いつか本当に、月まで届くような、そんなロケットが作れたらいいなって。
その時、君と一緒に作り上げられたら、どれだけ幸せなんだろう?
「ペットボトルロケット?」
「そーそー。あの時と比べて、僕も色々覚えたからさ。今作ったらどれくらい飛ばせるのか、気になってさ」
特に急ぎの用事もない、のんびりとした昼下がり。それでも技術屋というのは暇さえあれば機械弄りをする生態。僕──巽 アキトもその例に漏れない。
用もないのにエンジニア部の部室を訪れ、いいアイデアが無いか過去の発明品を漁っていると、懐かしい物を見つけた。
僕が自分の手で初めて作った発明品──と言っても、子供のおもちゃレベルの、ペットボトルロケット。
今の僕なら、片手間で作り切れるくらい、簡単な作りのそれ。ただ、僕がモノづくりに傾倒するきっかけになった大切な発明品。1.5Lのペットボトルにプラスチックの羽根をつけただけの、宝物だ。
今は、モノづくりに対しての知識も技術も、比べ物にならないほど詳しくなった。今なら、もっともっと高く飛ばせる筈だ……流石に、宇宙までは無理だけど。
「……いいね、面白そう。私も付き合う」
「さっすが、ノリいいねぇ。ありがとう、ヒビキさん」
二つ返事で話に乗ってきた犬耳の少女──僕と同じくエンジニア部に所属している猫塚ヒビキさんが、手に持ったドライバーを工具箱にしまいながら立ち上がる。
普段は無口で寡黙な印象の彼女だが、決して気難しい訳ではなく、ことモノづくりとコスプレに関してはノリがいい。
彼女も今急ぎの用事は無いのだろう。僕が手に持つペットボトルロケットをまじまじと眺める。
「……取り敢えず、ペットボトルロケットがどうやって高く飛ぶか考えよう」
「動力は圧力を高めた機体から勢いよく噴出される水……この水の勢いをあげることができれば、単純に飛距離は出るんじゃないかな」
「……ロケットエンジン積むのは?」
「それは最早ペットボトルロケットではない」
そりゃあ、単純に高く飛ばすだけなら、化石燃料積んでロケットエンジン点火させたら、そりゃあ高く飛ぶだろう。だが、今回作るのはあくまでペットボトルロケット。
あくまで動力は圧力で噴出される液体。これは変えたくない。
「ほら、制限なく伸び伸びと作る事もロマン溢れていいけど、限られた条件の中での最大を出すのも、それまたロマンじゃないか?」
「……一理ある。分かった」
ロマンは何よりも大事。それを僕はこのエンジニア部で学んだ。
というわけで、僕とヒビキさんのペットボトルロケット設計が始まった。
──今思えば、このタイミングでもうちょっとレギュレーションを決めておくべきだった。
──翌日──
「……なぁ、ヒビキさんや。これはなんだい?」
「機体に使うペットボトル」
「金属はPETじゃない」
ペットボトルの調達は任せて、と胸を張っていたヒビキさんに任せ、僕は動力や真っ直ぐ上に飛ばすための工夫、発射台について設計をしていた。
翌日。ある程度形になってきたタイミングでヒビキさんからペットボトルの調達ができたと連絡があった。
ウキウキでエンジニア部の部室を訪れてみると、そこにあったのは底の形が丸いペットボトルだった。全部で12本。1ダース分だ。
確かに、昔の炭酸飲料はその圧力に耐えるために、底がペタロイド(花びらの形の底のこと)ではなく、半球形のペットボトルが存在していた。ペットボトルロケットにもうってつけだろう。
だが、ヒビキが用意したペットボトル(?)は、どこからどう見ても金属光沢を放っている。僕の常識では、金属光沢を持つペットボトルはこの世に存在しない。素材がPETだからペットボトルなのだ。
「新素材開発部に掛け合って、軽さと頑丈さを兼ね備えたアルミニウム合金製のペットボトルを用意した。持ってみて」
「あ、たしかに軽い……ペットボトル程じゃないけど、これなら高圧力にも耐えられそう……」
「これもペットボトルだよ?」
「認めるわけないでしょうが」
しかし、昨日の設計段階で、市販のペットボトルでは掛けられる圧力に限界があるのは目に見えていた。限界ギリギリの圧力がどの程度なのか計算をしていたのだが……これを使えば幾分か問題は解決する。
しかし、果たしてこれを使ったロケットは、果たしてペットボトルロケットと呼んで良いのだろうか。
……という葛藤はあったのだが。
「……まぁ、折角ヒビキさんが用意してくれたんだし、使うか……ありがとね、ヒビキさん」
結局、ヒビキさんが態々他の部活にまで掛け合って用意してくれたそれを使わない、なんて事ができない僕であった。
「ん、流石アキトくん。頑張って旋盤回した甲斐があった……所で、そっちの設計の方はどう?」
「取り敢えず酸素ボンベ用の高圧コンプレッサーを改造して作った空気入れは用意しといた」
「アキトくんも私の事言えないよね?」
失敬な。こっちはちゃんと(広義の意味で)空気入れを用意したというのに。
そうと決まれば話は早い。早速実験だ。
取り敢えず、このペットボトルがどれくらいの圧力に耐えられるか、そこが重要だ。
準備のいいことに、ヒビキさんは金属製のペットボトルロケットの発射口、噴射口も合わせて作成してくれていた。自転車の空気入れがそのまま使える仕様になっていた。なんでここまで用意するのに1日程度しかかかってないんだ。
「この空気入れ(高圧コンプレッサー)で何気圧まで入るか確認しよう」
「……なるほど、いいね」
僕のやろうとしている事に気がついたヒビキさんは、頭に掛けていたゴーグルをすちゃっと装着。僕も首にかけていた、ヒビキさんとお揃いのゴーグルを装着。
ペットボトル(金属製)に空気入れ(高圧コンプレッサー)を取り付け、固定。四方を適当な金属板で囲み、部屋から待避。
耐久テスト。つまりは、どれくらいの圧力が掛かったら壊れるかを確認するテスト。
つまり、これからあのペットボトル(金属製)は、最悪爆発する。というか、確実に爆発させる。流石にあのペットボトル(金属製)は、50~150Mpaの圧力には耐えられないだろう。
キヴォトス人は銃弾程度なら余裕で耐えられる肉体を持つ。つまり、爆発した金属片程度なら問題無いが──まぁ、避けられる怪我は避けるに越したことはない。
しっかり記録用の映像がドローンから送られてきていることを確認し──空気入れを起動。徐々に圧力を上げていく。
1.0MPa……2.0MPa……3.0MPa……4.0MPa……。
そこまでは順調に上がって行ったが、凡そ5.0MPaを超えてきたタイミングで、ペットボトル(金属製)が僅かに膨らんだように見えたかと思った、その瞬間──。
バァンっ!!!!!!
発砲音かと勘違いするかのような破裂音が、エンジニア部の建物中に響き渡った。
破裂するその瞬間を見逃さまいと凝視していたが、思わず目を瞑ってしまった。仕方ない、後で映像を見返そう。
「……思いの外耐えられなかった」
「まぁ、あくまでペットボトルの形の金属容器が5.0MPaまで耐えたことの方が驚きだよ。これ、頑張れば軽量空気ボンベに使えるんじゃない?」
「……確かに。今度作ってみよう」
さて、思わぬ副産物が誕生しそうな予感は一旦脇に避け、本題であるペットボトルロケット作りだ。
二、三度同じくペットボトル(金属製)を破裂させた結果、耐えられる圧力は凡そ5.0MPa。普通のペットボトルの10倍程度だ。つまり、圧力10倍、単純計算で10倍飛ばせる。
……まぁ、重たくなっている分、その限りでは無いのだろうが。それでも期待せずにはいられない。
早速、残りの部品の制作に取り掛かる。羽根と、ノーズコーン(頭につけるパーツ)と、発射台だ。
羽根とノーズコーンは、少しでも軽くするためにPETを使用。発射台は、垂直に飛ばすために、500mm程ガイドレールが天に向かって3本伸びている
これでとりあえずは完成だが……完成したペットボトルロケットは、どこか無骨だ。
何か、着飾ってやりたい。
「……あー、そーだ」
僕は適当な紙に『ペットボトルロケット2号』とさらさらと書き、その紙を横長に切る。
それをペットボトルロケットの真ん中くらいに巻いて、接着剤で貼り付ける。
「出来た……早速、飛ばそう!」
「うん。部長とコトリにも見てもらいたかったけど……今日は2人ともシャーレに行ってるんだよね……」
「残念……後で映像送らないとね」
間の悪いことに、我らがエンジニア部の部長、白石ウタハ先輩と頼れる知恵袋、豊見コトリは当番のためシャーレに出向いている。
2人が帰ってくることを待つ……という選択肢もあったが、正直、待ち切れそうにない。
僕らは、エンジニア部の部室の外……建物に併設されている屋外実験場にやってきた。
着々と、ペットボトルロケット発射のための準備を整えていく。リヤカーで引っ張ってきた空気入れ、発射台、そして、ペットボトルロケット本体。中に入れた水は、500ml。1号機と同じ量だ。
1号機が飛んだ高さは、凡そ15m。そこは最低でも超えて欲しい。できれば、2倍、3倍、5倍。
安全のためゴーグル着用、そして離れた場所の、バリケードの裏。手元にあるのは、空気入れのコントローラーと、圧力解放のスイッチ。
隣に座る、ヒビキさんと目配せ。どちらともなくこくりと頷き、実験開始。
ヒビキさんが、空気入れを操作し始める。圧力は、水が入っていることを考慮し、破裂しないギリギリ、4Mpa。きっかり入ったことを確認。
あとは、この発射ボタンを押せば、ペットボトル内の圧力が解放され、水が勢いよく噴射。そのまま天高く飛び立つはず。
「……ヒビキさん、どうせなら、二人で押さない? ……というか、そのためにこんな分かりやすいボタンにしたんだよね?」
僕の手元にあった発射ボタンは、まるで漫画やアニメに出てくるような、赤くて丸いボタン。手のひらくらいの大きさのそれは、机の上に置いてあったら押してみたくなるような魅力さえ感じた。
バレちゃった、とでも言いたげに、ヒビキさんは照れたように笑った。
「もちろん。だって、こんな感じのボタンでロケットを発射させるのは……「ロマンだから」」
二人、声が重なり、笑い合う。それがなんだか、くすぐったくて。
ヒビキさんが、ボタンの上にそっと手を乗せたので、僕が彼女の手を覆うように手を被せる。僕より一回り小さく、指も細い彼女の手。何度か触れ合ったことはあったけど、どうしてこんなにも心臓が高鳴るのだろう。
きっと、これから空高く舞い上がるペットボトルロケットへの期待と不安のせい……ということに、させて欲しい。
「……ロケット発射、5秒前」
「4」
「3」
「2」
「1」
「「発射!」」
ぽちっとな、と、ボタンが押された。
そして、ペットボトルロケットは、飛んだ。
「いっけええええええええええええ!」
「……いけ」
僕らの声をかき消すような音を立てて、ペットボトルロケットは飛んだ。
エンジニア部の建物の高さを越え、ぐんぐんぐんぐん、高度を上げていく。
絶対に、月になんて届かない。大気圏も飛び出せないし、サンクトゥムタワーも、ミレニアムタワーも越えられるわけがない。でも、その時僕は、本気で月まで届けと、心の奥から叫んでいた。
……でも、どれだけ固くても、どれだけ勢いが凄くても、どれだけ叫んでも。結局、ペットボトルロケットはペットボトルロケット。
月どころか、ミレニアムタワーの高さすら越えられず……ペットボトルロケットは、落ちてきた。
比較的、真っ直ぐに飛んだのだろう。だが、上空は風の影響もあって、その落下地点は、屋外実験場から離れ──エンジニア部の建物の、屋根。
「「……あ」」
僕らの呆気にとられたかのような声も、ペットボトルロケットが出した轟音に、かき消された。
──数時間後──
「……で? 金属製のペットボトルロケット飛ばして、落っこちたら屋根を貫通した、と……この前修繕したばっかりよね……?」
「「すいませんでした」」
あの後、たまたま近くを通りかかったセミナー所属、早瀬ユウカ先輩が何事かと踏み込んできた。天井を突き破り、すっかりひしゃげていたペットボトルロケット2号に困惑しているところに、僕とヒビキさんが登場。
そのまま、お説教である。つい2週間ほど前に修繕して頂いたばっかりなのに、やらかしてしまったのである。
飛ばすことだけ考えて、落下してきた時のことを全く考えていなかった。冷静になれば、推定数百mから金属製のペットボトルが落下してくるのだ。普通に危なすぎる。次やる時は、周りに何もない所で飛ばそうと、固く誓った。
「全く……この前まで常識人だと思ってたのに、アキトくんもすっかりエンジニア部に染められちゃったわね……はぁ」
「いや、悪いことじゃない。むしろいい事。ね、アキトくん」
「勿論! だって……毎日ロマンを追い求められて、さいっこーに楽しいもん!」
「……2人とも、反省文倍ね」
「「……すいませんでした」」
結局、ユウカ先輩からのお説教は、彼女のスマホにノア先輩から連絡が来るまで続いた。
次の日、いつも様々な発明品でごった返しているエンジニア部の発明品置き場。
子供のおもちゃのようなペットボトルロケットの横に、ひしゃげて原型を留めていない金属製のペットボトルロケット2号が飾られていた。
どちらも、僕の大切な、宝物だ。
3号は、エンジニア部皆で作りたいな、なんて。
ゆくゆくは、本当のロケットも作れたら……なんて。