、すんません……ってか、何でそんな事知ってんすか?」
「……此処には何度も赴いております。松本の怪しき動きを目にするのも、最早数えきれぬ程」
「……ホントすんません」
源之助の十番隊への書類業務の派遣回数は異常であった。流石の回数に何故、と目を光らせていたら、乱菊が書類を隠しているのを何度か目にしていたのであった。
「小腹でも満たし、気長にやれば良いかと」
源之助がそう言いながら小包を取り出した。開けて中をみてみれば、高価な包装が施された甘納豆が。
それを見た瞬間、冬獅郎の目の色が変わる。
「取り寄せておいた甘納豆だ、好物と聞いたぞ冬獅郎」
「……お茶入れて来ます」
「ハッハッハ! じゃあ、とりあえず休憩するか。となれば……」
一心は立ち上がり、近くの小棚へと歩き出した。
「ホントは晩まで取っとくつもりだったけど、せっかくだしな~! さあ出ておいで~、俺の大福ちゃんっ!! ……ってあれ?」
戸を開けるも、そこに大福は無かった。呆気に取られるのも一瞬に、一心は乱菊と冬獅郎へと向き直った。
「ねー? ここに置いてあった大福見てない?」
「あたしが知るわけ無いじゃないですか」
「……俺も」
乱菊とは違い、歯切れの悪い返事を返す冬獅郎。その様子に、訝しげに冬獅郎の顔を覗き込む一心。
「ん~?」
「……な、何すか」
「あー!! よく見りゃ口元に粉付いてんじゃねえか! 犯人お前だな!!」
「……ゲプッ……まあまあでした」
「人の物勝手に食っといてまあまあって何!? せめてご馳走さまでしょ!! ってか、普通謝るところだよね!?」
「ゴチソウサマデシタスミマセン」
舐めた態度の冬獅郎であった。
「きいー! もう許さん! お前の分の甘納豆無しだ! 俺が食う!」
「絶対嫌っす」
「何を小生意気な!!」
「……二人はほっといて先始めちゃいましょー」
「……ああ」
子供のやり取りに等しい掛け合いも他所に、さっさと準備する乱菊と源之助であった──
──休憩は終わり、時刻は夕暮れを過ぎ、辺りは薄暗くなっていた。一心の書類は早くに終わったが、まだ乱菊の分が多量に残っている中、源之助が口を開いた。
「……今日はここまでとしよう」
「はぁ~……やっと終わったぁ」
「まだお前の分は大量にあるけどな」
「はいはい分かってますよー」
ため息混じりに返事を返す乱菊。一心と冬獅郎は荷支度を整え立ち上がった。
「んじゃ、俺は上がるわ。じゃあな~」
「俺も。誰かさんの書類を終わらせる為にも早く寝ねえとな」
二人は部屋を後にし、残されたのは源之助と乱菊のみとなった。
「何よもう、冬獅郎の奴あたしが上官っての分かってんのかしら」
「……」
「終わったはいいけど、この後暇なのよね~……そうだ! ねえ藤木さん、今から呑みに行きましょうよ!」
閃いたとばかりに手を叩く乱菊。実は彼女が源之助を呑みに誘うのは始めての事では無い。八番隊隊長の「京楽春水」や九番隊副隊長、「檜佐木修兵」と共に呑み交わした事が何度かあった。
「ねえ!」
「……明日の仕事に障るぞ、あとお前は酔うと面倒だ」
「硬いこと言わないでくださいよ~。それに、今日は絶対呑み過ぎませんから! ね! いいでしょ?」
「しかし……」
「あははは! それで隊長ったら、崖から転げ落ちちゃって……ぷっ、あはは!!」
「……」
結局、無理やり連れられるまま、居酒屋にて酒を呑み交わす源之助であった。
机に並べられた酒瓶の数はもう10を下らない。次々と運ばれてくる酒を尻目に、源之助は口を開いた。
「……呑み過ぎぞ」
「こんなの呑んだ内には入りませんよ~。あ、それでね! これまた面白いのが……」
── 一時間後…… ──
既に酒瓶の数は20を越えていた。顔を赤くしながら、ほのかに据わり始める目で未だ源之助へと言葉を繋げていた。
「最近冬獅郎が舐めた口利いてくるようになったんですよぉ~、今に始まった事じゃないけど……」
「……」
「でもね~、どんどん実績立てて、隊内の評判凄いんですよぉ~……私の目に狂いは無かったって、ちょっと誇らしいっていうか……んぐっ……ゴクッ……」
自慢気に語りながらも、ラッパ飲みをかます乱菊。豪快に飲み下す様に呆れた風に源之助は眉をひそめていた。
「ぷっはぁ!」
「……いい加減にしておけ」
「んぅう……そんな事言ってー、藤木さんもあたしの事誇らしかったり~?」
「無いな」
「ひど~い! ヒック……」
── さらに一時間後…… ──
「うっ……うへぇ……藤木さんって、ホントお酒強いですよねぇ~……」
「……お前が呑み過ぎなだけだ」
結局、源之助と乱菊が空けた酒瓶は30を越えていた。今は酔い潰れた乱菊に肩を貸し、隊舎へと向かっている途中であった。
「うぅ゛……気持ち悪……」
「……おい」
ふらふらとよろめき、道伝いの壁に倒れ込む乱菊。背を預け項垂れている様に、源之助は携帯していた竹水筒を差し出した。
「薄めろ」
「んぅう……すみませんん……」
手に取った水筒をそのまま口へ。ゴクゴクと喉を鳴らして飲めば、口元から溢れ出した水が、彼女の空いた胸元へと滴っていた。
「分けて飲め、一息では苦しゅうなるぞ」
「ぐっ……んぐっ……はぁっ……」
少しは気分が紛れたのか、トロンとした目付きで源之助を見上げる乱菊。妙な色気を放つその風貌は、おそらく檜佐木なら鼻血物であっただろう。
「なんだか似てますね……あの時と……」
「……」
乱菊のその言葉に、源之助もまた思い返していた。
流魂街にて、幼き彼女と出会った記憶を──
──源之助が流魂街を歩いていると、ボロ小屋の中で佇む一人の少女が居た。
軋みを上げ、今にも崩れ落ちそうな屋根の下、開かれたままの戸から見える横顔。
喪失感を漂わせる瞳の中には、何処かやるせなさを感じさせていた。
彼女のその右手には、一つの干し柿が握られていた。源之助がそれを確認した瞬間、ポツリ……と彼女が何かを呟いた。
聞き取れはしなかったが、彼女の瞳が曇りを増したのは理解出来た。
すると彼女の右手が口元へと運ばれる。少し大きい干し柿を一口にて放り込んだのを確認すると、次第に苦しそうに呻き出していた。
何事かと近寄れば、どうやら喉を詰まらせていたようだ。
「……ん! ……んん゛!!」
喉を押さえ慌てる彼女から了承を取る必要は無い。勝手に小屋に入り、彼女の肩に手を置くと、振り返り様に驚いた表情を見せていた。
そんな彼女とは対照的に、落ち着いた所作で水筒を彼女に差し出した。
「流せ」
「……っ! ……ぐっ……んぐっ!」
源之助から水筒を奪い取り、勢い良く飲み下す。口から溢れるのも気にせず飲み続ければ、次第に楽になったのか、ゆっくりと口を離した。
「ふぅっ……あ、ありがとう」
「……」
水筒は、まだ彼女の手に握られたままだ。
物言わぬ源之助を前に、彼女はその身なりをひとしきり観察した後、言葉を繋げる。
「あんた、死神?」
「……そうだ」
源之助の返事に、彼女は僅かに眉をひそませた。理由は知る由も無いが、良い思いはしない。
「そう……死神……」
「……」
目を伏せる彼女の手から、何も言わず水筒を取り戻す源之助。踵を返し、小屋を後に出て行こうとした瞬間……
「ねえ!」
源之助を呼び止める彼女の声に、その歩を止めた。
振り返り彼女を見れば、何かを決意したかのように源之助を見つめていた。
「あたしを……死神にして」
「……」
唐突な言葉であった。
その意味が何故かは分からないが、彼女の握られた拳からは、沸き上がるような苛立ちが見て取れた。
「……何故」
「……理由を知りたいの」
答えにならない答え。
訳の分からぬ言葉であったが、彼女は立て続けに言葉を繋げていた。
「あたしを置いてった馬鹿から理由を聞きたい……それだけ……!」
その言葉に少しだけ事情を理解出来た源之助は、彼女へと歩み寄り、口を開く。
「手を出せ」
「……? は、はい」
差し出された左手を掴み、神経を研ぎ澄ませる。
彼女の内に宿る霊力、霊圧を見定める為に。
「……素質は有ろう……だが……」
源之助は違和感を捉えていた。霊力、霊圧はおおよそ童とは思えぬ片鱗を輝かせてはいたが、その深根……彼女の魂魄の部分が、どうにも感じ取れない。
ぽっかりと空いていたのだ……まるで何かに奪われたかのように。
「……どうしたの?」
「……いや、問題無い。素質としては、十二分に満たしておろう」
「! じゃあ……!」
「……付いて来い」
手を離そうとしたが、彼女はそれを許さなかった。
ギュッと握られる小さき手が、振りほどこうともほどけない。
「……離せ」
「嫌。実は嘘でした~、なんてどっか行かれたら困るし」
気の強い言葉の中に、寂しさを隠せぬ声色で言葉を繋げていた。
「ああいう思い……もうしたくないのよ」
真意は分からぬが、汲めぬ訳では無い。
源之助自身、何時しか似たような事があったと思い返す。不器用に握り返すと、その手を引いて歩き出す。
「行くぞ」
「うん!」
これが彼女……松本乱菊との出会いであった。
「えっへへへぇ……久しぶりに手ぇ繋いでくださいよ~」
「……あまり戯けるでないぞ」
悪酔いが過ぎる乱菊の絡みに、少し嫌気が差す源之助であったが、なるべく揺らさぬように彼女を抱え上げ、肩に腕を回させる。
酒臭い息が匂って来るも、源之助は言葉を繋いだ。
「……理由は聞けたのか」
「……」
互いに思い返した記憶。
源之助の言葉に、彼女の息がより浅くなった。夜の静けさに、ようやく聞こえるため息が彼女の口から漏れた。
「……知りませんよ、あんな奴」
「……」
「飄々としてニヤケ面で……そんな所は変わってないくせに……何か、変わっちゃった……」
「……」
「あたしの知ってるアイツは……もう居ないのかな……って……」
源之助は乱菊の歩みに、力が抜けていくのを感じていた。虚脱感は増すばかりか、肩にかかる重みは増していく。
ため息よりも小さき音が、響いた。
「──ギン」
呟かれた名。
それが三番隊隊長、「市丸ギン」の名である事は当たり前に理解出来る。だが、源之助はギンと乱菊の関係についてはもうずっと前から分かっていた。
特別席の任で、三番隊に出入りした事は多々ある。
ギンが執拗なまでに十番隊について聞いてくるのもあって、それが遠回しな乱菊への思いだということは、嫌でも理解出来たのだ。
これも特別席として様々に触れ合い、人の心が理解出来ずとも、その者の言葉に何が含まれているのかを、確信無くとも感じる事が出来るようになった成果か。
増す重みを感じる中、源之助はゆっくりと口を開いた。
「……聞けばいい」
「……え?」
「置いて行かれた理由も、変わってしまった理由も……全てを聞けばいい」
「……」
項垂れた顔が、一瞬源之助を見上げる。しかし、何処か自信が無さそうに、また伏せられる。
「変わるとは、簡単な事では無い。変われぬまま、一生を悔いる者も居る」
「……」
「聞けばいい、そう易々と話す男では無かろうが、
「……そう、ですかね……」
「歩くような速さで進めばいい。その果てに知り得た答えはきっと……変わってしまったのでは無いと……変わったのだと思えるのではなかろうか」
「……!」
乱菊はもう、俯いてなどいなかった。吸い込まれるように、ただ源之助を見つめていた。
「何時ものように、だらしなく笑って居れ。甘味でも食って、笑って居れ」
源之助もまた、乱菊を見返す。僅かにではあるが、顔を向ければ目と目が合った。
「哀切な瞳は、お前らしくないぞ」
──もう、肩の重みは軽くなっていた。
「……ありがとうございます……藤木さ……ゔぶっ!」
乱菊の瞳が輝かしくなろうとした瞬間、彼女の喉が膨れ上がった。
「オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛……!」
源之助の胸に、熱が広がった。
ぬらりどろりと広がるそれに目を向ければ、強烈な酸性臭が鼻を突く。
吐瀉物、つまりゲロが源之助の死覇装にぶちまけられていた。
余りの衝撃に手を離してしまう源之助。乱菊はそのまま地面に横たわり、独り言をデカデカと語っていた。
「あ゛~もう無理……ここで寝る~」
「………………」
先ほどまでのやり取りは何だったのか……源之助は横たわる乱菊を無視し、一人隊舎へと帰るのであった。
──翌日──
「あ゛~頭痛ったぁ……昨日の記憶ほぼ無いわ……」
結局、隊舎へと朝帰りする羽目になった乱菊であるが、二日酔いに痛む頭を押さえながら、隊首室まで赴いていた。
「失礼しまーす」
「あ、やっと来たか。もう始めてんぞ~早く仕事しろよ~」
「ったく、何でお前が一番後なんだよ。いいご身分だぜ副隊長さんよ」
「……」
戸を開けると既に三人は作業を始めていた。黙々と筆を動かす源之助に乱菊は口を開く。
「あー! ちょっと藤木さん! 何であたし置いて帰ったんですか!」
「……」
「あんな所に一人にさせて、もしあたしが襲われちゃったらどうするんで……」
源之助へと駆け寄り、捲し立てる乱菊だったが、源之助は筆を置いてスッと手で制した。
「……松本」
「?」
「しばらく俺に近付くな」
「はあっ!?」
いきなりの言葉に、思わず大声が出てしまう乱菊だったが、怒り心頭の様子で一心と冬獅郎に向き直り言葉を繋げる。
「ちょっと、今のどう思います!!?」
「……何があったのかは知んねーけど」
「「どうせ自業自得だろ」」
無情なダブルパンチに顔を赤くしながら、乱菊は場所も弁えず地団駄を踏み出していた。
「何よ! あたしの味方一人も居ないじゃない!! 腹立つーっ!! こうなったら今日はヤケ酒よ!!」
「「その前に仕事してくださーい」」
「分かってますけど!!」
荒々しく席に着き、乱雑に書類の山を整理していく乱菊であった。
美人のゲロならウェルカムです。
ってかアンケートの締め切り日時書いとくべきでしたね、以後このような事が無いように気を付けます。