源之助が護廷十三隊特別席に就いてから、千年足らずが過ぎた。死神総学院は真央霊術院へと名を変え、十三隊の各隊長も総入れ変えとなるほどの年月が……。
「あ、源之助殿! ここにいたのですか、随分と探しましたぞ」
「ルキア殿……」
瀞霊廷内を歩く源之助に声をかける者の名は朽木ルキア。三年ほど前から、彼女の兄、朽木白夜の願いの下、もう一人の特別席として護廷十三隊に入隊した者だ。
「……何度も言いましたが、もう敬語はお止めください。四大貴族、朽木家の者であるあなたが、私のような者に配慮していては示しがつきませぬ」
「むぅ、何を言うのですか! ならば私も何度も言わせてもらいますが、私たちはもう同じ……隊? といいますか、同じ席に就く仲間ではありませぬか! 上も下もありません!」
「しかし……」
「それにこれは、私がやりたくてやってる事にございます!」
元気に声を発する彼女に、もう何も言わぬとばかりにため息をつく源之助であった。
「それに、今日は久しぶりの二人仕事ではございませんか! 堅い事は言わず、楽しみましょう!」
「左様か……」
「はい! 左様でございます! では行きましょう!」
小走りに先を行くルキアへと、歩を進める源之助であった。
事の発端は一番隊隊長室で起こっていた。対峙する二人の人物。山本と白夜であった。
「むう……朽木ルキアを特別席へ、とな?」
「はい」
「確かお主の養子じゃったのう……しかし何故特別席なのじゃ。昇進も何も無い、ただ他の隊を手伝う席じゃぞ?」
「それ故に」
白夜は敢えて、危険の無い特別席へとルキアを着かせようとしていた。それはきっと、彼が愛した「朽木緋真」との約束を守ろうとせんが為であるからだ。
「守ってほしい」……そう言い残し、息を引き取った彼女との約束。朽木家の掟、二度も破ろうとも、その約束だけは破りたくない。そんな白夜の思いが、不器用ながらもこうして表れていたのだ。
「……よかろう。藤木には儂から伝えておく」
「まこと、感謝致します」
「~♪」
「……」
鼻歌混じりに源之助の先を歩くルキア。よほど今日が楽しみだったのだろうか、軽やかな足取りはステップを踏んでいるようにも見える。
実の所、ルキアが源之助と会う前の心情は荒みきっていた。幼き頃からの友と真央霊術院に入学したものの、いつしか朽木家の養子となった彼女。
友とは擦れ違い、疎遠と化した。四大貴族となった事が災いし、人々からは敬遠される始末。果てには義兄である白夜に馴染む事も出来ず、孤独を感じる日々。
そんな中、彼女の耳に一報が入る。
「護廷十三隊特別席への配属」
真央霊術院にいた頃、何度か聞いた事はあった。何でも護廷には、昇進も何も無い、雑用が存在すると。
絶望した。
孤独に震え、道具のように遣わされる仕打ち。死神として名も残せぬまま、死んでしまうのだろうかとさえ思った。
もうどうでもいいと、朝を迎えた。
俯く視線で指定された場所に向かえば、声がかかった。
──朽木ルキア殿か? ──
顔を上げればそこにいた。
平々凡々な顔。身に纏う死覇装の左袖は風に舞っている。隻腕の男が、彼女の返事をただ待っていた。
返事を返したのかは分からない。踵を返し、先を行く男に連れられるまま、仕事に取り掛かった。この日は書類仕事であった。
十番隊副隊長、松本乱菊のサボりによって溜まった山のような書類を共に処理してほしいとの事だった。
馬鹿げているのかと思った。こんな仕事が護廷に存在するのかと。嫌な顔一つせず黙々と作業を続ける源之助を見ると、哀れだと思った。
その日、無事に仕事は終わり、屋敷に帰ったルキア。これが毎日続くのかと、虚しくなった。
次の日は他隊士たちの魂葬の手伝い……とは名ばかりのただの観察。危険など起こらず、また屋敷へと帰る。
次の日もまた、書類作業。
頭がおかしくなりそうだった。自分の置かれた現状に何も言わない源之助を見て、苛立ちを覚えた。
──藤木殿は……平気なのですか? こんな雑用ばかりで、死神らしい事も出来ず……──
──はい──
たったの二文字。冷たく返された言葉に、また苛立ちを覚えた。
──そんな腕では、この程度が関の山ですか──
たまらず出た言葉。自分が何を言っているのか理解しても、もう遅かった。筆を止める源之助へと、必死に言葉を繋ぐ。
──あ……も、申し訳ありません! その……──
──朽木殿──
──は、はい……──
筆を置く源之助は、気にも止めぬ様子で口を開いた。
──飯に致すか──
先ほどの失態もあって、源之助の誘いを断れず共に定食屋で飯を食う二人。
どうにも食欲の湧かないルキアとは反対に、次々とおかずを口に運ぶ源之助。沈黙が流れる時間に耐えられず、おずおずと口を開くルキア。
──藤木殿……先ほどは大変なご無礼を……申し訳ありません──
藤木からの言葉は帰って来なかった。当たり前だ、怒っている。そう気持ちを沈ませるルキアであるが、それは見当違いだ。流れる沈黙を、今度は源之助が破った。
──私は、人の心を理解するのが苦手です──
──は、はい? ──
急に何を言い出すのだと、目を丸くするルキア。しかし源之助は言葉を繋げていた。
──人が何を思い、何を感じているかを汲み取れないのです──
──あ、あの……──
──ですが、この席に就いて私は様々に触れ、様々を得ました。そんな中、何時しかですが──
源之助は特別席として、全隊に出入りし、全隊の面倒を見てきたと言ってもいい。最早護廷内で、源之助を知らぬ者は居ない程であった。人々と巡り会う中で、源之助は感じるようになったのだ。
──その者から出た言葉に、何が込められているかを、何となくですが、感じるようになりました──
──……!──
──朽木殿から出た言葉には、私への苛立ちと焦り。そして、孤独を孕んでいるのだと感じました──
ルキアは自らの心を当てられた事に驚きを隠せなかった。動揺に震える声で、わずかに口を開いた。
──し、しかし……私は酷い事を……──
──思いがけぬ言葉であろうとも、一歩は一歩。朽木殿は初めて私に、その心を吐いてくれました──
ルキアは源之助から目が離せずにいた。先ほどまで、気まずさに伏せていた目が、今は真っ直ぐに、源之助だけを見つめていた。
──今日は、めでたき日にございます──
微笑みが、眩しく見えた。
孤独に苛まれて以来、誰かに笑顔を向けられたのはいつぶりだろうか。緩む童顔を前に、ルキアの憑き物は洗い流されていた。
──食べなされ。午前は早く切り上げた故、午後は忙しくなりますぞ──
──は……はい!! ──
この日を境に、ルキアは特別席での仕事が苦では無くなった。むしろ待ち遠しささえ覚えた。いや、源之助とだからそう思えるのかもしれない。
今では自分から飯に誘い、自分から源之助に寄り添う。たとえ雑用であろうとも、この人とならと……そう思えたのだ。
「あ、源之助殿!見えてきましたぞ!」
ルキアが指差す方角に目を向けると、いつの間にか八番隊隊舎が見えてきた。
「今日の仕事はたしか書類整理でしたな……源之助殿、もし早く終わったら……」
「……?」
「あ、餡蜜などいかがですか? その、最近有名な甘味処が……」
「お~い、藤木さ~ん」
ルキアの言葉を遮る、気だるげな声。
目をやれば、八番隊隊長「京楽春水」が手を振りながら、此方へ歩いて来ていた。
「いやぁ~ごめんねぇ。また書類溜まっちゃってさぁ……おや? 今日は可愛いお嬢さんもご一緒かい?」
「……春水、あまりからかうな」
「冗談だよ冗談。可愛いのは冗談じゃないけど」
「春水……」
「あっはっは! ごめんってば!」
人当たりの良さそうな笑顔に、釘を刺す源之助。二人のやり取りを見てる中、ルキアは口を開く。
「あのぉ~、前々から思っていたのですが、お二人はどういった関係性なのですか?」
フランクに話す京楽と、真面目に返す源之助。このやり取りを見るのは何度かあったが、ずっと前から不思議であったのだ。
一介の隊長が特別席に、ましてやさん付けで。方や源之助は名前で彼を呼ぶ、しかも砕けた口調で。
「ん? あらら、何も言ってないの?」
「……」
「あちゃ~、こりゃ図星っぽいね。昔っから自分の事喋りたがらないんだから」
黙りこくる源之助だが、その目は、「もう好きにしろ」と語っていた。ふふっ、と笑み、ルキアへと言葉を繋ぐ京楽。
「実はね、藤木さんは僕の先輩なんだよ。いやぁ、昔は山じいと一緒にしごかれたモンだよ」
「え!? せ、先輩!? で、ですが……」
新事実に目を見開くルキア。京楽と源之助を互いに見比べれば、どう考えても京楽の方が年上である。
「あっはっは! びっくりするよねぇ。もう僕の方がおじさんになっちゃったもん。はは……」
どこか哀愁を漂わせる京楽を他所に、源之助を見続けるルキア。何度見ても理解出来ない、どう見ても900年以上生きているとは思えない姿に、開いた口が塞がらなかった。
「それじゃあ、僕は外せない用事があるから、後は頼んだよ~」
「隊長、何処へ行くつもりですか?」
源之助たちが来た方向へと歩きだす京楽の背後に、眼鏡を光らせ冷徹な声で呟く女性。
八番隊副隊長、「伊勢七尾」が、くいっと眼鏡を掛け直していた。
「ん゛っんぅ……ああ七尾ちゃん、ちょっと外せない用事が……」
「副隊長である私に伝えられない用事とは?」
「……実はついさっき出来た急用でもあってね……」
「ネタは上がってるんですよ。最近、昼間っから呑んでいると」
七尾の激詰めに冷や汗が垂れる京楽。此度はいつもより多量に垂れ流していた。その原因は、後方でわずかに京楽だけに霊圧を当てる源之助の仕業であった。
「そのせいで溜まった書類の数々、お二方に処理していただこうなど言語道断です!」
「な、七尾ちゃん……それ以上は……」
「春水」
源之助を見れば、僅かに口角が上がっていた。有無を言わさぬただならぬ笑み。いつの間にか笑顔のレパートリーを増やした源之助の圧に、京楽は身を縮こませるしかなかった。
「……はい、ごめんなさい。僕も手伝います」
「手伝うのではなく、手伝っていただくのです! 本来、全て隊長が……」
口酸っぱく苦言を呈する七尾と共に、先に隊舎へと戻った二人。流れに取り残され、一人ポカンと呆けるルキアへ、源之助は口を開いた。
「……餡蜜には、ありつけそうですな」
「……!」
「さぁ、行きましょう」
「はい!」
この後、京楽はしばらくの間、真面目に隊長業務に励んだのであった。
雑用とは言ってますが、源之助を知らぬ者たちの偏見です。彼に助けられた者たちはしっかりと源之助に感謝していますし、御礼品なども納めています。京楽の場合は、先に会計を済ませ、呑みに連れていったりとか。