本気を出せ。
ワイヤーブレードに絡め取られて、身体の自由は利かない中での一言。怒気を孕んだ声は、セシリアの耳に抵抗なく入っていき、神経を逆なでしていく。
「出してんだよ、こっちは!」
四本のワイヤーで雁字搦めにされたセシリアは吼える。捕獲された獣の咆哮は、上空で戦っている三人には聞こえていない。
拘束を解くために腕に力を入れるが、ワイヤーはその細さに似合わない頑丈さで獣を押さえていた。何とかしてワイヤーを剥ぎ取ろうとするのだが、空中にいるラウラが大きく動けば、その動きに合わせて引っ張られ、地面に叩きつけられる。
不定期に訪れる引力に、遊ばれながらもセシリアはワイヤーからの解放に努めていた。シールドバリアーに守られているとはいえ、肌に食い込むほどの力で絡みついてくるワイヤーを外していくのは、繊細な作業を苦手とするセシリアには気の長くなる時間が必要だった。ブレードで切り裂けるのなら、すぐにでもバッサバッサと切り離していくのだがそれもかなわず。今のセシリアに出来ることは忍耐強くチマチマ解いていくくらいだった。
「さっさと覚悟を決めろ。本気でやれ。私がコイツらを始末する前に」
空では、一夏とシャルルが決定打を与えられない焦りで息を荒げていた。ラウラは最小限の動きで全てを跳ね除け、途中わざとらしく大ぶりな動きを見せつけて余裕を示す。
セシリアを戦線から引きずり降ろしてからというもの、ラウラは一切攻撃する意思を見せずに遊んでいた。
セシリアの戦線復帰を待っているのだ。徹底的に打ちのめすために。
そっちこそ本気を出さずに。
セシリアは心の中で悪態をつく。今まだリタイアしていないのは、相手が本気を出していないからだということを理解しているのだが、それでも苛立つのは足元に及ばないと嗤われている気分にさせられるからだ。
もう無理だ。こんなもんすぐには解けねぇ。
怒りで沸騰しつつあるセシリアには、もう丁寧に解くいう動作は不可能だった。
ワイヤーに纏わりつかれたままセシリアは飛び出す。拘束から逃れるようにスラスターを噴かせて飛びあがる姿は、逃れられない罠から逃げ出す獣そのものだった。
「ふぬぬぬぬっ!」
セシリアのブルー・ティアーズは、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンよりも性能が低く、力比べをすれば必然的に負ける。セシリアのやっていることはまさしく負ける勝負だった。
ラウラは最初動きを崩したが、すぐに体勢を維持しつつ引力への抵抗を行った。
「もらうぞ!」
しかし、セシリアからの引力に動きは制限される。一夏はその瞬間を狙って飛び込んだ。
ラウラはセシリアへ対応しながら、一夏の振り下ろした雪片弐型の切っ先を逸らす。その表情は清々しく、この状況であっても焦っていないことが見て取れる。
一夏の攻撃を防ぎながら、ラウラは機体各所から伸びたワイヤーの向かう先を見る。
「パージ」
ぼそりと呟かれた言葉が合図となる。
装甲から生えていたワイヤーが突然切り離され、ラウラは引力から解放される。
抵抗を受けながらも前方へと突き進んでいたセシリアは、突然抵抗がなくなったことによってアリーナの壁へと激突した。
しかし、激突した衝撃を物ともせずに激突したアリーナの壁を蹴って加速し、瞬時にラウラへと肉薄する。
未だにワイヤーに絡まれてはいたが、本体から切り離され意図的に締め付けていた力がなくなると、すぐに剥ぎ取って自由の身になる。
「ぶった切る!」
ラウラへと接近を果たしたセシリアが右腕を振るう。その手に握られたショートブレードの切っ先は、ラウラが首を傾げたことによって空を切る。
ブレードを振るって伸びきった右腕の軌道に注意を向けさせ隙を作ると、左手がレーザーを発射する。セシリアはブルー・ティアーズを掴んでいたのだ。
「低い小細工で」
身体を捻ってレーザーを回避。回転が加わった状態でセシリアを蹴り飛ばす。
吹き飛ばされたセシリアは、頭の中ですぐさま指令を送り込む。
撃て。
指を動かして引き金を引く必要はない。
ブルー・ティアーズの第三世代兵装、無線攻撃端末『ブルー・ティアーズ』は使い手の思考に忠実に動き攻撃を行うのだ。
アリーナ各所から閃光が迸る。その数四つ。
一つは先ほどまでセシリアが転がっていった場所。
一つは全力で激突した壁に配置した
一つは突撃するときに、ラウラの足元より5メートル下に潜り込ませた。
最後の一つは、セシリアの手にあり、蹴られた瞬間に手放したもの。
四本の熱線がそれぞれの場所から目標目掛けて伸びていくが、ラウラはその尽くを回避していった。
「当たれ、当たれ、当たれっ!」
レーザーがアリーナの壁に散っていく間に、シャルルが弾丸を雨のように降らせる。
バラバラと撃ち出された弾丸をラウラが大ぶりに回避すると、隙をつくようにセシリアと一夏が襲いかかる。
セシリアが腕を振るうとその先からワイヤーが飛び出す。先端にブレードが装着されたソレは、彼女を苦しめたものだった。
投げたワイヤーはラウラの左腕に絡まる。セシリアが力を込めて引っ張れば、回避運動中だったラウラは大きくバランスを崩してしまう。
「終われ!」
青白い輝きを纏った雪片弐型が、一夏の魂の叫びと共に振り下ろされる。
零落白夜。一夏のISが持つ最強の攻撃。敵のシールドバリアーを無力化して、強制的に絶対防御を発動させ、シールドエネルギーを根こそぎ削り落とす圧倒的な一撃だ。
強力な攻撃にはリスクがあるように、零落白夜にもリスクはある。
使用するには莫大なエネルギーを消費し、使いどころを間違えればシールドエネルギーが底をついて自滅してしまう。
しかし、リスクはあれど威力は状況を覆すことが可能だ。
最強の一撃がラウラへと迫る。
さきほどまで有利だったラウラは、全てを塗り替えかねない刃を目の前にしても、焦りで顔を歪めることはなかった。
ただ、一夏に向けて右手をかざす。それだけで十分に防げた。
一番最初に異変を感じ取ったのはラウラの左腕を封じていたセシリアだった。一夏が雪片弐型を振り下ろした体勢で動きを止めていた。
躊躇したのか、とセシリアは一瞬思った。
しかし、ラウラの左手が向けられたことでその考えを改めた。
なんだよ、コイツは。
手をかざされた瞬間に動かなくなる。まるで見えない何かに掴まれているかのように。
「忘れているかもしれないが、私のシュヴァルツェア・レーゲンも第三世代だ。特殊兵装くらい備えている」
ラウラのISに何かされている。そう理解したセシリアはハッとなって、視線だけ一夏に向ける。
「零落白夜を切れ!」
青白いエネルギーを纏った最強の刀が輝きを失う。全てが遅かった。
全てのエネルギーを使い果たした一夏のISは、一瞬だけ光ると粒子になって消えた。それは敗北の証明だった。
ラウラがかざしていた右手を握りしめると、押さえつけていた力がなくなって一夏は重力の命令に従って落ちていく。
「こなくそ!」
離れた位置にあるブルー・ティアーズが熱線を吐き出すが、ラウラは左手をかざしたまま難なく避けると、レールカノンでセシリアの顎を撃ち上げた。
レールカノンのアッパーに脳を揺さぶられ、視界がチカっと白く光る。
意識が一瞬途切れた感覚にセシリアは危機感を覚えた。命取りになる間をラウラが見逃すはずがない。
「キサマが手を抜いたのが原因だ」
意識を失ったことへの状況把握に意識をやってしまったセシリアを、一気に駆けつけたラウラが攻めたてる。セシリアの両手首を掴んで背中に回し、抵抗できなくしてから抱き着く。
「怯えたのか?」
肩のレールカノンから高速の弾丸が発射され、間髪入れずセシリアの顔面に叩きつけられる。零距離から電磁加速を受けた鉛玉を受けたセシリアは首が千切れ飛ぶほどの痛みを受ける。しかし、シールドバリアーのおかげで首と胴が切り離されることも、首の骨が折れることもない。よって、首が想像を絶する痛みに晒されるだけで済んだ。
一発だけならそれでよかった。
「三対一で」
セシリアに抱き着いた格好で、ラウラは前方へと加速する。
その間、レールカノンが容赦なくセシリアの顔を狙い撃つ。
殴ることが霞んでしまう衝撃に、セシリアは悲鳴も上げられない。意識もレールカノンによって瞬間的に刈り取られ、真面な思考もできなかった。
「本気を出しておいて負けてしまうのを」
セシリアの背後にはアリーナの壁が迫る。ラウラはこのまま叩きつける気でいた。
「なら永遠に本気を出さずに負け続けろ!」
時間にして一秒もかからずに壁へと接触する。
そんなわずかな時に、セシリアはスラスターを噴かせて体勢を無理矢理変える。
セシリアとラウラ。二人の頭が先頭に来るように。
「負けるか!」
二人は頭からアリーナの壁に激突した。