尸魂界死神異譚   作:マグロのしばき

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『眠』. 三

 

 

 源之助が眠七號の世話を解任されてから、数年が経った。

 

 あれからというものの、技術開発局に赴く都合も無く、いつものように特別席の仕事をこなし、今は自室にて休んでいたが、彼の部屋へと地獄蝶がヒラヒラと舞い込んで来た。

 

『あー、もしもし藤木さん。聞こえますか?』

 

 地獄蝶から発せられた声の正体は阿近であった。久方ぶりの声に源之助は返事を返した。

 

「阿近か……問題なく聞こえている。どうした?」

 

『あ~、いきなりで悪いんですけど、明日の仕事は開発局でって変更になったんで、まぁ必要な物とかは無いんで体一つで来てください。そんじゃお願いしますね』

 

「……」

 

 矢継ぎ早に話す声からは、僅かにではあるが忙しなく鳴り続ける打鍵音が聞こえてきていた。

 あまりに忙しいのか、源之助の返事も聞かぬまま通信は切られていた。

 

「……」

 

 とにかく、従うしかない源之助はおとなしく明日の為に、少し早く床に着くのであった。

 

 

 


 

 

 

 技術開発局にて。

 

「いやぁしかし、久しぶりですね。三年は経ちましたかね?」

 

「ああ、恐らくは」

 

 阿近に出迎えられた源之助は、マユリの元へと案内されていた。会話も早々に、厳重な扉の前へと辿り着いたら、阿近はカードキーを刺し扉を開けた。

 

「連れてきましたよ、隊長」

 

「……ああ、来たかネ」

 

 背を向けていたマユリは振り返り、挨拶もせずに事の内容を口にしだした。

 

「さっそくだが、君にはまた()()の面倒を見てもらうヨ。今日一日だけだがネ」

 

「……ネム?」

 

「ああ、君がかつて世話をしていた眠七號の事だヨ。『涅ネム』。名が無いと何かと不便な事が多くてネ」

 

「……」

 

「……何だネ? 何を笑っている」

 

 マユリの言葉に、いつの間にか自身の頬が緩むのを感じた源之助。顔をしかめるマユリを刺激せぬよう、言葉を返した。

 

「……いえ、何も」

 

「ふん。とにかく、今回の件は経過観察という事だヨ。時間は無いんだ、さっさと行きたまえ」

 

「はい」

 

 返事を返し阿近に目をやれば、彼も何故か、僅かに口角を上げていた。マユリにバレないように、ほんの僅かではあるが。

 

 そのまま源之助は、阿近と共に部屋を後にした。

 

 


 

 

 二人歩くうちに、いつの間にか、見覚えのある扉へと辿り着いていた。

 何度も行き来した、あの少女の部屋へと。

 

「実は今日あんたが来るって事は伝えて無いんですよ。せっかくなんだ、驚かせてやりましょう。俺が呼んだら入って来て下さい」

 

「……ああ」

 

 源之助の返事に笑って返す阿近は、カードキーを刺し扉を開け、すぐさま中へと入っていった。

 閉ざされた扉から、僅かに声が聞こえてくる。

 

「ネム、お前にお客さんだ」

 

「……」

 

「お前の知ってる人だよ。まあ、サプライズって訳でもねえけどな……よし、入って来てください!」

 

 阿近の言葉に開かれた扉。

 一歩踏み出し中へ入ると、阿近の陰から顔を覗かせるネムと目が合った。

 

 瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。

 時が止まったかのように固まる彼女に、源之助はゆっくりと歩を進める。

 

「……」

 

「……」

 

 久方振りに見たネムは大きく成長していた。

 まだ源之助を見上げる形であれど、すくすくと育っている事は容易に理解できる。

 

「んじゃ、俺はこの辺で」

 

 それだけ告げると、直ぐ様部屋を出て行く阿近。残された二人を静寂が取り囲むが、不思議と気まずさは無かった。

 

 長い沈黙を置いて、口火をきったのはネムであった。

 

「……藤木様……お久しぶりでこざいます」

 

「……ああ、三年程か」

 

「「……」」

 

 再び訪れた沈黙に、何か口実は無いかと部屋を見渡すと、いつしか見た玩具や絵本などは撤去されていた。

 小説や辞典など、小難しい代物ばかりが置かれた部屋は、以前の方が色に映えていた。

 

「……変わったな……此処も、お前も」

 

「……はい」

 

「……以前は、これ程であったか」

 

 腰を落とし、目線を合わせる源之助は、右手を彼女の肩程度にて手を掲げた。

 

「……!」

 

 そのまま、いつしかやったように、ポン……と、撫でもせず、そっと彼女の頭に手を置いた。

 

「……大きくなったな」

 

「はい……!」

 

 笑む源之助へと、ネムは自然と、力強く返事を返した。

 

 

 

 昼時

 

 

 

 あれから静かに過ごした後、昼食を取る二人。

 キッズプレートではなく、しっかりとした盆に乗せられた料理には、ネギが添えられていた。

 

 彼女の事情を理解していた源之助は、触れる事無く自身の飯にありつこうとした時。

 

「……!」

 

 さも平然と、何事も無いかのように、ネムはいの一番にネギを口に放り込んでいた。

 

 驚いた表情を見せる源之助へと、ネムは不思議そうに言葉を発した。

 

「どうかされましたか?」

 

「……いや、ネギは好かんのでは無かったか?」

 

「はい、好きではありません。生では辛く、加熱しても、あのヌメリや食感は苦手です」

 

 黙々と食べ続けるネムに、一言呟いた。

 

「……成長したな」

 

「……そうでしょうか」

 

 会話も少なめに、二人は昼食を食べ進めた。

 

 

 

 夕刻

 

 

 

 何気ない会話を交わす内に、時は直ぐ様経っていた。

 二人がそれに気づいたのは、阿近が部屋へと入ってきたからであった。

 

「お疲れ様です。そろそろ……」

 

「ああ」

 

 立ち上がる源之助は、ネムへと声をかけていた。

 

「……またな、ネム」

 

「……」

 

 彼女の名を呟いた瞬間、一瞬ではあるが、彼女の表情に影が差した。疑問に思うのも束の間に、ネムはゆっくりと口を開いた。

 

「……私の名前は、眠七號です」

 

「……」

 

「マユリ様は、最近私をネムと呼び始めました……ですが、私は眠七號という名前が……好きです」

 

 目を伏せる彼女に、源之助はすくと膝を付き、目線を合わせる。

 

「涅ネム」

 

「……」

 

「俺は……その名が好きだ」

 

「……!」

 

 目を上げる彼女を他所に、源之助は言葉を繋げる。

 

「およそ考えたというには、あまりに簡素。だが、それでも賜った、お前だけの名ぞ」

 

「……」

 

「俺はそれを、嬉しく思う」

 

「うれ……しい……」

 

 戸惑うネムに、源之助は少し残念そうに言葉を繋いだ。

 

「ああ。だが、お前がそれを望むなら、そう呼ばぬ道理も無い」

 

「……」

 

「……眠り……」

 

「ネムと……ネムとお呼び下さい……」

 

「……!」

 

 ネムの言葉に、今度は源之助の目が開かれた。後ろに佇む阿近も同様に驚いている。

 

「私の名前は、眠七號です。ですが、藤木様が嬉しく思われるなら、そう……呼ばれたいと思いました」

 

「……」

 

「藤木様がネムという名を……お好きと言ってくれた瞬間、不思議と……嬉しく思えました」

 

 目を逸らす事無く言葉を続ける彼女は、ほんのりとした笑みを浮かべていた。

 

「……名前とは……嬉しき物なのですね」

 

「……ああ……ネム……また会おうぞ」

 

「はい……!」

 

 立ち上がる源之助は、阿近と共に部屋を後にした。

 

 


 

 

 技術開発局の門前まで見送られる源之助に、阿近は口を開く。

 

「……あんま下世話な話はしたくねぇけど、ちょっとくらいはいいよな」

 

「どうした?」

 

「いや、実は今日の件は、ネムが隊長にお願いしたんですよ」

 

「……」

 

「もちろん最近の話じゃないし、隊長がそんなの認める訳がねえ……頑張ってましたよ、アイツ」

 

 阿近の言葉は止む事を知らなかった。

 

「あんたが出てった日から、何か憂鬱そうに、暇そうに……寂しそうにしててね。ネギどころか、平気で飯残すようになっちまって……」

 

「……」

 

「でもある日よ、また隊長に絵を見せに来たんだよ」

 

 その言葉に、かつて無惨にも破かれた絵を思い起こした。

 

「もちろん門前払いさ。また破かれてな……でも懲りねぇのか、何度も何度も持ってきた……たまに綺麗に書いた、あいうえお表も持って来てたな」

 

「……」

 

「飯も残さなくなって、たまに出るネギも、モニターガン見しながら食ってんですよ? これ見よがしになぁ」

 

「……」

 

「そんなのずっと続けてたら、隊長もいい加減にしろ……ってキレてましたよ……でもそん時だった……アイツ、隊長にこんな啖呵切ってたんですよ……」

 

 

 

 ──いい加減その汚ならしい絵を持ってくるのはヤメロ! 私がいつそんな物を求めた! ──

 

 ──まだ、下手でしょうか? ──

 

 ──そんな事を言ってるんじゃないヨ! お前は黙って、私の言う事を聞いていればいいんだヨ! ──

 

 ──……字は、綺麗に書けるようになりました。絵も、少しだけ……マユリ様のお嫌いな、ネギも食べれるようになりました──

 

 ──……なに? ──

 

 激昂するマユリに、ネムは迷い無く言い放った。

 

 ──私は、成長しています……──

 

 ──……! ──

 

 

 

「……相当修羅場だったんですよ? でも、その言葉聞いた瞬間、嘘みてぇに静まり返ってよ。その日の絵は破かずに、何処に行ったかは分からねぇままさ」

 

「……」

 

「あんたに会いたいです……なんて一言も言ってねぇけど、アイツなりの抗議ってやつだったのかもな」

 

「……」

 

 阿近の言葉に、一言も口にせず、ただ黙って聞き続けると、何処か満足そうに言葉を繋げていた。

 

「あんたが出てけって言われた日、アイツあの場に居たんですよ。そこで聞いたんでしょうね、成長を求めてるって」

 

「……」

 

「そんでさっきの話に戻るって訳で。そっからですよ、隊長がネムって呼ぶようになったのは」

 

「……何故」

 

「俺の憶測ですけど、小っ恥ずかしいじゃ無いんですかね? 素直になれない人なんですよ……いや、素直って感情を知らないとか? ハッ、こんなの聞かれたら、人体実験行きですけどね。はははっ」

 

『聞こえてるヨ、阿近』

 

「うぇえ!??」

 

 突如、阿近の服からマユリの声が流れて来た。

 心臓を鷲掴みにされたのか、尻餅を着く程に驚く阿近を他所に、機械的な音声は流れ続ける。

 

『まったく、余計な事をベラベラと……覚悟しておくんだネ』

 

「マ、マジかよ……」

 

『ふん。まあそんな事より藤木、君のお陰で有意義なデータが取れた事は事実だ。当たり前だが、私の目に狂いは無かったヨ。これからも、モルモットとして私の研究に貢献したまえ』

 

「……はい」

 

『……ふん。それだけだヨ、さっさと帰りたまえ』

 

 通信が切れる音を最後に、マユリの声はしなくなっていた。

 残されたのは源之助と、恐怖に震える阿近のみ。

 

「やべぇ……くっそ……下手な事するんじゃ無かった……!」

 

「……ではな」

 

 頭を抱える阿近を他所に、源之助は家路に着いた。

 

 

 


 

 

 

 そんな記憶を思い返す中、時は戻り、目の前のネムに目をやれば、いつしかの記憶とは遠く離れた、もう大人になったネムの姿。

 

 ふと、源之助はネムに口を開いた。

 

「……絵は、もう描いておらんのか?」

 

「度々描きますが、その都度マユリ様に破かれております」

 

「……」

 

「そうお気になさらないで下さい」

 

 始まりからどれ程経ったのか……時計を見れば最早夕刻。

 そろそろかと思った瞬間、扉が開くといつもの阿近が。

 

「お疲れ様でした、って言いたいとこですけど、隊長が呼んでるんで」

 

「ああ」

 

 立ち上がる源之助とネムは、阿近と共に部屋を後にした。

 

 


 

 

 三人が局長室へと入ると、マユリは事も無さげに口を開いた。

 

「今日は大したデータは取れなかったネ」

 

「申し訳ありません、マユリ様」

 

 何故か謝るネムを無視しながら、マユリは言葉を繋げていた。

 

「とにかく、君にはこれからも付き合ってもらうヨ。実験とは膨大な時間を費やす物。拒否権は無いからネ」

 

「……熱心ですな」

 

「……ふん」

 

 いつしかの記憶を思い返した源之助は、マユリを幾つか見直していた。外道ではあるが心が無い訳では無い。

 

 労いの言葉一つでもかけてやろうと思い、口を開いた。

 

「それほど熱心ですと、浦原喜助も鼻が高いでしょうな」

 

 源之助の言葉に、一瞬にして空気が凍り付いた。

 

「奴の後を継いでから勝るとも劣らず、数々の科学を発展なされては師匠冥利に尽きるというもの。流石は浦原喜助の弟子……」

 

「ちょっ! バッカ!!」

 

 源之助の口を瞬時に押さえる阿近。だが正直、遅すぎた。

 

「……」

 

 恐る恐るマユリに目をやると、開ききった瞳はひび割れんばかりに充血。歯茎全てが見える程に釣り上がる口角。わなわなと蠢く手はまるで(タコ)のようであった。

 

「面白い事を言うネ……!」

 

「あ゛……ぁあ゛……」

 

 ガタガタと震え上がる阿近はいつしか見た物とは比べ物にならない程であった。

 

「実はネ、君の左腕に代わる義手でも造ろうと思っていたんだヨ。ついでに、現在開発中の人間爆弾の機能も君に取り付けようと思ってネぇ……! 君が被験体一号だヨ、喜びたまえ!」

 

「……」

 

「そうだ! それと今健康な腎臓を欲していてネ、手術のついでに貰うとしよう、拒否権は無いヨ。それと、もちろん麻酔はしないからネ。時間をかけて、鋭い痛みをじっくり味わえるように……!!」

 

「……」

 

「特殊な寄生虫も手にしていてネ、一度脳に侵入すれば、私の操り人形になるという便利な代物だヨ!! 下手をすれば死ぬかもしれないが、安心したまえ……殺させないヨ……なるべく! 最大限に! 苦痛を長引かせてあげるからネ!」

 

「……」

 

 最早、私怨ダダ漏れのマユリに危機感を覚えた源之助。

 釈明の言葉を告げようとしたが時既に遅し。マユリはいつの間にか注射器を手にしていた。

 

「さ、おとなしくしていた方が楽だヨ……!」

 

「……失礼」

 

「ネム! 捕まえろ!!」

 

「はい。申し訳ありません、藤木様」

 

 逃げようと踵を返した源之助だが、マユリの一声に動くネムに行く手を塞がれた。

 

 背後から恐怖の足音が近付いて来るのを感じながら、源之助はネムへと手を伸ばした。

 

「……ネム」

 

「……」

 

「……またな」

 

「……!」

 

 ポン……と、ネムの頭に手を乗せる源之助。いつものように、撫でもせず、乗せるだけ……

 

 優しき重みに、ほんのりと温かい手は、ネムの思考を支配した。

 

「……申し訳ありません、マユリ様」

 

「なっ……! 何ぃいいっ!!?」

 

 源之助の前を退き、マユリへと頭を下げるネムに、マユリは彼らしからぬ驚嘆を上げていた。

 

「ネ、ネム! 貴様私の言うことに逆らうのかネ!!」

 

「……申し訳ありません」

 

「……!! 藤木ぃ! 貴様私の娘に何をしたぁっ!!」

 

「……失礼」

 

 それだけを呟き、一目散に逃げ出す源之助。

 拳を握り締めながら歯軋りを立てていた。

 

「絶対に許さんぞモルモット風情が!!! じわじわと薬品漬けにして! 生きている事を後悔させてやるヨ!!!!」

 

 そう叫ぶマユリのデスクには、誰にも見えぬよう立て掛けられた額縁が一つ。

 

 少し綺麗な似顔絵が……顔を覗かせていた。

 




阿近って格好いいよね。
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