尸魂界死神異譚   作:マグロのしばき

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『眠』. 二

 

 

 源之助が眠七號の世話を担当してから、既に一週間が経っていた。

 徐々に交わす会話は増えてはいるものの、それも微々たるもの。

 

 今は眠七號と共に昼食を取っていたのだが……

 

「……」

 

 いつもより難しげな表情を浮かべる眠七號の皿には、ネギが残されていた。

 

「残すとは珍しいな。ネギは好かんか」

 

「……はい」

 

「何故」

 

「……マユリ様がお嫌いだからです」

 

 その言葉に源之助の箸が止まるも、眠七號は言葉を止めずにいた。

 

「私はマユリ様の遺伝子情報を元に造られました。であればマユリ様とお好きな物、お嫌いな物は同じはずです」

 

「……口にした事は無いのか?」

 

「はい」

 

 機械的な言葉に、何とも言えない源之助だが、残念そうに言葉を返した。

 

「……惜しいな」

 

「……」

 

「いつか、食えるようになる日も来よう」

 

「それは……無いかと思います」

 

「……そうか」

 

 結局ネギを残したまま昼食を終えた眠七號であった。

 

 

 

 夕刻

 

 用足しに部屋を後にしていた源之助が部屋に戻った時、先ほどまで絵を描いていた眠七號はうつ伏せになりながら眠りこけていた。

 すやすやと寝息を立てる彼女の絵を見れば、恐らくマユリや阿近、他の局員の似顔絵が描きなぐられていた。

 

すぅ……んぅ……」

 

「……」

 

 夢に落ちる彼女を起こさぬように、近場に置いてあった毛布をそっとかけると、部屋の扉が開いた。

 目をやると何時もの通り、阿近がメモを取りながら出迎えて来ていた。

 彼が口を開こうとした瞬間、源之助は手をかざし、それを制した。

 

「? ……あぁ、そういう事ですか。んじゃ、起こさねえように戻りましょうか」

 

「ああ」

 

 音を立てぬよう、静かに部屋を後にした。

 

 

 

 一時間後

 

 

「……ん……あ……」

 

 目を覚ます眠七號。

 いつの間に、と回らぬ思考を巡らせながら体を起こすと、肩から落ちる毛布の存在に気がついた。

 

 自身の体温で僅かに暖かいそれが、源之助の手によって施された物だというのは自然と理解できた。

 

「藤木さ……ま……」

 

 一言お礼を言おうと辺りを見渡しても、誰も居ない。

 慣れた空間の筈なのに、何故か言葉に出来ぬ感情が胸を刺した。

 

「……」

 

 目を伏せると、自身が書き上げていた皆の似顔絵が目に入る。

 

「……」

 

 クレヨンを手に持つ彼女は、何も言わず、また絵を描き始めるのであった。

 

 

 

 それから幾日かが経った時……

 

 

 

「……どうした」

 

「……」

 

 物言いたげな様子の眠七號の言葉を、静かに待つ源之助。

 少しの間を置いて、彼女は口を開く。

 

「……藤木様は、何故私の名前を呼んでくださらないのですか?」

 

「……」

 

 彼女の言葉に源之助は黙るしかなかった。

 実は、源之助は技術開発局に来てから彼女の面倒を見てるというものの、未だ彼女を『眠七號』と呼んだ事は、ただの一度も無かったのである。

 

「私の名前は眠七號です。知らない筈は無いかと」

 

「……」

 

「……疑問に思っただけです。理由が無ければ何も……」

 

「それは名では無い」

 

 源之助は彼女の言葉を遮り、思い詰めたように話を続ける。

 

「まるで物ではないか……人の子なれば、あり得ぬ。名とは……」

 

「いいえ、『眠七號』とはマユリ様が呼んで下さった私の名前です」

 

 今度は眠七號が、源之助の言葉を遮る。

 確固たる意思を示す様に、譲れぬものが有るのだと感じる事は出来たが、源之助は静かに言葉を繋げた。

 

「……寂しいではないか」

 

「……」

 

「名とは嬉しき物。この俺でさえ、賜ったというに……」

 

『藤木源之助』とは、貰い受けた名である。

 生前の師、岩本虎眼によって与えられた名。貰い受けたるは『藤木』の姓のみであれど、あの瞬間は、何とも嬉しき瞬間であったのだ。

 

 源之助は目の前の少女が、物の様に呼ばれ続けるのが、何ともいたたまれずにいたのだ。

 

「……なれど、お前がそれを望むなら、呼ばずにいる道理も無し」

 

「……」

 

「眠、七號……」

 

 何処か喉を詰まらせる様に、寂しく呟いた……

 

 

 

 また、幾日が過ぎた日……

 

 

 

「何を描いておる」

 

「あ……藤木様」

 

 源之助が彼女に近付くと、いつしか見覚えのある絵が目に飛び込んだ。

 似顔絵が書きなぐられた絵に、見覚えの無い顔が一つ。

 

「これは……」

 

「……藤木様です」

 

 自信が無いのか、少し気まずそうに呟く眠七號は言葉を繋げていた。

 

「……似ておらず、申し訳ありません」

 

「……」

 

 目を伏せる彼女とは反対に、自身の似顔絵をじっと見つめる源之助。

 確かに、特徴は捉えている。結われた髪に、平々凡々な顔は子供の落書きとはいえ分かりやすい物であった。

 

「いや……ふっ……良く似ておる」

 

「……!」

 

「阿近に、鵯州に久南、皆良く似ておる。涅隊長は特にな」

 

 源之助の頬が緩むと、眠七號も、自然と心が安らんだ。

 時間を過ごす中で、言葉少なくとも確実に心の距離は縮んでいたのだ。

 

「……そうでしょうか」

 

「ああ、上手に描けておる。見せれば喜ぶかもしれんな」

 

「……想像出来ません」

 

「だからこそ見る価値がある」

 

「……!」

 

「行ってこい」

 

「はい……!」

 

 小走りで部屋を後にする眠七號を見送る目は、優しげに揺らいでいた。

 

 

 


 

 

 数分の後、部屋の扉が開いた。

 目を向けると、何時もの眠七號が。

 

「どうであ……った……」

 

「……」

 

 うつむく彼女の手には、無惨にも破かれた先ほどの絵が。

 

「……『下らん』と、仰いました……」

 

「……」

 

「下手だったのでしょうか……私がもっと上手に描けていたら、マユリ様はお喜びになられたのでしょうか……」

 

 眠七號の言葉に、何も言えなかった。

 流石の涅マユリと言えど、人の親なればと、我が子を慈しむ情の欠片でも、僅かに有る筈……そう願い送り出した。

 

 己が馬鹿であったと、源之助は自身を戒めていた。

 

「あ……藤木様……」

 

 目を伏せる眠七號の横を通り過ぎ、源之助は部屋を後にした。

 

 


 

 

 歩を進める源之助は、局長室へと辿り着いていた。

 挨拶もせず部屋へ入ると、眠七號の部屋を映したモニターを見続けるマユリの姿が。

 

「ノックくらいしたらどうかネ」

 

「……」

 

「ふん。こんな所で油を売らずに、とっとと自分の仕事に戻りたまえ。それとも、あの駄作の何がいけなかったのかとでも、異議申し立てるつもりかい?」

 

「……」

 

 背を向けたまま、源之助に振り返る事も無くマユリは言葉を繋げていた。

 

「下らん事をしてくれたものだヨ。私がアレに求めるのは成長だ。汚物を塗り固めたような汚ならしい絵を求めてなどいない」

 

「……」

 

「……どうやら、君に任せるべきではなかったようだネ。この一ヶ月間、君たちを観察させてもらったが何の変化も無い。これでは一人で居させた方が、有意義なデータが取れていたと感じるヨ」

 

「……」

 

「君には明日付けで任を降りてもらう。別れの言葉を考える時間くらいは与えてあげているんだ、まさか文句は無いだろうネ?」

 

「……」

 

「出ていけ」

 

 結局、一言も放っさず、源之助は踵を返した。

 しかし、その拳は、僅かに握り込められていた。

 

 部屋を後にする源之助に一目もくれず、未だモニターを見続けるマユリ。

 しかし、そこに眠七號の姿は無かった。

 

 


 

 

 源之助が部屋に戻ると、何時ものように玩具で遊ぶ眠七號が彼へと口を開いた。

 

「……どちらへ行かれていたのですか?」

 

「……厠だ、気にするな」

 

「そう……ですか」

 

 その後、二人は一言も話さなかった。重い空気ばかりが、立ち込めるのみであった。

 

 

 ──翌日

 

 

 最後の日というのに、重苦しい空気が抜ける事は無かった。時間ばかりが流れる中、いつの間にか、時刻は夕刻に差し掛かっていた。

 

 それでも、会話は無い。

 静寂を裂くように、部屋の扉が開いた。

 

「……お疲れ様でした。見送りぐらいはしますんで」

 

「……ああ」

 

 少し気まずそうな阿近の後に続こうとした瞬間……

 

「……藤木様」

 

 源之助を呼び止める幼き声。

 

「……どちらへ」

 

「……」

 

 沈黙こそが答えと察したのか、眠七號は静かに言葉を繋げる。

 

「……また、お会い出来ますか……?」

 

 その言葉に、阿近は目を見開いた。

 物言わぬ彼女が、初めて願いを口に出してみせた事に。

 

 振り返る源之助は、彼女の目線に合わせるように腰を下ろした。

 

「……」

 

「……悠久の別れに非ず。心配せずとも、いつかは会えるであろう」

 

「いつかとは、いつですか」

 

「……お前が望めば、いつかは会える」

 

 答えにならない答えに、彼女の瞳が伏せかけた時……

 

「……

 

 ポン……と、彼女の頭に手が置かれた。

 源之助の右手が、不器用ながらも優しく、撫でることも無く、ただそっと置かれた。

 

「ネギでも食って、涅隊長を見返してやれ」

 

 源之助はそう微笑むと、立ち上がり、阿近と共に部屋を後に……遠ざかる背が、立ち止まる事は無い。

 しかし確かに、別れの言葉を告げる事も無かった。

 




もうちょっと続くヨ。
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