昼を済ますにはまだ早い。
空を仰ぎ見れば照明付きの天井が見えるだけで、天気模様は一切確認できなかった。視線を下ろすと下着とは趣の違うそれっぽいものがハンガーにかけられて並んでいる。
手に取ってハンガーを回転させる。全体のデザインをざっと確認して元に戻す。
「……全然分からねぇ」
セシリア・オルコット。初めての臨海学校及び初めての海へ向けて苦戦を強いられていた。アレを取り、これも取り、それは戻し、首を傾げる。さっきからそればかりを繰り返していた。
臨海学校に持っていく水着を買いに来て二時間半。いずれの水着を手に取ってもピンと来ない現状に、セシリアは段々とイライラしてきた。水着なんて適当なものを買えば良い。投げやりな態度で挑んだものの、いざ目の前にするとそうも言ってられなくなった。
本音か鈴とでも来ればよかった。後悔しても既に遅い。今日は選ばないで次の機会に決めようとしても、明日には臨海学校だ。面倒を後回しにした結果、首が回らなくなっている状況だ。
「……かと言って、いくらなんでもスク水は嫌だ」
幼稚で地味で恥ずかしい。今時スク水など小学生くらいしか着ない。IS学園の指定水着がスク水だとしたところで、小学生くらいしか着ないのだ。
セシリアは溜息をつく。小学生体形のラウラが水着などスク水で十分だ、と言っていたのを思い出した。アイツには羞恥心がないんだろうな、と思わずにいられなかった。
十分前に手に取った水着を再び手に取る。謳い文句の書かれたカードを一瞥する。理解できなかった。
腕時計を見て、九時から居ることを思い出す。
「飯食ってからもう一度チャレンジするか」
水着売り場は大型デパートの一区画でしかない。ちょっと足を別の方向に向ければすぐにフードコートへとたどり着く。
一度休憩を挟めば脳が冴えて上手くいくかもしれない。空腹の虫が騒ぎ立てて五月蠅くなってきたこともあり、セシリアは水着売り場から一歩後ずさる。昼飯を食べる前に決めておきたい気持ちを燻らせたままに、ゆっくりと売り場から顔を逸らせる。
「奇遇だな」
逸らした先にラウラがいた。まともな普段着を持ち合わせていないのか、IS学園の白い制服を着ていた。幾らなんでも無頓着すぎはしないか、とセシリアは思った。
「なんで居んだよ?」
「偶然居るからだ」
「……水着売り場に?」
「偶然だ」
「それもピンポイントにわたくしの隣に?」
「偶然だ」
「びっくりするほど目が合ったぞ」
「それも偶然だ」
「そっか。じゃあな」
セシリアが全速力でフードコートの区画へと走る。休日の昼前ということもあり、買い物客が波を成している中を縫うよう駆け抜け、無事に目的地へとたどり着いた。
見晴らしの良いところで足を止めたセシリアが背後を振り返ると、人波にもみくちゃにされながらもラウラが追いかけてきた。これでもう奇遇だ、偶然だ、と言葉を並べ立てることはできない。
「行くところが同じだとは。奇遇だな」
合流したラウラがしれっと言う。ここまで自然に言われると、さすがのセシリアも怒るより呆れの方が上を行ってしまっていた。
タッグトーナメント以来、何かと突っかかって来たラウラが何かしら考えを変えたようには見えるのだが、べた付かれる機会が増えてきていてセシリアとしては鬱陶しいことこの上なかった。
「飯奢れ」
知性みを感じないストレートな物言いに、セシリアは拳を振り下ろしてラウラの頭頂部へと不時着させる。べた付かれるだけならともかく、何かと飯を奢れと言ってくることには手を上げたくなってしまう。
「テメェは自分で何とかする考えはないのかよ」
「キサマを真似ただけだ」
「こちとら休日くらいは自腹切ってんだよ。真似すんならそこも真似しな」
「断る!」
はっきりとラウラが拒否する。
都合のいいところばかり目をつけやがって。歯ぎしりしたセシリアは背中を向けて歩き出す。向かう先はフードコートにあるハンバーガーショップだ。当然と言わんばかりに背を負うラウラ。
入口を潜ると、店員が「二名様ですね」と人数確認を行い、セシリアが訂正する暇もなく背を向けてテーブルへと案内を始めた。背後を見ると、当然のようにふんぞり返るラウラが居た。おそらくコイツが頷きで肯定しちまったんだろうな。とりあえず、割り勘で請求してやる。
女同士なら全額支払いの強制はないだろう、と割り勘を決めたセシリアは店員に続く。
二人分の椅子が置かれた小さなテーブルに案内されると、セシリアは設置されているメニューを手に取ってパパッと注文を決める。
「金持ってんだろーな?」
カツアゲする前の不良のような口ぶりでラウラに聞く。
質問に対してふっ、と不敵な笑みを浮かべたラウラ。嫌な予感を覚えたセシリアは、目の前の銀髪を頼りにするのは早々に諦めた。絶対に金を持ってない。ラウラが財布どころか剥き出しの紙幣すら出さないのを見て、セシリアは項垂れる。いつも奢ってもらっている本音になら奢り返すのもやぶさかではない。しかし、ラウラを相手にしてその気持ちは一切湧き起こらない。むしろ何が何でも払わせたくなる。だというのに、金を持っていないときた。
後で、路地裏に連れ込んでボコボコにしてやろうか。実力差に思いとどまりつつ、バイオレンスな想像が止まらなかった。青あざだらけのラウラが泣きながら土下座するのを、その頭を踏んで笑う自分が想像できてしまうほどに。
メニュー表で顔を隠すラウラ。高い物をたのむんじゃねえぞ。オルコット社の元社長令嬢という肩書きに、高貴さも金銭的豊かさもあったもんじゃなかった。中身は現実を知った没落令嬢ソレだった。
「ふむ。ハンバーガーばっかりだな」
「当たり前だろ。そういう店なんだからな」
ハンバーガーレストランという選択をしたのは、単純にこの店が最も近かったことと、早い安いが売りのファストフードの不味さに我慢できなかったからだ。安いことに越したことはないが、安かろう不味かろうでは駄目だ。
「では、この店で一番高いメニューを」
「わたくしは払わないから。無銭飲食だな?」
「……では、このメニューで」
ラウラは机に広げたメニュー表の中の一つを指さして、じと目を見せるセシリアの顔色を窺ってきた。セシリアはメニューの値段を確認してから、机の端に置いてある呼び鈴を押した。電子音がピピッとなって暫くすると、営業スマイルを浮かべた女性店員がやってきた。この営業スマイルの裏にはどのような感情が隠れているのか。セシリアは興味を持ったが、どうせ客への不満だ、とメニュー表を指さしながら注文を伝える。
営業スマイルで塗り固めた店員が注文を復唱して去っていくと、セシリアは向かいに座るラウラを睨みつけた。
「偶然なんて嘘をついたラウラさんよぉ。最近になってべた付いてくるのはどうしてだ?」
人差し指の腹が机を叩く。顔も動きも腹立たしいと語っている。ラウラは涼しい顔をしている。傍から見れば、注文が来なくて苛立っているようにも見えなくない。
「私にも分からないな」
「あぁ!? 分からないだぁ?」
「そうだ。キサマと戦い、容易に蹴散らした後からだな」
「その口の中に拳を突っ込みたい気分になったぜ。フルスイングでな」
「正確に言えば、備品室での一件以降、キサマに対してあった不愉快感が鳴りを潜めた。理由は分からない。おそらく、キサマと私の境遇が一緒だと認識したからだと思う。キサマの得体を知ったことで細心の警戒心が解けた。そんなところだ。故に、キサマは同郷の者に対して施す義務がある」
「さらっと余計なこと要求すんじゃねぇぞ。それと、わたくしは全然不快感が収まらねえぞ」
机を叩く指の動きが速くなっていく。爪を当てているわけではないから音は目立たないが、音がしないわけではないのでカッカッカッ、とリズミカルに打ち鳴らしている。机の下では足を忙しなくパタパタと動かしていた。目の前の生き物をボコボコにして有り金を巻き上げればムシャクシャとする感情も収まる気がしてならない。
しかし、セシリアも常識がないということはないので、店の中では少々騒がしくも暴力沙汰にまでは発展させていない。
苛立つセシリアを正面にしたラウラは気の障るような溜息をついた。
「それはキサマの器の小ささが原因だ」
セシリアは解き放たれた。