尸魂界死神異譚   作:マグロのしばき

4 / 8
第4話

 

 元字塾道場にて

 時刻は夜、蝋燭の火が揺らめく室内は仄暗く、ただ一人黙々と刀を降り続ける影を映し出していた。

 

 上衣を脱ぎ、声一つ出さずに木剣を構える藤木。

 何百回、何千回と振り下ろしたのか。滴る汗は水溜まりと作る程であった。

 

 そんな中、突然道場の戸が開かれた。

 

「精が出ますね」

 

 室内に広がる熱気には似合わぬ、穏やかな表情の女性が、音も立てぬ足取りで歩み寄っていた。

 

「……卯ノ花殿」

 

 卯ノ花烈。かつては「八千流」の名を冠し、尸魂界(ソウルソサエティ)史上、最大最悪の大罪人と呼ばれていた彼女。

 しかし、かつての姿は何処か鳴りを潜め、優しげな笑みにて源之助へと語りかけていた。

 

「総隊長より聞きましたよ。近いうちに死神となるらしいですね。おめでとうございます」

 

「……」

 

「少し大きくなりましたね。ふふっ、ほんの少しですが……」

 

「……何用か」

 

 しん……と静寂が訪れる。卯ノ花の笑みはいつの間にか消え去っていた。遠く、虫のさざめきを耳に残しつつも、彼女は源之助の腰元へ目をやり、口を開いた。

 

「刀……賜ったのですね」

 

「……」

 

「出会った日、あなたは抜こうともしなかったくせに」

 

 

 


 

 

 数十年前、まだ源之助が山本と出会う前。卯ノ花が八千流であった頃……

 

 戌吊にて変わらぬ日々を過ごす源之助。目標も無く、死んだように歩き続ける源之助の前に、彼女は現れた。

 

 長く、美しく艶めく黒髪をなびかせながら、何処か期待に膨らんだ瞳で、源之助へと口を開いた。

 

「あなたですね」

 

「……!!」

 

 卯ノ花はそれだけを言い、突如として源之助へと斬りかかった。身を翻し、すんでのところで躱してみせるも、今のが余興の一撃であるのは目に見えて明らかであった。

 

 距離を取り、卯ノ花を見据える源之助。彼女の姿と言葉におおよその察しがつく。身に纏う死覇装。隊長羽織こそ着こんでいるが、今まで伊達に帰した者たちと同じであることは簡単に理解できる。

 

「死んでもおらんというに、仇討ちにでも来たか」

 

「……仇討ち? 何ですか? それ」

 

 溢れる霊圧を抑える素振りも見せず、刀の切っ先を向ける彼女は、本当に不思議そうに首を傾げてみせた。

 

「私が求めるは戦い。狂おしい程の戦いへの渇きが、私を動かす唯一の衝動」

 

 狂っている。

 源之助が彼女に抱いた感情は、その一言だった。その様子を知ってか知らずか、何処か湿り気を帯びる声色で卯ノ花は言葉を繋げていた。

 

「あなたの噂を聞いた時、少し期待したのです。私を満たす者かもと……ですが違いました」

 

 自らの胸に手を置き、僅かに乳房を握る卯ノ花の姿は艶めかしく、甘美な香気に包まれていた。

 

「あなたは……私と満たし合える者」

 

「……」

 

「あなたのような子供に、こんな劣情を抱くのは可笑しいでしょうか。それでも、あなたを一目見ただけで分かりました……」

 

「……」

 

「あなたの中の狂気が……私も一緒。孕んでいるのです」

 

 蕩ける瞳で源之助を見つめる卯ノ花。絶えず知ったかのように言葉を繋ぐ。

 

「私には分かります。あなたのその行き場の無い狂気が故、傷付け、斬り合う事でしか互いを分かり合う事が出来ないのでしょう?」

 

 違う。だが、合っている。

 

 源之助は生前、確かに宿敵「伊良子清玄」と果たし合った。虎眼流を亡きものにし、全ての元凶と言われようと差し支えない男である。卯ノ花の言うように、最後の最後まで互いを分かり合えず、斬って斬られた。

 

 そして本当の最後、清玄の心臓を断ち割ったあの瞬間、言葉無くともようやく分かり合えたのだ。ようやく分かち合えたのだ。

 

「ようやく……見つけました」

 

 懐から一本、脇差しを取り出す卯ノ花。源之助へと投げ渡された脇差しはほんのりと温かかった。

 

「あいにく、そのような物しか用意できぬ事をお許しください」

 

「……」

 

「さぁ、抜いて……戦いを……あなたを満たしてみせます。あなたも私を満たして……さぁ、その狂気()を……!」

 

 

 源之助は内心、何処か彼女の言う事に納得していた。彼女の言葉に思い起こした過去の記憶。彼女の言う通り、斬り合う事でしか分かり合えなかった。

 

 だが違う。明確に違う点が一つ。

 それは狂気。源之助の狂気は卯ノ花のそれとは違う。ただ己を満たさんがする狂気ではない。

 

 源之助の狂気とは、「強さへの果てなき道」

 強さを求め、腕失おうとも、終生の敵からの餞別であろうとも、啜り喰らい、道が無くとも歩き続ける愚直なまでの強さへの貪歩。

 

 狂気のベクトルが、卯ノ花とは違うのだ。彼女はそれを見誤っていたのだ。

 

「こんな物に、何の意味がある」

 

「……は?」

 

「己を満たせればそれでいいのか?」

 

「違う! 私はあなたと……」

 

「そんなもの、卑しく股を開く夜鷹と何が違う」

 

 脇差しを見つめる目は卯ノ花へと切り替わるが、心底くだらなそうに源之助は言葉を繋ぐ。

 

「終生、道に立つ者悉くを斬った。心も、同胞も、残された筈の誇りすらも斬り捨てた」

 

「なら何故抜かぬ! 何故私を斬らぬ!」

 

「斬ったところで、何も変わらぬ」

 

 誇り……それは伊良子清玄。時代に逆らうが如く、己を貫き通した源之助の誇り。自分に無いものを持つ姿は、輝かしく見えていたのだ。

 

 それでも結局、傀儡であった。

 忠長の命により、死した誇りの首を落とした。まだ右手に、あの感触が残っている。

 

 どれだけ斬っても変われぬ傀儡のまま。果てには全てを失った。この時の源之助はもう、斬る事に疲れていたのである。

 

「……っ!」

 

 瞬間、卯ノ花が消える。瞬きが終る間もなく、源之助の目の前に飛びかかる卯ノ花。

 勢いに任せ源之助を押し倒し、その首元へ刀を突き立てていた。

 

「抜けぇっ!! 私を斬れっ!!」

 

「……」

 

「はぁっ……はぁ……」

 

 荒ぶる呼吸に見開かれる瞳孔。彼女の長い髪が、はらりと源之助の顔にかかる。

 

「夜鷹、俺は貴様とは違う」

 

「……!」

 

 突き付けられた言葉に、僅かに肩を震わせる卯ノ花。握る刀に力が入れば、血が垂れる首。

 抑えきれぬ震えは声にも伝わる。卯ノ花は絞り出すように言い放った。

 

「戦いとは……斬り合うとは……何なのですか……」

 

 懇願、渇望するような瞳が目と鼻の先にあった。

 

「つまらぬ稚戯に……同じかと」

 

「…………ふふっ……えぇ、そうですね……ほんと……そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に……つまらない(ひと)

 

 途端、卯ノ花の瞳は色を失った。見つめれば飲み込まれそうな程の黒。深淵のような瞳で語る言葉は落胆の一言。

 

 戦いこそが全て。斬り合うが己の全て。それを源之助は、つまらない、子供のままごとだと吐き捨てたのだ。ただ己を満たす為ではなく、この者と斬り合い、分かり合えると信じた者からの悪辣。

 

 目と鼻の先に居る少年はもう、卯ノ花の目には穢らわしい汚物に見えていた。

 音も無く立ち上がる様は、出会い頭からは想像もつかぬ程に覇気が無い。よたよたと歩き、胸を抑える卯ノ花は次第に、その背が見えなくなるまで歩き続けていた。

 

 これが藤木源之助と卯ノ花烈、二名の狂人の出会いであった。

 

 

 


 

 

 

「あんな事を言いながら、よくおめおめと手に取れましたね」

 

「……」

 

「私が四番隊へと配属されたのは知っていますよね」

 

「……はい」

 

「ふふっ、何故だと思います?」

 

 皮肉げに笑む卯ノ花。しかし何処か嬉しそうにも見える。その意図が源之助に分かる訳もなく、ただ黙りこくるしかなかった。

 

「あの日から宛もなくさ迷い続けました。有象無象を斬る日々はいつもと変わらないのに、いつも以上に虚しかった……でも」

 

 髪で結われた胸元を抑え、慈母のような微笑みで語り続ける卯ノ花。

 

「この胸の痛みを抉るように、また新たな傷が付けられた」

 

「……」

 

「あの子を思い返す度に疼きます。それが嬉しい。でもあなたを見る度に、彼に付けられた傷よりも疼くんです……この胸の奥底の傷が」

 

「彼とは……」

 

「秘密です」

 

 ふと、風が吹いた。

 稽古場に灯されていた蝋燭の火は消え、外からの月明かりだけを頼りに照らし出される卯ノ花と源之助。

 

「今宵は月が綺麗ですね」

 

 窓から覗かれた月を見上げる彼女の色めかしさは、出会った頃よりも何処か美しく見えた。

 

「もう日を跨ぐ頃ですね。長々と失礼しました」

 

 背を向け、ゆっくりと歩き出す卯ノ花。戸に手を当て、ふと立ち止まった。

 

「藤木さん」

 

「……」

 

「私を傷物にした責任、取ってくださいね」

 

 その言葉が、どの感情から出てきたのかは分からない。源之助は出会った時のように、その背を見送るだけであった。

 

 




ぼくもこんな謎狂人美熟女に迫られたい……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。