呪物語 作:マクガフィン
001
『領域展開───』
「ッ、簡易領域」
『領域展開───』
「秘伝・落花の情」
『領域展開───』
「傑、ギブ、ギブ!」
繁忙期も終盤、夏真っ盛りのある昼下がり。
いつもの五条君vs夏油君のバトルでございます。なんでバトり始めたかは、本人達も含めて、全員忘れました。
今回は必中必殺領域三連発で、夏油君の勝利ですね。
「ったく、それやられて勝てる奴いねーだろ。『重し蟹』『囲い火蜂』『虹龍』が領域持ちだからって、領域を破壊されたら別の呪霊で領域出すって」
前回の補足ですが、『JAWS』と『ティラノサウルス』の映画領域は呪霊操術による調伏後は使えませんでした。イメージとしてはハードが無いゲームカセット、といった感じでしょうか?あくまで『時計塔の呪霊』の領域という世界だけで機能する術式という感じです。
では、戦力としては低級なのか?と問われるとそこはそうでも無く、実際同じ事を問題視した業界が、等級を再設定する為の試験を行ったのですが……結果は『測定不能』
最後は業界側も意地になって一級術師を『JAWS』『ティラノサウルス』それぞれに5人も投入して、本当に祓いにくる位の暴挙に出たのですが、合計10人が高専のベッドで全治一週間の大怪我です。この人手不足の繁忙期になにをしてるんでしょうね。
結局は、五条君とのお遊びの中でしか力を測る事が出来ず、その悟ジャッジは「『茈』一発分でミリ残し」
この鶴の一声により、業界はいそいそと『特級』の看板を貼り直しました。この辺りの仕組みにはあの『羂索』さんが関わっているので、結果だけ見れば術式が縛られると等価分の力が得られる、なんていう離れ業を組めたのでしょう。
ちなみに『羂索』さん案件は、目下のところ私と夏油君で研究・調査中ですが……まだまだ相手の方が何枚も上手で、正体の一端にすら触れる事が出来ていません。
「二回も領域を内側から破壊した悟に言われたくはないね。そもそも、大半の敵は最初の一回で逝ってしまうから、何と戦う想定なのかは私にも分からないよ。ただ三歩歩いたら化け物とエンカウントする撫子がいるからね。先日の夜蛾先生からの叱責もあったことだし、備えるに越した事は無い」
「俺も領域くらい覚えるかぁ〜。結界術は『おと撫子』がやってくれてたから、反転術式の習得に全ブッパしてたけど、一向に成果ねぇし」
「だから、ひゅーとやってひょいっ、つってんだろ。センスねぇ〜」
「一般ヒューマンには難しすぎる言語センスだよ、硝子ちゃん」
私と硝子ちゃんは、土手でグダグダと昼食を取りながら観戦していました。とはいっても、領域展開って外から何が起こっているか見えないので観客側からすると塩な要素です。大技なのに。
「───良いものを見させて貰ったよ。私も運がいい、流石に情報料くらいは払っておこうかな。五条君、夏油君」
聞き覚えの無い、大人びた声の持ち主が土手に現れました。さすがの私でもこの日々の中で何となく分かるようになりましたとも。
───新たな出会いの予感です。
「あっ、冥さんじゃん。ちーっす」
「こんにちは、冥さん。お小遣いは有難いですね」
「夏油君は領域持ちの特級呪霊を最低でも3体持っていること、五条君は領域2連続くらいなら難なく外殻を破壊出来ること、二つを加味して百万、といった所かな」
その女性は出会い頭にポンと、百万円払いました。百万円ですよ、百万円。
等級が万年三級、親からの仕送りがある筈も無く、毎月高専の学費に持って行かれ、将来の為の貯金もしなければならない身の上により、月々7万円程で生活している私には理解できない金銭感覚です。一日一万円お賽銭していた貝木さんといい、大人って凄い。
「今夜は叙々苑で焼肉っしょ!」
「どうせ撫子のトラブルメーカー気質のせいで、手札や実力は週単位で変わり続けるからね。それでお金が貰えるというのはラッキーな話だよ」
「───今回はその千石さんに用事があるのだよ。お目通りして良いかな?」
おやおや?
「あ〜……まぁ、いいけど、冥さんでもオススメはしないぜ」
「別に撫子が誰に会うかを私達が決めている訳でもありませんしね、ただ情報料に色をつけるなら、どうか火傷には気をつけて下さいとだけ」
「忠告感謝するよ、じゃあ早速案内してほしい───」
「わ、私ならここにいます。ごめんなさい」
呼ばれた気がするので、近づいたのですが、意図せず背後を取る形になってしまいました。原因は『おと撫子』の人払いですね。発言の主も彼女ですし。
最近、繁忙期でストレスフルな硝子ちゃんが撫子式神シリーズを"吸っている"のです。猫吸いならぬ、撫子吸いです。……斧乃木ちゃんからのスキンシップといい、自分事なのでどの辺に需要があるかさっぱり分かりません。私も含め、ソイツら全員、闇の心を抱えていますし。吸ったら病んでしまいますよ。
ちなみに現在は、『おと撫子』と『媚び撫子』をダブルで腕の中に入れていますね。山の上で多少涼しいとはいえ、この真夏によくやりますよ。
「あっ、私が本体で、そっちの二人は私の式神です」
「……これはこれは、お初にお目にかかるね。私は冥冥。一応、ここのOGで今はフリーの一級術師をやっているよ。撫子、で良いかな」
「はい、よろしくお願いします!三級術師で高専一年の千石撫子です」
反射的に背筋がピンとなります。うーん、私の周囲にはあまり居なかったタイプの先輩ですので、対応方法がよくわかりません。
「なんだ、素直で可愛らしい子じゃないか。でも、それだけじゃ無いね。三級というのは本当かい、硝子?」
「ほんとーですよ。一人だけお給料少なくて可哀そうなんです」
「……という事は、それ以上の仕事をこなしている、という事だね。不当な報酬を是正しようとしない姿勢には理解に苦しむが、そこも含めて訳アリ、という事か」
「……あれ、冥さん今回は敵な感じ?バックには誰がおるの?撫子の個人情報売っぱらう位なら
「唆られる話だね、凡百の依頼だったら鞍替えしていた所だよ。でもね、五条君、確かに私は金が好きだけど、金で何でもかんでも口封じされて、命に指が掛かるという愚を犯す程、金に溺れてはいないんだよ?」
「数百年ぶりの六眼と無下限呪術の併せ持つ五条家当主の特級術師」
「一般家庭産まれながら、業界に入って僅か三ヶ月で特級術師にのし上がった呪霊操術使い」
「医学に基づいた反転術式のアウトプットにより、術師の消耗を飛躍的に減少させた業界初の呪術的医師」
「───その3人の同級生が、『燃費があまりにも悪い構築術式を持ち、戦闘能力皆無である凡百の三級術師』なんていう情報を誰が鵜呑みに出来るんだい?」
「出た、撫子の外向け詐称カタログスペック。ザコすぎてウケる」
確かに書き起こしてみると胡散臭いスペックしていますね、私。
「悟、情報漏洩しているよ」
「つれないね、夏油君。もう少しこのまま、同級生同士の何気ない日常会話をしてくれると助かるのだけれどね。どうやら、思った以上に皆、口が硬いみたいだ。これは本来のプランで行くしか無いみたいだね」
皆、ある程度冥冥さんの目的が見えた後は、渾身のおとぼけ顔をかましてダンマリでございます。となると、相手は本丸である私に切り込むしかない訳で───
「……どんな事を言われても、そう易々と「ギャランティは一億円用意させて貰った」……話くらいは聞きます」
いやいや、無理ですって、小市民の私にそんな冗談みたいな額。
だって一億円ですよ、一億円。
一般市民にとっては、取り敢えず『なんでも出来る』の象徴のような言葉です。
……やめてください、五条君、そんな安い女を見るみたいな目で私を見ないでください。貴方にとっては財布の中の小銭感覚でも、私にとっては生涯年収レベルの可能性もあるんです。
「では一億の対価から話そうか。───撫子、私と一緒に一度、任務に出てくれないかい?」
002
「兵庫県は神戸市を中心に、近隣の市町村までが被害範囲かな。その地域で非術師への呪霊の売買が行われているんだ。買い手は女子高生が中心で、用途は嫌がらせやイジメなんかの低俗な理由だね」
色々あって交渉が纏ったので、お仕事の時間です。
今回の任務は、呪いを用いた商売の撲滅。
なんだか懐かしい感じですね。
私が初めてこちら側に足を踏み入れる原因になった呪いも販売されたものでした。
「えっと、冥冥さん。まず、その売られている呪霊ってホンモノなんですか?」
「良い視点だ、撫子。確かに、呪霊を売り買いするなんてことはある程度呪霊を制御出来ないと不可能だ。一応、正しい手順を踏んで製造されたお札なら封じる事は出来るけどね、ほら、君たちは季節外れの交流戦をやっていただろう?その交流戦の前半、集団戦で森に放つ呪霊はこの手順で確保されている」
「私達、第一戦の集団戦がペーパーテストに変わっちゃったんで、そのOBOGの共通認識的なのは……」
「中々に退屈しなさそうな青春を送っているじゃないか。しかし、この話もまた情報に無いものだ。撫子の三級への昇格理由はこの交流戦での小規模な活躍だと対外的にはなっているけれど?」
あっ、また口が滑りました。肝心のその試験もほぼすべっていますし、何回滑れば気が済むのでしょう。
「私、ペーパーテストでめちゃくちゃ高得点とか取ったんですよ。多分」
「話してくれる気は無さそうだね。確かに、本件には関係の無い詮索だ。話を戻そう。頭の中で軽く算盤を弾いてみたけど、呪霊を完全に封じれるレベルの札を使って呪霊を売買するなら、最低でも三級、儲けを出すなら二級レベルの呪霊でなければ商売としては成立しない」
「でもそれは本物の呪霊を売る場合ですよね。非術師にどのみち呪霊なんて見えませんから、態々本物なんて売らなくても、『呪いの人形』だとか『おまじない』だとか言って、実演の時だけ本物の呪術を使い、後はそれっぽい偽物を売る方がラクですよ」
「その通りだ。手口まで含めて完璧だね。実際問題、業界に報告される大体の呪術被害は、そのようなエセ呪術を真に受けたプラシーボ効果だ。しかし、今回は一級呪術師であるこの私に高いギャランティを支払ってまで、捜査の依頼が来ている」
「えぇ……女子高生の間で本物の呪霊が出回っているんですか?」
「その通り。商品である呪霊の等級は殆どが蝿頭、よくて四級呪霊。値段は蝿頭が5000円、四級呪霊が1万円。術師である私達からしてみても圧倒的に安価、客に良心的なくらいだ。真っ当な商売と言えるだろう」
「私には、どう考えてもぼったくりだと思えてしまうんですけど。四級呪霊なんてたとえ完璧に使役できたとしても、500円でも買いませんよ」
五条君が睨んだら爆散するレベルの式神に限られたお小遣いを使えませんとも。
夏油君だって、最近はあまりに低級な呪霊は祓ってしまう事も増えてきましたからね。
『黒沐死』『虹龍』『重し蟹』『囲い火蜂』『大百足』がそれぞれ二・三級相当の式神を出せるので、消耗品として使う四級呪霊を頑張って取り込む意味が無くなっていますから。
尤も蝿頭は、業界の色々な場面で使い道があるらしく、見つけ次第取り込んでいますし、結局、根が真面目な方なので四級呪霊も殆どはコツコツ取り込んでいますけど。
「おもしろい歪みだね、夏油君があんまりにも等級の高い呪霊をポンポン使っているからかな、感覚が麻痺しているよ、撫子。この業界の大半の人間は四級呪霊に一生懸命、三級レベルともなると大捕物となるレベルなんだよ」
夏油君が手を前に出すだけで、ボールになってしまう相手の戦力ですので、あんまり詳しく考えた事がありませんでした。
「でもそれだったら、尚更安売りする理由がよくわかりません。呪霊の捕獲に術師としての強さはあまり関係がありませんし。……それこそ、呪霊に干渉出来る術式でもないと。……でも『呪霊操術』使いがそんなみみっちい商売しますかね。五条君や夏油君を恐れていたとしても、もうちょっと裏社会に潜るなりなんなりして大口の取引をすると思います」
「……こればっかりは、業界歴が物を言うね、少しレクチャーをしようか。呪術界の徹底した実力主義の話をね」
003
「───!」
「ッ───」
「───だよ」
「でも───」
何を、やっているのでしょう。
相手はネズミ型の四級呪霊が7匹程に蝿頭が十数匹。
術師の方は、皮肉にも4人。
そして、……押されています。
皆さん、血を流し、肩で息をして、必死な感じです。
「緊急救援要請があったのは、少し出来すぎていたかな。しかし、これが現実だよ、撫子。全く、五条君も夜蛾君も甘くてしょうがない。私がこんな役を引き受ける羽目になるとはね」
そこには熱闘も高度な技術もなく、私から見たらダラダラ、グダグダとやっているようにしか見えません。多分、そうとしか見えない事が1番の過ちで、私がまだまだ甘やかされてきた事の証左なのでしょう。
「……撫子のその反応だけで、この場では君の力量を図るには全く不足な事は分かったけどね。一応、お願いするよ」
「……わかりました、冥冥さん」
とはいえ事は緊急事態。感情とは別に、人は助けないといけません。
───しかし
「……うん、そうなっちゃうよね」
私が間に入った瞬間、呪霊はみんな泡を吹いて死にました。
助けた術師の方々は、悍ましい化け物を見るような目で私を見て───
「体から立ち昇る呪力に撫子がほんのりと指針性を乗せるだけで、四級呪霊程度なら祓えるとはね」
「五条君から教わった技術です。『落花の情』とやらの物凄く程度が低い版だそうで。まぁ、私の呪力性質ありきのズルなんですけど」
「確かに、本物の『落花の情』と比べたらナメクジのような反射速度でしかないね。迎撃の鋭さも、丸くなった鉛筆レベルであるし、君の莫大過ぎる呪力総量と呪力性質……多分、毒かな。兎に角、君自身の莫大な才覚とセンスによって成せる技だ。それだけで生涯を術師として働くには十分すぎるレベルの」
「こんなので倒せる敵は、一体としていなかったんですけれど……」
「高専のカリキュラムからしても妙な話だね、たとえ最初から力があろうともこういう業界常識をレクチャーする為に低級の任務を一度当てる筈なんだがね」
「レクチャーしようとはしていたみたいですけど……呼んでもいない特級呪霊が勝手に登壇して……いえ、ソロでしたらこういうお祓い任務もよくやりますよ」
繁忙期における私の基本業務は、宅配便に近い感じでした。
地域ごとに数十件指定された、呪霊の溜まり場を五条君が組んでくれた蒼による瞬間移動、または夏油君の呪霊や斧乃木ちゃんのアンリミテッド・ルールブックに相乗りして、効率的に巡っていくような感じです。
で、私が設置されたらバルサンを焚かれたように低級呪霊が爆散しますので、残党確認も含めて3分程の滞在で次の現場に向かうという形になります。
私の残穢が残っていると、呪力毒汚染により暫くは呪霊の再発生・再集積が抑えられたりするらしいので扱いとしては本当にバルサンですね。
「成る程、この規模の事件を1日に七・八十件は解決していたと。今年は業界全体の損耗が少な過ぎると思ったが、君がそのフィクサーだったとはね。先程の術師達の仕事の遅さに呆れかえるのも納得だ」
事情を聞いた冥冥さんはそう評しました。
「厳密には、夏油君も同じくらいの仕事、いえ最近は特級呪霊を3体ずつ分けて、ピンの本人も含めて計4つの部隊に分かれて広域殲滅してますから……私の4倍は働いていますね。真のMVPは彼だと思います」
五条君は在り方もスペックも最終決戦兵器ですので、こういう日常業務には向きません。何やっても過剰火力でございます。
「成る程……これは私も少し営業を勉強した方がいいかもしれないね。成長途中の学生時代でそのレベルなんだ。将来的には君たちの学年が業界の仕事を枯らしてしまう事も考えられる。資産運用だけで優雅に暮らせる位の財産は既に築いているけれどね、若くして労働を停止するというのはどうにも予後が悪いみたいなんだ」
「一般的には働かなくて良くなる事は、いい事のように思えますけど。ずっとやりたい事だけやっていられますし」
「まだまだ青いね。暇というのは、時には毒にもなるんだ。やる事が無い、生きる為に何もする必要が無い、という事は実質、死んでいるも同然なんだよ。趣味だの遊びだので紛らわすのにも限度がある。いや、限度を超えたらそれが次の仕事・次のやるべき事になったりもするけれど、そんなのは宝籤に期待するような細過ぎる可能性だ」
神様時代の半年間、暇という毒を呑み続けた私にとっては耳の痛い話でした。個人的にはそんなに苦痛じゃありませんでしたが、時間の感覚や価値観・思考がだんだん歪み、心が朽ちていくような感覚は……今にして思えば、とても恐ろしい事です。
「───話を戻そうか。これで分かってきたかい?この業界がかなり極端なバランスで成り立っているという事が」
「今の呪術界は大ごとにすると大物が出てきて、すぐにやられてしまう、っていう推測くらいなら。今回の商売も、敢えて小物臭い商売をする事で本格的な戦力投入を避けているんですよね?という事は、犯人は……術式で呪霊をどうこう出来るけど、『呪霊操術』程の汎用性は無い位の想定でしょうか?業界の9割を占める三、四級術師ならどうにか出来る、的な線引きされた自信を感じます」
今まで、等級、位が上がる事は漠然と数字の桁数が変わるようなイメージでしたが……それでもまだまだ甘い認識だという事を思い知りました。
これは単位ごと変わっていますね。
ミリメートルから、キロメートルくらいの差がありますとも。
そりゃ、カタログスペック上の私が五条君や夏油君、硝子ちゃんと同級生、というのは誰も信じません。
例えるならゾウを3頭飼育しているゲージで、態々蟻1匹を同時に展示しているようなものでございます。
まずそれは飼っていると言えるのか?という疑問や何故一緒の檻に、という教育上の問題が指摘されるでしょうね。
私が高専の人事部ならば、本年度の入学生に本当の四級術師の方がいらっしゃった場合、やんわりと京都校を薦めるでしょう。
「ふむ、満点だ、撫子。君は地頭……というよりは物の見方が特殊だね。自分事でも相手事でも、一歩引いた視点から俯瞰しているような感じだ。日下部君と似てるかな、等級によらず長生き出来るタイプだよ」
その言葉を契機に冥冥さんからの視線の種類が、ふっ、と変わりました。認められた、というよりは底が知れた、というのが良いのでしょうね。正体不明の怪物から理解できる人間へと認識をスライドしたような感じです。
酷い話だ、とは思いません。それがこの方にとっての哲学で、業界を生き残るには何らかしらの工夫が必要である位には、魔境であるという事を実践形式で丁寧に教えてくださった事を考慮すれば寧ろ感謝するべきでしょう。
「私としては、そのパーソナリティを知れただけで満足なんだけどね。折角、高額のギャランティを支払って君を雇ったんだ。三、四級術師を難なく倒せる呪詛師では相手不足かもしれないけれど、もう少し手の内を明かしてくれると助かるな」
「それに関してはもちのろんです!何をすればお値段分働けるのかはさっぱりですが、私に出来ることなら何でもしましょうとも」
というか、よく考えなくても私に一億円払っているお客様ですし、品定めされて当然でした。
004
「またカモの術師がノコノコ釣れた。出力的に二人とも四級?まぁ三級だろうと私と、私の呪霊ちゃん達なら余裕で殺せちゃうんだけど。じゃ、呪霊ちゃん達、やっておしまい!」
という訳で、今回の事件の犯人へ辿り着きました。
捜索方法は単純で、呪力出力を少し弱めの術師レベルまで抑えながら、この街で捜査をしまくる。これだけです。
今回のお相手は、業界人の9割には難なく勝てるという自負がある分、残りの1割にはとても敏感なのでしょう。故に、今まではその1割が来たら一度商売を畳み、別の地域に移動、そこでも同様に学生に対して商売を始めるというループを繰り返していたと予想されます。
無論、冥冥さんは一級術師ですし、私も呪力出力は普通の方より大きい為、この条件には引っかかってしまいます。
ですので───
「私は14歳6月頃の撫子です。よろしくお願いします」
「私は14歳7月のときの撫子だよっ!よろしく冥冥さん」
「私は14歳10月頃の撫子だぜ。よしなに頼むよ、冥冥の姉御」
「私は、……えーっと、いつだったっけ?まぁいいや。兎に角、よろしくだよ、冥冥さん」
「……初めて見た時はてっきり分身の術式だと思っていたけど、私もまだまだ想定が甘いね。まさか構築術式で過去の自分自身を造って式神にしていたとはね。いい感じにぶっ飛んでいて、とっても面白いよ」
「特に自分の過去を抽出して具現化しているのに、一ヶ月単位で刻まれているのにビックリだ。その一年の間に何回イメージチェンジをしたのかと突っ込まざるを得ない。これだけでもギャランティを払った価値がある位には興味深い出会いだ。兎に角、よろしくね、撫子の皆」
時を少し遡って、本格調査に着手する寸前の場面。
撫子衆、久々の全員登壇ですとも。
という訳で、要領としては追い込み漁です。
呪力出力順に並べると
逆撫子<=おと撫子<媚び撫子<私<神撫子
で、犯人は媚び撫子以上の呪力出力だと逃げ、逆撫子・おと撫子相手なら殺しにくるくらいのバランス感覚を持っています。
という訳で、おまじないの購入者役を逆撫子とおと撫子、被害者の誘導や尋問を媚び撫子、王手として調査終盤に莫大な呪力出力を街に放って家財道具一式を持った夜逃げを誘発する役が私と神撫子です。
そして私達は皆、顔が同じなので、夜逃げ経路で呪力出力を絞って(おと撫子の帳を調整して使いました!)突っ立っていたら、いい感じに戦力を見誤ってくれた、というのが冒頭の展開です。
「やっておしまい!呪霊ちゃん達!」
そう言って呪詛師の方は、鳥籠のようなモノを具現化させて中から数匹の蠅頭を差し向けてきました。成る程、檻に閉じ込めた呪霊を使役する術式でしょうか……いえ、それだけなら呪霊ボールを食べなくて良い分、呪霊操術の完全上位互換になってしまいますね。
寄ってくる蠅頭を放置して、相手の手の内を考えていきます。バルサン撫子の名に恥じず、近づくだけでコロりといきますからノールックで大丈夫ですとも。
「……さ、流石に舐めすぎたかしら、いけ!」
縦にも横にも2mくらいある巨漢呪霊を2匹……察するに二級呪霊くらいでしょうか?相手が想定している最大戦力、つまり三級術師二人を確実に殺す戦力です。
「えい」
撫子パンチです。そして相変わらずのテレフォンパンチです。格闘漫画は結構読んでいる筈なんだけどなぁ。
……いえ、漫画を読んだくらいで強くなれるなら、世の引きこもりの戦闘力は向上を続け、割と大きな社会問題になるでしょう。
「う、嘘でしょ!に、二級呪霊を2匹同時よ!そんな埃を祓うみたいに」
「まだ解らないかい?君は嵌められたんだよ……もう少しマシな呪霊は居ないのかい?このままだと君の弱さのせいで、私は損を被る事になる。それは許容出来ないねぇ」
「冥冥さん、本当に、本当にそれだけは勘弁してください……あんまり変な事を言うと、私の場合、碌な事が起こりません」
"もう少しマシな呪霊"だとか、ピンポイントで不味いです。
「……うん?妙に確信を持った響きだ。成る程、してはいけない類の失言をしたみたいだね。仕方ない───」
「こうなったら、出てきなさい!私の準一級四天王!」
「『蝗GUY』『ナラ彼』『蝉Final』『マDarling』」
「『
「わ、私の四天王がぁぁぁ!」
胡乱な名前の昆虫呪霊が、登壇1秒で退場しました。
一体、何だったんでしょう。
「ふうむ、確かにそれなり以上の爆弾があった。撫子は勘も良いんだね」
「……」
いえ、今回の場合は勘が外れています。とはとても言えませんでした。
というか、この場合、まだ外れたとも限らなくて───
「と、投降。投降するわ!私ヲッ」
突然の事でした。
呪詛師の方がバタンと斃れています。
お腹を、脚に貫かれて。
『───オレハ、賢い』
005
「この尋常じゃない出力、特級呪霊だね。それもかなり強い」
『ムロンだ、日本の、島国の孤独相バッタと一緒にスルナ。俺様は"大陸産まれ"の蝗GUY。そっちの馬鹿そうなヘビは兎も角、カラスはバッタの次くらいには賢いから、この意味を理解出来るダロ?』
「私の有望な後輩を愚物扱いとは、感心しないね。彼女の勘は君の存在を予期していたよ。お陰で命拾いした」
『ヤハリ、所詮は鳥頭か、期待した私に、些かの愚かさが残っていたヨウダ』
今回の任務こそは、普通に等級が数字で区分されている敵を倒して終わる事が出来ると期待していましたのに、……案の定、この始末。いつも通り、命が懸ったバトルの開幕です。
敵はバッタの呪霊。そして、"大陸産まれ"。
海外だと呪霊はごく稀にしかポップしないらしいですが、その少ない枠に座れる概念として全然、違和感はありませんとも。
蝗害。
読んで字の如く、バッタの害です。大量発生したバッタが農作物を食い荒らすという被害ですが……この災害に対する認識は、日本と海外では桁が違います。
現代日本だと、農家の方は認識はしている、くらいの知名度と脅威度の災害で、地震や台風、洪水なんかの大災害オールスターズに比べると、それこそ準一級の席が相応しいでしょう。
しかし、海外の蝗害は……国を余裕で滅ぼせます。
私も教育番組で聞き齧ったくらいの知識しかありませんが、見た事がある映像だと空がバッタで見えなくなるレベルだとか。
そんな規模ですので、農作物は勿論、あらゆる道草を食べ尽くしてしまい、深刻な飢餓を引き起こします。
食べ物の怨みは恐ろしいとはよく言ったもので、すべて人間の根幹に例外なく根差している感情である『飢え』から産まれている為、外国人の少ない呪力でもユーラシア・アフリカ大陸中の一般人の呪いをウン百年単位で掻き集めれば、特級になって当然です。
「『
『ダカラ、島国のバッタと一緒にスルナ。スベテの虫にトッテ、鳥は天敵だが、我々規模になるト、ソンナ相性でどうにかなる次元ジャないのハ、見れバ分かるだろ、これだから鳥目ハ』
そう言って、私達を嘲るように式神の群れをけしかけます。
冥冥さんは対応出来なくもなさそうですが、顔にほんの僅かな焦りが見えます。この攻撃を凌げた所で、後が無いといった具合でしょうか。
加えて単純な緊張もあるように思えます。本日、懇々と等級の格差についてレクチャーしてくださった為、『特級』を相手にすることが本来、業界人にとってどういう認識をされるのか、分かるようになりましたとも。
今月6体目のバカ女(私)が異端なのです。
───でしたら
「バルサン撫子。面目躍如だよ」
『マタ、毒、殺虫剤カ。日本人ハ、イツモそうダ。スグに殺虫剤をマク。ソモソモ、アノ日本産の猫女がナワバリで殺虫剤を普及させたリなんてしなけれバ、俺様ハこんな島国マデ落ち延びずにスンダのに』
まずは、群体相手にはとことん強い、私の呪力毒で対処するのが良いでしょう。
……というか、その猫女の方は偉大なんていうレベルではありませんね。海外で蝗害を、それが原因で産まれた呪いが亡命を図る位にキチンと解決するなんて。有能なんていうレベルでは到底表現できないレベルの傑物でしょう。
取り敢えず、その偉大な先達の些細な後始末くらいは同じ日本人の末席を汚す身として、頑張ってみるとしましょうか。
「撫子衆、出撃」
「先鋒のおと撫子です。思いつかなくてごめんなさい」
「次鋒の媚び撫子が午前3時をお知らせするよ!」
「誰が中堅じゃ!狂犬、逆撫子、夜露死苦ぅ」
「副将は神撫子だよ!リピートアフターミー」
という訳で冥冥さん合わせて6対1。
いえ、式神を頭数に入れるようにしてしまうと6対数千億という却って不利な描写になってしまいますが、そこは質でカバーしていきましょう。
質が悪い事に、相手の式神1匹1匹も蠅頭くらいの質が担保されていそうな事には努めて目を閉ざしましょうとも。
という訳で開戦。先ずは出方を見る軽い戦闘。
私と逆撫子が最前線、おと撫子は奇襲によるヒットアンドアウェイ、媚び撫子と神撫子が遠距離を主体に攻撃を仕掛けます。
十数手、時間にして1分程の攻防ですが、お互いに様子見は十分でしょう。
戦闘スタイル自体は、『黒沐死』に近いですね。超小型の最下級式神として、実物のバッタを使い、要所要所の強く出てくる場面では等級にして準一級……先程1秒で退場した日本の蝗GUYレベルのバッタ式神で押してきます。術式も単純にバッタを操るものと考えればよいですね。
ゴキブリのような増殖力やしぶとさはありませんが、1匹1匹の攻撃性とスピードはバッタのほうが優れている、くらいの評価でしょうか。式神が全く居ない状態から始める場合の立ち上がりの速さと式神を増やし切りノッた時の最大火力のトレードオフ、どちらの方が上、というのは無い具合ですね。
『爛生刀』のような致死的な能力は、まだ割れていない、というのは恐ろしいですが、状況の方は相変わらずちっとも待ってくれません。
『───Domain Expansion』
「ドメ、なんて?」
「領域展開の英語だ!撫子、早く領域の外へ」
「エキスパンション、てのがエクスプレスと被っててムカつく!領域展開!」
『───
『───
006
貝木さんが言うように、人間、やはり中学くらいは出て、英語くらいは修めた方が良いですね。
外国の呪霊とバトる時に、呪詞が聞き取れず、こうして対応が遅れますから。
「結構食らっちゃった、いてて、片耳が無くなったのと、全身至る所、皮膚を
リスニングの失敗により領域展開が遅れ、先んじて必中効果を0.ウン秒程食らった私の敗北は、義務教育の敗北と同義でしょう。……義務教育を自身から投げ捨てた引き篭もりに日本代表になられては、全国の学生が紛糾する事間違いなしでしょうけど。
閑話休題。思考を切り替えましょう。テストで悪い点数をとった事をその日のうちに忘れるように。
戦局としては、現在領域の押し合い中。敵の領域は、こちらと同じく既に攻撃が当たっている式神を発生させるタイプです。
冥冥さんは領域外。内には撫子衆全員と私、領域の押し合いは僅かにこちらが有利、しかし最初の展開が遅れた為、押し切るにはざっくり3分程必要でしょう。
呪力にはまだまだ余裕がありますので、領域の維持には問題はありませんが、最初の必中効果を喰らったのが効いてしまい、領域中での戦闘はこちらが少し不利。
となれば、方針は持久戦でしょう。カラータイマーがなるまでの時間耐える事が出来れば、こちらの領域で倒せます。
『クラエ!』
相手もそれは100も承知、とんでもない勢いの攻勢で神撫子を破壊しようと迫ります。勿論、本体もリスクを承知で接近戦を仕掛けてきました。
「ぐえっ」
という訳で、とんでもない速度の飛び足刀……有り体に言えばライダーキックをぶち当てられたショッカー撫子はくの字の形で空中を錐揉みしながら領域の縁まで飛んで行きました。本当に最低限の戦果として軌道を逸らし、神撫子へのダメージを防ぐ事に成功しましたが、……当然、死ぬ程痛いです。
というか勉強熱心な呪霊ですねー、日本でバッタの異形として頑張るなら、……ここ数年ならば蹴り技が著しく強くなるでしょう。しかし、そんな事は日曜朝にテレビに張り付いていないと分からない筈ですが……日本語も流暢ですし、人間の私なんかより遥かに高い語学力を有していそうです。
『式神を本体が命懸けでマモルとハ、オマエは相当メデタイ頭をしているナ。貴様が死ねば式神ハ皆、キエルだろ』
「残念、私の場合、私が死んでも式神は動き続けるよ。そういう風に縛ったから。……あっ、これが術式の開示って奴だね。初めてやったよ」
ほんの僅かですが、出力が上がったのを感じます。
術式の開示による戦闘力の向上って、中々の高等技術なんですよね。先ず、相手が私の術式を知らない事が条件で、それ以前の前提条件に相手が説明を理解する知性がある、という条件があります。
その条件の中で、いい感じに戦闘が拮抗している時に、サラッと言う必要がありますから、それなりに上手く話す能力が求められます。コミュニケーションが苦手な私が成功出来たのはほぼ奇跡、というか実際のところは口が滑って自分の手の内を開示してしまったので、慌てて『術式の開示』という事にしました。
「それに、私が蹴られる事って結構意味があって───」
『ゴフッ───覚悟ハしていたガ、本体の毒が1番濃いカ』
「今だよ、撫子衆、攻勢!」
更生することの無い私の過去達が、一斉に攻め立てます。
蝗GUYも式神を用いて対応しますが、流れはこちらにあります。領域内の白蛇の地面を脈動させ、式神全員で変則的な攻撃で畳み掛ければ───
『
領域の必中効果。『蛇切縄』の呪いがバッタを縛り上げます。
領域勝負は私達の勝利に終わったのです。
しかしまだ祓えた訳ではありません、油断しない様に神撫子を私の呪力で強化して『蛇切縄』による呪殺を───
「───領域が、壊された?」
007
『オレの数千億の式神ガ、領域内ニ収まる訳ナイダロ。オレはカシコイから領域は外からの攻撃ニ弱いコト、領域の押シ合イに夢中になると、だいたいこの事を忘れるマヌケを沢山ミテきた』
『貴様ト同じダ。オレも、別ニ、術式ガ焼き切れ、式神ガ制御デキナクなった所デ、タイシテ意味ハナイ。指示があろうト、なかろうト、ヤツらの行動ハ変わらなイからダ』
『喰ラエ』
式神のバッタが、領域を覆っていた茶色い外殻が、私達へ殺到します。
神撫子の術式は焼き切れ、媚び撫子の『心身掌握』や逆撫子の『フィジカルギフテッド』ではどうしようも無い物量。
おと撫子の帳でも、360度全方位囲まれた状態からでは隠れようがありません。
「『
『グッ』
瞬間、何羽ものカラスがバッタの群れを突き破り、道を開きます。
その内1羽は、本体の『蝗GUY』にヒット。腕を一つ落とす戦果を上げました。
間違いありません、冥冥さんの『黒鳥操術』です。
「───裏の裏の裏さ。済まないね、撫子、結果的に囮に使うような真似をして。結界内の様子は巻き込まれたカラスの視界で、結界外の様子は自身の目で把握出来ていたから、あのバッタがやろうとしている事にピンときてね。最初は領域の外殻破壊を防ごうと考えたのだけど、不甲斐ない事に私では火力不足だった。だからこの機を狙わせて貰ったよ」
「みんな、頭良いですね……」
今日はなんだか知恵比べが多いです。おバカの私への風当たりが強いですね。
『貴様ァ!』
「
「勿論です、冥冥さん。あと一つ、やってみたい事が───」
「いいよ、君の能力は一級品、という評価でも不足するくらいだ。聞くまでもなく、任せようとも」
「ありがとうございます!じゃあカラスを2羽、私に」
攻撃をいなしつつ、短いやり取りだけで意思伝達が出来るのは、やはり年季の違い、一級術師の能力の高さ故でしょう。
その信頼に応えるべく、私はスケッチブックを開きます。私の『構築術式』は描くという縛りが故に、戦闘中は殆ど死に術式であるという問題に挑むのです。
これくらいの修羅場で焦って、物を描けないのならば、週刊連載なんて夢のまた夢でしょう。
速筆で、しかし質は落とさず。
ペンを踊らせながら足でステップを踏み、最低限の攻撃をいなしつつ、絵を描きあげます。
『貴様、書いているナ!あの猫女もそうダ、書けル人間は、対策スル!対策サレル!紙なんぞ、噛みちぎって───』
「その人と違って、私は賢い対策は書けないよ。いつも通り、出鱈目を描くだけ」
迫ってきた『蝗GUY』は白いスケッチブックを破り───
『───ガッ』
「あっ、『黒閃』。やっぱり黒いのが良かったのかなぁ」
私の黒い『爪』に、頭を貫かれました。
008
「成る程、『構築術式』の順転と反転を用いた存在の描き変えか。
「継続的な近接攻撃手段が不足していたから、そこをなんとかしようかと。鉤爪の形に書き換えて、敢えて隠れずに執筆する事により、スケッチブックに狙いを絞らせてカウンターを狙いました」
はい、今回の種明かしです。
今日、散々振り回されてきた英語を用いた反撃ですとも。
この前、栃木で蜂を矢に描き変えた事から、相性の良い存在なら簡易的な呪具化は出来る、という事までは分かっていましたので、今回はその部分の解釈を少し広げてみました。
日本人は、LとRの聞き分けが苦手な事で有名です。無論、私もさっぱり区別がつきません。
ですので、この日本という土地においてはLとRの境界が概念的に曖昧じゃないかな、なんていう推測を元に描き変えを行った、という訳でございます。英語が苦手で助かりました。(後日気づきましたが……oがaになる変化もありましたね、こんな風だから私は英語のスペリングテストで全く点数が取れなかったのでしょう)
「取り敢えず、その呪具は後で言い値で買い取ろうか……その前に少し、実演販売をしてくれると助かるねぇ」
「無論ですとも、この爪、多分冥冥さんの術式対象のままなので、いざとなったら私で神風しちゃってください」
蝗GUYは、毒を喰らい、領域を喰らい、神風特攻を喰らい、虫にとって概念的弱点の『鳥』を付与した武器を用いた黒閃を喰らってもなお、まだ立ち上がりました。昆虫系呪霊は、元ネタへのイメージのせいかしぶとすぎて困ります。
『GUUUUUA!!!』
頭を貫かれたせいか、折角の語学力は見る影もなくなっています。一撃で屠ってあげられなかった私自身の未熟を詫びつつ、その尊厳を守るため、きっちりお相手しましょうか。
「秘伝・落花の情」
無粋な式神をオートで一掃して、一対一の勝負に邪魔が入らないようにします。私も随分と戦闘狂が移ってしまいました。
……というか、なんか『落花の情』の反射速度、黒閃のせいか、速くなり過ぎてませんかね。これじゃ、ほぼパクリ元のまんまです。御三家に訴えられる可能性も考慮して、後で五条君に相談ですね。
「───」
『───』
相手は言葉を失った今、対話手段は一つだけ、そう、肉体言語です。
バトル漫画で見た時は、……正直言って、殴り合いで話し合える訳ないと、少し小馬鹿にしていました。
しかし百聞は一見にしかず。実際にやってみると、……成る程、絵や映画を見て解釈するような感じが近いですね。
足技を主な火力にしている事からは、バッタとしてのアイデンティティ・強烈なプライドを。
腕を使ったなりふり構わない攻撃からは、後の無さ。これは単純に今のこの状況もそうですし、これ以降、バッタは───『蝗害』は科学により解決されていき、恐れられなくなるという焦り。実際に猫女の方が解決しかけているというエピソードも連想できます。
残った方の目からは、生き物としての本能と理性を。どんな形になっても、何に迎合してでも、生き残ってやるという意思が垣間見えます。人の言葉や文化を学んでまでして、生きている事を愚直に果たす姿勢を見ました。
───ここまで付き合った仲です、その意図を多少汲むくらいしても許されるでしょう。
「『構築術式』『術式反転』」
私は、トドメの一撃を打ち止め、片方の爪を紙と鴉に戻し、『蝗GUY』を封じました。
009
「───魚のワタの苦味と雑草を食べた時の青臭さを数千倍に凝縮した砂団子のような味だ」
「はい、水飲んで、夏油君。……ごめんね、兵庫土産がこんな形になっちゃって」
「いやいや、私はタダで特級の戦力を譲り受けたようなものだからね。これくらいの苦痛は対価の内にも入らないよ」
という訳で後日談。
『蝗GUY』を夏油君に引き取って貰い、その後の事務処理を焼肉屋で行っている場面です。報告書が焼肉臭くなるのは、後で夜蛾先生に詫びましょうか。
元の任務対象だった呪霊操術モドキ呪詛師は死亡。発見された時は戦闘の余波でバッタに食べられてしまい骨しか残っていませんでした。
ちなみに今回そのバッタがあの場所に登壇した理由は、同業他社潰し……即ち、日本の『蝗GUY』を殺しにきたところで、バッタりエンカウント、と言った具合です。
……私は、今回の任務でバッタに共感していましたが、本来はこちらの人死を憂いるべきなのでしょう。呪詛師だし、まぁいっか、で流して良い筈がありません。仲間である筈の術師の方々から恐怖の目で見られた件と言い、だんだん自身の在り方が化物のそれに寄り始めているのは、危惧しておかなければいけません。
「おつかれ〜、撫子。冥冥さん、撫子の事を痛く気に入っていたみたいよ。あの人のオキニになれたら良い店の高級ご飯を結構奢って貰えるから、今度は一緒にいこ」
「東京はお店が多過ぎて、店が足りなかった田舎出身の私にはよく分かんないから助かるなぁ。というか硝子ちゃん、冥冥さんと仲良いんだね」
「確か歌姫経由で知り合ったんでしょ。あと、『落花の情』の件はモーマンタイ。でも、ちょいキショい知らせもあって、御三家のジジイ共、お前を既に身内判定してるっぽいのよね。変な縁談には要注意よ」
「えぇ……てっきり私は行き遅れるものと思ってたから、そっちの対策は考えてもなかったなぁ。はい、たん塩だよ、夏油君」
バッタを食べさせ水を飲ませた流れで、人生初焼肉奉行に就任しました。思ったより難しいですね、これ。
「済まないね……実際問題、撫子や硝子は五条家とかで縁談が持ち上がったらどうするんだい?知ってると思うが、そういう下世話な噂は四方八方から聞こえてくるだろう?」
「私が……このクズと?天地がひっくり返ってもゴメンだね」
「私もごめんなさいかなぁ。本当に行き遅れたら、体裁の為に紙ペラにサインしちゃうかもしれないけど、その場合も碌なことにならないでしょ」
「ざけんなよ傑、告ってもねえのにフラれたんだけど」
「日頃の行いだね、悔い改めるんだ」
「───あっ、育てていたお肉が」
五条君がヤケクソ気味に、焼いていたたん塩を総取りしました。よく食いますね。
「で、撫子は冥さんからの一億、何に使うつもり?」
「結局、受け取らなかったよ。というより今の立場的に受け取れなかった、というのが正しいかな。冥冥さんもそんな事情があるだろうと見越して、一億なんていう額で私を釣り上げてたみたいだし」
「あー、いつものパトロンからの情報規制ね。四級呪霊以上を退治した功績は他の術師のものとしてスライドさせてるやつ。その成果が撫子の詐称プロフィールって訳か。そりゃ、一級術師、それもあの冥さんから一億で雇われた、だとか三級術師にはあり得ない資金力だとかが記録に残っちまうと、腐った総監部や万年人手不足で猫も杓子も任務に駆り出している呪術師業界に本格的に見つかっちまうか」
対外的には、私は特に使えない構築術式を持って、今日出会ったような術師の方々のように三・四級呪霊でヒイヒイ言っているようなか弱いひよっこ術師として通っています。
なので今回の特級呪霊『蝗GUY』(海外だともう少し宗教由来の大層な名前がついているらしいです)にかかっていた世界各国の政府・宗教組織からの懸賞金も全部、冥冥さんにスライドさせました。この知らせを賞金の情報が記された紙と共に渡した時には、キャラを崩して私を撫で回すくらい上機嫌になったので、多分、とんでもない額だったんでしょう。
その流れで好きに使って良い、と言われて押し付けられた黒いカードは私の中学生財布の奥底に封印してあります。というか、私が行くような値段帯のお店はクレカ対応していませんし。
「じゃあ、撫子はまたタダ働きかい?」
「いやいや、流石に。今回のお給金は、四級のネズミ呪霊7匹と蠅頭11匹の退治支援で9000円くらいかな」
「───やっぱ、特級になろうぜ!撫子!お前なら核爆弾書くだけでその日の内に成れるから!」
「これ以上、こっちの業界で苦労したく無いので、ほんと、勘弁してください……」
私の術式って、あまり深く考え過ぎると、恐ろしい事が多過ぎますね。今程、自身の頭が残念である事に感謝した事はありません。
繁忙期も終わりかけの8月末、業界ビギナー期間は、初心者を自称出来る期間は、もう終わってしまいます。
偽装工作も色々ボロが出てきて、限界が見えてきたのは本日痛感しましたので、業界での身の振り方や立ち位置も模索していくべき時期なのかもしれませんね。