尸魂界死神異譚   作:マグロのしばき

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まぁ、そんな気はしてた。


『蜂』

 

 瀞霊廷某所

 道歩く源之助とルキアは、共に二名体制での仕事の為、二番隊へと足を運んでいた。

 

「源之助殿、今日は二番隊での仕事と聞きましたが」

 

「はい、大前田から執拗なまでに頼まれた故……ルキア殿は、二番隊へ赴くは初にございますか」

 

「はい! 隠密機動隊の訓練を見学できるこの上ない機会、此度はしっかりと勉強させてもらいます!」

 

 事の成り行きは二番隊にて副隊長を務める『大前田希千代』の頼みであった。

 

 どうやらここ半年、二番隊は訓練漬けでまともな休みが無く、何度具申しても当の隊長は取り合ってくれない。そんな疲弊するばかりの毎日を終わらせる為に、死神としての歴も長く、総隊長である山本重国とも親密な間柄と聞いた大前田が一度訓練を見て何とかしてほしいという願いであったのだ。

 

「……見えてきましたな」

 

 歩を進める中で、二人の目に映る二番隊の訓練場。その門前にて忙しなく貧乏ゆすりをしている大前田の姿があった。

 二人に気づいたのか、彼は全速力で駆け寄っていた。

 

「おお! 藤木さんよお! 遅いじゃねえか!」

 

「……大前田、酷い顔だな」

 

 寄ってきた大前田の顔を見ると、目には極太のクマ、頬はげっそりと痩せこけ、顔色はうっすらと青白い。誰の目にも疲弊しているのが明らかであった。

 それでも彼はなるだけ元気に言葉を返した。

 

「いやぁあんたにやられた程じゃねえよ、はっは!」

 

 大前田との出会いはあまり芳しくは無かった。実を言うと、二番隊副隊長になった時の彼は調子に乗りまくっていた。横柄な態度で町を練り歩きながら、とある飯屋にて総隊長、山本重国への陰口を発した時であった。

 

 突如大前田の背後から裏拳一発。運悪く居合わせた源之助の怒りの一撃が彼の顎を捉えた。そのまま吹き飛ばされる大前田に追い討ちをかけるようにスコボコに……それが彼との出会いだった。

 

「まぁ、んな事はどうでもよくて、今日は……」

 

「何をしている、大前田!」

 

 大前田の後方から、二番隊隊長を務める砕蜂が語気を強めながら現れた。

 

「げっ! 隊長!?」

 

「ふん、こそこそとしおって……む?」

 

 源之助とルキアに気づいた砕蜂は二人へと目を向け言葉を繋げていた。

 

「藤木源之助か……それとお前は……」

 

「あ、く、朽木ルキアと申します! 本日は二番隊、隠密機動の訓練を見学させていただきたく参りました!」

 

「……ふん、話は聞いている。さっさと来い、時間が惜しい」

 

 先に訓練場へと進む砕蜂を追うように、三人も歩き出した。

 

 

 


 

 

 

 訓練場に着くと、既に隊士達が列を成しながら砕蜂の言葉を聞いていた。皆、目元だけしか顔色は伺えないが、それでも大前田と同じように疲弊しきっていたのは見て取れた。

 

「本日は白打の訓練だ! 半数に別れ、一名ずつの戦闘方式とする! 見学の者も来ておるのだ、情けない姿を晒すこと無きよう、全力でかかれ!」

 

「「「……はぁ゛い……」」」

 

 しゃがれた老人のように力無き返事を返す隊士達は、二組に別れ訓練に取り組むのであった──

 

 

 

 

 

 ──あれからというものの、源之助から見た訓練の内容は悲惨なものであった。

 皆、よろよろとした足取りは初歩的な歩法すら取り扱えてはいなかった。打つ拳にも力が込められておらず、自らの体重に振り回されるようにふらふらであった。

 

「貴様ら何をしている! それで隠密機動を名乗るつもりか! 恥さらし共め!」

 

 負けた者には罵倒、勝った者には労う事も無し。そんな砕蜂にバレないように、大前田は源之助に耳打ちした。

 

「こんなのがもう三ヶ月は続いてるんですよ……俺含めて、ここに居る奴ら全員、百連勤は下らねぇ」

 

「……まことか」

 

「はい……昨日なんざ走法訓練って名目で、朝から朝まで走り回されたんだぜ……しかも俺だけ」

 

「……お前のクマが一段と濃いのも納得だな」

 

「貴様ら、何をこそこそしている」

 

 いつの間にか砕蜂が二人の背後に近付いていた。慌てたように離れる大前田を他所に、源之助は砕蜂へと言葉を発した。

 

「……皆、随分と疲れておりますな。聞くところによると、長く休ませておらぬとか」

 

「ふん、過酷な状況下においても力量を発揮できる者こそが隠密機動に相応しいのだ。この程度で根を上げる者などおらん。現状、誰も文句を言わずにこなしている」

 

 文句が言えないの間違いではないか……と、内心思う源之助だったが、そんな様子も知らずと彼女は言葉を繋げていた。

 

「第一、今までが生ぬるかったのだ。逆賊、四楓院夜一のやり方はな」

 

「……」

 

『四楓院夜一』

 かつては「天賜兵装番」四楓院家の二十二代目にして、初めての女性当主の地位を築いていた前二番隊隊長。

 しかし、浦原喜助及び大罪を侵した者達の逃亡援助の為、今はその地位を失った者である。

 

 彼女の名を呟きながら、砕蜂は忌々しそうに眉をひそめていた。

 

「私はあの女を超えなければならない。その為にも二番隊……及び隠密機動には休む暇など無い」

 

「あ、あの……お言葉なのですが……」

 

 突如、先ほどまで訓練を傍観していたルキアが口を開いた。

 

「志や信念があるのは、まこと御立派な事と敬服するのですが……その、やはり休みが無いのは隊の方達もお辛いかと……」

 

「何?」

 

 ルキアの言葉に、またしても砕蜂は眉をひそめた。

 

「ふん、二番隊でも無いよそ者……ましてやお前達のような()()()にあれこれ言われる筋合いは無い」

 

『番無し』とは、特別席に対する蔑称である。

 護廷十三隊には属するが、何番隊でも無く、何席でも無い。そんな特別席を軽んじた呼び名は、最近では聞く機会も少なくなっていたが今まさに、砕蜂は源之助とルキアへと鼻で笑いながら口にしていた。

 

「朽木とかいったな……噂には聞いた事があるが、朽木白夜が養子に取ったというのはお前の事か」

 

「は、はい……」

 

「ふん、どうやらお前の兄は見る目が無いようだ。名家と謳われる朽木家の当主がお前のような番無しを養子に取るとは……四大貴族とは馬鹿ばかりか」

 

「……!!」

 

 嘲りの言葉に、拳を震わせながらルキアの目が見開かれた。

 

「兄様は関係ありません! それに、私は好きでこの席に就いているのです!」

 

「ふん、それは力無き者の言い訳だ」

 

「言い訳だとしても、他者を愚弄するような権利などありません!」

 

「……うるさい奴だな。上司が無能だから部下もこう無能になるのだろうな。無いのは腕だけにしておけよ、藤木」

 

「っ!? いい加減に……!」

 

「……そこまでかと」

 

 徐々にヒートアップする二人の間に入ったのは源之助であった。ルキアを背に隠すように立ち、淡々と言葉を繋げる。

 

「源之助殿……」

 

「……話を戻しましょう。砕蜂隊長の言い分に間違いはありませぬ。私も幾つか、四楓院夜一が隊長の折、その訓練を見学した事があります」

 

「……」

 

「……訓練自体、特別問題はありませんでした……しかし、当の隊長はあくびをこらえる素振りすら無く、頬杖をつきながら傍観するばかり。隊士達の様子をまともに見ているのかも怪しく……」

 

「……」

 

「しかし、そうでは無かった。皆に助言を促す言葉は、隊士達の一挙手一投足を見誤る事も無く、漏れも無い。彼奴自身が白打を取れば、だらしの無い猫が狩人へと変貌する様に意表を突かれ申した」

 

 思い当たる節があるのか、砕蜂自身も源之助の言葉に言い返す事は無かった。

 

「緩める時は緩め、締める時は締める……そんな彼奴だからこそ、隊士達も集い、慕う」

 

「……何が言いたい」

 

「……貴方には()()が無い」

 

「……っ!!」

 

 砕蜂は()()、が『人望』であることを瞬時に理解した。眉間にシワを寄せる彼女を置き去りに、源之助は止まらず言葉を繋げる。

 

「訓練に関して何を言うも、大きなお世話でしょう。ですが、この有り様に至るまでに気付くべきかと」

 

「……私があの女より、劣っているとでも……!」

 

「現状を見るに、言うまでも無いかと」

 

 そんな事も分からないのか、とも取れる言い草に砕蜂の手が動いた。

 瞬速の一突きは源之助の顎を捉えようとしていたが、触れる瞬間、源之助は反射的に辛うじて避けてみせた。

 

「「……」」

 

 不穏な空気が流れ始める中、口火を切ったのは砕蜂であった。

 

「……出ろ。躾のなってない不心得者に礼儀を教えてやる」

 

「……理に適いませぬな」

 

「今さら怖じ気付いたか? 安心しろ、殺しはしない。骨の幾つか折るだけだ。命令だ、早くしろ」

 

「……」

 

 

 


 

 

 

「まさかこんな事になっちまうとはなぁ……」

 

「はい……源之助殿……」

 

 先ほどまで隊士達が行っていた訓練を止め、広き訓練場にて砕蜂と源之助は対峙していた。隊士達は列を成し、ルキアと大前田は特等席とも言える最前列にて二人を見守っていた。

 

 一定の距離を保つ源之助と砕蜂。

 彼女は見下すような目付きで源之助へと口を開く。

 

「地に頭を着け、泣いて詫びるなら許してやらん事も無いぞ」

 

「始まっておりますぞ」

 

 悠々と言葉を発する砕蜂に、猪突猛進に駆ける源之助。取り押さえようと手を伸ばしたが……

 

「遅い」

 

「……!」

 

 瞬きの一瞬、彼女はいつの間にか源之助の背後に回り込んでいた。気付き振り向くも、確かに背後に居た砕蜂がまた姿を消した。

 

「何処を見ている」

 

「っ……!」

 

 また背後に回り込まれていた。しかし今度は、源之助の脇腹に掌底が打ち込まれる。洗礼された白打は内蔵を抉るような、芯に響く痛みを源之助に刻み込んだ。

 

「遅過ぎる。まさかこの程度で説教を垂れていたとは……総隊長殿もお前を買いかぶり過ぎだ」

 

「……」

 

「ふん、宣言してやろう。お前は私に触れる事も出来ずに敗北する……ふっ!」

 

 またしても姿を消した砕蜂。

 追う事が不可能ならば、迫る一撃に合わせる。玉砕覚悟で構える源之助の背後に現れた砕蜂。

 

 振り向けば、顔前には既に拳が接近していた。向かい受けるように顔を差し出し直撃した一撃、それでも大方彼女の首元を予想し手を伸ばすが……

 

「……!!」

 

 伸ばした瞬間、また消えた。

 ただ、一撃食らっただけ。

 

 侮っていた訳では無かった。しかし、あまりにも速い。二番隊隊長、隠密機動の長たる者の速さに、源之助は目で追うのがやっとであった。

 

「つまらん。刀も抜かず、私に傷を付けずに伏させるつもりか?」

 

 目の前に現れる砕蜂は心底呆れた風に言葉を告げた。しかし、源之助はそんな彼女を挑発するような言葉を返した。

 

「……抜けば、傷は元より死は覚悟の上ですぞ……」

 

「抜けば貴様が勝つとでも言いたげだな……!」

 

 苛立つ砕蜂も何のそのと、さも当然のように一言放つ。

 

「……はい」

 

「……くっ……はは……!!」

 

 はいの二文字に、砕蜂の額に血管が浮かび上がる。呆れ笑いと共に、彼女は自らの斬魄刀に手をかけた。

 

「自惚れるなよ雑魚が。少しばかり総隊長殿に目を掛けられて、自らの力量も分からなくなったのだろうな」

 

「……」

 

「こうするつもりは無かったが、貴様の思い上がりを正してやろう」

 

 斬魄刀を引き抜き、構え、彼女は解号の言葉を告げた。

 

「尽敵螫殺──『雀蜂』」

 

 言葉と共に、砕蜂の中指には金色の鉤爪が一本装着されていた。まざまざと見せつけるように掲げ、彼女は言葉を繋げる

 

「捻り潰して、参ったと言わせてやろうと思ったが……貴様にはじっくりと死の恐怖を与えてやろう」

 

 言い終えた瞬間、彼女は消える。またしても背後かと先読みした源之助は振り返ろうとしたが……

 

「何度も同じ手を使うか」

 

「!」

 

 源之助の目の前に現れる砕蜂は鉤爪を一閃、源之助の胸元を突き刺した。意表を突かれ、まともに防ぐ事もままならない。しかし、彼女の爪は敢えてなのか、源之助の心臓を穿つには浅すぎる深さに止められていた。

 

 瞬時に距離を取り、離れる砕蜂。彼女を見据えるとニヤニヤと笑っていた。そんな中源之助は自身の胸に、ある違和感を覚えた。

 ふと目を向けると、蝶のような紋様が滴る血を中心に浮かび上がっていた。

 

「『蜂紋華(ほうもんか)』、その紋様の名だ」

 

「……ふっ!」

 

 説明する砕蜂に、またしても駆ける源之助。そんな様に、砕蜂は呆れた風に鼻で笑った。

 

「猪か貴様は」

 

「……っ!」

 

 またしても姿を消した砕蜂は源之助の傍らに。同じように鉤爪を一閃されれば、源之助の肩には蜂紋華が浮かび上がる。

 

「そぅらまだ終わらんぞ!」

 

「……!!」

 

 先ほどまでの速度が嘘のように速さを増す砕蜂。源之助の体には次々と蜂紋華が浮かび上がっていくのだった。

 

 そんな様子に、傍観していたルキアがポツリと呟いた。

 

「源之助殿……」

 

「……こりゃもうダメだな。下手すりゃ死んじまうぞ」

 

「! し、死ぬ……とは……そんな筈ありません! 源之助殿はあんな浅い傷で……」

 

 共に傍観していた大前田の言葉に、ルキアの目が見開く。必死に言葉を返すが、大前田は無情にもそれを切り捨てた。

 

「そうじゃねえ……浅い傷作るだけのモンだと思ってんのか?」

 

「っ……!」

 

「早く降参しねえと死んじまうぜ……藤木さん」

 

 意味深な言葉を告げると、二人は源之助へと目を向けた。既に彼の体には無数の蜂紋華が刻まれていた。

 

 無惨な姿を前に、砕蜂は悠々と口を開いた。

 

「無様だな。何処を刺しても、次にお前は死ぬ」

 

「……死ぬ?」

 

「教えてやろう、雀蜂の能力は弐撃決殺。初撃で刻まれた蜂紋華に、もう一度この雀蜂が刺されば……対象は必ず死に至る!」

 

「……」

 

「降参するなら今しか無いぞ? さっさと参ったと言え」

 

「……」

 

 勝ち誇った砕蜂を前に、しばしの沈黙が流れた後、源之助はゆっくりと口を開いた。

 

「……なるほど……何とも皮肉な事ですな」

 

「……何?」

 

「二番隊隠密機動は諜報、暗殺を旨とする。なればこそ、一撃必殺は自明の理。その長たる者が二撃を許すとは……何とも甘い──」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──『蜜蜂』が適名かと」

 

 その瞬間、太く編まれた縄が千切れるような……破裂音にも近い、何かがブチ切れるような音がした。

 

「死ね……!!」

 

 迫る砕蜂に構える事も無く、無防備な源之助だったが、右手を地面に向け、口を開く。

 

「破道の三十一……赤火砲(しゃっかほう)

 

「なっ!?」

 

 地面に放たれた赤火砲(しゃっかほう)は爆発し、土煙を盛大に巻き上げた。煙幕のように立ち込める土煙は砕蜂の視界を防ぐには十分な代物であった。

 

「くっ……こざかしい」

 

 辺りを見回すも源之助の姿は無い。気を衒っているのかと構えるが、未だ気配は無い。

 

(少しは考えたつもりだろうが子供だましだな。いいだろう、真っ向から叩き潰してやる)

 

 じっくりと構えると、前方から土煙を掻き分けるように、猛スピードで何かが近付いて来ていた。

 

(ふん、馬鹿な猪め)

 

 影は直ぐそこまで近付いて来ていた。いよいよその姿を表せようとしたのに合わせ、砕蜂は鉤爪を振り上げ、一閃……土煙の中から現れたのは……

 

「うぉおおあぁあ!!!?」

 

「!! お、大前田!?」

 

 鉤爪をすんでの所で止めるも、何故か出てきた大前田に激突する砕蜂。そのままの勢いで大前田に押し倒され、身動きが取れずにいた。

 

「痛ててて……」

 

「くっ! どけぇ!!!」

 

「ぶべらぁっ!!」

 

 大前田の頬に裏拳一発。やっと退いた大前田を他所に立ち上がり、立て直そうとした時……

 

「失礼」

 

「な!? あぐっ!」

 

 突如背後に現れた源之助に頭を押さえられ、地に伏せられる砕蜂。源之助はそのまま流れるように彼女の右手を背中側に組み、右膝で彼女の首を押さえ、左足で彼女の左手を踏みつけた。

 とどめに骨子術まで決めてやれば、砕蜂は指先の一つ動かせぬ程に完封されていた。

 

 煙が晴れ、組み伏せらた砕蜂の姿に大前田やルキア、隊士達全員が驚愕していた。

 

「ぐ……き、貴様ぁ……!」

 

「加減は出来ませぬぞ」

 

 源之助は彼女の首に体重を掛け、決められた関節に力を込める。

 

「あっぐぁあ!!」

 

「……言いなされ」

 

「ぐぅ……ぅう……!!」

 

 頑として根を上げない砕蜂に、源之助は力を込め続ける。

 

「ぁ゛あ゛あぁあ゛っ!!」

 

「参ったと、早う言いなされ……!」

 

「ぁあ゛……ぐぁあ゛っ!!」

 

「…………」

 

「ぅっ……うぅ゛……」

 

 涙目になりつつある砕蜂の瞳を見て、源之助はため息を一つついた後、スッと力を緩め彼女を解放した。

 

「……やめましょう」

 

「な、何だと!」

 

「元よりこの争い、つまらぬ言いがかりで始まったこと……そんなことで、一隊長としての矜持を汚す訳にはいきませぬ」

 

「くっ……情けをかけるつもりか!!」

 

「情けにはありませぬ」

 

 息を粗くする砕蜂に、源之助は言い聞かせるように言葉を繋げる。

 

「事実、こと速さにおいて砕蜂隊長に敵う事能わず。愚鈍な私は目で追うのが関の山にございました……あのままでは、砕蜂隊長の勝利は揺るぎ無きものであったでしょう」

 

「くっ……!」

 

「そこで、大前田の助言を参考に致しました」

 

「大前田……だと……」

 

 名を上げられた大前田は焦り全開で源之助へと口を開く。

 

「ちょちょちょ! 余計な事言わなくていいから!」

 

「始まる前に、大前田はこのように言っておりました──」

 

 

 勝負が始まるよりほんの少し前、大前田は源之助を呼び出していたのだ。

 

 

 ──藤木さんよぉ……俺は身をもってアンタの強さを実感してるが……それを踏まえて言うぜ──

 

 ── ……ああ ──

 

 ──俺にはどう考えても、隊長が負ける姿なんて想像出来ねぇ……アンタがどんだけ強くても、隊長が負ける訳が無え……でもな……まあ、アドバイスって訳でも無ぇが……──

 

 ── ……何ぞ ──

 

 ──隊長はキレ易い。ちょっと煽ってやればプッツンする筈だ。そうすりゃ視野が狭くなる筈、誰だってそうだろ? 狙うならそこだ、そこしか無え……月並み程度だが、頑張ってれや──

 

 

 

 

「──と、申しておりました……怒りに冷静さを損なった貴方は目で私を追った。普段の貴方ならば、霊圧で感知するなり、煙から出るなり出来た筈……助言は正しかった」

 

「大前田……! 貴様ぁ!!」

 

「ちょ、ちょっとした出来心ってやつですよぉ! 俺はホントに隊長が勝つと思ってたんスからね!?」

 

 必死に弁明する大前田に助け船を出すように、源之助は言葉を繋げる。

 

「貴方の弱点をよく理解している上で、あの時の大前田の目は砕蜂隊長の勝利を疑っていなかった……全幅の信頼を置いていた……善き部下を持ちましたな」

 

「くっ……」

 

 嫌味とも取れる言葉に砕蜂は顔を歪ませるが、源之助は頭を下げ、彼女に言葉を繋げる。

 

「先の言葉、撤回致します」

 

「……!」

 

『貴方には人望(それ)が無い』と申した源之助は、嘘偽りの無い心よりの謝罪を砕蜂に示した。

 

「大前田は元より、隊士達の瞳に砕蜂隊長の敗北を喜ばしむ色は無く、憂うばかりが見て取れます」

 

「……」

 

「……貴方はそれ(人望)に、満ちております」

 

「……ふん」

 

 そっぽを向く砕蜂に、大前田は少し安心したように言葉を繋げた。

 

「……あ~……まぁ結果オーライってやつか? 隊長が負けたのは悔しいけどよ……」

 

「負けてない!」

 

 残念そうにする大前田の泣き言を、砕蜂は叩き切った。腕を組み、納得しておらぬ様で立て続けに言葉を繋げる。

 

「私は負けてない!」

 

「え? いやでも……」

 

「私は『参った』なんて言ってない! 勝手に止めたのはコイツの方だ! 引き分けだ!」

 

 源之助を指差しながら告げる砕蜂だったが、大前田は何か言いたげに呟いた。

 

「隊長……そりゃいくら何でも……」

 

「黙れ」

 

「ヒィッ!?」

 

 ただならぬ覇気で大前田の額に雀蜂を突きつける砕蜂。そんな彼女をなだめるように、源之助は口を開く。

 

「……私も、半ば反則の手を打った故……無効としましょう」

 

「ふん、当たり前だ!」

 

「……これ以上居ても、邪魔となるでしょう。私達はお暇致します」

 

 踵を返し、ルキアの元へ戻ろうとした源之助だったが……

 

「…………お前達!!」

 

「「「は、はい!!」」」

 

 砕蜂は大声で隊士達に向け言葉を繋げた。

 

「今日まで長き間、誰一人欠けること無くよく着いてきた……まあ、当たり前のことだがな」

 

「「「は、はい……」」」

 

「……だから、その……特別に休暇を与える……」

 

「「「……え?」」」

 

 思わぬ一言に、隊士達全員が目を丸くしていた。側に立つ大前田は空いた口が塞がらずにいる始末。

 

「明日より一月の間、休暇を与える。総隊長殿には何とか言ってみよう。皆、存分に休みを謳歌するといい」

 

「「「……や……や……!」」」

 

 わなわなと震える隊士達は次の瞬間、地が割れんばかりの歓声を響き渡らせた。

 

「「「やったぁあああぁあっ!!!」」」

 

「休みだぁあ゛ぁあ゛っ!!!」

 

「寝れるっ! 寝れるぞぉおぉお!!!」

 

「キィイイィイエェアアッッ!!!」

 

「まったく……うるさいぞお前達!」

 

 奇声にも近しい声が花火のように打ち上がる。隊士達に混じって大前田も喜びの渦に身を委ねていた。

 

「やったぜぇ!! 一月もありゃあ何すっかなぁ……へっへっ、何だって出来るぜえぇえっ!!! バンザーイ!!」

 

「「「バンザーイ!! バンザーイ!! バンザ……」」」

 

「ただし大前田、貴様はダメだ」

 

「何でぇええええ゛え゛っっ!!!?」

 

 喜びも束の間、一瞬にて地獄に叩き落とされた大前田であった。

 

「な、何でなんスか隊長!」

 

「ふん! 貴様は私の勝利が揺るがぬ等と盾を張り、敵に平然と情報を送りおって……それでも隠密機動か! その腐った根性を叩き直してくれる!」

 

 雀蜂を構え、つらつらと大前田に語る様は絶対に逃がさんという意志が見て取れた。

 

「安心しろ、私も付きっきりで相手をしてやる。貴様がサボらないようにな! さあ! 今から走り込みだ! 私に追い付かれるとどうなるか……分かるよな?」

 

「……へっ……へへ……えひっ……」

 

 壊れた玩具のように乾いた笑い声を漏らす大前田。そんな様子も知らずと、砕蜂は雀蜂を構えながら大前田の尻を蹴り上げた。

 

「さあ走れぇっ!!」

 

「こ、こんなのって無ぇよぉおおおっ!!!!」

 

 訓練場を飛び出す大前田を追う砕蜂。隊士達も休暇の準備を始めているのを見守る中、ルキアはいつの間にか源之助の傍らへと寄り添っていた。

 

「……源之助殿」

 

「……本筋とは大きく逸れましたが……これで良かったのでしょう」

 

「良くなどありません!」

 

 突然声を粗げるルキアに、源之助は面食らっていた。彼女が源之助に大声を出すなど初めてのことであったからだ。

 

「傷だらけで、下手をすれば死んでしまっていたのですよ!?」

 

「……はい」

 

「はいでは無くて……」

 

 言葉に詰まるルキアは黙りこくるしかなかった。気まずい沈黙が流れる中に、振り絞るような声が流れる。

 

「……私は特別席に就いてから、世界が明るくなりました……それも偏に、源之助殿のお陰です……」

 

「……」

 

「……源之助殿は分からぬかも知れませぬが、貴方を慕う者は、貴方が思うよりも多いのですよ……」

 

「……」

 

「……もっと自分を大切にしてください」

 

 ルキアの言葉は、はたして源之助に響いたのか……知る由も無いが、彼は一言を返すしかなかった。

 

「……はい」

 

「……では、帰りましょう! 時間も余りましたし、いつもの甘味処に行きましょう!」

 

「……海燕も呼びましょう、恐らくは暇をしておるかと」

 

「はい! 是非! 実はこの間じゃんけんに三連続で勝ちまして……ぐふふ、一つ言うことを聞いてくれるそうです!」

 

「では、奢らせましょう」

 

「はい!」

 

 並び歩く二人は二番隊隊舎を後にし、いつもの甘味処へと足を運ぶのであった。

 




休みくれ。

捕捉・大前田が飛んできた理由は源之助が投げ飛ばしたからです。
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