『技術開発局』
日夜、新霊具や武具の研究・開発にいそしむ十二番隊の管轄下に置ける組織。
そんな組織の中、とある一室に向かい合う者が二人。
「……」
「……」
「「…………」」
源之助と、十二番隊副隊長を務める涅ネムの姿が有った。座敷のような一室で、机を挟み向かい合う二人……しかし静寂だけが流れるばかりであった──
──技術開発局、別室
『……』
『……』
『『…………』』
「おいおい、もう一時間経つってのに一言も喋らねえぞ……隊長、これ以上待っても進展無いんじゃないですか?」
「まだ一時間しか経っていなんだヨ。まぁ、私の貴重な時間を削ぐ事には変わり無いがネ」
言葉を交わすは、十二番隊長と技術開発局局長を務める「涅マユリ」と、副局長を務める「阿近」の二人。
モニターに映し出させれる源之助とネムを観察していたが、アクションを起こさない二人に阿近は頬杖をつき始めていた。
「どっちも自分から話題振るような性格じゃねえしなぁ……お?」
『……静かだな』
『はい』
やっと話したかと思えば、すぐさま終わる会話にズッコケかける阿近。
「……どんな会話だよ、ったく……あ~駄目だこりゃ、ネムの心拍数、未だ微動だにしてないですよ」
「……」
ため息を漏らす阿近とは反対に、黙ってモニターを見続けるマユリ。彼が何故このような経緯に至ったのかは、数十年前に遡る──
──同技術開発局にて……
「……眠計画、ですか」
「ああ、無から新たな魂を造る計画だヨ。モルモットの君がこの崇高な計画に携われるんだ、感謝したまえ」
一室にて、言葉を交わす源之助とマユリ。
モルモットという呼び名は、源之助が技術開発局の開発した薬品の治験や、マユリ自身の訳の分からない人体実験に都合良く使われていたからである。
泣きもせず、暴れもしない。何よりも丈夫な体の持ち主という事もあって、マユリには非常に丁の良い被験体であったのだ。
「見たまえ」
マユリが懐からリモコンを取り出すと、壁一面のモニターに映し出される一人の幼女。
「君にはしばらくこの眠七號の世話をしてもらうヨ。よく言うだろう? 愛が無いと子は育たんと。私には理解出来ん感情だが、データがある以上否定は出来ない」
モニターの中、知育用の玩具で一人遊ぶ幼女を尻目に、口を開く源之助。
「……意味が分かりませぬ」
「む?」
「何故私なのか、手の空いておる者は居らぬのですか……見たところ、まだ五つばかりの童の相手など……」
拒否的な意見を申す源之助だが、マユリは意にも介さず言葉を返した。
「日夜瀞霊廷の為に血肉を削って働く私の隊士たちに、暇などあると思うのかネ? 君を選んだのは喧しくないから、そしてどうせ暇だろう? いちいち突っかからず、黙って頷いていればいいんだヨ、君は」
「……しばらくとは?」
「さあネ。一週間かも知れんし一年かも知れないネ」
「……しかし」
「まだ言うかネ。仕事だヨ、文句を言える立場じゃないだろう。寝床も食事も、此方が用意してやっているんだから、本来感謝すべき所だと思うがネ」
頑として譲る気の無いマユリに、源之助は諦めたように口を開いた。
「……名は」
「? だから言っただろう、眠七號と」
「……命ですぞ、それでは物かと」
「ああ、私の所有物だが?」
心無い言葉に眉をひそめる源之助だが、話を切り上げるようにマユリは背を向けた。
「これ以上無駄な時間はかけたくないんだ。阿近、案内しろ」
「はい。んじゃ、行きますか」
「……」
部屋の片隅に立っていた阿近に連れられるまま、源之助は部屋を後にした。
廊下を歩いている最中、阿近は源之助へと口を開いた。
「あんま気にしないでくださいね。ああは言っても、ちゃんと娘として大事に見てあげてんですよ」
「……」
「言葉は問題なく喋れるんで、意志疎通に問題は無いと思いますよ。おとなしいしグズりもしないんで、適当に相手してりゃすぐ終わりますよ」
阿近の言葉を聞いても、何処か納得のいかぬまま歩き続けると、厳重な扉の前へと、いつの間にかたどり着いていた。
「この中です……すんませんね、近頃人手が足りないんですよ。まぁ、いきなり過ぎるとは俺も思ってるんで、困ったら相談くらいはしてくださいよ」
「……ああ」
「んじゃ、入りますか」
リモコンを手にスイッチを押すと、開かれていく扉。中に入れば、知育用の玩具やぬいぐるみ、積み上げられた絵本の数々。
部屋の中でぽてりと座り込む眠七號は、不思議そうに源之助を見つめていた。
「眠七號、今日からしばらくお前の世話をする人だ。挨拶しろ」
「……はじめまして、眠七號です」
源之助を見上げながら呟く幼女に、彼もまた遅れながらも返事を返す。
「……藤木源之助だ」
「「……」」
「……ま、まぁ後は頼みますわ。俺は俺の仕事しなきゃなんないんで……お前も、遠慮せず甘えろよ。ははっ、は……」
「「……」」
「んぅ゛っ……じゃあ、頑張ってください」
そそくさと部屋を後にする阿近。
残された二人の奇妙な生活が始まった……
一日目
阿近が出て行ったのを見届け、眠七號へと目を返せば、既にその場を離れて絵本を読み始めていた。
源之助自身も、これは仕事だとようやく腹をくくり、眠七號へと声をかけた。
「……何を読んでいる」
「うさぎとかめです」
「そうか……どちらが好きだ」
「どちらも好きではありません、嫌いでもないです」
「……そうか」
終わり。
これ以上思い付く言葉も無く、源之助は用意されていた椅子へと腰掛け、ただ眠七號の様子を見続けるだけであった。
昼時
「「……」」
互いに向かい合いながら飯を食う二人。
キッズプレートに乗せられた飯を、おぼつかないながらも口に運ぶ眠七號と、普段通りに箸を動かす源之助。どちらも無言、静寂ばかりが流れるだけであった。
夕時
始まりから数時間経ったが、二人が会話をした時間は合わせて1分にも満たなかった。
椅子に座り続ける源之助。目の前には簡素なパズルを黙々と作り上げていく眠七號。
いつまでこれが続くのかと、ため息が漏れそうになった瞬間、扉が開いた。
目をやれば、阿近が何やらメモを取りながら入って来ていた。
「お疲れ様です。とりあえず今日はこのへんで」
「……ああ」
「部屋まで案内しますんで。ほら、挨拶しろ」
阿近の言葉に、眠七號はペコリと頭を下げた。
「お疲れ様でした」
「……ああ、また明日」
子供らしからぬ事務的な言葉に短く返すと、阿近の後を付け、用意された部屋へと歩を進めるのであった。
二日目
この日もまた、眠七號を傍観するだけの源之助であった。
特段関わる事も無く、日を終える。
三日目
この日も同じ。一人で遊ぶ眠七號を見守るだけ……
事が起きたのは、次の日であった。
四日目
この日、部屋に赴いた源之助が目にしたのは、筆を持ち、字を綴る眠七號の姿。
少し汚いあいうえお順が並べられているのを見た瞬間、不思議と口が開いた。
「……字か」
「はい、練習しております。まだ上手く書けませんが……」
彼女が今書いている『ぬ』の字は、力が強すぎるのか、ほぼほぼ塗り潰されていた。
「貸してみよ」
「あ……はい」
筆を手に、スススと流れるように『ぬ』の字を書き上げる源之助。
「力を込めすぎてはならん。筆は圧さず撫でるように、角を作る際のみ、僅かに力を込めよ」
「お上手です」
源之助は思い返していた。
今しがた語った事の全ては、生前、自身の兄弟子より教わったコツである。
字の書けない源之助に懇切丁寧に、嫌な顔一つせず親身になってくれた兄弟子との記憶が思い起こされていたのだ。
「……字とは、難しき物よな。俺は覚えが悪き故、苦労したものだ」
「……」
「……すまん、邪魔をしたな」
筆を返し、いつもの椅子へと戻ろうとした瞬間、声がかかった。
「……よければ……よければ他の字も、見ていただけませんか……」
源之助はその言葉に少し驚いた。
人の事は言えぬが、物言わぬ彼女が自ら願い出たのは予想外であったから。
「……ああ」
いつしかの雀部長次郎も、このような気持ちであったのだろうかと……なるほど存外、悪い気はしないと、源之助はそう感じていたのだ。
「『あ』と『め』と『お』が苦手です。他にも少し……」
「どうやら、丸みを作るのが苦手と見える」
「……はい」
「気に病むな、書いてみよ」
そこから一日中、源之助は眠七號と習字に励むのであった。
続くヨ。