べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

19 / 50
ラウラさんと

 壁に激突した時にラウラは確かに見た。セシリア・オルコットの過去を。

 瞬間は何があったのか分からなかった。気がついたら知らない部屋にいて、空中から一部始終を見ていた。そして気がついていたら、景色はアリーナに戻っていた。

 この現象がどのような要因で起きえたのかはラウラには予想することはできない。情報が少なすぎて予想を立てることはできないということもあるが、それよりもセシリアが手加減している理由が分かって、そちらばかりに目がいっていた。

 おそらく、セシリアは認知していない。自分自身に起こったことを。どうしてあそこまで弱いのかを。

 

「弱体化させられたか!」

 

 押さえつけていたセシリアを地面へと叩きつける。更に腹部に蹴りを放って、遠くへと転がす。

 それが限界だった。怒りに任せて更なる攻撃を加えようとしたが、現状が許さなかった。

 転がっていったセシリアの身体が光ると、ISが解除され無防備になる。こうなってしまえばいくらラウラでも攻撃をやめざるを得ない。

 何はともあれ勝敗は決した。いまだシャルルが残っているのだが、ラウラにしてみれば既に勝負はついている。一番強いと思っていたセシリアも、逆転の一手を持っている一夏も没した。後は手早くシャルルを落とすだけで終わる。

 シャルルを見る。彼女は一夏を安全圏へと引っ張って行っている最中だった。何か言い争っているようにも見えるが、ラウラはそれを拾い上げる気はなかった。所詮はくだらない痴話喧嘩だろうと見向きもしなかったのだ。

 敵に打つ手がないことは分かっている。後は狩られるのを待つばかりの獲物に対するちょっとした慈悲の心だと思えば、痴話喧嘩が終わるのも待つことができる。

 二人のやり取りを待っている間、転がっていたセシリアが立ち上がる。さきほどまでのダメージにふらつきながらよたよたと二人の元へと歩いて行く。

 途中、セシリアは振り返る。真っ直ぐラウラを見て笑った。ラウラの目は、彼女が何かしらを呟いたのを確認した。読唇術を心得ていないラウラには何も分からなかった。

 小さくなるセシリアの背中に、ラウラは何かしら考えていると感じ取った。敵はまだ敗北を認めていない。かならず手を打ってくる。

 攻めてくるならば、こちらの相応に備えるべきか。ラウラは素早くISの状態をチェックしていく。シールドエネルギーの残量は十分に残っている。武装に関しては壁に激突した拍子にレールカノンがお釈迦になってしまったが、主兵装であるプラズマ手刀の稼働には問題はない。シュヴァルツェア・レーゲンに搭載された三つの武装の内二つが失われているが、ラウラの実力なら武器一つあれば十分過ぎる。

 安全圏へと退避した三人を待つこと数分。ようやく二人がISを纏った姿で歩いてきた。

 

「なるほど。エネルギーを二分したか」

 

 純白の装甲に包まれた一夏と、真っ青な装甲に包まれたセシリア。二人はそれぞれの得物を構える。

 

「まだ負けたくねぇんだよ」

 

「千冬姉が見ているからな。無様な姿は晒せない」

 

 負けを背中にくっつけたまま勝気に吼える二人を、ラウラは鼻で笑った。

 ダメージは少ないとはいえ、一機のISのエネルギーで二機のISを十分に回復することはできない。現に一夏もセシリアも腕部と脚部、そしてスラスターの一部しか復元できていない。エネルギーの量はおそらく考えなしに動き回れるほど残ってはいないだろう。一、二発攻撃を喰らわせれば落とせる程度。

 ラウラはプラズマ手刀をドライブさせる。

 

「だが、負けは負けだ」

 

 スラスターが噴き、ラウラはセシリアへと接近する。振るわれたブレードを回避して懐に潜り込み、右腕の手刀を装甲のない胸部へとぶつける。背後から一夏が斬りかかるのをハイパーセンサーで確認して、馬蹴りで退ける。

 セシリアが膝を突き出し、頭突きを仕掛け、拳を振るうが、ラウラはその尽くを防いでいく。さらにセシリアの攻撃と同じくして寄せられる一夏の攻撃をも防ぎきる。

 エネルギー残量の関係でスラスターを使っての後退は出来ず、かと言って走って距離を取ったところですぐさま間合いを詰められる。攻撃手段も近接攻撃一本に絞られているために、距離置いたところで有利にはならない。そうなると一夏とセシリアはじり貧な戦いを演じなければならなかった。

 ラウラ憐れな獲物に遠慮はしない。腕を鞭のようにしならせて、二人を圧倒していく。

 最初に力尽きたのはセシリアだった。せっかく復元した腕部装甲は剥がれ落ち、ラウラに足蹴にされて崩れ去った。

 セシリアを失ったことで薄かった勝利が霞となって消え去る。

 一夏は一か八かの賭けに出る。零落白夜による逆転。一夏自身もこれで勝てるとは思っていないのだが、男として全てを出し切りたいという想いがある。勝ちたいという気持ちがないわけではないが、一夏もかつては剣道に打ち込んでいたこともあり、彼我の実力差をある程度感じ取れていた。

 それでも零落白夜を発動させる。

 

「うぉぉおおっ!!」

 

 雪片弐型を振り上げる。

 

「……甘い」

 

 振り下ろされる両手を、ラウラは片手で掴み取って動きを封じる。

 

「終わりだ」

 

 余った方の腕を一夏の腹部に押し当て全てのエネルギーを抉り取っていく。抗う時間はない。少ないエネルギーを投げ打っての攻撃に一夏のエネルギー容量は底をつく寸前だった。ラウラがほんの一瞬手刀を当てるだけで全て消え失せる。

 勝負はあっけなく終わった。周囲は三対一の戦いであったにも関わらず、負けた三人に称賛を送っているのだが、ラウラには称えるほどの接戦ではなく、嘲笑われる程度の拙戦だった。

 しかし、お遊戯レベルの戦いの中にも収穫があった。セシリアが手加減しているように感じる違和感。わざとではなく誰かの手によるものだと分かれば、彼女に対する苛立ちも少しは解消される。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの勝利です!」

 

 このトーナメント最大にして最高の敵は初戦で消え去った。もう期待できる相手もいないとなると、ラウラに残っているのは優勝するまで暇な戦いを演じるだけになってしまう。

 

「まぁ、優勝すれば織斑一夏と付き合える。それを期待するか」

 

 頭の中で財布と化した一夏を思い浮かべて、ラウラは薄らと笑みを浮かべた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。