一番隊隊長室。
風情を重んじられる和室に相対する者が二人。
席に座す山本と、向かい膝をつく源之助。少しばかり成長したその身に纏われたるは、山本の物と同じ死覇装であった。
「藤木よ、そう硬くなるな。楽にせい」
「……」
「はぁ……全くお主は、必要以外を喋らんのぉ」
少し困ったように頭をかく山本。こほん、と咳を一つしながら、言葉を繋いだ。
「まずは、死神総学院卒業を祝そう」
「……卒業、ですか?」
「うむ。お主の斬拳走鬼は隻腕とは思えん程、他の追随を許さぬ高い成績を保っておったな。ただ、斬を除いてではあるが……」
「……」
死神総学院での源之助の成績は卓越されていた。しかし、彼は他の生徒との模擬戦闘等において、一度も斬魄刀を抜いた事がなかったのである。
それは生前の記憶を思い出すから。単純な話、怖いのである。しかしそれは心持つものならば抱く当たり前の感情。故に振り払おうとも、簡単な事ではない。
惨めにも捨てぬと誓い、元流を離しておきながら、いざ抜けぬ……あまりにも身勝手な己の行いに、源之助自身吐き気を催す心情であったが、その柄を掴む度に手が震えてしまうのだ。
「もう深くは聞かん。しかし、此れよりお主は死神。いつかは抜かねばならぬ時が来る」
「……」
「儂はその時が……心配でならん」
その言葉に、源之助は思わず目を見開いた。鬼と恐れられたし、あの山本元柳斎重國が、初めて口にした「心配」という言葉。気でも触れたかと思う程に予想外であった。
「ん゛ぅ……今のは忘れろ。とにかく、お主はもう死神。一つ注を達しよう」
「……」
「護廷が為に生きるのではない、護廷が為に死ぬのだ」
やはり、鬼は鳴りを潜めてはいなかった。先程の源之助を慈しむような瞳は、護廷十三隊総隊長たる厳格さを保っていた。
「良いな」
「……はい」
「うむ、そこでお主の属する隊じゃが……」
隊長室から少し距離を置いた廊下に、何処かそわそわと足を擦る男が一人。
雀部長次郎。腕を組み、普段の彼ならあり得ない、壁に背までつけている。
実は彼のこの焦燥は、源之助に対するものであった。雀部は源之助が元字塾に入ってから、一番彼の面倒を見ていた。源之助が元流を捨てた日からも、稽古に付き合い、日々を過ごす内に、いつしか源之助を弟のように想っていたのである。
そんな雀部は、いよいよ源之助の卒業日となった日、祝いの言葉を胸に、源之助と配属隊発表掲示板へと足を運んだが……
そこに源之助の名はどこにも無かった。
雀部は我が目を疑っていた。
この時の掲示方式は、配属隊に名が載ると同時に合格、卒業とする物であったからだ。
あり得ない。
そう思った。実際、源之助の成績は他を圧倒していた。源之助の噂が耳に入る度、誇らしかった。
合格は絶対、次いで一番隊となるのであろうと確信していた。結果も出ていないというのに、彼の死覇装までも見繕ったのだ。
──似合っているぞ藤木──
──雀部殿……気が早いかと──
──何を言うか。お主の合格は、この雀部長次郎忠息が保証する。さあ行くぞ! ──
今朝の会話を思い出す……
しかし結果は……何故だと。
「雀部殿」
思考の外から声がかかる。目を向ければ源之助が。
「藤木……どうであった?」
「結果だけを申せば……無事合格。卒業し死神の身となり申した」
固唾を飲んでいた雀部はふと、糸が切れたかのように脱力した。深いため息をつきながらも雀部は口を開く。
「良かった……やはり何かの間違いであったのだな。して、隊は?」
「その件ですが……」
「う、うむ……」
「私は何処にも属さぬ……と」
「……は?」
思わずすっとんきょうな声を漏らす雀部。それも無理はない。卒業した死神は必ず何処かしらの隊に配属されるのが習わしであったから。
「な……ん……ど、どういう事だ?」
「それが……」
「お主は何処にも属さん」
「……それは」
あっけらかんと話す山本に、理解が遅れる藤木。
そんな様子も知らずと山本は話続ける。
「一番隊としようかと思ったがの……お主はきっと、それを拒むであろう」
「……!」
山本は見事、源之助の心中を当ててみせた。
一番隊とは成績優秀、精鋭の集まり。その多くは、元流を身に付けた者たちの一団。その忠誠心、団結力は最早一つの塊の如し。
源之助は山本へ抱えきれぬ忠義有れど、元流を捨てた身。そんな己が、一番隊に属する事を、彼自身が快く思っていなかった。
「お主は感情を出さんからのぉ。ここまで理解するのに長いことかかったわ」
「……」
「……お主には、足りんものが多すぎる」
源之助に足りないもの。己に問いかけるも、返ってくるものは、「強さ」、「忠義」、「己」……そんなものばかり。
この思考こそが、源之助に足りていないものだと、彼は知る由もない。
「護廷十三隊が隊花の意味、理解しておるな?」
隊花。
それは護廷十三隊、一つ一つを象徴とした花である。その全てに意味がある。それが花言葉。
一番隊「菊」真実と潔白
二番隊「翁草」何も求めない
三番隊「金盞花」絶望
四番隊「竜胆」悲しんでいるあなたを愛する
五番隊「馬酔木」犠牲、危険、清純な愛
六番隊「椿」高潔な理性
七番隊「菖蒲」勇気
八番隊「極楽鳥花」全てを手にいれる
九番隊「白罌粟」忘却
十番隊「水仙」神秘とエゴイズム
十一番隊「鋸草」戦い
十二番隊「薊」復讐、厳格、独立
十三番隊「待雪草」希望
山本の言葉に、その全てを源之助は思い出す。
「様々に触れ、足るを得よ」
「……」
「お主を護廷十三隊、特別席へと任命する」
「はい……!」
「なるほど、そのような事が……」
「はい……」
「とにかく、卒業おめでとう。ふふっ、せっかくの死覇装が無駄にならずに済んだな」
「……」
微笑む雀部とは反対に、少し難しそうな顔を漏らす源之助。訝しげに雀部は疑問を口にする。
「どうした? 具合でも悪いか?」
「……雀部殿」
「む?」
「飯に、致しませぬか……」
その言葉に、雀部の時が止まる。源之助から発せられた誘い。同じ釜の飯を食っていた時は、時間になれば黙って食い、黙って片付ける。
誰かに言われてでしか動かなかったあの源之助が、愚鈍と呼ばれても仕方なかったあの源之助が……初めて誘ったのだ。
対する源之助の脳裏には、つい先ほどの、隊長室の光景が浮かび上がっていた。
──では藤木、最初の一歩じゃ──
──最初の、一歩? ──
──うむ。文字通り、踏み出してみよ。口下手でも良い、くだらん話でも構わん。その時その瞬間、お主が思い、感じたことを口にせい──
──……はい──
──外にちょうどええのがおるわ。ふっふっ──
山本の言葉の通り、今感じた事を口にした。
腹が減ったと。一緒に食べましょうと。
未だ目を丸くする雀部。ふと我に返り、たじろぎながら言葉を繋げていた。
「藤木……今何と……」
「飯に、致しませぬか……と」
「……ふっ……ふふっ、嗚呼」
思わず吹き出す雀部。しかし、本当に……本当に嬉しそうに微笑みかける。
「今日は何と……めでたき日か」
源之助には雀部の微笑みの意味が理解出来なかった。ただ、今自分が感じた事を口にしただけなのに、と。
「さあ行くぞ! ランチはパスタにしよう! 味は何がいい? ボロネーゼか? カルボナーラか?」
源之助には分からない単語を並べられ、正直口にするべきではなかったかと後悔しかけていた。しかし……
絶えず笑顔の雀部を目に、ふと、自らの顔に違和感を覚えた。
「……!」
口元に手を当てた瞬間、違和感の正体に気がつく。
上がっていたのだ……口角が。
頬の緩みを感じたのは、いつぶりであろうか。まして、こんなにも穏やかな笑顔は。
思わず雀部に目をやれば、パスタの話に夢中で気付いてはいなかった。
「どうした藤木?」
「な、何でもありません」
「? そうか。他にも色々とあるのだぞ。ナポリタンにペペロンチーノ、私が最近好んでいるのはジェノベーゼという……」
「さ、雀部殿……」
「む?」
「ぼ、ぼぉろねぇぜというのが……気になります……」
また、思ったことを口にした。気恥ずかしいのか、目をそらしながら呟く源之助。
源之助の言葉に、またしても雀部は嬉しそうに微笑んだ。
「よし、ではボロネーゼだな! ちなみにボロネーゼとは玉ねぎと挽肉を炒めてだな……」
結局この後も雀部のパスタ講釈が止む事はなかったが、一歩踏み出した達成感と、踏み出した先の暖かさを、源之助は頭で理解出来ずとも、心で確かに感じていた。
護廷十三隊特別席
噛み砕くと、各隊に派遣されながら色んな人と触れ合いなさい、という山本総隊長が例外的に創った席です。
ぼくはペペロンチーノが好き。