護廷十三隊、十一番隊隊舎にて。
「稽古だあ?」
「……」
門前にて、血気盛んな隊士と向かい合う源之助。
「悪いが出直しな。ここが何処だか分かってんのか? 天下の十一番隊だぞオイ」
「……」
「それにお前、あの特別席ってやつだろ? 隊長各ならまだしも、お前みたいな万年雑用に稽古なんざ……っっぶが!!?」
威勢良く喋る若者の頭に、突如として繰り出されていた拳骨。頭を押さえ、荒い口調で振り返る若者。
「痛ってぇ……何すん……って斑目さん!?」
名を呼ばれたるは、十一番隊にて三席を勤める「斑目一角」の姿。太陽に照らされたスキンヘッドを輝かせながら、若者を睨みつけていた。
「ちょっと聞いてくださいよ! この野郎が俺たちに……っ痛っでぇっ!!」
まだ喋ろうとする若者にもう一度拳骨を叩き込む一角。今度はより強く殴ったのであろう。うずくまる若者は長い間頭を押さえている。
そんな様子を尻目に、彼は源之助へと頭を下げた。
「すんません。こいつ最近入ったばっかなんで、大目に見てやってください」
「気にするな」
「……え? 斑目さん……?」
一連の一角の行動に目を丸くする若者。源之助の言葉に頭を上げる一角は、次いで口を開く。
「んじゃあ、行きますか」
「……」
先導するように歩きだす一角の後を追う源之助。置いていかれた若者は、一人呆け続けるばかりであった。
「ど、どういうことぉ……?」
隊舎内を歩く源之助と一角。目指す先はもちろん稽古場である。
「あいにく今日隊長は留守にしてますんで」
「構わん、その方が都合がいい」
「……にしても、前回からもう一年経つんすね。今年は何人生き残るやら」
斑目の言葉の通り、源之助は一年に一回、毎年十一番隊に稽古をつけていた。事の成り行きはしばし昔へ遡る。
「稽古……」
「うむ。これより一年に一度、十一番隊に稽古を付けよ」
一番隊隊長室にて向かい合う山本と源之助。特別席としての新たな任を賜った源之助であるが、どこか理解し難そうに言葉を紡いだ。
「十一番隊なれば精強の集まり。私が手を加える必要はないかと……」
「故にじゃ。十一番隊には更なる強さが必要。お主の手で鍛え上げてみせよ」
「……承知しました」
話しも早々に、部屋を後にする源之助。
これより後、源之助の稽古付けが始まった。初めて十一番隊の門を叩いた日は、勿論歓迎されなかった。しかし、山本からの命と聞き、ようやっと通された。
いざ始まった稽古ではあったが、余所者の訪問に気を良くする隊士たちではない。稽古場にて立ち合う源之助と一人の隊士、両者木剣を手にしていた。
始めに動いたのは隊士であった。力任せに振り下ろされし木剣。源之助の能天に僅かに迫った瞬間、それはいとも容易く防がれていた。
堅木がぶつかり合う小気味の良い音の後、ギリギリと力が込められる木剣。歯を食い縛り、上から力を加えようとも、源之助は眉一つ動かさず受け止め続ける。
瞬間、滑らかに源之助の手が動いた。
刀身を離す事なく、流れるように鍔本を合わせれば、源之助の得意手、鍔迫り合いへと。
一連の動作まで動かされた隊士は冷や汗を垂らしていた。だが、十一番としての矜持が彼に力を込めさせる。
しかし、どれだけ踏ん張ろうと、どれだけ前進しようとしても、対する源之助は爪先の一つすら動いてはいなかった。
周りから野次が飛んで来るが、彼の頭には何も入ってこなかった。動かざること山の如しとは良く言ったもの。彼は源之助の背後に、そびえ立つ山を見上げていたのだ。
そう、見上げていたのだ。
違和感に気づいた瞬間、己の現状に驚愕していた。
自身の背が、反り返っていたのだ。いつの間にか押されていた。たまらず膝をつき、それでも押し返そうとしても、山は迫ってくる。山が押し潰してくる。
恐怖に手が震えた瞬間を、源之助は見逃さなかった。瞬時に力を加えられた木剣は、隊士の首を潰さんが如く。
源之助は見事、一歩たりとて動かず、彼を地へと組み伏せていた。
首もとにあてがわれた木剣に力を込めれば、苦しそうに踠いていたが、それでも止める事はない。
次第に泡を吹き始めたのを確認した後、何事も無かったかのように口を開いた。
「次」
その言葉に、皆一斉に飛びかかった。十一番隊の看板を怪我された怒りに、稽古という名目なんぞ頭には残っていなかった。恥も知らず、怒声と共に源之助へと木剣を振りかざした──
──結局、全員漏れなく源之助に叩き伏せられた隊士達であった。汗一つ流さず隊舎を後にする源之助に、彼等のプライドはへし折られていた。
翌年も同じであった。その翌年も、翌々年も。
次第に、十一番隊には「打倒藤木」の文字が掲げられた。実際に物に書いた訳ではない。それぞれが自らの心に掲げていたのだ。
そして、幾数十年が過ぎた時、出会った。
毎年のように十一番隊隊舎に赴いた源之助を迎えたのは、見慣れぬ顔の新入りだった。
何を隠そう、後に十一番隊三席へと至る、若き日の斑目一角である。
「へえ、あんたが例の藤木さんか? ……はっ、強そうには見えねーけどな」
「……」
「だんまりかよ。いいか? いつまでも
「……」
「今日はあんたが負ける日だぜ」
威勢良く吠えるハゲ頭に、突然拳骨が打ち下ろされた。
「痛っ……! 何すんだよ射場さん!」
「ワレぁ何を客人に啖呵切っとんじゃ!」
鬼のような反り込みに、サングラスをかけたとても堅気とは思えない風貌の男「射場鉄左衛門」が唾も飛ばん勢いで捲し立てていた。
「ったく……藤木殿、こんボケはしゃんと躾ますけぇ、ここはひとつ、堪忍してつかあさい」
「気にするな」
頭を下げる射場に、納得いかなそうに一角は顔を歪めていた。
「時間も惜しいんで、とっとと行きましょうや」
先に稽古場へと向かう二人の背に舌打ちをしながら、一角も後を追った。
稽古場に着いて早々。戸を開けた源之助を迎えたのは。
「「「押忍!!!」」」
隊士たち全員の、元気の良い挨拶であった。
実のところ、ここにいる隊士たちの殆どが源之助の実力を認めつつあった。何年挑んでも源之助を打ち負かすどころか、膝の一つすら付かせられないという結果を叩き込まれれば、認めざるを得なかったのだ。
その上で掲げた「打倒藤木」。皆本気なのだ。力量差を認めながらも本気で勝とうとしている。
いかに素行不良とて、何事にも本気になれば、礼儀の一つも身に付くというもの。
しかし、一角にはそれが気に食わなかったのだ。
一致団結して源之助だけを見ている様が、彼の目にはまるで、師事を乞う門弟のように見えていた。
何を勘違いしているのだと。お前たちが仕えるのは、「更木剣八」であろう……と。己が惚れ込んだ男を差し置いて、十一番隊を掌握したつもりになってるのか、と。
苛立ちに駆られつつ、源之助の前に立つ一角。
「……気持ち悪ぃなあ。どいつもこいつも尻尾振ってお行儀の良いこった」
「……」
「気に入らねぇんだよ、隊長を差し置いてこんな事……ブッ殺してやるよ、始めようぜ」
一角の手には木剣ではなく、浅打が握られていた。
「……稽古場にて真剣の抜刀は禁止であるぞ」
「稽古なんざ知らねえよ。言っただろうが、ブッ殺すってよ」
「コラぁ斑目、おどれはさっきから何を躍起立っとんじゃ。大概に……っ」
射場の言葉を遮るように手を上げる源之助。しかしそれだけ。何も言わない源之助を前に、一角はまたしても苛立ちを募らせる。
「噂じゃあんた、始解すら出来ねえんだってな。そんなんで死神名乗って恥ずかしくねえのかよ、あ?」
斑目の言葉は事実であった。源之助は山本から斬魄刀を賜りし日から、一度たりとて鞘から引き抜いた事はない。対話を試みた事も無かった。当たり前だが、そんな様子では始解を会得する事など不可能である。
「その腰に付けてんのは飾りかよ。情けねえ」
「……」
「っ……何とか言えやコラぁあっ!!!」
黙りこくる源之助に、いよいよ我慢の限界を迎えた一角。手に持つ浅打を引き抜き、源之助へと振りかぶった瞬間……
「ぅぶっっ!!!」
先ほどまで上げていた源之助の右手が、一角の顔面を振り抜いた。
「虎拳」
今しがた源之助が用いた拳術である。虎眼流が初歩の技であるこの拳術。手首周りの骨を活かしたこの打撃は、通常の打撃とは破壊力が違う。
骨密度、遠心力、重力の全てを取り入れたるこの拳にかかれば、人体はいとも容易く豆腐と化すのだ。
そんな拳をまともに食らった一角。瞬く間に稽古場の壁に吹き飛ばされていた。激しく背中を打ちながら、顔を押さえつつ源之助を睨みつけていた。
「てめえ……」
「……」
「加減しやがったな……!」
そう、源之助は瞬時に手心を加えていたのだ。本気で当てれば伊達にしてしまうが故に、今のは注意の一撃だったのだ。
「随分となめたマネしてくれんじゃねえか……」
「斑目……もうよせ」
「っ……!! 一発当てたくらいで図に乗んなやぁ!!」
ビキビキと青筋を浮かび上がらせながら、浅打を構える一角。
「延びろ! 鬼灯丸っ!!!」
一角が手にしていた浅打は解号と共に槍へと変形していた。切っ先を源之助へと向け、彼は猪突猛進に駆け出した。
「くたばれぁあ゛っっ!!!!」
「…………ん……ぁ?」
「あ、起きたかい?」
一角が目を覚ましたのは四番隊隊舎の病室であった。傍らには古くから彼と行動をよく共にする「綾瀬川弓親」の姿があった。
「弓親、俺……痛っつ……!」
起き上がった途端、彼の鼻に激痛が走った。たまらず触れると、固定具と包帯が巻き付かれていたのだ。
「鼻骨は折れてその周辺も広くヒビが入ってるそうだよ」
「……どうやって負けたんだ……」
一角の記憶は、源之助の喉元を目掛け鬼灯丸を突き立てた所で終わっていたのだ。しかし、現状を考えるに嫌でも理解してしまっていた。負けたのだと。
「酷かったね。あの藤木って人の間合いに入った瞬間、最初のとは比べ物にならない一撃が君の顔面に的中。初めと全く同じやり方で吹き飛んでたよ」
弓親の言葉に、一角は苦虫を噛み潰したようにやるせなく呟いた。
「……それなのにアイツ、また手加減してやがった」
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃねえ、分かるんだよ。本気でやられてたら、多分こんなもんじゃ済まねえ……」
痛む鼻を押さえつつ呟くと、病室の戸が勢いよく開いたと思えば、そこには射場がいた。
ズカズカと入って来るなり一角へと口を開いた。
「おう、目ぇ覚めたんか。どうじゃあの人とやった感想は。ちったあ堪えたじゃろ」
「ちっ……」
「起きたとこ悪いけんど、藤木殿から言伝てじゃ。おどれら二人、あん人の家まで顔出すようにって事じゃけえ、バックレんとしゃんと行けや、ええな」
射場の言葉に弓親と顔を合わせると、彼も何故僕も? と言わんばかりに顔を歪めていた。
結局二人揃って四番隊隊舎を後にし、源之助の屋敷へと赴いていた。指定された場所とはいえ、出迎えられる様子もない。
「ちっ、呼び出しといて迎えも無いのかよ……ん?」
屋敷から少し離れに、納屋らしき建物を見つける一角。少しばかり開かれた戸から、僅かに熱気が漏れ出しているのを彼は見逃さなかった。
「おい弓親、行くぞ」
「はいはい」
進み、納屋の戸に手をかけた一角。勢いよく開くと、その中の光景に二人は目を見開いていた。
まず二人の視線を奪ったのは、自らの体躯に匹敵する程の巨大な木剣。次いで、まるで櫂*1かと見紛う程の、木剣と言っていい物かも怪しいそれを、片手にて構える源之助の姿があった。
布を噛み締めながら、滴らせる汗は足元に水溜まりを作っている。時が止まる二人に気付いたのか、源之助は布を吐き捨て、その巨大木剣を下ろす事なく肩に担ぎ上げ、二人に口を開いた。
「……来たか。始めるぞ」
「……ぁ、え……始めるって何だよ」
「稽古だ」
源之助の言葉に目を丸くする二人であったが、気にも止めずに言葉を繋げていた。
「お前たちの稽古を済ませていない、準備しろ」
「……はっ、冗談じゃねえや。素直に言うこと聞くと思ってんのかよ」
「……」
睨む一角に目を反らす事なく、源之助もまた彼を見つめ返していた。弓親は我関せずとばかりに口を閉ざしていたが、しばしの沈黙を置いて、源之助の口が動いた。
「……俺が気に食わんと言ったな。隊長を差し置いてと」
「……」
「俺もきっと、そうしただろう」
「……!」
源之助は一角の行動に何の問題も感じていなかった。一角にとっての十一番隊はただの精鋭部隊ではない。自らが惚れ込んだ男が率いる隊なのだ。
それなのに死神として馳せる名もない、一介のただの死神が土足で踏み込むのが気に食わない。
源之助は一角の目線で考えていたのだ。もし自分なら、生前の虎眼流道場にて、見知らぬ者が師匠面でいる事を許せる筈がない。いかな上の命令とて、道場破りも甚だしい行為である。
「看板を汚されていると感じたか」
「……」
「それでいい。だが先ほどお前は、確実にその看板に泥を塗った」
「……」
「威勢だけで成せる事など何一つ無いぞ」
感情に任せ挑むも、僅か一手にて伏された。おまけに今、説教までされている。悔しいが源之助の言葉は尤もである、言い返す事など出来ず、ただ睨み続けるしかない。しかし、続く源之助の言葉に彼は心臓を射たれた。
「強くなれ」
「……!」
「意に介さんとも、惨めと思おうとも、お前に稽古を付けてやる。その上で俺を倒してみろ」
「……言ってくれるぜ、完膚なきまでの負けだったのによ」
思わず声が漏れた。言い訳も出来ぬ敗北。一角の脳裏に、初めて更木剣八と出会った日が思い起こされると同時に、源之助は言葉を繋げる。
「それでもお前は生きている」
「……!」
「手があれば刀は握れる。足があれば歩む事が出来る。同じだ……生きていれば強くなれる」
何度も生き永らえた命。その全てを強さへと捧げた源之助の言葉に、ただ黙って耳を傾ける一角。
「命ある限り、俺に挑み続けろ。看板に泥を塗ろうとも、嘲笑されようと……その上で勝てばいい」
──負けを認めて死にたがるな! 死んで初めて負けを認めろ! ──
脳裏に、かの男の言葉が響き渡る。
(……似たような事言いやがる……)
「持ってみろ」
気付けば、源之助は先ほどまで担ぎ上げていた巨大木剣を差し出していた。
「稽古の時間だ」
「……気持ち悪いな。何でそこまでしようとすんだよ、会ったばかりだってのに……」
「言ったぞ……俺もそうしたと」
先ほどの源之助の言葉。俺がお前の立場なら、きっとそうした、と。
「お前だけが、初めて俺に刃を向けた」
「……!」
「それで十分だろう」
稽古を承った日以来、一角だけが刃を向けた。源之助を知らぬからといっても、看板の為に立ち向かったのは一角だけであったのだ。
源之助は自分自身で理解していないのであろう……一角を少し、気に入ったという事を。
「……いいぜ、上等だよ。死ぬまで……死んでもあんたに挑み続けてやるよ。そんでボコボコにいわして、二度と十一番隊の敷居跨げねえようにしてやらぁ」
差し出された木剣に手を重ね、威勢よく吠えてみせた。
「斑目一角、あんたを負かす男の名前だ!!」
木剣が一角の手に渡った瞬間……
「っ!! 重っも!!!」
木剣のあまりの重さにそのまま地へと倒れ込む一角であった。両手を挟まれ動けずにいる一角に、源之助は何の問題もないかのように口を開いた。
「十二番隊に造らせた特注の木剣だ、名を"かじき"。手にした者の霊力に応じて重さが変わるよう造らせてある。決して軽くなる事は無いぞ」
「ぐぎ……ぐ……!!」
「あ~あ、格好付けてた癖に」
「ぐ……うるせぇっ!! おおお゛お゛あ゛ぁ!!!」
煽る弓親に対抗するように、一角は根性で持ち上げてみせた。
「くっ……どうだオイ! こんなモン……」
「小半時」
「は?」
「小半時*2かけて素振り一挙動を行え」
虎眼流が鍛練の一つ、「練り」
それは今しがた源之助が説明したかじきを用い、約三十分をかけて素振り一挙動を行う鍛練である。
全身の筋肉を余さず使用するこの鍛練は、力みにより奥歯を噛み砕いてしまう事も珍しくない。その為に布を噛み締めるのだ。とどのつまり、先ほどまで源之助はこの練りを行っていたのであった。
後に、年に一度の稽古にこの練りを含めた虎眼流の鍛練を取り入れる事となった訳だが、日が暮れる頃には白目を向いて気絶する者が殆どであるという。
「……」
「出来ぬとは言うまいな。出来るまでやれ」
「……はっ……ははっ、上等だコラァァア!!!!」
やけくそにかじきを振り上げる一角。顔を赤くしながら震える様に、弓親は笑いを堪えずにいた。
「ぷっ!! 茹でダコみたい!! アハハハハ!!」
「……綾瀬川」
「ハハ……ハ……はい?」
「お前も稽古が済んでおらん、始めるぞ」
「え?」
笑うのも束の間、源之助の言葉に冷や汗を垂らす弓親だが、待ったを言わせぬように、源之助は通常の木剣を構えていた。
「あ……ぼ、僕はそういうのパス……」
「ところで綾瀬川……」
「は、はい……」
「その目と眉の飾りは必要か?」
源之助の木剣は、弓親の派手な眉と目の飾りへと向けられていた。嫌な予感を感じ身構えるも、源之助は知らんとばかりに迫って来ていた。
「戦いにそれは無用であろう」
「あ、ちょ……」
「行くぞ」
「あ、嫌……ちょっ、か、顔だけは止めてぇええっ!!!」
結局日を跨ぐまで源之助に絞られた二人であった。
やはり一角は良い……いくらかませになっても各が下がらない。