べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

25 / 50
めでたし

 タッグトーナメントの余韻もなくなり教室の雰囲気が元に戻りかけていた。生徒たちは数日前の実戦の緊迫感を失い良くも悪くも十五・六の少女の振る舞いをしている。

 その中で、幾人かの生徒たちは少しだけつまらなそうな顔をしている。彼女たちの視線は教室内に一つだけある空席へと注がれていた。

 空席は文字通り空席。そこに座る人はいない。主人なき机となっている。

 真っ白なノートを放置して授業を受けているセシリアは、ちらりと空席を見る。以前はそこに、自分と同じような金髪の少年が座って真面目に勉学に取り組んでいた。しかし、タッグトーナメントの翌日に姿を消した。本国からの呼び出しを受けてIS学園を中退したのだ。おそらく出席簿にある名前は斜線が引かれていることだろう。

 本国からの呼び出しが何を意味するのか、代表候補生なら嫌な予感以外の何者でもない。そうでない場合もないことにはないが、それ以上のことを告げずに学園を去ったのだ。嫌な予感ばかりを抱かずにはいられない。

 セシリアは空席から視線を教室の最前列中央の席へと向ける。授業中ということもあり、見えるのは生徒たちの背中だけだが、彼女たちの背中に隠れる一夏を透視した。

 セシリアと一夏は本当の理由を聞いた。シャルルが本国へと向かうのは、彼女が今の状況を打破するために意を決したからだということを。その背中を押したのはセシリアと一夏であることを。

 タッグトーナメントでセシリアと一夏は、到底勝てるはずもないラウラを相手にしぶとく足掻いた。悪足掻きでしかなかったが、シャルルはその悪あがきに勇気を感じた。自分は白旗を上げようと言ったのに、勝てないと諦めていたのに、それでも信念を曲げずに立ち向かっていった二人を、彼女は羨ましく思った。

 もっと前にこの二人に出会っていれば今のようにはならなかったのではないか。でも、今からでも十分に変えられるかもしれない。せめて、自分を駒のように扱った父親の首を絞められるかもしれない。同情を買えれば無罪放免になるかもしれない。

 タッグトーナメント最終日の夜に、セシリアと一夏は告白を受けた。

 死なば諸共、万一に生き残る気がある。人生を賭けるのだと。

 それからセシリアは抱きしめられ、感謝の言葉をもらった。

 その後シャルルはちらっと意味ありげにセシリアを見てきたので、セシリアは悪戯の虫がうずうずしてくるのを抑え込んで場を後にした。

 セシリアが去った後に何があったのか。それは当人たちにしか分からないことだが、恋する男装女子のことだ、セシリアにしたことよりも一歩上を行くことをしたに違いない。

 一夏は朝から元気がないので、もしかしたら罪を意識を抱いているのかもしれない。セシリアは朝食時に見た一夏の顔をそう判断する。

 だけど、その意識は意味ないんだよな、とセシリアは内心で笑った。

 一夏はいい男なのだろう。他人のためにそこまで苦悩するのだから悪い奴ではない。見目も良いし、これなら惚れる奴が居てもしょうがないな。

 分析はしても、恋の芽生えはないセシリア。暫くすると一夏のことは頭から消え、昼食をどうするかを考えはじめる。

 授業が終われば、セシリアは立ち上がって本音のところへと顔を出す。目的は雑談などではなく、飯の無心だ。

 邪悪に塗れた心で、のほほんとしている本音へと声をかける。誰もがたかりにいったな、と思うが止めには入らない。死にたくないから。

 

「本音。飯奢って」

 

 恥も外聞もなく、直球で用件を伝えるセシリア。笑顔が眩しい。

 

「おーおー。せっしーは仕方がないよね。仕方ないから奢ってあげちゃうよ~」

 

「さっすがー」

 

 両腕を広げて身構えると、本音が飛び込んでくる。懐にぶつかってきた柔らかさをセシリアは暫く堪能する。一度だけラウラを抱しめたことはあったが、あの時は少らしい柔らかさはなく、鍛えられた筋肉の硬さばかりでつまらなかった覚えがある。

 それに比べると、本音の少女らしい柔らかさは癒しだ。行き過ぎれば麻薬へと変わってしまいそうなくらいのリラックス効果が得られる。

 本音が嫌がらないことをいいことに、セシリアはギュッと抱きしめてその肉感を大いに味わう。もちろん、ラウラの時にした締め上げとは全く違い、相手を苦しめることのない力加減で。

 

「よし。アレがいるのは困るけど生徒会室に行こうぜ」

 

「そーだねー。お姉ちゃんの紅茶を飲みたいしね。アレが居るのを我慢してでもねー」

 

 楯無を平気でボロクソ言う二人。セシリアは嫌っているため仕方がないが、本音に関しては仕える主人の姉という、非常に敬うべき存在なのだが臆せず蔑んだ。主の姉の威厳は彼女の中には暫く存在していない。

 セシリアが抱擁をやめると、本音が彼女の腕を引っ張って生徒会室へと向かう。その後ろ姿を、同じく腹を空かせたラウラが見つめているのにも気がつかず。

 

「……今日も我慢か」

 

 ラウラの背中には哀愁があった。

 

 

 

 

 

 

「……最近私の扱いが雑になっていく気がするんだけど」

 

 生徒会室のボス。自称学園最強の楯無が従者たちを前にして、最近になって思ったことを口にした。

 

「気のせいです。最初からある程度雑でしたし」

 

「そうだよー、お嬢様。そもそも私はお嬢様担当じゃないんだよ」

 

「なにこの従者。敬意がない、これっぽっちも敬意を感じないわよ。お姉ちゃん困っちゃう。そう思わない、全ての元凶セシリアちゃん」

 

 一つ年上の従者と一つ年下の従者の辛辣な返事を受けて、よよよと泣き崩れる楯無。嫌味を込めてセシリアに話題を振ったが、彼女は食事中で何一つ聞いていなかった。

 色とりどりの料理が詰め込まれた重箱を突き回しているセシリアは幸せに頬を緩めていた。嫌味の一つも受け付ける暇もないほどに、美味に意識を翻弄されていた。時折、箸休めに虚の淹れた紅茶を堪能している。その時は重箱に取り掛かっている時よりも意識は周囲に向いているので、その時が話しかけるチャンスだった。

 

「聞いてるかな?」

 

 楯無の問いかけに、セシリアは知らないと返す。何をどうこうなってその質問が飛んできたのか分からない。だから楯無の質問には知らないと返すしかなかった。質問の中身を知っていたとしても、答えを考える気はないので知らないと返すが。

 

「こっちは飯食うのに忙しいから、くだらないことなら後にしな」

 

「くだらなくはないわ。私の威厳とか権威とか権力とか、とにかく色々なことがかかってくるから」

 

「……すっげぇくだらないじゃないか」

 

 上手に箸を使ってかまぼこを拾い上げるセシリア。元日本人として箸使いには自信がある。

 

「いいのよ。これは当事者にならないと分からないことだから。いい、昔から付き従ってくれていた便利な小間使い……とても気の利く友達が」

 

「言い切ってから訂正すんのかよ」

 

「ちょっとした意趣返しよ」

 

「我が主ながら小さいですね」

 

「虚、後でお話ししましょうか。鉛玉の嵐の中で」

 

 優雅に紅茶を飲みながら物騒なことを言う楯無。

 セシリアは介入を求めずに食の世界へと旅立った。

 本音は、セシリアの隣に座ってお菓子に夢中になっていた。

 虚は紅茶を淹れ直してきます、とそそくさと手ぶらで生徒会室から退出した。

 相手にされなかった楯無はせめて一人には相手にしてもらいたいと、セシリアの重箱を奪って生徒会室を飛び出していった。

 昼食を奪われたセシリアはブチ切れたが、本音が咄嗟に棒つきキャンディーを口に突っ込んだことで冷静さを多少取り戻した。

 

「単純に甘い」

 

 棒つきキャンディーを咥えたセシリア。口内に広がる甘さに楯無のことがどうでもよくなっていく。

 

「ま、けっこう食ったし。もったいないけどいいか」

 

 セシリアは追いかけないことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、部屋を飛び出した楯無は腹を空かせた、セシリア以上の獣に襲われたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。