べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

32 / 50
男の子を育てることに

 今日受け持っている授業を全て消化しきった。最後の授業場所である三年三組の教室で、俺は教材を片付けると生徒たちの授業内容の質問を避けるためにすぐさま教室から撤退した。

 幸いこのIS学園では、授業内容に関する質問が出来るようにSNSを利用している。そのために教師が次の授業準備の時間を削ってまで留まる必要はない。生徒たちからの評価が下がるかもしれないが、今の俺にはそんなことで怯える時間はない。

 生徒たちの目がある手前、廊下を走ることはできない。仕方なく、ほぼ走っているように見えるが、ぎりぎり競歩のラインに収まっている速度と足さばきで廊下を突き進む。

 目指す場所は職員室。パッと入室して、明日の授業準備を行うための教材と、さっきまで使っていた教材を入れ替えると、誰かの顎に使われる前に出ていく。今日は途中から急いでばかりだな、と自販機で人数分の飲み物と、購買で同じく人数分のパンもしくは弁当を買って備品室へと帰っていく。

 備品室の中には、相変わらずガムテープに巻かれた広場天子が我が物顔で備品の山に背を預けていた。縛られ動けずにいる姿に、嫌にならないのかと問いかけたくなったが、既に自分の中にいるであろう寄生虫を通じてこっちの内心などお見通しになっているはずだ。わざわざ口に出してまで聞く必要はない。

 

「なんでも口に出すことは重要だ」

 

 天井を見上げていた広場天子が喋る労力を要求してきた。教師になった以上、他人と話すことには慣れ親しんでいる。話しかけることを苦労と思ったことはないが、こちらを見透かしている相手に話しかける気苦労はとんでもない。言葉に裏なんて持たせられない。全部バレているんだから。

 

「大人しく縛られてないで、セシリアに抗議した方がいいんじゃないのか?」

 

「構わない。別に不自由には思わない。ただ、目の前に缶コーヒーが置かれているのに飲めない辛さがある」

 

「不自由じゃないか。不自由を訴えているじゃないか」

 

「人間は不自由くらいがちょうどいいんだよ。ソイツの気持ちを分かってやれ」

 

「いいや、お前の憂さ晴らしだろ。誰が好き好んでこんな仕打ち受けるんだよ」

 

「ドMだろ」

 

 その例を出すんじゃない。抗議したい気持ちをぐっと抑えて、買ってきた食べ物を床にぶちまける。今日の昼飯は女子生徒の為のお洒落な弁当と総菜パン。それと飲み物各種。その中で俺は、自分用に買ってきたものを手元に引き寄せて安全を確保する。

 

「ま、センスは悪かねぇ」

 

 椅子から立ち上がり、幾つかの惣菜パンを摘み上げたセシリアは座っていた椅子にパンを置くと、広場天子のガムテープを外し始めた。

 

「すまない。恩に着るよ、マイケル」

 

 ガムテープを剥がされると、広場天子はおそらく映画のワンシーンで使われた台詞を口走った。冗談を言う気があるのか分からないような真顔で、さらりと冗談を言われても全然面白くなかった。セシリアも同じように思ったのか、簡単な暴力を振るってから広場天子から離れていった。

 

「分かっていたことだが、足の拘束は解いてくれないんだな」

 

「上が動かせればパンくらい食えるだろ」

 

「信頼されていないのが悲しい」

 

「セシリアに信頼してもらえるようなことをしたのかよ」

 

「してない。断言できる」

 

 広場天子は胸を張って断言した。自分自身に誇りがあるのだろう。あまりにトンチンカンな誇りに彼女の将来が心配になった。

 

「だがな。信頼されていなくとも、俺は君を信頼しているんだよ、セシリア」

 

「はぁ?」

 

 馬鹿かコイツ。セシリアの目がそう語っていた。

 

「俺は君を信頼している。それだけは信じてほしい。でなければ、君を助けようなんて動かなかったのだから」

 

「じゃあ、アタシの質問に答えな。最初に言っておくけど正直に答えろよ。ラウラ・ボーデヴィッヒの奴がどうして同じ世界に居る?」

 

 惣菜パンを噛み千切り喉に通していく。女子とは思えない荒々しい食べ方は以前までのセシリアと何ら変わりない。ちょっと安心した。

 

「また難しい質問だ。その質問に対しては真実を語ることはできない。さっきも言ったように俺は寄生虫によって情報を得る。俺は君より一年先輩でしかなく、その通りに一年早く生まれたに過ぎない身だ。得られる情報には限界がある。百年前の凡人がその時何を考えていたかなんて分からない。分かることは今を生きている人間の体験してきたことや、今何を考えているかぐらいだ。つまり、人間の手が入っていない奇跡と呼ばれる現象に対しては、俺は全くの無知であると言わざるを得ない。解明されていないことに関しての答えは持っていないということだ。転生などという摩訶不思議な出来事の法則性も何も知らないわけで、君たち不運な巡り合わせについては知らないと言うしかない」

 

 今度は本当に悲しい表情を浮かべて「悲しいな」と広場天子は呟いた。年齢と人知を超えた領域こそが彼女の弱点であるようだ。そしてその弱点によって、セシリアの望む答えを提出できないことに目を伏せて黙り込んでしまった。

 

「人生だからな。中々思い通りには行かないよな」

 

 下手なフォローだとは思ったが、言わないよりはマシだろう。自身の中に大した言葉がないことが悔やまれる。

 

「じゃあ、予想でいいから言ってみな」

 

 広場天子には目もくれずにセシリアが言う。思考の四割を食欲に支配されていそうながっつきっぷりに、俺は無言で目を伏せた。頭悪そうなくせして上手くフォローしてくれて、大人なのに恥ずかしい。

 羞恥に顔までも伏せてしまった俺を無視して、広場天子が「ふむ」と考え出した。

 

「常識を一切合切捨て去って語ろう。何故にセシリア君とラウラ君が同じ世界に転生してしまったのか。個人的に気になるのはラウラを生み出したボーデヴィッヒ博士だ。彼は強力な肉体に、それに見合う魂を入れようとした。その為におかしな儀式に手を出したみたいだが、実は二度失敗している。

 彼の中の失敗というのはラウラという肉体に魂を入れること。もしもその失敗が広く見た場合に成功だとしたらどうだろう。つまり、この世界のどこかに魂を引っ張り込んでくること自体は成功している。セシリアの前世の魂はこの世界にやってきて、自我に目覚めていないセシリア・オルコットの中に入り込んだ。そして、最後の儀式で、この世界にいるセシリアの魂に引き寄せられた魂がたまたまラウラ・ボーデヴィッヒの中に入った。これが俺の仮説だ。三度の儀式でどちらかが呼ばれ、最後の儀式で繋がったもう一人が呼び出された」

 

 スラスラと広場天子は荒唐無稽な仮説を語る。ただ、もと中二病患者として中々に興味をそそられる内容だった。そして、今までの常識を取っ払えば十分に通じる気がする。

 セシリアも関心したように頷いている。どこまで理解できていたのか気になって、広場天子へ視線を向けると、大丈夫だと頷いてくれた。どうやら正しく理解できていたらしい。

 

「じゃあ何か。どっちかが呼ばれれば、もう片方も自動的に連れて来られるのか?」

 

「理論が正しいとするならば可能性は大きい。特に君たちは特異な事情を抱えているから」

 

「ふーん。除霊でもしなきゃ駄目か」

 

「無駄だと思う。同じ身体に宿った魂に、除霊なんてものが利くとは到底思えない」

 

 俺も含め、頭のぶっ飛んだ者しかいない備品室。目撃されたら黒歴史行きだ。大人なのに黒歴史は嫌だが、既に話半分では済まないほどに全てを聞いてしまっている。逃げ出すのはもう不可能だ。当事者にカテゴライズされてしまっている。

 重たい話の中で弁当を気軽に食えるはずもなく、膝の上には手つかずののり弁が新鮮さを失っていく。腹の虫が空腹に騒ぎ立てるが根気で我慢する。

 

「気にせずに食べればいい」

 

 人の気を知る広場天子が顔を向けずに勧めてくれる。場の雰囲気ではなく人の心を無遠慮に読めることに、俺は初めて素晴らしい能力だと感動してしまった。なので、遠慮なくのり弁に箸をつける。

 食欲を満たすことで脳みそと口が良く回る。俺は今しがた気になったことを質問する。

 

「同じ身体に宿った魂ってどういうことだ?」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。