瀞霊廷某所にて、小走りで駆ける者の姿が一つ。
「はぁっ……早く行かなくては、海燕殿にまたどやされてしまう!」
朽木ルキアが、街ゆく人々を掻き分けながら忙しなく走り抜けていた。現在彼女は源之助と海燕とで、最近では恒例になりつつある仕事終わりの甘味処へと集まろうとしていたのだが……
どうやら思った以上に時間が掛かったらしく、現状に至っていた。
脇目も降らずに走るルキアは、曲がり角を曲がろうとした瞬間。
「ん? うぉお!?」
「うわぁっ!?」
直前で出てきた人物と衝突し、尻餅をつく二人。
「痛ってぇな! ちゃんと前み……って……」
「す、すみません! お怪我は……って……」
頭を下げた後、ぶつかった人物を確認するルキア。目の前には赤髪で、奇抜な刺青を入れたコワモテな男が彼女を睨んでいた。
「なんだ恋次か」
「オメー人様にぶつかっといてなんだとはなんだコラ!」
どうでもよさそうに名を呼ばれたるは、現在六番隊にて四席を務める『阿散井恋次』が怒り心頭の様子で捲し立てていた。
「けっ、久しぶりに合ったってのに随分なご挨拶だなルキア」
「……恋次」
「ん?」
「ではな」
「待てコラァ!!」
そそくさと踵を返すルキアの襟を逃がさぬとばかりに取っ捕まえる恋次であった。
「ぐぇっ! っ離せ! 私は先を急いでるんだ!」
「詫びの一つくらい言えや、オイ」
「あーい、すみませーん」
「なめてんのか!? あ゛ぁん!?」
ふざけた態度のルキアに唾も飛ばん勢いで怒鳴る恋次。呆れた風に手を離し、言葉を繋げた。
「ったく、五大貴族ともあろうモンがこの有り様じゃ、先が思いやられるぜ」
「……うるさいな」
「……けっ、可愛げの無ぇ」
貴族という言葉は、ルキアにとっては重荷でしかなかった。恋次自身、そんなつもりは無いであろうが出た嫌みに、少し気まずい空気が流れた。
「……お前、最近屋敷に居ることが少ねぇらしいな」
「何でそれを……」
「風の噂でな……せっかく家族が出来たんだからよ、あんま心配させてやんなよ」
ルキアは近頃、屋敷に帰るのは夜遅くであった。それは彼女が、人身の義兄である『朽木白夜』へ対するコンプレックスが故にであった。
「……お前には関係ないだろう」
「……そうかよ」
突き放すような一言に、恋次の眉がひそまる。しかしそれは怒り故のものではない。寂しさから来るものであった。
背を向け、ルキアに顔を合わす事も無く告げた。
「行けよ、急いでんだろ」
「……」
ルキア自身、つい出てしまった強い言葉に負い目を感じたが、迫る気まずさに背を向け、再び走り出した。
数分走り続けると、目指した甘味処が見えてきた。店前の腰掛けには静かに待ち惚ける源之助と、腕を組み貧乏ゆすりを繰り返す海燕の姿があった。
「も、申し訳ありません! 遅くなりました!」
「あ! やっときたかコノヤロウ! 上司を待たせると良い度胸だな!」
「イダダダッ! い、痛いです海燕殿!!」
ルキアの耳をつねり上げる海燕。涙眼になりながらも席に着くと、隣に座る源之助へと口を開いた。
「源之助殿……申し訳ありません、お待たせしてしまって」
「特段待ってなどおりませぬ。早う食べましょう」
「は、はい!」
「ったく」
店主が持って来たもなかに手を伸ばし、いつものように三人揃ってかぶりついたのであった。
もなかも食べ終え、緩やかに流れる時を楽しむ頃、海燕が口を開いた。
「いやしかし、いつもはいの一番で待ってるお前が遅れるとは珍しいな。何かあったのか?」
「……知人と合った程度です。まぁその、ハプニングというか」
「へー、お前俺ら以外に知り合い居たんだな」
「な!? 失礼ですぞ!」
「はっはっは! 冗談だよ。朽木の知り合いってことはどっかの貴族か?」
「あ……いえ、貴族などではありません。私はもともと流魂街出身で……まぁその、腐れ縁というやつです」
ルキアのその言葉に海燕は少し驚いていた。五大貴族の一員である志波家の海燕であるが、あまり他の貴族情調には興味が無かった為に、ルキアが朽木家の養子である事は知らなかったのである。
「あ……気になされたなら申し訳ありません。真央霊術院では流魂街出身など笑い物でしたし、お二人には無縁ですよね……」
「いや、んなの別にどーでもいいけど。なぁ? 藤木さん」
「ああ」
海燕に返事を返す源之助は、続け様にルキアへと言葉を繋げる。
「ルキア殿、護挺にはあなたが思うより流魂街出身の者は多く居ります」
「そ、そうなのですか……」
「故、劣等を抱く必要も無いかと……かく言う私も、流魂街の出自にありますので」
源之助の言葉に二人して驚いたような表情を見せると、海燕が口を開く。
「そいつは初耳だな。何区だったんすか?」
「……南78区、戌吊」
その一言を聞いた瞬間、ルキアの目が見開いた。
「わ、私も同じです! 私も戌吊から来た身でございます!!」
「……左様にございますか」
目を輝かせるルキアとは反対に、源之助の瞳が僅かばかりではあるが地を見下ろした。
そんな素振りに気付かないルキアは立て続けに言葉を繋げる。
「いやぁ、まさか同郷のよしみであったとは!」
「……」
「……源之助殿?」
小首を傾げるルキアを他所に、源之助はおもむろに立ち上がり言葉を告げた。
「そろそろ帰りましょう。ルキア殿、明日の仕事は分かっておりますな」
「……はい」
源之助が語る明日の仕事とは、女性死神協会が朽木家に新たな設備を設けようと画策。しかし白夜が建設中の建物を破壊。それの瓦礫処理という雑用中の雑用だった。
ルキアにとって、雑用は問題ではなかった。ただ、白夜と顔を合わせるのが辛い。またあの冷ややかな視線を送られるのではないか……本当に自分の兄は私を見ているのか……そんな不安が心を蝕んでしまうのだ。
「あ、あの……! 今夜は少し、お酒でも……」
ルキアの口から出た言葉とは思えなかった。いつもはここで茶菓子を食い、三人で笑い、それぞれの家へ帰る。いつもそれの繰り返しだ。しかし、少しでも屋敷の心細さから逃げるように口を開いたのだ。
「お、いいぜ! 行こうや」
「……海燕、都殿が待っておろう」
「たかが酒の席くらいで文句言うような女じゃないっすよ!」
「か、海燕殿こう言っておりますし! 源之助殿……!」
「…………飲み過ぎますなよ」
すがるような目で見るルキアと、早く行こうと急かす海燕。浅いため息混じりに承諾した。
「は、はい!! では行きましょう! すぐ行きましょう! 源之助殿が居られた頃の戌吊の話を聞かせてください!」
―三時間後―
「ふにゃあ……源之助殿~、もう一杯……」
「なりませぬ」
「かっかっか!! 朽木ぃ、酒弱えな!」
「うぅ~……そんなことぉ……ございませぇん……」
べろべろに酔っ払ったルキアと、楽しく酒を進める海燕。明日は早いというのに、この有り様。
「出ますぞ」
「そうだな、さすがにもう遅えからな。んじゃ、朽木は頼むますよー」
「逃げるな海燕殿ぉ~……」
「……」
机に金を置いて去る海燕。目をトロンとさせて突っ伏すルキア。
「肩に腕を回しなされ……」
「はいぃ~……」
闇夜の路地を歩く二人。いや、片方に至ってはまともに歩いてすらいなかった。片腕相手に体重を預け、足を引きずりながら意識朦朧。
「ルキア殿……もうこれきりにございます」
「うぅ……そういわずにぃ……」
「……白夜様もご心配なされるかと」
「……」
源之助の言葉にルキアの息が止まった。どれだけ幸せな時を過ごそうとも、酒に逃げても、兄の名を耳に入れれば思い出すのだ。思い出してしまうのだ。
兄の目は、ルキアにはただの重しとなっていた。
「……兄様は……私の心配なんて……」
「……」
「……兄様は……私を見ておられません……兄様の目に映るのは……緋真様だけ……」
「……」
源之助は返す言葉が見つからなかった。源之助自身が、今この腕の中の彼女と、三重が重なって見えてしまうのだ。ここで何を言おうと、嘘になる。ルキアにも、自分にも。
「……私は……今この瞬間が好きです……朽木家としての見栄も張らずに……源之助殿と海燕殿と……過ごせる……いま…………」
コトンと首を落とすルキア。小さな吐息が胸に寄り掛かる。
「……」
何も語らず、歩き続けた。
鳥の囀りが響く頃、ルキアは目を覚ました。
「……ん……はっ!」
外を見れば、どう考えても仕事は始まっている。いそいそと身支度を整え、襖を開け、廊下へと駆け出した瞬間。
「あ……」
「……」
白夜が目の前に立っていた。心臓が握り潰された気がした。言い訳など出来る筈がない。
「……昨夜遅くに、藤木が訪ねて来たと聞いた」
「あ……っ」
「お前を抱えてな」
「……!!」
また、あの目だ。氷のように冷たく、射貫くような視線。
「……もう始まっている」
「……あ、あの! 兄……さ……」
ルキアの横を……通り過ぎた。まるで初めから何も無かったかのごとく。震える足では、振り返ることもできない。
「……」
自業自得なのはわかっている。それでも……
「…………」
胸の痛みがまた一つ、深く突き刺さる気がした……
とにかく、遅くなってすみません!それだけです!