本田に嫉妬した挙句、本田を平攻略の相談相手にしてしまった東。本田に翻弄されながら本田の立てた作戦通りに平を攻略しようと頑張る話。東の告白シーンは拙作「東のモノローグ」からパクってる。
■キャラ
本田:スペックは高いがヘッポコ脳。アニメ、漫画で仕入れた知識が豊富。
西:山田の彼女で山田が大好き。本田を崇拝している。ロリ体形。
東:平好き好き大好きよの思い込みが強い女。
平:中学からの東の知り合い。
★プロット/展開/詳細描写/台詞は作者が書き、校正にAIのべりすとを利用/調教して書いています。
★本作はハーメルン/Pixivで公開しています。
作者:eronosuke
ハーメルン:https://syosetu.org/user/514099/
Pixiv:https://www.pixiv.net/users/125632702/novels
# 変わりゆく世界
高校二年の夏、私はまるで蟻地獄に足を踏み入れた気分だった。スマホの通知が鳴るたびに胃が縮こまる。
画面を開けば『紫乃元気?久しぶりに会わない?』なんてクズ男からの薄っぺらいメッセージが踊っていて、削除ボタンを押す指が震える。
「またあいつ?」
クラスの女子が私のスマホを覗き込みながら嘲笑う。もう何度目のやり取りだろう。この男とは中学二年の夏の一ヶ月だけ付き合った。
いや、「付き合った」なんて言えないかもしれない。相手が一方的に言ってきて、私が適当に返事をした結果、「付き合う」ことになってしまっただけ。
結局その男は同じグループの別の女の子と付き合って――いや、同時に三人くらいと関係を持っていたらしい。私がそのうちの一人だとバレたのは高校一年の秋だった。
クラス中に広まり、「あんな男でもいいの?」という冷たい視線が突き刺さる。私自身も不思議で仕方なかった。なぜそんな男を受け入れていたんだろう?
「男なんかどうせまたできるでしょ」
「そう簡単に傷つかないし」
「適当に付き合えばいいじゃん」
私はそう自分に言い聞かせてきた。本当は傷ついていたのに。雑に扱われることを当たり前にしていた。だって他に生き方を知らなかったから。
---
事件が起きたのは七月末の放課後だった。掃除当番で一人教室に残っていたとき、例のクズ男から『今どこ?』とメッセージが入った。
私は即座にブロックしようとしたけど、指が止まった。怖かったのだ。無視すれば余計に追いかけてくるし、断ることで過去が無くなることを恐れたのかもしれない。
「……何かあった?」
声の方を向くと平がいた。今日は掃除当番じゃないはずなのに、なぜか戻ってきた。
「別に……」
「嘘つけよ。スマホ睨んで眉間にシワ寄せてるぞ」
平は無造作に近くの椅子に座った。普段ならこんな会話は避けたはずだ。だけどあの日、私は疲れ切っていた。防波堤が崩れたみたいに言葉が溢れた。
「中学の時の男から連絡来てて……二股かけられて自然消滅した奴」
「それって男が最低じゃん」
「だからさ……私ってバカなんだと思う」
「なんでそうなる?」
「一度好きになった人、嫌いになれないんだよね」
自嘲気味に言ったその言葉は、自分で思う以上に胸を抉った。
平はしばらく黙っていた。窓の外から蝉の声がやけに大きく響いていた。
「……それは別におかしいことじゃないと思うけど」
予想外の言葉に顔を上げると、平は真剣な表情で私を見ていた。
「でも……」
「でもじゃない。東が悪いんじゃない。そいつが最低なだけだろ」
「でも毎回騙される私もバカだし……」
「それは違う!」
突然大きな声を出した平に驚いて肩が跳ねた。
「東だけがすり減ってんじゃん!そんな奴らのために悲しんだりしなくていいんだ!」
平の眼差しは真剣そのものだった。怒りの矛先は完全にその男に向かっていた。自分のために誰かがここまで本気で怒ってくれるなんて想像もしていなかった。
「だから…東は……バカじゃない」
「……ありがとう」
声が掠れた。涙腺が緩んでいた。喉の奥が熱くなって言葉が出ない。
平はそれ以上何も言わずに立ち上がった。「んじゃ帰るわ」と背中を向けて歩き出す。
その時だった。世界が急に鮮やかに見えたのは。窓から差し込む夕焼けの赤がいつもより深く濃く輝いていた。廊下の影までくっきり見える。
平の背中がやけに大きく感じられた。それまでの灰色に濁っていた景色が、一気に色彩を取り戻した気がした。
---
あれから何が変わったんだろう?
学校生活は表面的には変わらない。相変わらず男たちからメッセージが来るし、同級生たちはまだ私を軽い女だと思っている。でも私の中で何かが決定的に変わった。
朝、目を覚ました瞬間に「今日は何を着よう」と考える時間が倍になった。鏡の中の自分に少し自信が持てるようになった。
新しいリップを買う時は「似合うかな」と期待する自分がいた。そして何より——平の姿を探してしまう自分がいる。
高校三年生になった春、以前のように気軽に話せなくなっていた。平の横顔を見るだけで鼓動が速くなる。今まで友達だったはずなのに。
「東」
ある日、平が突然話しかけてきた。
「今日コンビニ寄る?新発売のアイス買いに行かない?」
「え……うん!行く行く!」
反射的に答えたあとで頬が熱くなった。こんな風に買い食いに誘われるなんていつ以来だろう?
帰り道、並んで歩きながらふと思った。あの夏の日から私の世界は色を変えた。それはまるで濁った池の水が一気に澄み渡ったような劇的な変化だった。
平の怒りは私の殻を破り、新しい景色を見せてくれた。そして今——その景色の中で彼の存在が日に日に大きくなっている。
でも怖い。今の関係が壊れることが。彼に拒まれることが。だから私はまだ平の隣で笑うふりを続けている。この秘密を胸に抱きしめながら。
# 輝き始めた世界
私が変わったらしい。それも「いい方向に」。自分ではわからないけれど、クラスの女子たちは噂しているそうだ。
「東さん、最近雰囲気違くない?」「なんか可愛くなったよね」
そんな言葉を耳にする度、複雑な気持ちになる。私が昔どんな恋愛をしてきたか知っているのに、今さら「可愛くなった」なんて言うのだ。
でも確かに自分でも感じる変化はある。朝起きるのが苦ではなくなった。制服を選ぶ時間が三分伸びた。鏡を見ながら「今日はどんな表情しよう」と考えるようになった。そして何より——平の姿を探す時間が一日の中で増えた。
「ふぅ、高校生みたいな恋愛したいねぇ、私の経歴は濁りすぎてなにがなんだか」
かつてそう呟いていたスレたOLみたいな私はどこへ行ったのだろう。あの夏の教室で平が私を罵倒する男たちから守ってくれた瞬間から、心の中に巣食っていた古い考えが溶け始めた。
「東だけがすり減ってんじゃん!」
あの言葉が私を縛っていた鎖を断ち切ってくれた。まるで魔法のように。その日から私の視界は一変した。
---
「なあ、東?」
昼休みの教室。平が私の席まで来ると、小声で呼びかける。
「放課後空いてる?昨日言ってたカフェ行ってみたくね?」
平の顔が近くて、息が止まりそうになる。「うん」と答えた声は蚊の鳴くような小ささだった。
休み時間になると、女子たちが寄ってきた。
「東〜!8組の平くんと何話してたの?」
口々に尋ねる友人たちに「カフェに誘われた」と言うと「きゃー!」と黄色い声があがる。恥ずかしさで頬が熱くなる。
「やば!二人って付き合ってるの?」
「そんなわけないじゃん!」
必死に否定するけれど内心は混乱していた。ホントにそんなんじゃないから。
---
放課後のカフェは意外と人が少なく、私たち二人の話し声だけが響いた。
「これ美味いな」
「本当だね」
平がケーキを頬張る様子を見て思わず微笑んでしまう。昔付き合っていた男たちは私の食べ方に文句をつけたり、店員への態度に難癖をつけたりした。
でも平は違う。決して周りを悪く言わない。ただ一緒にいる時間を楽しんでくれる。それだけのことなのに、どれほど心地よいことか。
「そういえばさ、昨日佐藤と話してたら面白いことあって」
平の話を聞きながら、この時間が永遠に続けばいいのにと思った。もう過去の恋愛で得た知識やテクニックなんて役に立たない。今の私にあるのはただ平の笑顔を見ていたいという純粋な気持ちだけ。
---
その夜、ベッドに寝転び天井を見つめながら思った。
「私、平のこと好きなのかな……」
これまで恋愛といえば都合よく使われることだった。愛されることなんて想像もできなかった。でも平は違う。私が傷ついたとき、私のために怒ってくれた。自分のことのように。
スマホを開くと、数人の男からメッセージが来ている。かつてなら「今日会わない?」に即返信していたところだ。でも今は違う。
「もう会えない」
一つ一つ断りのメッセージを送った。震える指で最後の送信ボタンを押す。
これで全部終わった。そして始まった。
翌日の教室で、クラスの女子たちが集まってヒソヒソ話をしている。私の変化に気づいたのだろう。いい方向に変わっていく私に驚いているのかもしれない。
でも今は誰がどう思おうと関係ない。だって私の世界はもう輝き始めている。平という光を見つけてしまったから。
明日からまた平に「おはよう」と言う声はきっと弾んでいるだろう。そして平もきっとそれに応えてくれる。私たちの関係がどうなるかはわからない。でも確かなのは——今の私にとって最高の季節が始まっているということだ。
# 友人たちの視線
「平といるときのアズの百面相面白いよね。ちょっと前までの暗い表情よりよっぽど健康的」—— 佐藤
「アズぱい、平に初恋してるんじゃないかなぁ?いままで見たことないくらい可愛い」—— 鈴木
「僕でも分かるのになぜ平君は気づかないんだろう?でも他人が言うことでもないし」—— 谷
「東が平にねぇ。意外っちゃあ意外だけど、面白い組み合わせだよな」—— 山田
「平も結構アズのこと気にしてると思うけどな。二人とも奥手で見ててじれったいよなぁ」—— 渡辺
放課後の教室で、友人たちが私を肴に盛り上がっている。
「ちょっ……みんな!勝手に人の恋愛分析しないでよ!」顔を真っ赤にして叫ぶと、鈴木が肩をすくめた。
「だって目撃証拠が揃い過ぎてるんだもん。平見るたびに耳まで真っ赤にしてるし」
「あと平君と触れただけで硬直してるよね。わかりやすいと思う」谷が腕を組んで頷く。
「平の方は?」と佐藤が鋭く切り込んだ。全員が黙り込む。
「……うーん」鈴木が腕を組む。「平も多分、アズのこと特別扱いしてると思うんだけどね」
「どういうこと?」思わず前のめりになる私。
「例えばさ」渡辺が得意げに指を立てた。「他の女子にはそんなに話しかけないくせに、アズにはめっちゃ自分から話しかけてるじゃん。それにアズと話す時の顔つきが微妙に優しい」
確かに。平は他の女の子にはほとんど無表情なのに、私と話す時は口角が上がるのだ。
「まぁまぁ、落ち着けって」山田が両手を広げる。「結局のところ本人同士の問題だからな。俺たちにできることは……」
「観察することと応援すること!」鈴木が拳を握りしめた。
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# 平の眼差し
考えてみると不安になる。友人たち全員が気づいているのに、肝心の平には気づかれていない……それって本当なの?
平は人のことを見ている。それは私も認めざるを得ない。教室での会話の端々からもわかる。授業中の教師の表情の変化とか、休み時間の微妙な人間関係の機微とか……誰よりも早く察知している気がする。
「東ってさ」
突然呼ばれて振り返ると、平が立っていた。帰り支度をしながらスマホを覗き込んでいる。
「昨日の数学の問題集、持ってたっけ?」
「え?ああ……うん、持ってるよ」
言いながらも私の鼓動は早く打ち始める。平の言葉が耳の中で反響する。
「借りてもいい?今度一緒に勉強するとき持ってくるから」
一緒に勉強。その言葉に胸が高鳴った。
「もちろん……」
平はいつものように軽く頷き、教室を出ていく。その背中を見送りながら思う。
本当に平は気づいていないのだろうか?
あの冷静な眼差し。いつも周囲を観察しているような鋭い視線。
一度だけ、ふとした瞬間に目が合ったことがあった。その時平は少し目を細め、何かを見透かすように私の顔を見つめていた——そんな気がする。
# 曲解される想い
平の自己評価はよく言えば謙虚——悪く言えば病的なほど低い。それは過去のトラウマが他人を見る目以上に自分を見る目を曇らせていた。
私はこれまで何度か平を褒めたことがある。例えば髪型を変えた時、「似合ってるよ」と言ったら、
「そりゃねーわ。俺みたいな陰キャが急にイメチェンしたらキモいだけだろ」
そう言って鼻で笑った。
私は平の努力をたくさん知っている。けれど言葉にすればするほど、彼はそれを逆の意味で解釈してしまう。
「俺なんかが調子に乗ってるみたいで嫌だろ?」「東は優しいから気を使ってくれてるだけだよな」
最近ではそんな反応を予測してしまい、言葉を選ぶようになってしまった。私の気持ちに気づいて欲しい反面、もし気づいたら——「東は俺なんかを勘違いさせちゃってる」と自己嫌悪に陥るのではないかという不安もある。
# 見えない心の壁
どうして私の思いが100パーセント伝わらないんだろう。伝えたい相手は平しかいないのに。
ホラ気づいてよ。高校三年になってから、私が一度も他の男の話をしていないことに。ドラマの好きな俳優の話すら避けていることに。だって平しか見えないから、平に誤解して欲しくないから。
廊下で誰かが私を呼び止めた時も平が横にいれば必ず振り向かずに歩いていく。友達が冗談半分で「東って彼氏作らないの?」と尋ねてくるのも適当にはぐらかす。なぜなら答えは明白だから。私の視界には常に一人だけ映っている。
授業中、窓際の席の平が外を見ている横顔。体育の時間、走るフォームの綺麗さ。委員会活動中の真剣な表情。全部私の焦点だ。
「東?どうした?」
突然の声に我に返る。目の前に平が立っていた。夕暮れの図書室。二人きり。
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
慌ててノートに向かう。でももう何も頭に入らない。平の存在だけが鮮明すぎる。
# 特殊な距離感
私が見る限り、平が私以外の女の子と話をするときは二つのパターンがある。
一つは「事務的パターン」。全く知らない相手や興味のない相手に対しては、まるで業務連絡のような簡潔かつ冷淡な口調。最低限の単語だけを並べて会話を終わらせようとする。
そしてもう一つは「親しい友達パターン」。鈴木や渡辺、それから私に対してはタメ口で冗談も交える。知り合いだからこそ垣間見える平の素顔。そこには少しだけ柔らかさがある。
でも本田さんと話す時だけは違った。
委員会活動中に見かける光景。平は本田に対してだけは微妙な丁寧さを保ちながらも、どこか遠慮している様子がある。「本田さん」と丁寧に呼ぶ声には敬意と共に警戒心も混ざっている。
「平くん、資料のコピーお願いできる?」
「わかった。このファイルだよな、本田さん?後でやっとく」
平の声音は通常より半音高い。肩の位置も僅かに上がり、背筋が伸びる。明らかに他の相手とは異なる態度。それは敬意なのか恐れなのか……。
「平って本田さんにだけちょっと丁寧だよね」
昼休みのカフェテリアでそう指摘すると、平は飲みかけていた牛乳を吹き出しそうになった。
「べ、別にそんなことねーし」
嘘をつくときの平はいつも目が泳ぐ。特に左上を見てから右下を見るクセがある。
「でも委員会の時とか……」
「本田さんは……」平は言葉を選んでいる。「なんつーか……近寄りがたいつーか」
# 嫉妬の影
「あの子、うっすら俺のこと嫌いみたいに感じるし」と平はまた自嘲気味に笑った。缶コーヒーの縁を指でなぞる仕草は緊張の印。
「えっ?」思わず身を乗り出す。「本田さんが?」
「多分な」平は小さく肩をすくめた。「あの子、基本西さん以外には塩対応だし」
確かにそれは否定できない。本田さんは基本、西さん以外の人間とは必要最小限しか話さない。でも私から見た、平に対しての態度は……
「でも委員会の資料作り手伝ったりしてるじゃん」
「あれは事務処理だから」平は即答する。「本田さんの場合、仕事はするけど感情はゼロだろ?『これが最後の一枚ですね』みたいな感じで」
私は黙って聞いていた。平の分析は鋭い。本田さんが誰に対しても一定の距離を保つことは事実だ。でも平への態度には……違うものを感じる。
「それにさ」平が続ける。「あの子、目が合わないんだよな、避けてるんだろうけど」
その瞬間、胸の中で何かが引っかかる感覚。平が気づいていないだけじゃないか?
「へぇ……」
「だからさ」平はようやく私の方を見た。「東みたいにガンガン来る相手の方が楽なんだよ」
言葉に詰まる。これは喜んでいいのか。それとも悲しむべきか。
平の机の端に置いてあった東のスマホケースが、夏の光に反射して虹色に輝いている。
# 本心の断層
放課後の図書館。静かな一角で本田さんは一人、参考書を開いていた。西さんの姿はない。珍しい機会だ。
息を吸って一歩踏み出す。
「あの……本田さん?」
振り向いた彼女の瞳は驚くほど冷静だった。まるで魚眼レンズ越しの風景のように現実感がない。
「……なに?」小さな声が漏れる。
「ごめん邪魔しちゃって。ちょっと聞きたいことがあって」
本田さんは微かに眉を寄せた。その瞬間—
「……ああ」
低い呟きが零れる。
「……ツンデレギャルね」
思わず耳を疑う。今なんて?
「え?」
本田さんはハッとしたように口元を押さえ、目を逸らす。その仕草があまりに人間臭くて意外だった。
「失礼」無機質な声。「あなたのあだ名を思い出したので」
「あだ名……」
「同じクラスの鈴木さんが、たしか、そう呼んでました」
なるほど。確かに鈴木がそんな呼び方をしていた気がする………か?まあいいか。
「それで……何か用事?」
本田さんの問いかけに戻され、思考が途切れる。そうだ、平のことだ。
「あの……本田さんって、平のこと嫌いなの?」
沈黙。
ページをめくる音だけが響く。
# 絶対的孤高
本田さんの反応がない数秒間、私は彼女の顔に釘付けになっていた。
本当に完璧だった。整いすぎた輪郭。計算され尽くした睫毛の角度。艶やかな桜色の唇。まさに伝説のアイドル。
それ以上の存在感。目の前にいるのに現実感がなくて、香水のような淡い芳香がふわりと漂ってくるたび、頭の中がぼんやりしていく。
「ねえ」
彼女が突然口を開いた。
「どうして?」
その一言が刃物のように刺さる。質問の意味が理解できなくて混乱する。
「えっと……」
「どうして平くんとのことをあなたに答える必要があるの?」
冷たい論理が胸を抉る。本田さんは参考書に視線を落としたまま続ける。
「あなたは私の友達ではないですよね?」
「そ、そうだけど!ただ気になって……」
「理由は?」
返答に詰まる。本当は平が気にしているから。でもそれを言うべきなのか?
本田さんは溜息一つつきもせず言った。
「プライベートなことです。質問されても困ります」
その言葉は氷のように硬質で、彼女の周囲だけ真空に包まれているようだった。完璧すぎる容姿の奥にあるのは拒絶の壁。私の心臓が不協和音を奏で始めた。
# 崩れる砦
涙腺が勝手に決壊した。東の大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちる。視界が滲み、完璧な本田さんの輪郭が歪んでいく。
「……!」
本田さんの眉が僅かに動いた。初めて見る感情の起伏。彼女の長い指が参考書から離れ、机の上でぎゅっと握られる。
「体調が悪いんですか?」
声は変わらず淡々としているのに、目線はしっかり私に向けられている。優しさというより純粋な疑問の色。
「違っ……くて……」
嗚咽を堪えながら必死に言葉を探す。もう限界だった。この一年以上我慢してきた感情が堰を切る。
「平が……好きだから!」
声が震えて掠れた。本田さんの瞳がゆっくりと瞬きする。パチリ。
「……はい?」
その反応がさらに火をつけた。恥ずかしさと混乱で体中の血が沸騰する。
「私!平のことがずっと前から好きなの!本田さんが彼のことどう思ってるのか気になって……だって本田さんって平のこと避けてるように見えるし……でも本当は仲良くなりたいかもって……」
言葉がまとまらない。支離滅裂な告白に自分でも呆然とする。
本田さんはただ黙って私を見つめていた。目をパチクリさせるのではなく、純粋な驚きが広がっていく。
「……ああ」
深い溜息のような言葉が漏れる。
# 属性過多の奇跡
本田さんの表情が一変した。冷たい美貌が崩れ、代わりに浮かんだのは……ニヤリというより「にんまり」という表現がぴったりの微笑み。
「素直になれないツンデレギャルが勝手に周りをライバル視しちゃう展開……か」
声のトーンまで変わっていた。柔らかく甘い、まるでアニメ声優のような声。
「……推せるわ!」
今度は私が目を丸くする番だった。何言ってるの?推せるって……どういう意味?
「あの……本田さん?」
「いやまて、ツンデレでかつ天然か」
彼女はうっとりと私を見つめている。その目は宝石のように輝いていた。
「属性過多だけど、いいわね」
彼女は椅子から立ち上がり、私の目の前まで歩いてきた。香水の香りが濃くなる。
「あなたみたいな女の子は原作設定だと必ず報われるのよ」
「原作……?」
「恋愛フラグ立て過ぎて大変よね」
本田さんが突然両手をぱちんと叩き合わせた。
「いいでしょう!相談に乗るわ!」
東は完全にフリーズした。さっきまでの孤高の女王様はどこへ行った?この陽気なオタクトーク魔は一体……
# フラットな現実
「さて」
本田さんが指を一本立てる。先ほどまでの狂騒的なオタクトークから一転、ビジネスライクなトーンに戻る。
「最初に確認しておくけど」
彼女の声が再び研ぎ澄まされる。
「私はライバルにはなり得ないから勘違いしないで」
東は喉の奥がカラカラに渇くのを感じた。ようやく本題に入るのか。
「私と平君はただの委員仲間よ」
本田さんの目がじっと東を見据える。
「同じ委員なだけで彼のことは男性としては一切見てない」
その断言が胸に刺さる。
「彼は確かに優しいけど……性格的に損してるタイプね。でもそこ止まり」
まるで採点表にチェックを入れるように淀みなく言葉が続く。
「クラスメート以上の気持ちはゼロよ」
明快すぎる回答が重しのように圧し掛かる。期待していたわけではないはずなのに、なぜか空洞が広がる。
「これで最初の質問の答えはOK?」
本田さんが尋ねる。東はただ頷くしかなかった。
# 名付けと属性決定
「じゃあ次ね」
本田さんが次のステップへ移行しようとする。東はまだ喉のつかえを取れずにいた。
「あなたの名前は何だったかしら?」
急に投げかけられた問いに東は反射的に答える。
「東よ」
短く告げると本田さんの目が輝いた。
「決まり!これからあなたはアズアズね!」
東の顔に困惑の色が浮かぶ。そんなあだ名で呼ばれたことなどない。
「ちょっと待って……」
抗議する間もなく本田さんは畳みかける。
「アズアズはツンデレでしょ」
確信に満ちた声だった。まるで公式設定を読んでいるかのように。
「絶対にそう」
東の中で何かがプチンと切れた。
「ツンデレじゃない!」
つい声を荒らげてしまう。
教室に響く自分の叫びに後悔が襲いかかる。本田さんは涼しい顔で肩をすくめた。
# 哲学的ツンデレ論
「ツンデレの定義はね」
本田さんの声が熱を帯びる。
「それはとても広くて……そして深いものなの」
まるで大学教授のように指を組み合わせる仕草が妙に似合う。東は身構えた。
「ツンデレとは」
瞳が危険な光を宿す。
「想い人に素直になれず、本当の気持ちを伝えられない人々の総称よ」
東の胸の奥がざわつく。そういう言われ方すると合っているような…
「私はね」
本田さんの唇が微かに綻ぶ。
「彼らの内面の葛藤や揺れ動きにこそ、深い感動を覚えるの」
窓から差し込む午後の日差しが本田さんの輪郭を縁取り、まるで宗教画のような荘厳さすら感じさせた。
東は圧倒されながらも冷静に分析していた。(こんな風に恋愛を観察するタイプなら……確かにライバルにはならないんだろうな)
その思考がなぜか安堵感を伴っていることに気づく。胸のつかえが少し軽くなるのを感じながら、東は本田の熱弁を聞き続けた。
# 共犯者の誓い
「だから」
本田さんが突然立ち上がった。その動作があまりにも機敏で東は思わず身を引いた。
「アズアズ」
伸ばされた手が目の前に差し出される。
「私たちは同志よ」
唐突な同盟宣言に東の頭が追いつかない。
「私はあなたの恋を応援するわ」
本田さんの手がわずかに震えているのが見えた。
「でも誤解しないでね」
彼女の声が真摯さを帯びる。
「私からは、平くんに何も言わない。絶対に。これは約束する」
東は戸惑いながらも、その目に宿る誠実さに引き込まれていく。
「私も見てみたいの」
本田さんの唇が微かな弧を描く。
「ツンデレギャルが鈍感クール系男を自力で落とすところ」
その台詞に含まれた奇妙な温もりが東の胸を打った。ライバルではない。むしろ理解者として現れた存在。
「だから握手」
催促する本田さんに東は恐る恐る手を伸ばした。握られたその手は意外なほど柔らかかった。
# 予期せぬ訪問者
「ホンちゃーん!お待たせー!」
明るい声と共に教室の扉が勢いよく開いた。振り返ると、セミロングの黒髪を揺らしながら駆け寄ってくる小柄な少女──西だった。
東の目が丸くなる。こんなにも無邪気な表情を見せる西は初めてだ。
「あれ?」
西は東と本田が固く握手している光景を見て足を止めた。
「え……ホンちゃん?1組の東さん?………え?」
困惑の表情を浮かべる西に本田が淡々と答える。
「見ての通りよ」
「いや、全然わかんないよー!」
西の悲鳴のような声に東は思わず口元が緩んだ。これが噂に聞く西と本田の関係か。教室での本田の孤高の姿からは想像できないほど砕けた雰囲気。この不思議な緊張感の緩和が心地よかった。
(面白いコンビだな)
東は思った。学校では常に一人でいる本田が、この小柄な少女といる時だけは別人のように生き生きしている。
西が更に食い下がる。
「ホンちゃんが素を出してるってことは、東さんと仲良しになったんだね?」
「まあ……そういうことになるのかしら」
本田の言葉が曖昧だ。
「アズアズの恋を応援しようと想ってね」
突然の言及に東が赤面する間もなく、
「またホンちゃん、アニメの見すぎだよ」
西の呆れた声が響いた。その純粋な反応に東は思わず吹き出した。
# 揺れる想い、晒される秘めごと
「東さんの好きな人って言うと」
西の言葉が宙を切る。
「平クンだよね」
あまりにもあっさりと断言され、東は息を呑んだ。
「ちょ……ちょっと待って!」
慌てて両手を振る。
「なんで……西さんが知ってるの?」
「え?だって」
西が小首を傾げる仕草が幼い。
「健太郎クンから聞く話だけでも、そんな感じするし」
名前が出た途端、東の脳裏に山田の爽やかな笑顔が浮かぶ。山田め!あの明るい口調で私のことを言いふらしているのか?
「……わかりやすいんじゃないかな?」
冷や汗が背中を伝った。確かに平のこととなると態度に出てしまう自覚はあったが……
「それこそ!」
本田の目が再び輝き出す。
「想い人にだけなぜか恋心が伝わらない現象ってヤツよ」
拳を握りしめて力説する。
「これこそツンデレの神髄なのよ!」
「また言ってる……」
西が頭を抱える様子に東は苦笑した。それでも胸の中は複雑だった。
(やっぱり気づかれてる)
学校中の噂になっているのかと思うと居ても立ってもいられない。けれど——
ふと本田の言葉が脳裏をよぎる。
『平くんに何も言わない』
その約束が、この混乱の中で唯一の救いに思えた。
# 告白までの距離
「二人に相談したいことがあるんだけど」
意を決して切り出した東の声は少し震えていた。佐藤や鈴木のように平と距離が近すぎず、これまであまり関わってこなかった二人だからこそ打ち明けられる気がした。
「どうしたら思いを伝えられるかな」
平の顔を思い浮かべるだけで頬が熱くなる。金色の髪をソバージュにし、いつも堂々とした態度の東紫乃。
誰もが羨む美貌とスタイルを持つ"一軍女子"が今、目の前の机に腕を乗せ、恥ずかしそうに上目遣いで二人を見上げていた。
「ヤバっ!」
突然本田が立ち上がる。
「なにこのツンデレ!アザとすぎる!これで堕ちないヤツいないでしょ!つーか私なら抱いてるわ!」
興奮した様子で叫ぶ本田に西が慌てて袖を引く。
「ホンちゃん!落ち着いて!」
一方西は穏やかな笑顔で言った。
「東さん、すごく可愛いよ」
まっすぐな瞳が東を射抜く。
「そのままの東さんで告白すればいいんじゃないかな」
そのシンプルな言葉が意外にも胸に刺さった。いつも派手な装いと振る舞いで武装してきた東にとって、「そのままの自分で」という提案は新鮮だった。
「……でも」
声が小さくなる。
「振られたらどうしようって思うと怖くて」
西は優しく微笑んだ。
「勇気を出すのも素敵なことだよ」
本田は腕を組んで難しい顔をしている。
「つまり問題はタイミングとシチュエーションよね」
急に冷静な分析家のような口調に戻った。
「王道なら夕焼けの教室とか屋上とか……」
「ホンちゃん、それアニメの見すぎだよー」
西の突っ込みに三人の間に柔らかな笑いが広がった。東は気づく。いつもの騒がしい友人たちとは違うタイプの二人だが、妙に居心地が良かった。
(こんな風に正直になれることもあるんだ)
初めて味わう安心感が東の心を温めた。
# 思い切った告白
「二人の経験とか……」
東は指先を弄びながら尋ねた。
「もしよければ、参考にしたくて」
西が少し照れたように俯く。
「私が健太郎クンと付き合った時はね」
両手を膝の上で重ねながら続ける。
「最初は相手から言ってくれるのを待ってたの」
伏し目がちな表情がどこか愛らしい。
「でも顔を見てたら……なんだか気持ちが盛り上がっちゃって」
頬を染めながらも嬉しそうに微笑む。
「路上を歩いているときに、自分から言っちゃってた」
「すごい勇気だね」と東が感嘆の声をあげる。
西は照れくさそうに首を振った。
「でもね」
まっすぐ東の目を見る。
「自分から言うのって不思議と怖くなかったの。だって本心だから」
その言葉に東はハッとする。
(私と少し似ているかも)
平からは来てくれないだろうし
(やはり自分からいくしかない)
決意が少しずつ固まっていくのを感じた。
「ホンちゃんはどう思う?」
話題を振られた本田は腕組みをして考える。
# 戦略的アドバイス
本田は肩をすくめて答えた。
「私はうっすらニッシ以外の人間のこと嫌いだから」
真顔で続ける。
「今日、嫌いじゃない二人目ができたけどね」
ちらりと東を見る目は優しさを含んでいた。
「だから自分の経験ではないけど」
椅子に深く座り直し、語気を強める。
「恋愛の攻略法は『己を知り、相手を知り、天の運を待ち、地の利を生かす』だと思う」
西があきれ顔で突っ込む。
「それ、何のゲームのことなの?」
本田は珍しく真剣な表情で反論した。
「全てに通じる真理よ」
指を立てながら説明する。
「アズアズは自分の長所を認識した上で」
東のスタイルを上下に眺める。
「平クンの弱点や求めているものを正しく理解し」
その言葉に東が身を乗り出す。
「平くんの弱点って?」
本田はにやりと笑った。
「それを調べるのが次なる課題ね」
窓の外を指さす。
「そして告白に最適なスポットで告白する」
さらに身を乗り出し、声を落とす。
「地の利はアズアズと平クンは同じ中学の同級生だったから」
悪戯っぽく目を輝かせる。
「そういうの生かしたほうがいいわね」
東は思わず息を飲んだ。確かに中学時代の思い出なら共有できるものがある。
(でもどんな場所がいいんだろう)
考え込む東の横で西が静かに微笑んでいた。まるで三人の間に新たな絆が生まれていくようだった。
# 心の奥底
自分のために親身に考えてくれる二人を見ていると——
(あれ?また……)
じんわりと目に熱いものがこみ上げてきた。必死に瞬きで誤魔化す。
(私、こんなに弱い人間だったっけ)
自問しながらも指が震える。
(平への気持ちが強すぎて人として弱くなってるのかな?)
かつての自分を思い浮かべる。男に振り回されることなど想像もしなかった、あの強がりな自分。
(少し前までのスレた自分に戻りたい)
そんな矛盾した感情が渦巻く中——
「ごめんね」
思わず口走っていた。
「ほとんど初対面なのに」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「私、中学の頃、平と同じ学校だったんだけど」
喉が詰まりそうな感覚を堪えながら続けた。
# 過去の告白
東は俯きながら話し始めた。
「あの頃の私は、クラスの陽キャグループにいて」
指先でテーブルの縁を撫でながら続ける。
「近づいてくる男たちと付き合っては別れてを繰り返してた。もう数も分からないくらい」
西が息を呑む音がかすかに聞こえる。でも東はもう止められなかった。自嘲気味に笑う。
本田は腕を組んだまま黙って耳を傾けている。目を閉じて記憶を辿る。
「一度も告白されたこともないし、自分から告白したこともない。いつも何となく始まって、いつのまにか終わってた」
深い溜息を漏らし遠い目をした東が突然顔を上げて西を見る。
「今思うと恋愛と呼べるものじゃなかったけど、当時はそんなもんかと思ってた。…軽薄に聞こえるかもしれないね」
西は首を振った。
「そんなことないよ」
再び俯いて、拳を握りしめる。
「身体も別に大切にしてなかったから、男から見たら都合のいい女枠だった。同じグループで……シャッフルするみたいに抱かれたこともあったかな」
言い終えた瞬間、室内に沈黙が広がった。東は自分の言葉の重さに胸が痛んだ。まるで過去の自分を断罪されているような気分だった。
# 平の変貌
東は天井を見上げた。
「中学の頃の平は、今では考えられないくらい太ってて」
指で空中に輪郭を描くと、懐かしそうな表情が浮かぶ。
「丸くて、クラスの隅っこで漫画を読んでる感じの男の子だった」
目を細めて思い出す。
「私は何となく中学1年から平のことが気になってて、ちょこちょこ話しかけるくらいの仲だった」
両手を軽く広げるジェスチャーをしながら、苦笑いを浮かべる。
「向こうから話に来ることはなかったけど、話すたびに人のことをよく見ていて」
声の調子が変わり、強く言葉を区切る。
「絶対に人の悪口を言わない、優しい平だった」
急に表情が暗くなり、自嘲気味に笑う。
「中学生って陰湿だよね?平がいじめの標的にされて」
テーブルに視線を落とす。突然、西と本田の方を見る。
「引きこもって学校に来なくなったこともあった、勿論私はいじめなんて参加しちゃいないけど」
声が震える。
「助けなかったんだから同罪だよね?」
両手で顔を覆う指の間から見える目が潤んでいる。
「中学を卒業した平が高校に入る前の休みの間、必死にダイエットやファッション誌を読んでるのを見たことがあるんだ」
少し声が明るくなる。突然立ち上がった東は勢いよく椅子に座り直した。
「その時は高校デビューか、頑張れ!って純粋に応援してた」
両手を膝の上に重ね胸に手を当てて呟く。
「まさか同じ高校で、偶然再会した時は見違えるように変わってて」
拳を握りしめ顔を上げる。
「すごく頑張ったんだなって、自分のことみたいに誇らしくなって」
しばらく沈黙があった後、ゆっくりと首を横に振り、悲しそうな表情になる。目に涙が光る。
「でも中身は全然変わってなくて、相変わらず自分に自信がなくて、でも優しくて」
東は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
# 世界が変わった日
「それで」
東は言葉を選ぶように少し間を置いた。
眉間にしわが寄り、視線が宙を泳ぐ。
「高校2年の夏に、同級生でボーリングに行ったときに、偶然私が元々いた陽キャグループに会っちゃってさ。さっき言った同じグループでシャッフルするように付き合ったり別れたりしてたやつ」
顔色が青ざめ、声がかすれる。拳を握りしめ唇を噛みながら、震える声で続ける。
「グループの元カレが、雑な感じで私にメッセージを送ってきたんだ。『俺らもう一回やり直そうぜ』的なヤツ、身体目的なのがバレバレのヤツね」
深く息を吸い込む音が聞こえる。目を開けた東の瞳には決意の色が宿っている。言葉を切り、またためらう。
「平に、こんなメッセージ送られても、拒否しない私が悪いのかな?って聞いたら」
顔を上げる東は目が潤んでいる。
「平が『雑に扱われてるんだから怒れよ!東だけがすり減ってるじゃん!』って、代わりに怒ってくれたんだよね」
指の隙間から漏れる声に嗚咽が混じる。
「それから、私の世界が180度変わったの、今までの自分は何だったのかってくらい」
東の頬を涙が伝う。震える声で呟く。椅子から少し身を乗り出す。テーブルに肘をつく東。目が輝き始める。
「ずっと、ずっと平を探してたんだなって、その時気づいたの。平がいるだけで、全部違うんだって」
突然立ち上がる東。両拳を握りしめて宣言する。目に決意の光が灯る。
「だからこそ、今度は私が平を守る番なんだって思った!そのためなら、どんな恥ずかしいことも話せる!」
東は再び席に着き、二人に向かって力強く頷いた。
***
「……だからね」
東は静かな口調に戻った。
「今の私がいるのは全部平のおかげなの」
微笑みが浮かぶ。遠くを見るような目で続ける。
「あの時の平の一言がなかったら、きっと今も誰かにいいように使われていたと思う」
西が小さな声で尋ねた。声が少し震えている。
「でも、そんな大切な人に、どうして自分の気持ちを伝えられないんですか?」
東はため息をつき、目を伏せる。
「それがね……、平ってすごく鈍感なのよ…いや、気づいてるのかもしれないけど」
両手をひらひらさせる。苦笑いを浮かべる。
「けど、私がいくらアピールしても、全然気づかないふりして」
自虐的に笑うと、突然声が大きくなった。
「そりゃそうだよね、私みたいな汚れた女が…平みたいな清い人を好きになっちゃいけないんだ!」
# オタクからの衝撃の告白と抱擁
「ツンデレ女の自虐風自分語り、ごちそうさまでした」
本田の冷静な声が教室の中にクリアに響いた。東は呆気にとられた表情で彼女を見つめ返す。
「まず1つ、あなたは汚れてなんかいない」
本田は真正面から東を見据える。
「人間の肉体なんか所詮、水とタンパク質よ」
「な……何を言って……」
東は困惑したように言いかけたが、本田は手のひらで遮るように言葉を続ける。
「次に」
彼女の指がテーブルをトンと叩いた。
「平クンのことを神聖視しすぎ。彼も普通の男子高校生でしょ」
突然の暴露に東の目が見開かれる。
「オナニーもすればエロ本も読んでるに決まってる、なんならおかずはアズアズかもね?」
「ちょっ!」
東は咄嗟に周囲を見回した。近くに他の生徒はいないが、顔中が火照っていく。
「最後にアズアズ」
本田の声色が急に柔らかくなった。
「私たちに言いたくないこと全部さらけ出してくれてありがとう」
彼女は椅子から立ち上がり、まるで当然のことのように東の横に回り込んだ。
「私はニッシの次にあなたのことを好きになっちゃった」
次の瞬間、本田の長い腕が東の背中に回り込んだ。思いがけない温もりに東の体が硬直する。
「えっ……」
西が小さく驚きの声をあげた。学校では孤高を貫いていた本田の突然の行動に目を丸くしている。
「待って……本田…さん…」
東は顔を真っ赤にして抵抗しようとするが、意外にも強い抱擁に身動きが取れない。
西は慎重に言葉を選ぶ。
「『性的な対象』とまではいわないけど、まず『恋愛対象』として見てもらえるようになろうよ」
東は困惑した表情で二人を交互に見る。思考が追いつかない様子だ。
西は自分の言葉に力を込めた。
「ホンちゃんの言う通り平君だって……その……」
「普通のエロエロ煩悩満載の男子高校生でしょ?」
本田が西の言葉を引き継ぐ。
東はようやく抱擁から解放されると、深呼吸して平静を取り戻そうとした。
「でも……それは今の平は、私のことを女として見てないってことじゃん?」
「そうじゃない」
本田は真剣な眼差しで東を見つめる。
「むしろ逆の可能性もある」
彼女は珍しく優しい微笑みを浮かべた。
「見ているからこそ怖いんじゃない?本当に好きになったら失うのが怖いから」
東の目がわずかに潤んだ。
「それに」
本田は東の髪を軽く撫でる。
「あなたは十分魅力的よ。私だったら放っておかない」
西も勇気を振り絞って言葉を添えた。
「私も……正直最初は平君のことをよく知らなかったけど……今はちょっと見方が変わりました」
三人の間に一瞬の沈黙が流れる。
「ありがとう……」
東はようやく小さな声で言った。
「まさかこんな話ができるなんて思わなかった」
窓から差し込む夕日が三人の影を床に長く伸ばしていた。東の表情はまだ複雑だが、目に見える緊張は徐々にほどけていく。
「さて」
本田がふと立ち上がる。
「明日から作戦会議よ」
東は思わず吹き出した。
「作戦会議?」
「もちろん」
本田は口角を上げる。
「アズアズを最高の彼女にするプロジェクト」
西も嬉しそうに拍手した。
「私も協力する!」
東は少し照れくさそうに、しかし確かな決意を持ってうなずいた。
「ありがとう……本当に」
教室の外では下校時間を告げるチャイムが鳴り始めていた。今日の出来事が新しい章の始まりとなる予感が、三人の心に静かに広がっていた。
# 尊い友情の誓い
深夜の薄暗い自室で、本田梨花子はパソコン画面に映る原稿データを眺めていた。普段ならお気に入りのVチューバ―を見るか、エロゲをプレイしている時間が、今日ばかりは全く集中できない。
「……尊い」
思わず呟いた言葉が虚しく天井に吸い込まれる。先ほどまでの東とのやりとりが何度も脳内で再生される。虚構の世界に生きる自分がリアルでこれほど感情を揺さぶられた経験はなかった。
「ただの陽キャリア充ヤリマンギャルと思っていたけれど…まさか正反対だったなんて…ね…」
言いかけて本田は苦笑した。今日の話で東の誤解は解けたし、悪く言うつもりはない。むしろ逆だ。あれほど鮮烈な光を放っていたのに、一人の男に触れられて脆くも崩れかけていた。それがあまりにも……
「尊すぎる」
再び同じ言葉が零れる。彼女の指がキーボードを弾き始めた。普段なら物語の中でしか使わない言葉が今まさに自分自身の胸の内にある。液晶画面に文字列が増えていく。
『アズアズ×平クン 尊い案件発生』
その下には既に書き出されている詳細な計画表。彼女の脳内で様々なシチュエーションが渦巻いていた。
---
翌朝、教室はすでに喧騒に包まれていた。本田は窓際の席から全体を見渡す。東はまだ来ておらず、西が一人で小説を読んでいる。本田の視線に気づいた西が本から顔を上げた。
「おはよう、ホンちゃん」
「おはよう、ニッシ」
短い挨拶のあと、本田は何か言いたげに西を見つめる。西は彼女の異変を感じ取り、少し首を傾げた。
「何かあった?」
「アズアズのことなんだけど」
本田の声はいつもより柔らかい。
「昨日の話の続きがしたくて」
西はすぐに理解し、周囲を確認した。幸い二人の会話を気にする者はいない。
「平くんのことだね」
「そう」
本田はスマホを取り出し、昨夜作成した計画表を見せた。
---
「すごい……」
午前の授業終了後、屋上のベンチで三人は向かい合っていた。東は本田の計画表を見て絶句している。そこには緻密なスケジュールとフローチャート、東と平を接近させるための巧妙な罠、もとい作戦が描かれていた。
「これは……過保護すぎない?会話分岐Aで平の反応が芳しくない場合は分岐Dにジャンプ…って、なにこれ?」
東は若干引いている。
「何が問題?」
本田は真顔で答える。
「最大限の支援体制よ。恋愛初心者には必要なもの。HowTo本」
西が小さく笑った。
「ホンちゃんらしいね」
「そもそもなんで本田さんがそんなに張り切ってるわけ?」
東は本田を疑わしげに見つめる。
「なぜって?」
本田は一瞬考え込んだ後、真っ直ぐに東を見た。
「面白そうだから」
東は眉を寄せた。
「面白そうって……」
「だって」
本田の瞳が輝いた。
「こんなに熱量のある恋愛関係を近くで見られる機会なんて滅多にないでしょう?しかも片方は私の親友」
東と西は驚いて顔を見合わせた。これまで西以外の人間には一切興味を示さなかった本田が、「親友」という言葉を使ったのだ。
「それに」
本田は続けた。
「もしもの時は私が全力で阻止するわ」
「……何を?」
「貴方が傷つく未来」
その言葉には静かな決意が込められていた。
---
昼休み、平は屋上へ続く階段を上がっていた。購買で買ったパンを食べるために少し静かな場所を探していたのだ。屋上の扉を開けた瞬間、風に乗って女子たちの笑い声が耳に入る。
「……なんだ?」
普段人が少ない場所で珍しく賑わっている。好奇心に駆られてフェンスの方へ近づくと、そこに見覚えのある三人が座っていた。東と本田、そして西。
「あ」
思わず声が出てしまい、三人が同時に振り返る。
「平?」
東が驚いた表情で立ち上がった。
「偶然ね」
本田が東の袖をそっと引っ張る。
(計画変更。接触成功)
彼女の無言のメッセージを東は即座に理解した。
「何してるんだ?」
平は何気なく尋ねた。
「ちょっと作戦会議よ」
本田が代わりに答える。
「女子三人だけの秘密会議」
東はぎこちなく笑った。
「そうそう……文化祭のこととか」
平は少し怪訝な表情を浮かべたが、すぐに理解した様子でうなずいた。
「なるほど」
西が遠慮がちに口を開く。
「平くんは……どうしたの?」
「昼飯の場所を探してただけだ」
そう言って平は階段の方へ歩き出す。
「邪魔したな」
「待って!」
東が思わず呼び止めてしまった。
「ここで食べてったら?」
三人が一斉に東を見る。西の目に小さな喜びの色が浮かび、本田は満足そうに微笑んだ。
平は少し躊躇った後、諦めたように肩をすくめた。
「まぁ、いいけど。ちょっと照れくさいな」
四人は微妙な距離を保ちながら座り直した。風が吹き抜け、平の茶色い髪が揺れる。東は彼が座るスペースを作るために少し横に移動しようとしたが、ふとした拍子に肩と肩が触れ合ってしまった。
「あ……ごめん」
「……別に」
平はそっぽを向いた。しかし東は見逃さなかった―彼の耳が微かに赤くなっていることに。
本田と西はこっそり目配せした。こうやって少しずつ平に意識させていこうと。
# 作戦会議開始
放課後の図書準備室は夕日で橙色に染まっていた。三人だけの空間で、本田がテーブルの中央に広げたノートに向かってペンを走らせている。
「さて」
本田はページを一枚めくり、東を真っ直ぐ見つめた。
「まずは現状分析から始めましょう」
東は椅子に浅く腰掛け、両膝をぎゅっと閉じて縮こまっている。
「やっぱり恥ずかしいんだけど……」
「恥ずかしさを乗り越えなければ何も始まらないわ」
本田は容赦なく言い放つ。
「自分の強みを把握するのは基本中の基本よ」
西が優しく東の腕に触れた。
「大丈夫だよ。東さんは素敵な人だから」
「ありがとう……」
東は深呼吸して姿勢を正した。
本田はリストを読み上げ始めた。
「まず第一に」
彼女は最初の項目に線を引いた。
「圧倒的な美貌と魅力。この学校でもトップクラスね」
東は思わず頬を赤らめた。
「いや、そんな……」
「事実よ」
本田はぴしゃりと言い切り、次に進んだ。
「第二に抜群のスタイル。平くんのような健全な男子高校生には致命的でしょうね」
「致命的かどうか知らないけど……」
東はぼそりと言った。
「第三に男性経験の豊富さ」
本田の言葉に東は息を呑んだ。
「これを逆に利用すれば……」
「待って!それは使いたくないの!」
東は必死に訴えた。
「今の私にとっては汚点みたいなものだし……平には見せたくない」
西が静かにうなずいた。
「東さんが大切にしたいと思うなら、私たちも尊重するよ」
本田はわずかに表情を緩めた。
「じゃあ第四項に行きましょう。本来の明るく社交的な性格」
「これこそが問題だよ」
西が珍しく積極的に口を開いた。
「平くんの前だと緊張してしまって……」
「そうなのよ!」
東は拳を握りしめた。
「平の前だと完全におかしくなっちゃうの。いつもの自分でいられないのよ」
本田はノートの隅に何かを書き込んだ。
「だからこそ『作戦C』が必要になるわけね」
東が身を乗り出した。
「どんな作戦?」
「それはまたあとで、第五項に」
本田は再びリストに戻った。
「中学時代の共通の記憶。これを自然に会話に出せれば……」
「ダメ!絶対にダメ!」
東は急に立ち上がった。
「あの時期の平を思い出すと……今でも胸が痛むの」
西が静かに説明した。
「中学時代の平くんは確か太っていて、東さんからも遠ざかってたっていってたよね」
「そう……」
東は窓の外を見つめた。
「あの頃の平も可愛かったんだけど……自分が近づいていかなかったのは確か」
本田が鋭く質問した。
「では第六項はどう?『一番仲のいい女友達』という立場は使える?」
東は複雑な表情を浮かべた。
「使えないこともないけど……」
彼女はためらいながら続けた。
「『女友達』っていう殻を破るのが難しくて……」
西が小さく手を挙げた。
「私が思うに」
彼女の言葉はゆっくりとしているが確信に満ちていた。
「東さんは既に多くの武器を持ってる。でもそれを最大限に活かす方法がわかってないだけ」
本田が大きくうなずいた。
「その通り。つまり問題は技術ではなく実践の場よ」
東は突然決意を固めたように言った。
「わかった……やってみる!私の全部を使って……平を振り向かせる!」
三人は夕日に照らされた顔を見合わせた。作戦開始のゴングが鳴った瞬間だった。
# 平くんの分析
夕暮れの光が徐々に薄れていく中、本田は新たなページを開いた。「敵を知る」と大きな文字でタイトルを書き込む。
「まずは外見から」
本田は几帳面な字で列挙していく。
「身長180cm台。均整の取れた体型。茶髪サラサラヘア。切れ長の瞳。表情に翳りはあるけれど十分にイケメンね」
本田は淡々と続ける。
「ファッションセンスも悪くない。最近の若者のトレンドより少し落ち着いたセレクトが好感度高いわ」
西がふわりと微笑んだ。
「私、平くんの服いつも素敵だなって思ってました」
「実はあれも努力の賜物なのよ」
東が誇らしげに言った。
「中学時代は……まあ言わなくてもわかるわね。高校に入ってから猛勉強したんだと思う」
本田は次に移った。
「趣味は音楽。マイナーなロックバンドが好きでよくアズアズと話題にしてるわね」
「そうそう!私の知らない世界教えてくれてすごく楽しいの」
東の目が輝いた。
「私のプレイリストに勝手に追加しちゃったくらい大好きになっちゃった」
「それ大事なヒントよ」
本田がペンで東を指した。
「共通の趣味という武器があるのに使ってないじゃない」
東はシュンとなった。
「だって……一緒にカラオケとか誘ったら重くないかなって」
西がそっと手を添えた。
「タイミングの問題かもしれまないね」
本田はさらに書き続ける。
「高校一年時に短期恋愛の失敗歴あり。原因は……」
彼女はわざとらしく躊躇した。
「ファッションセンスがなかったから振られたんでしょ?」
東があっさり答える。
「そう」
本田はうなずいた。
「付け加えると、当時は高校デビューしたてで舞い上がっていた。今は完全に別人」
「でも私は中学時代の平も……」
東は言いかけて口をつぐんだ。
西が優しく遮った。
「共通の過去を持つというのは強み。ただ……」
「トラウマになりそうな内容ね」
本田は冷酷に指摘した。
「下手に触ると二人の関係が壊れる可能性もあるわ」
沈黙が流れる。
「他にも弱点はたくさんあるわ」
本田はページを埋め尽くす勢いで書き続けた。
「自己評価が極端に低い。自分に自信がない。すぐに反省してしまう。笑うのさえ下手くそ」
東が突然叫んだ。
「違う!平の笑顔は本当に素敵なの!」
「それが特別な意味を持つということね」
本田は満足げにノートを閉じた。
「あなたに対してだけ見せる素顔。それこそ最大の突破口よ」
夕闇が深まる部屋で三人の少女たちは平の輪郭を描き出していた。最も難しい標的の攻略に向けて—
---
本田はゆっくりとペンを走らせた。彼女の頭脳は計算機のように正確に回転する。
「最後に、天の運(タイミング)と地の利(場所)。これが鍵になるわ」
西が息を飲んだ。
「場所……?」
「ええ」
本田は東をまっすぐ見つめた。
「あなたたち、普段どこで勉強してるの?」
「ファミレス……」
東は小さく答えた。
「それじゃ駄目」
本田の言葉は鋭かった。
「他の客の目、店員の目、BGM。どれも集中力を削ぐ。何より――」
彼女はペンをノートに叩きつけた。
「人の目は『もし何かあったら』という安心材料、逃げ道を相手に与えるのよ」
東が顔を赤らめた。
「な……何かって……!」
「だから密室が必要」
本田は平然と言った。
「平くんの家は行ったことある?」
東は首を横に振った。
「ないよ!だって……あいつ、他人を家に入れたくないタイプだし……」
西がそっと口を開いた。
「それなら東さんの家はどうでしょう?」
三人の間に緊張が走る。
「私の家……?」
東は目を丸くした。
「そう」
本田は東の反応を慎重に見極めながら続けた。
「家族構成は?」
「父と母と私だけ」
東は戸惑いながら答えた。
「週末は二人とも出かけることが多いけど……」
「完璧!」
本田の目が輝いた。
西が小さな声で確認した。
「次の日曜は……ご両親はご在宅?」
東はスマホを取り出し予定を確認した。
「その日は……いない。午前中から買い物で……夜まで帰らない……」
本田の口角が上がった。
「これ以上ないチャンスよ」
東の心臓が早鐘を打つ。自分の部屋で平と二人きり……
想像するだけで頭が爆発しそうになる。
「で……でも!自然に家に誘うなんて無理!」
彼女は必死に反論した。
「簡単よ」
本田は冷静に答えた。
「こう言うの。『今日は財布忘れちゃった!ファミレス代払えないからウチでやろう?』って」
「そんなバレバレな嘘……!」
東は悲鳴に近い声を上げた。
西が柔らかくフォローする。
「平くんなら疑わないと思う。東さんらしい可愛い失敗だと思うはず!」
「しかも」
本田は決定的な一撃を放った。
「あなたたちの最寄り駅同じよね?歩いて行ける距離なんでしょ?」
東は観念したようにうなずいた。
「確かに……駅から10分くらいだけど……」
「もう決まりね」
本田は立ち上がり窓に向かった。
「これ以上ない絶好の機会。神様が作った舞台よ」
薄暗い部屋に月光が差し込む。その光の中で東の顔が複雑に揺れた。
「どうしよう……私…」
彼女の声は震えていた。
西がそっと彼女の手を握った。
「大丈夫。きっと上手くいくよ」
「そうね」
本田は振り返らずに言った。
「ただし一つ条件があるわ」
東と西が同時に息を止める。
「必ず結果報告すること」
彼女は振り向いてニヤリと笑った。
東が俯いていると、本田が突然動きを見せた。
「ダメだったら、一緒に泣いてあげるから」
彼女は真顔になり東をぎゅっと抱きしめた。いつも冷たく尖っていた言葉遣いとは違う、温かい囁きだった。
「本当に……?」
本田は何も言わず、ただ強く抱きしめ続ける。人嫌いの彼女にとって、たった数日の友情でも心を開く価値があったのだ。
西が涙ぐみながら加わり、三人は団子のように固まった。
「私も協力する!絶対成功させよう!」
東の目に再び涙が溢れた。今度は嬉しさからだった。
「ありがとう……二人とも……」
---
翌日の昼休み、7組の教室前を通りがかった平が目にしたのは、どこか晴れやかな表情の東だった。
「平、昼ごはん食べた?」
いつもの日常会話なのに、今日は特別に響く。
「ああ、もう食べたけど…東、7組に何か用?」
(東は1組のはずだけど…?)
一方東は心の中であの決戦の日を想像していた。
(来週の日曜日……ついに……)
顔が熱くなり慌てて机に向かう。
「おい東」
平が突然声をかけた。
「どうした?顔赤いぞ」
「なっ!なんでもないわよ!!」
反射的に拳が出てしまった。
西がつられ笑いをしている。
本田は無表情で読書中だが、ページをめくる指が微妙に震えていた。
平の頭上には大量の疑問符が浮かんでいた。
(こいつら最近変じゃないか……)
特にあの西が笑っている理由がわからない。
その日の授業中、東はノートの隅に小さくハートマークを描いていた。
(成功させてみせる……絶対に!)
### 運命の日曜
待ち合わせ場所のファミレス前に、東は三十分早く到着していた。何度も鏡を見て姿を確認する。
ワンピースの裾は膝上で少し透け感のある素材。それに春らしいカーディガンを羽織っている。本田が「これが最大限の挑戦よ」と選んだコーディネートだ。
「やっぱり派手すぎたかな……」
髪を直しながら呟いた時、
「お待たせ」
背後から声がした。振り返ると平が立っている。制服ではない私服姿が新鮮だった。
「よ、よー」
声が上ずる。
平の視線が東の全身を一巡りした。明らかに普段と違う装いに戸惑っているようだ。
(効果はあり……?)
「じゃあ入るか」
平が店の扉を開けようとした瞬間、東が急いで腕をつかんだ。
「待って!」
声が裏返った。
「どうした?」
平が眉をひそめる。
深呼吸を一つ。練習してきた台詞を思い出そうとする。
「ゴメン!集まってもらって悪いんだけど……」
喉がカラカラだ。
「実は……財布忘れちゃったの!」
「え?」
平の目が丸くなった。
「だから今日は……私の家で勉強会にしない?」
言い切った途端、耳まで赤くなるのを感じた。
平は数秒黙った後、「俺が貸そうか?」と言い出した。
(そのパターンは……想定内!)
「ウチの家訓で人から絶対に借りるなっていうのがあって……」
「じゃあ、おごるよ」
「え……?」
予想外の返事に頭が真っ白になる。
(そんなの想定してない……!)
脳内で本田が怒鳴る声が聞こえた気がした。
『計画外のこと言われたら即座に切り返しなさいよ!』
「えーっと、その場合は……そのー」
言葉が出てこない。両手をバタバタさせる。スマホを見たりしている。
「奢ってもらうのも家訓で……」
完全にパニック状態になった東を見て、平が吹き出した。
「そんなに慌てることか?」
笑い声に安心感を覚える。
「分かったよ。じゃあ東の家にお邪魔するよ」
その言葉に東の心臓が飛び跳ねた。
「ほ、本当!?」
「ああ」
平は肩をすくめて答えた。
### 商店街の影で
本田はカメラをバッグにしまいながら西の袖を引いた。
「よし、危なかったけど最大の山場は越えたし、ここからは二人のプライベート。撤収しよ」
西がスマホ画面を見せる。そこには盗聴器からの音声が表示されていた。
『東?なんか今日の格好違くない?』
『そ、そう?たまには気分転換にね』
本田はにやりと笑った。
「良い感じね」
「ここまでは完璧ね」本田が囁く。
「東さんならきっと大丈夫だよ」西が小さな拳を握った。
本田は一息つくと「がんばれアズアズ」と呟くと、「じゃあ、せっかくだから久しぶりにニッシとデートとしゃれこもうかな」と西の手を取り、商店街に消えていった。
---
### 東の家の前
「ここだよ」
玄関を開けながら東は必死に平静を装った。
「お邪魔します」
平があまりにも普通に上がるので拍子抜けする。
「親は?」
廊下で立ち止まる平に東は早口で答えた。
「今日は二人とも遅いから大丈夫」
階段を上がる足が震える。告白まであと十数歩のところで──
「そのワンピース似合ってる」
突然の言葉に東は踊り場で転びそうになった。
「な……何言ってんの!?」
必死に壁に手をつきながら叫ぶ。
平は真顔で続けた。
「いや、いつもと雰囲気違ってて落ち着かないけど……良いと思う」
心臓が爆発しそうになる。これは罠なのか?それとも計算?
「とにかく部屋行こう!」
東は逃げるように階段を駆け上がった。
### 東の部屋にて
「飲み物とってくるね!」
部屋に入るなり東は叫んでキッチンへ逃げ込んだ。
冷蔵庫に頭をぶつけながら必死に深呼吸する。
(告白のタイミング……タイミング……)
テーブルでは平が無造作に荷物を広げている。
その姿を見るだけで全身が熱くなる。
東は決意を込めて部屋に戻った。
### 勉強開始から30分
カチッ、カチッ……
壁掛け時計の秒針が妙に大きく響く。
教科書を開いてから30分。
東は問題を解きながらも、ページをめくるふりをして本田のメモを脳内で再生していた。
**告白タイミングは生き物とはいえ**
**勉強会が始まってすぐは下の下**
**できれば30分程度勉強をしたのち**
**自然と休憩の流れから切り出すのが吉**
(あと15秒……)
無意識に指が机の縁をトントン叩いている。
「これ分かる?」
平が唐突に数学の問題を指差した。
(しまった!まだ30分じゃないのに!)
「えっと……ここの公式を使うんだよ」
慌てて説明する声が裏返る。
「aを移項して……yに代入して……」
平はじっと見つめたまま動かない。
その視線が首筋に刺さる感覚。
(早く次の問題行って!)
「なるほど」
平がようやくペンを持ち直した時──
ピピッ!
スマホのタイマーが30分経過を告げた。
「あ!」
反射的に声が出る。
「どうした?」
「いや……その……」
(ついに来た!)
東は急いでペットボトルを開けた。
「ちょっと休憩しようか!」
### 休憩タイム
「コーヒー入れるね」
台所に向かう足取りが浮いている。
カップを準備しながら深呼吸。
(このタイミングだ……)
湯気越しに平の横顔が見える。
窓辺で伸びをするその姿さえ絵になる。
「はいどうぞ」
コーヒーを置きながら隣に腰掛ける。
### 感情の頂点で
(……よし)
東はゆっくりと顔を上げた。
本田の作戦ノートの最終頁が脳裏に浮かぶ。
**《告白の条件》**
**最も重要なのはあなたの気持ち。**
**気持ちが最大限に高まっていること。**
**平の目をじっと見て、自分の気持ちを確かめなさい。**
平がコーヒーカップを持ち上げる一瞬──
目が合った。
(今だ)
鼓動が耳を打つ。
手の中のカップが汗で滑りそうだ。
「……平」
声が小さすぎて自分でも聞き取れない。
「ん?」
平がこちらを向く。
いつもの斜に構えた表情ではなく、
不思議そうな子どものような目だった。
その瞳に映る自分を見つめ返す。
胸の奥底から何かが溢れ出してくる。
(これが……好きってこと)
息を止めても抑えきれなかった。
「私……」
### 決意の告白
東は一気に言った。
「ずっと平のこと好きだった」
声が震えないように噛み締める。
「……」
平の手からコーヒーカップが滑り落ちそうになる。
寸前でキャッチしてテーブルに置いた。
沈黙が部屋を満たす。
東は自分の鼓動で耳が潰れそうだった。
(言うべきことは言った……!)
本田のノートの最後の一行を思い出す。
**《告白後の最適行動》**
**相手の反応を待つのではなく**
**あなた自身の言葉で最後まで貫きなさい**
「中学の時から……」
涙が滲む。
「一緒にいると……すごく安心するの」
窓から差し込む夕陽が平の輪郭を金色に縁取っていた。
その光景が永遠に記憶に焼きついていく気がした。
### 感情の奔流
東の告白は止まらなかった。
「私は……平のことが好き」
一語ごとに涙がこぼれる。
コーヒーカップを持つ平の指が微かに震えた。
「平のことが大好き」
喉が詰まる。声が掠れる。
それでも止まらない。
「平のことを愛してる」
胸の奥から言葉が噴き出した。
抑えきれない感情が洪水のように溢れる。
「平を見てるといつも胸がドキドキする」
膝の上に置いた手が震えていた。
爪が掌に食い込む。
「平の声を聞くと切なくなる」
目を閉じて深呼吸する暇もない。
「平と手が触れるとたまらなくなる」
東は無意識に平の方へ身を乗り出していた。
「平に私をずっと見ていてほしい」
「平のことをずっと見ていたい」
### 予想外の展開
言葉が途切れた瞬間、部屋に静寂が落ちた。
平は呆然と東を見つめている。
その表情から驚きと混乱が読み取れた。
「……マジか」
ようやく絞り出した声は擦れていた。
「冗談とかじゃなくて?」
東は首を横に振りながら必死に答えた。
「冗談なんかじゃない……本当に好きなの」
### 勇気の代償
告白した後に襲ってきた恐怖に身を縮める。
もし拒絶されたら?
もし今まで通りの友達でいたいと言われたら?
それでも東は視線を逸らせなかった。
平の瞳の奥にある何かを探るように。
(もう戻れない)
心のどこかで冷静な自分が囁く。
長い沈黙の中で時間が止まったような感覚。
### 感情の爆発
平の沈黙に耐えられず、東の口が勝手に動き始めた。
「ここまで言っちゃったら、もういいや」
諦めに似た響き。
「中学校の頃の平」
「今と違ってぽっちゃりしてたよね」
思い出し笑いが漏れる。
「でもね」声に力を込める。「あの頃の平も、スゴく可愛いって思ってた」
窓から差し込む午後の光が東の涙で歪んでいた。
平は無言で東の言葉を受け止める。
「高校一年に入る前、身体鍛え始めて茶髪に染めて」
「イケメンに変わってく平を見て強いなって思ってた」
声が震える。
「高校三年になって少しずつ明るくなっていく平が眩しかった」
東は顔を両手で覆った。
「高校三年で平と同じクラスになった西さんが妬ましかった」
指の隙間から嗚咽が漏れる。
「平と同じ生活環境委員の本田さんと話す平を見て嫉妬で狂いそうだった」
### 激昂と告白
突如立ち上がった東が平に迫る。
「平と一緒に登下校する時」
目の前に立つと平の顔が赤くなっているのがわかった。
「毎日何時間もかけて化粧して髪セットしてるんだよ?知ってた?」
東は自分の姿を誇示するようにゆっくりと回った。
「完璧な角度で笑いかけられるように鏡で練習してさ」
そして急に声が小さくなった。
「高校3年の学園祭で2ショット写真ねだったよね?そこから距離置かれて怖くなったから、ずっと気持ちを押し殺してた。ずっとずっとずっと」
崩れるように椅子に戻った。
「私のすべては平で占められているの」
### 深淵の告白
深呼吸をして東は続けた。
「それでね」声がかすれる。「私の一番の自己嫌悪」
再び涙がこぼれる。
「中学から高校1年の頃」
「好きでもない男たちに抱かれていた自分」
手が震える。
「流されるまま抱かれて別れてまた抱かれて」
「好きという感情もなかったのに」
俯いて額を押さえる東。
「こんな汚れた私が平を見ると胸が高鳴るの」
突然顔を上げて平を見据えた。
「おかしいよ、平のせいだよ」
怒りに近い感情が東の目を潤ませる。
「今までの私はこんなじゃなかった!」
「ぜんぶ、ぜんぶ、平のせい!」
### 後悔と懇願
突然我に返った東は両手で顔を覆い蹲った。
「ごめんなさい……私…こんなの……」
嗚咽が部屋に響く。
長い沈黙。
東の肩が小刻みに震える。
平はゆっくりと立ち上がり、テーブルを挟んで向かい合った。
「東」
優しい声。
「顔上げてくれよ」
平はそっと手を伸ばし、東の肩に触れた。
「そんな風に自分を責めるのはやめてくれ」
東が恐る恐る顔を上げると、平の目に映る自分の姿が見えた。
### 心の解放
平の言葉に東は目を見開いた。
「俺も……苦しかったんだ」
声が震える平。
「中学の頃から……俺も」「東のこと見てた」「たまに話しかけてくれるのが嬉しかった」
東の心臓が早鐘を打つ。
「でも……」平は辛そうに続ける。「クラスの中心で輝いてる東とは住む世界が違うって……」
俯きながら言葉を選ぶ平の姿に、東は中学時代の記憶が鮮明によみがえった。
「高校一年で付き合った彼女にフラれて……『思ってたのと違う』って言われて……それ以来」
東が当時知らなかった平の傷。
「だけど東だけは……変わらず接してくれて……ずっと感謝してた」
### 共鳴する想い
「東の過去なんて関係ない」と平は真剣な眼差しで言った。
「だって、東は東だから」
東の胸に熱いものが込み上げる。
「東の方から言わせてゴメン。俺の方こそ、早く言うべきだったんだ」
平が一歩近づく。
「東、俺と付き合ってくれますか?」
### 過去を超えた絆
東の涙腺が崩壊した。
「本当に……?」
嗚咽混じりに尋ねる。
「私のこと……受け入れてくれるの?」
平が優しく頷く。
「東が好きなんだ」
迷いのない声。
「過去も含めて全部」
東は震える手を伸ばした。
「私も……ずっと……好きだった」
二人の指が触れ合う。
「中学から好きだった」
「高校から好きだった」
時を超えた想いが重なる瞬間。
### 新たな旅立ち
「これからは……」
平が言いかけて止まる。
東がその続きを紡ぐ。
「一緒に歩いていこう」
初めて握る手のぬくもりに未来を感じながら。
長い間胸に秘めていた想いがようやく形になる瞬間だった。
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# 後日談:報告会
翌日の月曜日、屋上のベンチに座る三人。本田が西の手を握りしめながら、「アズアズの恋の行方はどうなったの?」と尋ねる。
「あのね……」東は恥ずかしそうに髪を耳にかけた。「昨日、告白したの」
「ふーん」と本田がノートを閉じる。
「……OKもらった」と東が小さな声で付け加えた。
「おめでとう」西が控えめに微笑む。
「それでね、本田ノートのおかげで上手くいったの!自分の過去を全部さらけ出して……平に受け入れてもらえて……二人には感謝してもしきれない」
本田は意地悪く笑った。「それだけ?」
「え?」東が困惑する。
本田が手元のスマホを「ポチッとな」と操作する。「私は……平のことが好き」
告白の言葉がスピーカーから流れる瞬間、東の顔から血の気が引いた。
「えー、盗聴器Offにする約束だったじゃん!」東が飛び上がる。
「ごめんごめん」本田が平然と言い訳する。「あの盗聴器On/Offのスイッチ付いてないやつだったらしくて」
「嘘つき!知ってたくせに!」東が叫ぶ。
「だって」本田が西の肩に頭を乗せる。「ニッシが『東さんたちうまくいくかな?心配』って言ってたから」
西が顔を赤らめる。「そんなこと……言ったっけ?」
「言ったよ〜」本田が嬉しそうに西の頬をつつく。「だから友情のために仕方なく証拠を集めたわけ」
「証拠って何よ!」東がスマホを取り上げようとするが、本田に避けられる。
「もう一つ聞かせてあげる」本田がまた画面をタップする。「東の方から言わせてゴメン……俺と付き合ってくれますか?」
「やめてぇぇぇ!」東が悲鳴を上げる。
暫く悶え続けていた東だが、思い直したように、そして、照れくさそうに言った。
「でも本当にありがとう。あのノートも……こんな風に茶化してくれるのも」
本田がわざとらしく驚いた表情を作る。「あれ?褒めてくれるの?」
「今日は特別」東が腕を組む。「でも次に盗聴したら……」
「わかってる」本田が両手を挙げる。「平クンに言っちゃうんでしょ?」
「当然!」
屋上に穏やかな風が吹く。東は昨日までの苦しみが嘘のように晴れやかな気持ちになっていた。
「ところで」東が思い出したように尋ねる。「なんで私だけ恥ずかしい目に遭わされるの?」
本田と西が顔を見合わせる。
「それは」本田がウインクした。「アズアズが一番面白いからに決まってるでしょ」
「ひどーい!」東が叫ぶ。
三人の笑い声が青空に響いた。
# 重い女と呼ばれて
西が真剣な表情で東を見つめる。「それにしても同じクラスになっただけで、私が妬ましいって、東さんの独占欲って…」
「そうそう」本田がニヤリと笑う。「私も同じ委員会なだけで、狂いそうなほど嫉妬されるなんて、夢にも思わなかったわよ」
「もうやめてぇ!」東が両手で顔を覆う。東は再び赤面しながら2人に対して「私ってやっぱり重い女かな?」と問う。
西と本田は顔を見合わせる。
「正直言うとね」西が慎重に言葉を選びながら言う。「最初は少し怖かったかな。でも……」
「でも?」
「東さんのそういうところが平くんを惹きつけたんじゃないかな」西が優しく微笑む。「それに私、東さんみたいに素直に気持ちを表現できる人、素敵だと思う」
本田がわざとらしくため息をつく。「まあニッシだから甘いよねー。私は断言するよ。アズアズはめちゃくちゃ重い、つーか怖い」
「ひぃっ!」東が肩を震わせる。
「でも」本田が指を一本立てる。「その『重さ』こそがアズアズの魅力だと思うよ」
「どういうこと?」東が怪訝な顔をする。
「考えてみなよ」本田が真剣な表情になる。「男って単純だからさ、『この人には自分しかいない』と思わせたら勝ち。軽い女より断然有利」
西がそっと本田の手を握る。「ホンちゃんの言う通りかも。平くんは東さんの真っ直ぐな気持ちに救われたんだと思う」
「でも……」東が不安そうに言う。「重すぎる女って捨てられやすいって聞くけど……」
「それも事実」本田がうなずく。「だからこそバランスが必要なんだよ。ニッシと私の例で言うなら……」
本田が西の肩に腕を回す。「毎日LINE送ったり電話したりするのは重いかもしれないけど、それでも私たちの場合はお互いを求め合ってるから問題なし」
西が少し赤くなりながら付け加える。「それに東さんは平くんに対して常に誠実で素直だから。平クンにとって重いと感じさせない程度の愛情表現を学べば……」
「完璧ね」本田が締めくくる。「今日から『重い女卒業プロジェクト』始動だ!」
東は複雑な表情で2人を見る。「私をいじるのが楽しいだけでしょ?」
本田と西が同時に吹き出した。
「バレちゃいました?」西が舌を出す。
「まあね」本田がウインクする。「でもアズアズが幸せそうで嬉しいのは本当」
風が優しく吹き抜ける中、東は深呼吸した。確かに自分は重いのかもしれない。でもそれが平を引き寄せたという事実は否定できない。
「ありがとう」東が静かに言う。「これからは適度な重さを目指すよ」
「そうだね」本田が突然真面目な顔になる。「今度のデートは盗聴しないでおくから安心して」
「それは当たり前!」東が反撃する。
三人の笑い声が午後の屋上に響き渡った。
# 後日談:人間って案外面白い
本田はその夜、昼間の東の百面相を思い出していた。東紫乃──山田の友人だから顔だけは知っていた。
スクールカースト上位の陽キャギャル。悩みなんて何もないつまらない人間だと思っていた。でも全然違った。
内に秘めた焼き尽くすほどの情熱と外に出せない悲しいくらいの脆さ。自分が勝手に想像していた東とは全く違う魅力的な人物だった。
正直、東は危うい。茶化したけれど、平に振られたら死を選ぶ可能性があるほど平にイカれている。それは東の魅力ではあるし、平の方も東にメロメロな現状だとそこまで心配しなくていいかもしれない。だけど……
(親友として)
この言葉が自分の中で奇妙に響く。西以外に向けられたことのない感情。もう少し東の危うさを何とかしてあげたいと切に思う。そんな自分に驚きを感じる。
スマホを手に取り、メッセージアプリを開く。西のアイコンをタップしようとして──ふと止まる。
『ねぇニッシ』
『今度の日曜、アズアズ誘ってどこか行かない?』
送信ボタンを押す前に一瞬躊躇する。自分の領域を超えた提案。いつもなら西との二人だけの時間を最優先にするのに。
『いいね!』数秒後に届いた西の返信に少しほっとする。
スマホを枕元に置き、天井を見つめる。窓から差し込む月明かりが床に淡い光を落としている。
(私が勝手に想像していた東とは全く違う魅力的な人物だった)
その言葉が頭の中で繰り返される。そう、人は表面だけでは測れない。西だって最初はただのクラスメートだった。何度も声をかけられて次第に心を開いていった。
そして今、東という新たな存在が自分の中に入ってきた。拒否反応はない。むしろ──興味深い。
「ホンちゃんって時々冷たいよね」
かつて西に言われた言葉が甦る。あの時は否定した。でも今なら理解できる。自分が世界に対して作り上げてきた殻。それを破ったのは紛れもなく西だ。そして今、東という存在が更なる亀裂を入れている。
「私、変わってるのかな」
声に出して言ってみる。返事は当然ない。けれど胸の中では確かな変化を感じていた。
明日からも学校はある。東とは教室が離れているから普段顔を合わせることはない。でも次の休み時間にトイレで遭遇したら?
いつもなら無視していた。でも今は──声をかけてみたくなる自分がいる。
ベッドサイドランプをつけ、机に向かう。ノートを開き、久しぶりにペンを持つ。いつものように西との思い出を綴ろうとして──気づけばページいっぱいに東の様子が描かれていた。
「これはこれで面白い」
自分の創作意欲を刺激する新たなキャラクター。そしてそれは二次元ではなく実在する人間だ。
ペンを止め、ふと考える。
親友として──もう少し付き合いの幅を広げてもいいのかもしれない。だけど、いまはアズアズを見ているだけで面白いから、もう少し後で、ね。
カーテンの隙間から朝日が差し込み始めている。新しい一日の始まり。本田梨花子の内側で何かが確かに変わり始めていた。
# 後日談:恋愛の温度感
西もまたその夜考えていた。東の告白と平の返事。盗聴で人の告白シーンを聞いてしまったことの罪悪感も大きかったけど、ホンちゃんが東さんに盗聴していたことをぶっちゃけたことで気が楽になってしまった。それにしても、同じクラスや委員になっただけで、妬んだり、嫉妬できる東の情熱ってすごいなと素直に思う。
自分は健太郎君と付き合っているけれど、健太郎君の沢山いる女友達に対して嫉妬の思いを抱いたことは一度もない。
ベッドに寝そべりながら天井を見つめる。窓の外は暗闇が広がり、部屋の中には自分の呼吸音だけが響いている。健太郎君の屈託のない笑顔を思い浮かべる。クラスの人気者で誰とでも気軽に話せる彼。自分はそんな彼の特別な存在になれたことが信じられないくらい嬉しかった。でも……
(私は健太郎君が他の誰かと楽しそうに話していても気にならない)
むしろ自分の知らない健太郎君を見ることができて嬉しくさえ感じる。これが西奈津美の恋愛温度なのだろうか。淡白すぎるのか、それとも……
西は更に考える。自分と山田のことを。奥手な自分が山田に対しては手を繋いだのも、キスをしたのも自分からだった。しかし、それ以上には踏み込めずにいる。
正確には山田から一度そんな雰囲気になったが、自分が断ってしまった。「まだ今じゃないと思う」と。あの時、そのまま流されてもいいと思ったけれど、最終的には断ってしまった。
(私って本当に欲がないんだろうか)
東さんのように狂おしいほどの情熱を持っていないことに寂しさを感じる。でも同時に安堵感もある。あんなに激しく誰かを想える強さと弱さ。どちらも自分にはない。
(もしあの時山田君を受け入れていたら……)
想像してみる。きっと幸せなはずなのに、なぜか怖い。自分の知らない何かになるのが怖いのかもしれない。あるいは単に準備ができていないだけなのか。
ベッドの上で小さく丸くなる。自分の胸に手を当ててみる。鼓動はいつも通り規則正しく打っている。東さんが語った「胸が苦しくて息もできない」という言葉を思い出す。
(私の胸はそこまで激しく高鳴らない)
それは嘘ではない。健太郎君のことは大切だし愛しているけれど、それは穏やかな湖のように静かな感情。それもまた恋愛の形なのだろう。
(東さんはもっと複雑なのかな)
あの人は情熱の海に溺れそうなほど沈んでいくタイプ。自分は湖の水面に映る月を見上げて満足するタイプ。どちらが正しいというわけではなく、ただ違うだけ。
再びベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
「私もいつかあんな風に燃える日が来るのかな」
西は東の告白を想いだす。「中学から高校1年の頃、好きでもない男たちに抱かれていた自分、流されるまま抱かれて別れてまた抱かれて」。
セックスしたことがない自分には想像もできないけれど、自分の思い人にそんなことを告白した東の強さは分かる。そしてそれを受け入れた平の強さも。
「平クンは『東の過去なんて関係ない。だって東は東だから』って」
ベッドの上で仰向けになりながら、東と平の言葉を反芻する。西にとっては考えも及ばない世界。自分だったら……?そう考えてみるけれど、答えが出ない。
テレビドラマやネット記事で見る「初体験」の話。多くの女の子が悩んだり不安だったりする中、西自身は特に何も感じていなかった。
健太郎君のことは好きだし、いつかはそういうことも……とは思っているものの、急ぐ必要はないと感じていた。
(やっぱり私は普通じゃないのかな)
昔の東さんのように「流されるまま」になれたら楽なのかもしれない。でもそれは自分の意志ではなく、単なる受動的な選択。自分が求めるものではない。
ふと机の上に置いた山田とのツーショット写真に目が留まる。去年の文化祭での一枚。恥ずかしそうな自分と照れくさそうな彼。
(健太郎君は本当はどう思ってるんだろう)
時々見せる真剣な眼差し。優しい手の温もり。あの時に「まだ今じゃない」と言ったのは確かだけれど、それがずっと続くとは思っていない。
「私もいつか東さんみたいになるのかな」
独り言が零れる。東さんのような激しい情熱を持てる日が来るのだろうか。それとも、この穏やかな水面のような恋心こそが自分の形なのだろうか。
枕元に置いたスマホが震える。山田からのメッセージだ。
「明日図書室来る?新しく入った本があるんだって」
短いけれど、自分のために時間を割いてくれているのが伝わってくる。
「行く!」即座に返事を打ち、ついでにスタンプも添える。既読マークがつき、「良かった。じゃあ放課後な」という返事。
(そういえば平クンと東さん、今日から付き合い始めたんだよね)
クラスの皆はまだ知らない。東さんが自分のために打ち明けてくれた秘密。それを守るのが今の自分の役目。
「恋愛って本当に難しい」
天井に向かって呟く。東さんの悩みも平クンの戸惑いも全部理解できた訳ではない。けれど、それでも彼らは前に進もうとしている。自分の足で歩こうとしている。
西はゆっくり起き上がり、机に向かう。明日提出の宿題がまだ終わっていなかった。ペンを手に取りながら考える。
(私は私なりのペースで進めればいいんだ)
急ぐ必要はない。健太郎君も自分も互いを尊重しながら、お互いのペースで進んでいければそれでいい。
窓の外から見える月明かりに照らされながら、西は静かに決意を新たにした。自分の恋の形を見つけ出す旅はこれからだ。
# 後日談:第31回 平ともっと進展したい会議 by 本田
「……で、今日は何よ」
本田の声には明らかな苛立ちが含まれていた。カフェのテーブルに向かい合う東は、髪をいじりながら小さな声で話し始める。
「今日の平は……朝のホームルームの時に、私の答案用紙に"○"って書いてくれて……」
「はぁ?」
本田の声が一段と低くなる。
「それで?」
「えっと……それで……その"○"の書き方がすごく綺麗だったんだ……線が滑らかで……」
「馬鹿なの?」
本田の率直すぎる物言いに、東は頬を膨らませた。
「だってぇ〜!平の書いた字を見るのなんて滅多にないし!しかも私の答案に"○"なんて!」
「そりゃテストなんだから"○"くらい書くでしょ。で、それ以外の進展は?」
「あ、あと!」
東の瞳が輝いた。
「帰り道でさ、平が『東って髪の毛サラサラだよな』って言ってくれたんだ!髪を褒められたの初めてかも……!」
本田は天井を見上げて溜息をついた。告白から一ヶ月。進展といえばこれが限界だ。いや、むしろ後退していると言ってもいいかもしれない。5年前の東は男をとっかえひっかえしていたはずだ。それが今は小学生並みの初恋をしている。
「ねえアズアズ」
「なに?」
「あんたさ、本当に平クンと付き合ってるわけ?」
「え!?も、もちろん付き合ってるよ!昨日だって電話したし!」
「どのくらい?」
「えっと……30分くらいかな?」
「30分電話して何話したの?」
「明日の授業のこととか……」
「他には?」
「……学校帰りに寄り道する場所決めたりとか……」
本田はコーヒーカップを両手で持って一気に飲み干した。もう限界だった。
「あのさ、あんたたち本当に高校生カップルなの?昭和初期の許婚じゃないんだからさぁ!」
東はシュンとして俯いた。
「だってぇ……」
「だってじゃないよ。好きなんでしょ?進展したいんでしょ?」
東の目に涙が浮かんだ。
「うん……大好き……だから傷つけたくないし……迷惑かけたくないし……」
「だから小学生レベルになっちゃうの?」
「ごめん……」
本田は溜息をつくと、突然立ち上がった。
「よし。作戦変更ね」
「え?」
「アズアズが主導権握るの諦めた。もう無理だ、100年かかる」
「そんなぁ!」
「代わりに、平クンがアズアズを意識する方法を考える」
本田の目が鋭くなった。
「まずは物理的接触から。手繋ぎは基本中の基本」
「で、でもぉ〜」
「やるしかないの!」
本田は東の腕を掴んだ。
「明日から一週間かけて平クンの手を握る練習をする。最初は肩が当たる程度から始めよう。それから肘が当たる。次に手の甲が触れ合う。そして最後に握手くらいまで」
東は真剣な表情で聞き入っていた。
「これでどうなるの?」
「平クンだって健康な男子高校生だよ?いつも近くにいるアズアズの肌の感触を意識しないわけない」
本田は東の耳元で囁いた。
「それで気づいたら手を繋いでる。これが現代の恋愛テクニックよ」
東の顔が明るくなった。
「本田さん!ありがとう!」
「でもね」
本田は厳しい顔に戻る。
「これはアズアズが変わるチャンスでもあるの。平クンに甘えるのもいいけど、もっと堂々としなさいな。あの頃みたいに」
「あの頃?」
「あんた中学の頃『どうせ男なんてみんな同じ』って言ってたんでしょ」
東は赤面した。
「そ、それは若気の至りで…あの時代なんて戻りたくないし…」
「わかってる。でもあの頃の度胸はどこ行ったって言ってるの」
東は黙り込んだ。確かに昔の自分は違っていた。相手を試し、自分の価値を確かめるために男と寝ていた。でも今は違う。平だけは特別だ。
「ちなみに私が平クンの立場だったら」
本田はコーヒーを一口飲んだ。
「こんな幼い彼女を持ったら重荷に感じると思う。大事にしすぎて前に進めなくなる」
「……重荷……?」
「そう。可愛くて仕方ないからこそ手を出せない。壊れそうで怖い」
東の目に再び涙が浮かんだ。
「どうすればいいの……?」
「簡単よ」
本田は微笑んだ。
「自信を持って。あなたは魅力的だってことを忘れないで」
東はゆっくりと顔を上げた。
「……わかった」
その夜、東は久しぶりに鏡の前に立った。高校生になってから何度も変えた髪型。でも平が好きだと言ってくれるのは今のロングウェーブ。
(私らしい姿を見せてあげなきゃ)
携帯を取り出し、平にメッセージを送る。
『明日一緒に帰ろう?』
返信はすぐに来た。
『ああ、いいよ』
東は深呼吸して続けた。
『それと……ちょっと話したいことがあるんだ』
翌朝。8組の教室に入る東の背筋は昨日よりも少し伸びていた。友人の本田が小さく微笑む。
教室の平に向かって、東は小さな勇気を振り絞った。
「おはよう!」
平も振り向いて、
「おはよう」
そう言った時、東はほんの一瞬、自分の指先を平の袖口に触れさせた。
# 第31回 本田の独り言
夕暮れの帰り道。本田は一人、自宅への道を歩いていた。東と別れた後の静かな時間。スマホを手に取り、履歴をスクロールする。
(アズアズって本当にめんどくさいタイプだなぁ……)
思わず苦笑してしまう。頭の中で東の様々な側面が浮かんでは消えていく。
- 陽キャギャルでツンデレでヤンデレ
- 見た目完璧、身体も完璧、ファッションセンス良し
- 性格も明るく前向き、親しみやすい
- 男性経験豊富で性の技術も達人級だが、そんな自分を自己嫌悪している
- 恋人の前だと借りてきた猫のように大人しくなり言動が幼くなる
「ふぅ……」
思わず溜息が漏れた。
「どこの漫画のキャラだよ……」
心の中でツッコミを入れながらも、スマホの画面に目を落とす。そこには東とのLINEのやりとりが残っていた。
『ホンちゃんありがと!明日頑張ってみる!』
『うん!だって平がいるなら何でもできる気がする!』
「まったく……」
本田は眉をひそめた。東が自分を頼ってくることに悪い気はしない。むしろ、こんなにめんどくさい相談を聞いてあげられるのは自分しかいないだろうという優越感さえあった。
けれど同時に――
(できの悪い妹を持った気分にもなる)
見た目は完全に逆なのだが。東の方がずっと華やかで派手なのに、なぜか本田の方が落ち着いている。西が二人を評して「まるで姉妹みたい」と言ったのも納得だ。
(それにしても、あんな美人がねぇ……)
家に着くと、玄関を開けて靴を脱ぎながら考え続ける。
(なんでまた平なんかに惚れたんだろう?)
客観的に見れば、平はただの男子高校生だ。確かに容姿は整っているが、特に秀でた才能があるわけでもなく、社交的なわけでもない。東のような女性が選ぶには地味すぎる相手だ。
(でも……)
思い出すのは昨日の会話。
「平と会うとね、こう……世界が輝いて見えるの!」
東の瞳はキラキラと輝いていた。あれほど生き生きとした東の姿を見たことがなかった。
(あそこまで変わるなんて……)
階段を上がりながら思う。東が変わったのは単に恋をしたからだけではない。自分を変えたいと思ったからだ。今までの流されがちで軽薄な自分から卒業して、一人の男のために真摯になろうとしている。
(そんな彼女を見てると……)
部屋に入り、ドアを閉める。制服をハンガーにかけると、ベッドに倒れ込んだ。
(私も少しは頑張らないといけないかも)
スマホを取り出し、SNSをチェックする。西からのメッセージが届いていた。
『明日放課後空いてる?写真部の新作見てほしいんだけど』
本田はすぐに返信した。
『了解!でも今日は疲れちゃったから早めに帰るね』
送信ボタンを押してから、ふと考える。
(ニッシだって頑張ってるんだよね……)
ニッシもまた成長している。引っ込み思案だった少女が今では写真部の中心的存在だ。山田との関係も少しずつ進展しているらしい。
(みんな変わっていく……)
天井を見上げながら呟く。
「私も変わらないとな……」
そう言っても、本田の場合は一体何を変えればいいのだろう?
完璧なルックスとスタイルに比例するように他人との壁を作る性格。
「……私こそ変われるのかな?」
スマホを枕元に投げ、布団をかぶる。
(まぁいいや。今はとりあえずアズアズの恋愛を応援しよう)
そう決めて目を閉じると、脳裏に東の嬉しそうな顔が浮かんだ。
(あの子があんな風に笑えるようになったんだもん……きっと平クンも幸せ者だよね)
そんなことを考えながら、本田は眠りに落ちていった。明日は東の手つなぎ作戦成功を祈りつつ――そして自分の将来についても、少しだけ考える時間を持つことになるのだろう。