グダグダですが、どうぞ。
HRが終わり、ラウラとセシリアの騒動によって若干忘れ去られたシャルル・デュノアを一夏が教室の外へと引っ張っていなくなると、生徒たちは慌ててISスーツへと着替え始めた。
セシリアもテキパキと着替えを済ませ、同じく颯爽と着替えを済ませたラウラへと突っかかる。
「テメェ。さっきはよくも足掻いてくれたな」
先の一幕で本能が勝てないと警鐘を鳴らしている。にも関わらず喧嘩腰で声をかけるのは元来の負けず嫌いが幸いしている……からではなく不愉快さからだ。身体に纏わりつく気持ち悪さによって、負けると分かっていても引き下がる気を起こさせない。
「それはこちらの言うことだ。抵抗せずにむざむざとやられていれば、こうやって声をかける愚行も起こさなかったろうに」
鼻で笑うラウラ。勝てないことを知って尚挑んでいるのだと瞬時に理解した強者の余裕だ。
嘲りを向けてきた相手にセシリアは拳を上げない。勝てないと分かりきっている勝負に飛び込むのはバカがやればいい。勝てる見込みのある勝負の時に拳を振り上げて相対するのがセシリア流だ。武士道なんてものは知ったことではないのだ。
「そんなんじゃダチは作れないぞ」
「いらん」
「殺すぞ」
「お前こそ殺すぞ」
中学生並の売り言葉と買い言葉で額を突き合わす両者。身長の関係でセシリアが気を使ってはいるが、そんなことは関係ない。
暫くの間、セシリアとラウラは睨み合っていた。二人が睨み合いをやめたのは教室から誰もいなくなり、授業開始3分前まで迫った時だった。
そうなるとさすがに無言の喧嘩などしていられるはずもなく、我先にと廊下を駆け出す。その際、どちらともなく競走による勝負が始まったのは必然だった。
本日は一限目からずっと体力勝負な授業が続くというのに、セシリアは勝利を掴みとるためにペース配分を無視した走りを見せる。
「負けるものか」
冷静なふりをして熱くなるラウラ。
罵った相手に負けたとしたら悔しがることだろう、とセシリアは思い、今以上足に力を込めて走った。
ここまで差をつけて負けるようじゃわたくしもおしまいだ。
彼我の距離はおよそ5メートル。ラウラは転入したてで地形が頭に入っていないのもあり、全力を出し切れていない。それを理解したセシリアはそれでも手加減をせずに走り続ける。
地理という面では圧倒的優位なセシリアはこのまま独走を続けるものと思っていた。事実独走は続いていた。
しかし、ふと背中に感じた殺気に背後を振り返った。野生の感というべきものが何かを感じったようで、セシリアは振り返っておきながら何かを確認せずに地面に転がった。
カツン、という音がした方向を振り返ると一本のシャーペンが床に落ちていた。見れば先のHRでラウラにキャッチされ、そのままパクられたと思われたシャーペンだった。時間差を置いて主人に牙をむいてきたことに不忠を嘆くべきか悩むところ。
セシリアが顔を上げると、ちょうどラウラが脇を抜けて前に躍り出るところだった。
「させるか!」
手を伸ばしてラウラの右足首を掴んだ。
「あぶっ!?」
進むべき方向とは逆に引っ張られたことによって、ラウラはバランスを崩した。びたんっ、と効果音のつくような床へのダイブ。
「き、キサマぁ! 卑怯な真似をするな」
「元はテメェがやったんだろーが」
セシリアの訴えは、足の拘束を振りほどいて走り出そうとするラウラへは届かなかった。やもなくセシリアも走り出す。
だが、今度は二人並んでの走行。傍から見れば仲良く走っているようにも見えなくない。お互いに抜け駆けしないよう監視し合っているのを除けばだが。
そうして二人揃って授業が行われるアリーナへとたどり着いた。既に一組と、合同授業で一緒になる二組の生徒たちが集まっている。
遅れたかとセシリアは思ったが、生徒たちが各々談笑しているのを見てまだ時間ではないのだと安心する。隣のラウラはなんとも思っていないのか真顔だった。
「次やったら殺すから」
「キサマ、競走のルールを知らないようだな」
「ルール破ったのはテメェだろーが。わたくしがそこらの奴だったら脳天に穴が開いてたぞ。後頭部なんて狙って」
「獣には分からないだろうが、心臓と頭を抉れば一撃だ」
「……お前こそ競走のルール知らないだろ」
ラウラの物騒な発言に力が抜けたセシリアは、脳みそ薬莢だらけの転入生を放って群衆へと紛れる。
「整列!」
千冬が号令をかける。生徒たちは訓練された軍人のようにきびきびと列を作り上げた。尊敬と恐怖による支配によって調教されてしまった生徒たちに逆らうという意思はない。セシリアも場を乱す必要性を感じないために大人しく従った。
「で、なんでお前が隣にいんだよ」
セシリアが呟く。さきほどまでの雑談等は既に止み、誰しもが黙々と次の指示を待っている中。セシリアの呟きは羽虫の羽ばたきよりも小さい。
「私が立ったところにキサマがいたのだ」
会話をするには小さすぎて聞き取れない声を、セシリアの右隣にいたラウラは正確に聞き取り言葉を返す。返事もセシリア同様にとても聞き取れる音量ではなかったが、セシリアが舌打ちことで鼓膜に届いたことを知らしめている。
今すぐにでも引っ叩きたいとセシリアは思った。思うだけで行動には移さない賢さはあるのだ。賢いと誇る部分であるかはさておいて。
セシリアとラウラの間には険悪な雰囲気が出ている。仲が悪いでは言い表されないほどで、生徒たちは一センチでも距離を置きたいと僅かに離れていく。
物怖じもせずに近づいてきたものは遅れてきた一夏と、ラウラ同様転入生のシャルルだけだった。
「あんなに急いで出たのに、ずいぶんと遅れるじゃん。もしかして男二人で楽しんでたのか」
言葉の通りに受け止めるな。セシリアはニヤリと笑った。周囲から漏れる嬉しそうな悲鳴が、一体何を想像してのものかが分かってしまうから。そうなるよう言葉を選んだのだから当然だ。
「色々と話したかったんだけどさ。時間がなかったんだ。せっかく巡り合えた男子同士なのにさ」
「そりゃ残念」
背後から確かな殺気を感じながらも、わざとらしく残念がるセシリア。背後には一夏と仲良く話すセシリアの姿に恨めしさをぶつける凰鈴音がいた。
「アンタ。何を誤解を招くような言い回しすんのよ」
セシリアに文句を言いつつ、一夏の背中を殴りつける鈴。一夏が痛いぞ、と訴えるのをガン無視しての攻撃。助け船を出さずに沈黙するセシリア。一夏には味方がいなかった。
本当は更に鈴を煽ってやろうと考えていたセシリアだったが、ふと前を見ると千冬と目があったので何もせずに直立不動をした。
いつもは不真面目であることが有名なセシリアがバカがつくほど真面目な顔をすれば怪しいと言っているようなものなのだが、現行犯でない以上罰せられることはない。それにセシリアの隣で静かに盛り上がっている羊がいる。これならセシリアが標的にならないだろう。
「織斑、凰。授業中だ」
セシリアの期待通りに怒られる一夏と鈴。隣でラウラが鼻で笑いはしたが気分がいいので無視した。
「そこまで元気が有り余っているのなら、授業の手伝いでもしてもらおうか……凰」
「ちょ、ちょっと! なんでアタシだけなんですか!」
「……身内贔屓だ。それ以上の意味はない」
教師としては問題のあることを、さも当然のように言ってのける千冬。誰かがその歪んだ教師感を正すべきなのだが、生憎なことに世界最強の称号を持つ彼女に正論をぶつける勇気のある人間は一人としていなかった。なので矯正はできずに事は進んでいく。
「模擬戦をしてもらうために、もう一人手伝ってもらおう」
模擬戦という言葉にセシリアの耳はピクリと反応する。そしてほぼ条件反射で右手を天高く突き出す。
「やる!」
ギラリと光る瞳と吊り上がった口角から闘志が垣間見える。強い敵と戦いという欲にセシリアは瞬時に支配されてしまった。
立候補した以上選ばれるものではあるが、それは定員に対して立候補者が溢れないことが条件だ。隣でぴしりと手を上げているラウラがいる以上すんなりと選ばれることはない。
「私も出る。隣のコイツと私とでやらせてもらおう」
ラウラの態度は教師に対するものではないが、提案していることに関してはセシリアも賛成だった。肉弾戦では勝機を見いだせないが、IS戦ならその限りではないだろうと考えていた。
セシリアとラウラの思いは、千冬が手ではらう動作をしたことで潰えてしまった。どちらも専用機持ちで実力もあるというのに却下されたのは何故か。セシリアは理由を聞かなければ納得できなかった。
「お前らみたいな危険人物を差し向けられた方が可哀想だからだ」
理由を聞いても納得できなかった。